47 横浜中華街の女
その日の内に、祐介は新幹線に乗って神奈川県の横浜へと直行した。捜査に必要な荷物は全て揃えてあったから、池袋の羽黒探偵事務所にわざわざ戻る必要はなかったのである。
ただ祐介は、横浜という港町のビル街の谷間にすし詰めにされた、あのひどく異国情緒のある街並みを目指していたのである。
あの中華料理店の並び立つその中に青島飯店という店があるらしい。そこに孫唯という女性が勤めているということであった。そして、その人物こそあの蓮三と付き合っていた女性だというのである。
孫唯は、日本にやってきて既に長いというから、日本語に不自由はなく、事情を聞くのにはなんら支障はないだろう。それにあらかじめ連絡を取って、了解を得ているので休憩時間に会ってくれるということであった。
祐介が横浜に到着し、中華街の色彩鮮やかな絢爛たる朝陽門をくぐり、天津甘栗の甘い香りと車のクラクションの騒音と中国語を喋る人混みの中を歩いて行くと、一本裏道に入ったところにひと際目立つ中華料理店があった。装飾は豪華にして極彩色、重厚感のある佇まいであってその入り口はまさに中国式の宮殿といえる。そして、入り口の上には「青島飯店」と書かれていたのである。
予定の時間となって、孫唯は裏口から出てきた。二十五、六歳といったところだろうか顔の丸い愛嬌のある美人だった。
二人は適当な雑談をしながら、とりあえず山下公園へと向かった。山下公園から見える深い青色の海には、昭和初期の客船の氷川丸が太陽光に照らし出されて白く輝いていた。
孫唯は、こんな雑談なんてくだらないとばかりに振り返った。
「それで……探偵さん、わたしに聞きたいことってなんですか?」
「お亡くなりになった蓮三さんのことについてです」
「そうですか……探偵さん、わたし、誰だか分かりませんけど、蓮三さんを殺した犯人がすごく憎いです……」
孫唯の声にはひどく重い響きがあった。
「ええ。分かりますよ。その為にもお話をお聞かせ願いたいのです。あなたと蓮三さんはいつ頃出会ったのですか?」
「一年前です。蓮三さんは一年前からよく青島飯店にかよっていたんです。それで、だんだん仲良くなって、もう半年間は付き合ってます」
「そうですか。蓮三さんは大晦日の夜、あなたと一緒にいたそうですね?」
「はい、それは間違いありません。横浜にあるレストランに一緒に行ったんです。わたし、日本には家族がいませんから、大晦日の夜は蓮三さんと一緒に過ごしたんです……」
「その時に、蓮三さんは何か変わったことなどありましたか?」
「気づきませんでした」
「何時まで一緒にいたのですか?」
「翌日の朝まで一緒にいました。十時ごろ、蓮三さんのマンションへ行って、そこで蓮三が警察からの留守電に気づいたんです……」
すると、蓮三にはやはり重五郎殺害は不可能ではないかと、祐介は広々とした青い海と、空を飛ぶカモメを見つめながら思ったのであった。




