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11 刑事 根来と粉河が捜査に当たる

 珈琲というものは、何が美味しいのかわからないが、習慣になってしまっているので、いつも飲んでいる。殺人事件というものも、よくわからないことだらけだが、仕事だから追っている。マンネリズムの中に身を投じ、何も本質が見えないまま、ただ無味乾燥とした毎日を過ごしていた。

 根来(ねごろ)警部は、珈琲を一口飲む度にそんなことを考えては、無味乾燥な味わいと自分の人生を引っ掛けて、そんなことを悩む己へのナルシシズムに浸っていた。けれども、そもそも珈琲の味がわからないのは、根来刑事が味音痴なだけであった。

「根来さん、事件ですよ」

「あ?」

 根来刑事のナルシシズムと陶酔を打ち壊す、部下の粉河(こかわ)刑事の幾分高めな声が、素っ頓狂な調子で響いた。

「お前、今なんて言った」

「殺人事件ですよ、現場に行きましょう」

「なんなんだよ、こんな日に」

 今日は大晦日ではないか。こんな日に殺人を起こすなんて、なんて罰当たりではた迷惑な野郎なんだ。よりにもよって、あと数時間で、カウントダウンが始まり、新年が始まろうというこのめでたい節目に人殺しをするとは、と根来は心身に怠さと腹立たしさを感じて、眉をひそめた。

「そんなこと言わないで下さいよ。赤沼家のあの城で人が殺されたそうなんです」

「なんだって、あの赤沼家か? 誰だ、誰が殺されたんだ?」

 その赤沼家という言葉を聞いて、根来ははっと目覚めるような思いだった。

「なんでも、当主の赤沼重五郎が殺されたらしいんです」

「ほんとかよ、そりゃ気になるな。すぐ行ってみよう」

「おまけに現場は雪の密室だったらしいんですよ」

「何? 密室?」

「ええ、雪の密室殺人です!」

「馬鹿もん、推理小説の読みすぎだ!」

 根来は、粉河の頭をポカンと叩いた。

 そして、根来は思い返した。赤沼家といえば、ちょうど一年前に令嬢の琴音が遺書もなく自殺したということで、あの時も、根来と粉河が捜査に当たったのだった。根来の勘によれば、殺人の疑いもあったが、決定的な証拠がなかったため自殺という形で現在まで放置されていた。

 根来は、今回、重五郎が殺害されたということになれば、一年前の自殺についても、一から考え直す必要が出てくるのではないかと、久々に刑事本来の胸の高鳴りを感じていた。

「さあ、行くぞ、粉河!」

「はい!」


            *


 パトカーの中で、根来は自分に酔っていた。根来は自己満足では満足しきれなくったらしく、粉河に話しかけた。

「しかしなぁ、赤沼家で殺人となれば、あの一年前の琴音の自殺も考え直さなきゃならねぇな」

「えっ、そうなんですか」

 粉河は、驚いた様子で声を上げた。粉河はまだ、事件の概要を知らないので、そんなことは何も考えていなかった。その様子を見て、根来は少し得意げになって、フフンと鼻で笑った。

「なんだ、お前は全然感じてねぇのか」

「感じるって何をですか」

「だから、一年前の琴音の自殺が自殺じゃなかったっていうやつだよ」

「別に感じてませんよ、そんなもの」

「たっく、だからお前は駄目なんだよ」

「でも、どこからそんなこと思いついたんですか」

 どこからと追及されると、根来はちゃんとした理由を答えることができない。途端に具合が悪くなって、仕方もなく、根来は、すこし言いづらそうな小声で呟いた。

「……俺の勘だよ」

「なんだ、また根来さんの勘ですか」

 粉河はひどく失望した口調であった。その露骨な反応に、根来は途端に恥ずかしくなって慌てた。

「なんだってなんだ、お前、今、完全に俺を馬鹿にしてるだろ」

「だって、根来さんの勘は今まで一度として当たったことないじゃないですか」

「……まあな」

 根来はすっかり興醒めした気分で、現場の赤沼家本邸に到着したのだった。そう粉河に言われてしまうと、またいつもの自分の勘違いかもしれないとも思えてくるのだった。何はともあれ、証拠というものは現場にある、自分の勘が正しいかどうかは現場で判断できるだろう。根来は少し冷静になって窓の外を見た。

(でもな……)

 根来は、月明かりに浮かび上がる、赤沼家の城を見上げて思った。

(やっぱり、ここには何かありそうな気がするぜ。俺の勘ではな……)

 そして、根来はパトカーの扉を開いて、一歩、外へと足を踏み出した。

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