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35 怪人の現れる夜

 通夜も葬式も告別式も終わり、事件から四日ほどたった日のことであった。赤沼家の人々はいまだに邸宅に留まっていた。七日目に初七日(しょなのか)の法要があるからである。

 警察の捜査がどこまで進んでいるのかは赤沼家の人々には知らされていなかった。ただ、明白な事実として、赤沼家の人々にはみなアリバイがあったこと、したがって犯人は外部の人間であるということが共通認識となっていたのである。

 赤沼麗華はその日の深夜、自室でしっかりと戸締まりを確認して、ベッドの上で夢うつつをさまよっていた。

 静かな夜であった。恐ろしいほどの静寂なのであった。神経が張りつめて、些細な物音がやけに鋭く耳に響いてくる夜なのであった。

 麗華はふとあることを不思議に思った。先ほどからかすかに聞こえてきている物音はいったい全体なんだろう。まるで草木の葉や枝がこすれるような音に聞こえた。それは、当然のことながら窓の外から聞こえてくるのであった。

 麗華はなんだか背筋がすっと冷たくなるような気がした。まさかあの怪人がこの窓の外を歩いているのではないか、そんな想像が頭をよぎると恐ろしくて仕方ないのであった。

 そんな想像は、このカーテンを開けてしまえば、すぐに解決する問題に相違なかった。どうせまた猫や狸でもこの邸宅の庭に忍びこんだのであろう。そうは思っていても、麗華はカーテンを開く勇気がなかなか出ないのであった。

 まさにその時、その窓がトントントンと三回ほどノックされたのである。

 麗華ははっと目を大きく見開いて思わずまじまじとカーテンを見つめた。しばらく、放心してしまって何もできなかった。

 麗華は、カーテンから離れるようにベッドからすくっと起き上がった。そして呆気にとられてカーテンをしばらく見つめていたが、自分の余計な誤解を解こうと、ゆっくりカーテンに手を差し伸べて、指先で恐る恐る右にずらしていった。

 ベッドの枕元のランプの灯りに照らされて、窓の外がぼんやりと照らし出された。

 そこにぼんやりと浮かび上がったのは、赤々と照らされて不気味に光る、笑いを浮かべた仮面であった。

 麗華はものも言えなくなってその場に凍りついた。しばしの間、その不気味な仮面の男と麗華は見つめあったまま、どちらもぴくりとも動かなかった。

 麗華は何かにしがみつこうとして、仮面の男を見つめたまま手さぐりで枕元のランプに触った。その途端、ランプがバランスを崩して、床に落ちて音を立てて割れた。

 そしてあたりは一面の真っ暗闇となった。何も見えない中にひとり取り残されて、また目の前に怪人がいることを感じて、ついに麗華は恐怖の極限を迎えて、血の出そうな鋭い悲鳴を上げたのであった。


          *


 悲鳴を聞いて、すぐに駆けつけたのは稲山であった。麗華の部屋の前にたどり着いて名前を呼ぶと、麗華は手さぐりで電灯のスイッチを探していたらしくしばらく開かなったが、一分ほどしてようやくドアが開いた。

 中から血の気の引いた麗華が倒れるように飛び出してきた。

「稲山っ! 稲山っ!」

「お嬢様! どうされたのです!」

「窓の外に、窓の外に!」

「窓の外……?」

 すると、ちょうどそこに早苗夫人がヨロヨロと歩いてきた。

「どうしたの、麗華。すごい悲鳴を上げて……」

「窓の外に怪人がいたの……!」

「えっ……」

 稲山と早苗夫人は大きく目を見開いて、お互い顔を見合わせた。しばし放心していたが、すぐに稲山は責任感を感じたらしく、

「外にいるのですな……」

 と言って、裏口へ向かって走り出した。

「危ないからやめなさい、稲山!」

 そんな早苗夫人の言葉を無視して、途中、収納棚から懐中電灯を取り出すと、裏口から外に飛び出した。

 稲山は暗闇の中に懐中電灯の光を走らせた。特に怪しいものはない。そして邸宅の壁伝いに走って行った。やはりどこにも不審な人影らしいものは見当たらない。怪人はもうどこかへ逃げてしまったか。そう思った瞬間……。

 黒装束で山高帽を被った長身の人影が暗闇の中に立っているのが見えた。顔は人間の顔のようにも見えるが、稲山が懐中電灯の光を当てると、銀色に輝いているのが見えた。

 その人影は、稲山を見つけると素早く山の方へと走り去っていった。稲山も全力で追いかけたが、何しろ稲山も年なので、その人影に追いつくことはできなかった。

 稲山はその男を、たちまち闇の中に見失ってしまったのである。

 

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