敵騎来襲! ③
新海道上空に国籍不明の翼竜が侵入した日の夕方、軍民関係者が朝陽市にある道庁に集い、緊急の会議が行われていた。その内容は今回の事態による被害報告と、今後の対策であった。
ちなみに軍施設ではなく道庁で行われたのは、距離的に集まりやすかったからだ。
「道庁に現在までに寄せられた報告では、死者はありませんが警報発令に伴う避難のさいに転倒するなどして、負傷者17名が報告されています。なおこの内3名が骨折などの重傷とのことです。建物などの被害は確認されていませんが、住民が避難した隙に発生した空き巣なども起きているようです。また交通機関もいまだに乱れています」
新海道長官大塚吉一は、道庁に寄せられた民間の被害を報告する。内務省の官僚である彼は、民生面でのトップである。鎮守府司令官であり、実質的な新海道における軍トップの須田とは就任以来、様々な面で連携し、時にはぶつかり合いながらも発展と秩序維持に尽くしていた。
「市民の動揺などはどうでしょうか?長官」
「初めての警報、それも本物の敵の襲来だっただけに衝撃は大きいようです」
続いて軍関係の報告が行われる。
「軍の被害は味方の誤射により、陸軍の91式戦闘機3機が損傷。いずれも海軍の三笠飛行場に着陸し、搭乗員も無事とのことです。その他は特に報告されておりません。艦艇、砲台、航空隊は敵の再来襲に備えて、配置に就いております」
「陸軍についても同様です。我が新海道守備隊は現在島内、特に都市部に部隊を展開し、対空陣地の構築などを始めております」
と報告するのは、新海道守備隊司令官の安来智之少将。新海道を守る陸軍の1個師団プラス1個大隊、ならびに飛行10連隊の戦力は彼の指揮下にあり、鎮守府指揮下の2個海軍特別連合陸戦隊(1個は陸軍の大隊規模)とともに、新海道の陸の守りを担っている。
「我が軍も万が一に備えて警戒態勢に入ってる。万が一俺たちが攻撃を受けることになれば、自衛のために行動する」
米艦隊司令のカールセン提督はそう言うが、どこか楽し気な感じだ。もしかしたら戦闘を楽しみにしているかもしれない。だから須田は釘を刺しておく。
「それについては問題ない、カールセン提督。ただし、くれぐれも誤射だけはないようお願いする」
「そうですね須田提督。そんなことになれば外交問題だ。しかしながら、自らの身や同胞に危機が迫れば、我々もあまり細かくは構ってられないかもしれない。戦場では何が起きるかわからない。その点については御容赦願いたい」
「もちろんだコネリー提督。あくまで事前の注意喚起です。さて、今日黎明島に国籍不明の翼竜が来襲したわけだが、ナガ大佐にクール領事。我々は翼竜のことも、それを飛ばしたであろうバルダグやモラドアについてあまりにも知らなさすぎる。今回お二人にもこの会議に参加していただいたのは他でもない。我々に出来る限りの情報を提供していただきたい」
会議参加者の視線が、一斉に2人の人物に向けられる。白を黄緑を基調とした民族衣装に身を包んだ駐新海道イルジニア領事のルクス・クールと、紫色を基調として金色のモールが入るイルジニア陸軍の制服に身を包んだエルフ。現在新海道に派遣されている軍人で最高位の陸軍大佐ケメラ・ナガである。
「もちろんです須田提督。提供できる情報は全て提供しましょう。ナガ大佐、よろしく頼む」
「はい、大使」
専門的なことであるため、クールはナガに説明をさせる。
「まず翼竜についてですが、以前皆様に提供した情報について、改めて確認させていただきます。翼竜は、この世界においては空中の戦いに使われるポピュラーな動物の一つであります。今回来襲した敵騎の国籍は不明とのことですが、バルダグ、モラドアともに空軍の主力戦力として活用しています。使用方法は、あなた方の飛行機とそう変わりありません。事前の偵察や、翼竜同士の空戦、対地・対艦攻撃に用いられます。その能力に関しては、繁殖や育成の設備によって多少差が出ますが、平均的には最高速度はあなた方の使う単位で時速200kmから250km。どんなに出ても300km程度で、御者1名で爆装は100から200kg程度。行動半径は300km程度が限度です」
「偵察にも用いるということは、やはり今日来襲したのも偵察だったということかね?」
「おそらくそうでしょう、ペンス提督。今後敵が大規模な襲撃を行う可能性は捨てきれません」
ナガの言葉に、皆の表情が険しくなる。予想していたことであるが、敵が実際にそのような行動をとる可能性が高まったとなれば、危機感を覚えずにはいられない。
「しかし今の説明だと、敵の竜は半径300km圏内のどこかから飛び立ったということになりますが、こちらの哨戒網を突破して、そんな近距離から発進してくるなど、本当にありえるのですか?」
そう質問するのは、今回出撃中のエーベルト少将に代わって出席しているドイツ軍代表のカウル・シュタインホフ中佐だ。
「普通は考えられません。確かに魔法で翼竜の能力を強化するという手はありますが、それにしても通常の何倍もの距離を飛行可能にするなど、考えられません」
「しかし、現実に」
シュタインホフの言葉を、須田が制する。
「シュタインホフ中佐、疑問はもっとものことだが、今はそれよりも敵の今後の動きについて考えたい。ナガ大佐。敵がバルダグにしろ、モラドアにしろ、襲い掛かってくる可能性はあるかね?」
「充分あり得ると思います。今回の竜が偵察騎ならば、この島の位置や状況について確認したはずです。そして、迎撃に失敗したために、攻撃できる隙があると考える可能性は高いでしょう。あまり人のことは言えませんが、バルダグもモラドアも、自分たちの能力を過信する傾向にあるので」
バルダグ、モラドア、イルジニアはそれぞれ亜人、魔法を使う人間、エルフの国家であり、お互いがお互いに自己の優秀性と相手の劣等性を信じてきた。それでもイルジニアが異世界の人間と組んだのは、モラドアとの戦争で大きく押し込まれているという切羽詰まった状況があるからだ。逆に言えば、それくらいの状況に追い込まれなければ動かない、というのがこれまでの彼らの状況だった。
「そうなると、明日にでも襲撃があるということか。来るとすればやはり空かな?」
「それが妥当でしょう。制空権を押さえて優位に立つのは、我々も変わりませんから」
「最優先でとるべきは、空襲に対する備えと言うことになるな」
「陸軍航空隊としては、敵が来れば全力で迎撃するまでです。しかしながら、今日のように発見の報告が遅れれば、後手に回ることになるでしょう。加えて、そもそも戦闘機の数が島全体の防空を行うには足りなさすぎますし」
安来が不満げに口にする。
現在黎明島には陸海軍合わせて80機ほどの戦闘機しかない。それなりの戦力だが、広い黎明島上空全体を守るとなれば、決して多くはない。
さらに彼は付け加える。
「それに、こちらの戦闘機が翼竜相手に戦えるのかもわかりませんし」
「ナガ大佐。戦闘機の機関銃で翼竜は落ちるかね?」
須田が問うと。
「それはなんとも。羽根や腹あたりだったら、充分効果はあると思います。あとは、背中に乗る御者、つまりはパイロットを狙うか。ただ背の鱗を貫けるかは、やってみないとわからないと思います」
ナガは考え込みながら答える。今のところ地球製の兵器と、翼竜が本格的に戦闘を行ったことはない。だから本当に地球製兵器が効果あるのかは、誰にも分らないと言える。彼が困ったのも当然であった。
だが他に手段がないのも事実であった。今ある武器で戦う以外に選択肢はない。
「そうなると、とにかくいち早く接近する敵を探知し、1機でも多くの迎撃機を用意するしかないか・・・我が駐留艦隊も出すとして、各国艦隊にも周辺海域の哨戒など、協力を要請したいがどうかな?」
「うちは構わないぜ。朝陽市や春日市には我が国の民間人も沢山住んでいるしな」
「我が艦隊も出来うる限り協力しよう」
「我が国もだ」
カールセンにコネリー、フランス艦隊司令のペンス提督も賛意を示す。どうやら各国艦隊は動いてくれそうだった。
さらに。
「あと戦闘機なら、我が国が持ってきてる分も使ったらどうかな?数機しかないはずだが、ないよりマシだろ」
カールセンがそんなことを言う。
「それは、イルジニアに供与する予定の機体のことかね?」
「そうだ。パイロットもいるし、出せと言われれば出せるはずだ」
「ふむ」
イルジニアと各国は友好条約を締結したが、それとともに同国が軍事面での支援を求めたのに伴い、各種物資や兵器の供与も始めている。まだ外交関係を持って日が浅く、またイルジニア側の兵隊の問題もあるので、主に供与されているのは小銃、機関銃、手りゅう弾と言った小火器が中心となっている。
その一方で、イルジニアは将来的に進んだ地球の技術を習得するのを望んでおり、それは自動車や艦艇、そして航空機も含まれる。
これらは習熟するまでに時間が掛かるものであるが、イルジニアを有望な市場と見た各国では、軍事顧問の派遣を含めて売却計画を進めていた。
このため、サンプルと教材を兼ねて既に一部はこちら側に持ち込まれ、その教育などは日本側が土地を提供する形で、黎明島で行われていた。こうして、アメリカは練習機に加えて、数機のカーチスP6「ホーク」やボーイングP12を持ち込んでいた。
「しまったな」
「もう少し遅ければ間に合ったのに」
コネリーとペンスが多少口惜しそうに言う。イギリスとフランスも売り込みを図り、数機の戦闘機を持ち込む予定はあるが、まだ本国から到着していなかった。
「カールセン提督。そのアメリカの戦闘機ですが、本当に戦えるのですか?また戦うにしても、ここは我が国の領土ですから、我々の指揮下に入っていただきますよ」
艦隊とそれに付属する水上機等については、条約でかなり自由に動けるが、今回陸上飛行場にある機体はあくまで売却目的で持ち込まれたもので、条約の適用外だ。戦力として協力してくれるのは嬉しいが、武器である以上日本側の監督下に入って貰わなければならなかった。
「説得なら任してくれ。陸軍も混じってるが、なあに。俺が黙らせますよ。指揮権については面倒くさいが、仕方がない。もちろん、従いますよ」
不承不承と言う感じであったが、カールセンは従った。
御意見・御感想お待ちしています。
会議は次話にも続きます。