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2 手紙の内容

 赤沼家の当主、赤沼重五郎は震える手でその手紙を握りしめていた。

 その手紙には、このように書かれていた。


            *


赤沼家の人々よ

琴音は自殺したのではない

お前たちに殺されたのである

間もなく一年という月日が過ぎようとしている

琴音を殺した赤沼家の人々は、わたしの手によって殺されることになるだろう

雪の夜に気をつけろ

                Mの怪人


            *


 重五郎はごくりと唾を飲み込むと、

「馬鹿馬鹿しい。こんなものは悪戯に決まっている。以前にもこんなものが届いていたことがあったろう。まったく下らんな」

 と吐き捨てるように言った。

「そうですね」

 稲山執事はそう答えたが、稲山の目には、重五郎のその発言とは裏腹に、手を震わせ、冷や汗をかいたりして、露骨に緊張しているように見える重五郎の姿が映っていた。それが、稲山には奇妙に思えて仕方がなかった。

 なぜならば、赤沼家にこのような手紙が届いたことは、重五郎の言う通り、今までに何回かあった。そして、そうした時には、いつも決まって、落ち着いていて、まともに取り合おうとしない冷静な態度の重五郎がいた。それが今日ばかりは、重五郎は、言葉こそ平静を装っているものの、露骨に取り乱している。一体、何が彼をそんなに焦らせているというのか。それが、稲山にはわからなかった。

「警察に通報しますか?」

「いや、駄目だ。警察に通報するつもりはない。それはまずい。こんなことで騒がれたくはない。わたしは信用できる探偵に相談することにする。お前は、こんな手紙がまた届くかも知れん、気をつけていてくれ」

 重五郎は、そんなことを、くぐもった小声の早口で、つぶやくように言った。

「わかりました」

「それとだな……」

 重五郎は、稲山に顔を寄せて、緊張した面持ちでぐっと睨みつけた。その睨みつけている顔と言ったら、非常に殺気立っていて、なんとも形容しがたいもの凄さがあった。ただ、稲山には、それは単純な怒りといった感情ではなく、怯えているが故に、周囲に対してやたらに攻撃的になっているかのように思われた。稲山は、このように緊張した重五郎の姿を見たことがなかったので、非常に気にかかった。

「このことは、絶対に他言するな」

「わかりました」

 何をわかりきったことをもったいぶって、と稲山は思った。

 ただ、それよりも稲山がわからなかったのは、この手紙の内容のどこに、重五郎をここまで怯えさせる要素が隠されているのか、ということであった。つまり、今までの脅迫状と何がそんなに違っているのかということである。執事のみた限り、思い当たる節はどこにもなかった。

「頼んだぞ」

 重五郎はそう小さく呟くと、手紙を握りしめたまま、重い足取りで、部屋を出て行った。


            *


 それからというもの、稲山執事は、一体なにが重五郎をあそこまで怯えさせたのか、毎晩寝る前に考えるようになった。そして、その度に、うろ覚えながら、手紙の文面を思い出していた。重五郎は、あの文面をみて、あきらかに取り乱していたようであった。

 しかも、重五郎はこの手紙の存在を隠そうとしているかのようであった。まるで、あの手紙の内容に、何か重五郎にとって都合の悪い事実が記されていたかのように。そう、例えば、1年前の琴音の自殺が、本当に殺人であって、その証拠を握っていることを、暗示している一文があったとでもいうかのように。しかし、もしそうだというのなら、どの一文がその事実を暗示しているというのだろうか。

 稲山は、まったく見当がつかないまま、いつの間にか、眠りに落ちたのであった。

 


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