未知なる海 ⑥
「伊6」に激突し、激しくのたうち回るヤリザメ。自慢の角は折れ、激しく出血し、誰の目にも断末魔の姿であるのは明らかだ。
だが、それでも生きている。
「何をしている!撃て!トドメを刺せ!」
大林が怒鳴る。
例え断末魔であっても、生きて脅威となり得る以上、排除しないわけにはいかない。
「撃て!」
小銃や機関銃を持った乗員たちが、一斉に発砲した。
海面に幾十の水柱がそそり立った。
「撃ち方止め!」
命令と共に銃声が止み、その場を不気味な沈黙が包み込む。
「どうだ!?」
大林をはじめ、皆が恐る恐る海面を覗き込んだ。
だが、そこに先ほどまで激しくのたうち回っていたヤリザメの姿は既に無く、ただ打ち寄せる波が「伊6」の艦体を叩くのみであった。
「どうやら、仕留めたようだな・・・おい、ミーア。大丈夫か?」
大林は甲板に降りると、まだ息が荒いミーアに声を掛ける。
「ああ、大林。助かったよ。ほとんどのヤリザメはやっつけてたけど、生き残りが追いかけてきて。死ぬかと思った」
「やっぱり、全部仕留めきれなかったか。他に何匹くらい残ってた?」
「いや、俺が見たのはアレ1匹だけだよ」
「では艦長、全部仕留めたのでは?」
下士官の言葉に、大林としてはウンと言いたいところではあったが。
「どうかな?1匹いたと言うことは、或いは・・・」
「それなら、心配ないと思う」
大林の懸念を吹き飛ばすように言ったのは、ようやく息を整えたミーアだった。
「結構泳ぎ回ったけど、他に生きてるヤリザメは見当たらなかった。多分、あいつで最後じゃないかな」
「う~む・・・とにかく、少し様子を見よう。それで安全そうだったら、ミーアは仲間のところへ行ってこい。妹さん共々、お前さんたちの無事を報せないとな」
「うん!」
その後「伊6」は両舷を停止したまま、1時間ほど漂泊した。その間に「ギブリ」も合流し、日伊の将兵は静まり返った海面を眺めていた。
この間に内火艇が降ろされ、急造の水中眼鏡を装備した水兵が水中を確認する。
「どうだ?ヤリザメまだ残ってそうか?」
「全然、そんな気配ありませんよ」
「ほら、やっぱり全部退治したんだよ」
ここに至り、大林も決断する。
「うむ・・・ようし、ミーア。仲間たちのところ行って来い。ただし、くれぐれも気を付けてな」
「わかってるって!」
ミーアはあっという間に飛び込むと、海中へと姿を消した。
「おい、ダンピーニ艦長に連絡して、メル嬢を甲板に連れ出すよう言ってくれ。ミーアが戻って来る時は、仲間を連れてくるだろうからな」
「はい!」
部下に命じて「ギブリ」に発光信号で連絡を取らせる。
数分後「ギブリ」の艦上で手を振るメルの姿が見えた。
「15分か」
大林が腕時計を見ると、ミーアが潜ってから15分が経過していた。
「艦長!あそこを!」
双眼鏡を覗いていた水兵が、指を差して叫ぶ。すかさず、大林もその方向に双眼鏡を向けた。
「おお、無事だったか」
海面に無数に浮かぶ人魚の群が見えた。その先頭を泳ぐミーアが、ブンブンと手を振っている。
「総員、人魚の団体さんが来るぞ。下手なことはせず、くれぐれも丁重にな・・・こっちも手でも振ってやれ」
と大林が言うまでもなく、まず「ギブリ」の乗員たちが人魚の群に向けて手を振り始めた。それを見て、負けじと「伊6」の乗員たちも手を振り始めた。
すると、人魚の群からミーアと1人の人魚が集団から離れて「伊6」へと向かってきた。
ミーアともう一人の、女性の人魚が「伊6」艦上へと引っ張り上げられた。
「大林!俺たちの長を連れて来たぞ!」
「あなた方が、噂に聞く異世界の軍勢ですか?」
ミーアと共に艦上へ上がった人魚の姿を見て、誰もがその美しさに目を奪われた。絹の様な白く美しい髪に、整った顔立ち。下半身は人魚なので当然魚なのだが、その蒼い鱗も光輝いている。
大林もその姿に目を奪われつつも「伊6」の最高責任者、大日本帝国の代表者たることを思い出し、姿勢を正した。
「そのとおりです。私は大日本帝国海軍所属にして、この潜水艦「伊6」の艦長の大林であります」
「申し遅れました。我が族の長であるメールです。話はミーアから聞きました。この度は、恐ろしいヤリザメを退治することに手を貸していただいたとのこと。本当に感謝しております。もしあなた方の助けがなければ、我が族は滅んでいたでしょう」
「海で救いを求める者がいるのならば、手を差し伸べるのが我が世界の船乗りの掟です。また我々は、皆様のような異界の民とも平和と友好を結ぶことを望んでおります。我々の力がお役に立ったのであれば、まことに光栄なことです」
すると、メールは驚きの表情をした。
「異世界の方は、大変謙虚なのですね」
「恐縮です。メール殿、先ほども申したとおり、我々は友好を願っています。今すぐにとは言いませんが、我々と友誼を結んでいただくことはできませんか」
「オオバヤシ殿。我々に手を差し伸べていただいたことには、感謝しています。しかしながら、我ら人魚の一族は、長く陸の人とは積極的に交わっては来ませんでした。一族の中には、陸の人を強く嫌う者もいるのです」
「それでも結構です。先ほども申したとおり、今すぐでなくてもよいのです。今は互いに敵としない。それだけで充分なのです」
この大林の発言は、人道的な意味を含んでいないわけではないが、それ以上に戦争に勝つためと言う現実的な理由も含まれている。
現在地球連合は、異世界の2大国と戦争状態にあり、優勢に戦いは進めているものの、決定的な勝利を得るまでには至っていない。この状況下で敵を増やす等、あまりにもナンセンス。むしろ、味方が多いに越したことはない。
そのため、この異世界において味方を少しでも増やすことが、連合軍内の了解事項となっていた。当然ながら、武力や優れた機械文明を背景に、関係を無理強いするなど論外であった。
地球では植民地を有して、公然と人種や階級での差別的な政策を行う国々が、異世界側では人間ではない存在に寛大となっているため、甚だしいダブルスタンダードとも言える。
とは言え、大林をはじめこの場にいる誰もが人魚たちに対して同情していたのは間違いなく、実際に彼らは行動で示していた。
そしてもちろん、人魚たちは地球側の事情など全く知らない。むしろ彼らは、ある国と対比して地球側の態度を、素晴らしいものだと考えてしまう。
「あなた方は、バルダグやモラドアに比べ、随分とお優しいのですね」
「バルダグやモラドアは、あなたたちに接触していたのですか?」
「ええ、ですがモラドアはまだしも、バルダグは我々を劣等種族としか見ていませんでした」
大林はメールの言葉に、この世界に関する講習で聞いたバルダグとモラドアの関係を思い出した。つい数年前まで、人間主体のバルダグと獣人主体のモラドアは、その民族的差異から敵対していたという。
双方の皇帝と王が交代したことで、同盟が結ばれたと大林は聞いていたが、それまでは長くそんな状態だったという。
なるほど、その観点からすればバルダグが亜人と言うべき人魚を差別対象としたのは、頷ける話だ。
「今回のヤリザメの件も、おそらくバルダグの仕業です」
「何ですと!?」
それは聞き捨てならない情報だった。単なる自然現象と思われたヤリザメの大量発生が、人為的に引き起こされたとなれば。
「それは、確実なことなのですか?」
「残念ですが、証拠はありません。ですが、我が一族の者がバルダグの船から放されるヤリザメを見たと、確かに言ったのです。その者はヤリザメと戦った傷が元で既に死んでしまいましたが」
「なるほど、ですがあり得ないことではないですな。むしろ、あの国のことを考えると大いにあり得ることです」
科学文明に拠らず、専ら魔法を技術の根源としているバルダグは、これまでにも魔法や魔法を利用した地球側が想像すらしない戦術を繰り出してきた。
その中でも、海獣とそれを操る魔術師との組み合わせによる海獣部隊は、大きな戦果を挙げている。
また彼らが空軍兵力の主力として使用する翼竜や翼火竜は魔法によって強化された、地球の言葉で言えば動物兵器だ。
そんなバルダグが、ヤリザメを兵器として使用するというのは、あり得ない話ではないし、むしろ動物兵器として使用したならば、今回の大型の個体の出現や大量発生も説明が付く。
「メール殿、貴重な情報ありがとうございます。それと、あなた方の御意見は上層部にしっかりとお伝えしましょう」
「よろしくお願いいたします。オオバヤシ殿」
結局のところ、人類と人魚族の接触は、バルダグに関する情報を得た点を除けば、互いに敵対しないというところに落ち着き、積極的な交流をするまでには至らなかった。
しかし。
「さようなら~!」
「おじちゃんたちバイバ~イ!」
「坊主と嬢ちゃんも元気でな!」
「またいつか会おうな!」
「伊6」と「ギブリ」の乗員たちと、人魚たちは互いが見えなくなるまで手を振り続けた。
それは、ささやかな友好の芽が、いつの日か花開くことを予感させるものであった。
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