34 民宿でのひと時
一日中、事件の情報を集めていた羽黒祐介と室生英治は、夕方になったので古ぼけた民宿にやって来た。といっても、この季節は日が落ちるのが早い。建物といっても外見のよく見えない影の塊で、窓からあかりがとろとろと灯っているのが見えるばかりで、オンボロ民宿もこうなると少しばかり幻想的である。
辺りは日がどっぷりと暮れ、山の峰にはほのかに赤みが差しているが、見えるものといったらそれだけの、影に覆われた黒塗りの景色であった。祐介と英治がお互いの顔を見合わせても、影ばかりで誰だか分からないほどの闇であった。
民宿に入ると、腰の曲がった愛想の良いおばあさんと、その可愛らしい孫娘が出てきて、すぐに二階の畳の部屋へと案内された。
この部屋といったら、畳は汚れ、襖には茶色い汚れが点々としていて、一番よろしくないことには部屋に風神の掛け軸があって、その風神の目が醜い滲みで汚れているせいで、まるで血の涙を流しているように見えるのである。一体、これでよくやっていけているなと感心してしまうほどにボロボロな民宿なのであった。
まあ、こんなところでも食って寝られればそれで十分なのである。なぜならば、祐介も英治も観光に来たわけではない。事件の捜査に来たのだから。
そして、何もめでたいことは起きていないが、息抜きに二人は瓶ビールを開けて少し乾杯をすることとした。もちろん、これから先のことを考えると会話は弾まなかった。
神妙な時間がしばらく続いた後、英治はそっと口を動かした。
「なあ、祐介……」
「うん……?」
「赤沼家の惨劇はこれからも起こるのだろうか……」
「それは分からないな」
「そうだよな……」
「どうした……?」
「もう麗華が悲しむようなことは起こってほしくないんだ……」
その声の響きには、何かを感じさせるものがあった。
「お前は……」
「…………」
「いいや……分かったよ。全力を尽くそう」
「ああ……」
祐介は、英治の心情を悟って、それ以上何も聞くことはなかった。そして、なんだか気まずくなって、こともなげに窓の外を眺めた。
今夜は曇り空であることもあって、窓の外の景色は星の輝きすらも皆無な、完全なる漆黒の闇であった。それはこの世の全てを、人間の心すらも吸いこんでしまいそうな、そんな深い深い闇夜なのであった。




