未知なる海 ➄
「それでは諸君。改めて作戦を確認する」
仮装巡洋艦「ギブリ」の作戦室に、日伊の主だった士官たちと人魚のミーアが集い、ヤリザメ一掃作戦の最終打ち合わせを行うところであった。
「ミーア君の情報によれば、ヤリザメの群は現海域から北に六海里の海底にある人魚のコミュニティー周辺に集まっているとのことだ。そこで我々はこのヤリザメをおびき出したところで叩く」
ダンピーニは机の上に置かれた、簡単な海図の1点を指示棒で指し示した。
「おびき出すのはここ。人魚のコミュニティーから15海里離れたこの地点だ。ミーア君によれば、ここはちょうど海底が窪地になっており、連中を一網打尽にするには都合がいい」
次に大林が作戦内容を確認する。
「まず作戦は、というよりこれが上手く行かなくては作戦自体が立ちいかないんだが、まずこの2日間で獲った魚を使って連中をおびき寄せる」
ヤリザメが地球のサメ同様、血の匂いに敏感と言う情報を受けて、この2日間「ギブリ」と「伊6」の乗員たちは、手製の網を利用して漁に励んだ。
おかげで、餌となる魚は大量に用意できた。
「まず内火艇を使い、獲った魚を入れた袋を罠がある地点までに、等間隔で沈めていく。そして最終的に罠の地点にヤリザメを誘い出した後、そこで有線式の爆薬を爆発させて、奴らを1匹残らず吹き飛ばす。口で言うだけなら簡単だが、ヤリザメが餌に掛からなければ作戦失敗だ」
大林が説明したおびき寄せるための魚は、七井が言う様に海中に袋詰めにされて投下される。ただし、投下直前にナイフで魚の身を突き刺し、血が流れるように細工することになっていた。
「その点に付いては大丈夫かと。2日間掛けて漁をして、相当な量の魚を集めましたから。細工も施しますし、これに引っかからない筈がありません」
「爆薬の方はどうだ?」
大林が担当士官に尋ねる。
「両艦の砲弾と魚雷を改造した特製品です。1匹残らず、海の藻屑にしてやりますよ」
餌で誘き出したヤリザメを倒すために用意した爆薬は、両艦に搭載されている弾薬を転用したものだ。
それを一つにまとめ、有線で繋いだ発火装置により起爆して爆発させるのだ。総計1トンなので、その爆発とそれによって生まれる爆圧、衝撃波によってヤリザメを一網打尽に出来るだけの力があると見込まれた。
「よろしい。では2時間後に決行する。なお、作戦が進行に少しでも齟齬が出た場合は、ただちに中止せよ。一歩間違えば大惨事だからな」
何せ相手は人食いザメ。それでもって、大量の爆薬を集中的に使用するのだ。一つ何かを間違えるだけで、大事故請け合いの案件である。
大林もダンピーニも、部下たちには繰り返し安全第一で行動するよう命じた。
そして最後の作戦会議から2時間後、いよいよ作戦が開始された。
ミーアから案内され、人魚のコミュニティー近くに進出した「ギブリ」のランチ。その傍に、ミーアが浮上した。
「プハ!」
「どうだった!?」
「うん。あいつらまだ集まってるよ」
「よし、作戦開始だ!」
「了解です。中尉殿」
そのイタリア人士官が命令を出すと、水兵が予定通り餌の魚の入った袋を海中に投入した。袋にはナイフで何カ所も穴が開けられ、そこから魚の血が滴り落ちている。
「サメは血の匂いに敏感だ。これで引っかかってくれるといいが・・・まあいい。ランチを出せ!」
「はい!」
ランチのエンジンが軽快な音を立て、ランチが動き出す。ミーアもそれに引っ付いて泳ぎ始める。
ランチと人魚が並走するという、前代未聞の光景が現出した。
「どうだ?掛かったか?」
「待って!」
ミーアが海中に潜って様子を探る。後方に落とした魚の入った袋が沈んでいく。人魚は水中でも目が利くため、良く見えた。
その目で、ミーアは確かに見た。何匹ものヤリザメが袋に向かって泳いでくるのを。
もちろん、ミーアは海面に浮きあがり。
「掛かった掛かった!連中血の匂いに誘われて来たよ!」
「よし!じゃあ、次行くぞ!」
イタリア人中尉は信号弾を空に上げた。
「よし!初動は成功だ。こっちも入れろ!」
「ようそろう!」
ベテランの兵曹長に指揮された「伊6」のカッターから、先ほどのランチと同じように餌の魚が入った袋が海中へと投下された。ヤリザメがより食いつくように、1回目のものより大きくかつ量も多い。
餌の投入が終わると、カッターは急いでその場から移動して安全を確保する。ヤリザメに刺されれば、カッターだと致命傷を負いかねない。
「さて、上手く行ったかね」
兵曹長がそう呟きながら、たばこに火をつける。
すると、カッターの縁にミーアが浮かび上がり捕まった。
「やったよ!連中ドンドン向かってくるよ」
「よし、じゃあ総仕上げと行くぞ」
「うん!」
こうしてヤリザメを餌でおびき寄せ、いよいよ爆薬を仕掛けた地点へと至る。
「いいよ!」
ミーアが手を振る。ちょうどそこには「伊6」が停泊していた。
「よし!投入!」
大林が手を振り下ろすと。
「投入!」
これまでで最大量の餌が予定地点に投入されていく。「伊6」潜水艦が搭載する航空機用デリックや魚雷搬入用のデリックが、思わぬ形で役に立った。
「艦長、全量投入完了です」
「よし。ミーア!上がれ!」
「わかった!」
ここまで潜って作戦を支援してきたミーアが、艦上に引き上げられた。
「両舷全速!早く離れないと爆発に巻き込まれるぞ!」
「ようそろう!」
「伊6」のディーゼル機関が唸りを上げ、両舷のスクリューが高速で回転し、艦尾の海面を泡立てる。
一刻も早く離れないと、仕掛けた大量の爆薬の余波に巻き込まれる。
「爆発まで5分!」
「急げよ!」
ちなみに爆発自体は、爆破地点から1km離れた海域に停泊する「ギブリ」から有線で行われる。
「上手く行くかな?」
艦上に上がったミーアが、爆破地点の海上を望みながらボソッと漏らす。彼は、ヤリザメの確実な駆除を確認するため、爆破の瞬間まで見届けると言ったのだが、そんな危ない行為をダンピーニも大林も許可できる筈がなかった。
「上手く行くと祈るしかないだろ」
「爆発まであと1分!」
「よし、ここまで離れれば安全だろ。どれどれ」
大林は双眼鏡で、爆破海域の様子を確認する。
「じかーん!」
水兵が叫んだ直後、凄まじい轟音と水柱が後方海域で立ち昇った。
「やった!」
「ざまあ見やがれ!」
水兵やミーアたちが歓声を上げる。
「浮かれるな!まだ連中を撲滅できたかわからんぞ。波が収まったら、確認作業を行う。準備急げ!」
「は!」
大林の指示を受けて、乗員たちが確認作業に備えて準備を始める。搭載された砲と機銃に取りついて発射準備に入り、艦内に搭載されていた軽機関銃や小銃が甲板上へと上げられる。これは万が一、ヤリザメが生き残っていた場合、掃討するためだ。
「艦長、準備完了しました!」
数分後、下士官が準備完了を告げた。
「よし、両舷微速前進」
「伊6」はゆっくりと、爆発地点へ向けて動き始めた。
「間もなく爆発地点です」
「うん」
既に爆発から数分が経過し、爆発によって起きた波は消え、海上は穏やかな姿を取り戻している。
しかし、海面には戦果を表すような痕跡は見当たらない。
「う~ん。これじゃあ、上手く行ったかわからんな」
「大林、俺が見てこようか?」
「いや、流石に危険だろ」
ミーアの言葉を大林が制する。1匹残らず駆除したか分からない現状で、彼を海の中に入れるのは気が引けた。
「だけどさ、俺じゃないと海の中はわからないだろ?」
「それは、まあ、そうだな」
大林たち普通の人間では、海中を素早く泳ぐことも、遠くも見通すこともできない。しかし人魚であるミーアならそれができた。
「だったら、俺が行って見てくるよ。大丈夫、危険だと思ったらすぐに上がるから」
「・・・わかった。頼むぞ。それから、絶対に死ぬなよ。妹さんが悲しむからな」
「わかってるって」
そう言うと、ミーアは「伊6」の甲板から、大林ら乗員たちに見送られて海へと飛び込んだ。
その後、場を不気味な沈黙が包み込んだ。
「艦長、ミーアのやつ上がって来ませんね」
しばらくして、一人の水兵が口を開く。大林が腕時計を見ると、ミーアが飛び込んでから10分経過していた。
「人魚は水に長く潜っていられるらしいからな・・・」
とは言え、さすがに何時まで経っても浮上しないのでは、気を揉むというものだ。
「だが、水の中じゃ捜しに行くわけにもいかんしな。信じて待つしかない」
それから、さらに5分ほど経過した時である。
「ぷは!」
突然艦の傍にミーアが浮き上がった。
「おう、どうだった?」
「そんなことより!早く引き上げてくれ!殺される!」
「何!?ロープだ!」
大林の命令を受けるまでもなく、いざと言う時に備えていた乗員たちが、一斉にミーア目掛けてロープを投げた。
その1本を彼がキャッチすると、すかさず引き上げる。
彼の体が海中から完全に出た瞬間であった。
カキーン!
という艦体に何かが当たり、割れるような音が聞こえて来た。
「何だ!?」
一斉にその音がしたあたりに乗員たちが集まり、海中を見ると。
「アアア!?」
その光景に、誰もが唖然とした。
そこでは、先端の槍を折られて激しく出血し、痛みにもだえ苦しむヤリザメが、断末魔の姿を見せていたのだから。
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