未知なる海 ➂
お待たせしました。ちょうど今、BSでUボートに関連するドラマが放送中で、書きながらイメージを膨らませるのに役立ちました。
「ヤリザメの大量発生だと?」
「ああ。あの化け物どもが、ウジャウジャと出てきやがって・・・痛う!」
「伊6」艦内の士官用スペース。そのベッドに横たえられた傷だらけのミーアが、軍医の手当てを受けながら、大林たちに事情の説明をしていた。
彼が言うには、例の大型のヤリザメが突然群をなして人魚のコミュニティーに襲い掛かってきたのだという。その時、ミーアは泳ぎの練習をする妹のメルの付き添いで、コミュニティの外にいたらしい。
そのため、彼はメルを抱きかかえてヤリザメの包囲網を突破するしかなかったという。
「お兄ちゃんをイジメないで!」
小さな女の子の人魚、メルが軍医の腕をガシッと掴む。ミーアが痛むのを見て、イジメられているとでも思ったようだ。
そんな健気な姿を見て微笑みながら、軍医の木俣中尉は優しく声を掛ける。
「あのね、メルちゃん。別にイジメてるわけじゃなくてね、お薬を塗ってるだけだから。もうすぐ終わるから」
普段乗せることもない小さな女の子の姿に、乗員たちは誰もがほっこりしていた。
しかし、大林だけは困り顔だ。それはミーアの頼みが原因だった。
「で、そのヤリザメから仲間たちを助けてくれってか?」
「ああ、この鉄の船ならヤリザメなんか蹴散らせれるだろ?」
「そりゃ、ヤリザメの攻撃なんかへのカッパだが、退治するのはな」
いくら巨大と言えど、相手は生き物。鋼鉄で出来た潜水艦ならなんとかなるだろう。とは言え、それは攻撃を受けても大丈夫と言う意味で、ヤリザメを追い散らして、人魚たちのコミュニティーを助けられるという意味ではない。
大林の心情としては、人魚は敵でもなければ味方でもない。しかし、目の前の傷つきながらも妹を必死に守り通したミーアを助けたいというのが人情と言うものだ。
とはいえ、潜水艦ではヤリザメに対して出来ることは、ほとんどない。魚雷は水上艦に対して撃つものだし、主砲や機銃にしても対艦や対空につかうもので、水の中を泳ぎ回る生き物を駆除するのに使うには、難がある。
搭載している水偵も、7,7mm機銃を1挺装備しているだけなので、とても海中の魚を攻撃する用途には使えない。
「とにかく、司令部に電文を送って状況を説明しよう。お前たちをいつまでもこんなせまっ苦しい所に置いておくわけにもいかないしな」
日本海軍の潜水艦は、諸外国の艦に比べて一回り大きなサイズだが、艦内の狭さと居住性の悪さは変わりない。そんな艦内に、いつまでもお客さん(しかもケガ人)を置いておくわけにもいかなかった。
「先任、一番近い位置にいる水上艦を確認してくれ」
「わかりました」
現在この海域には潜水艦だけでなく、調査などを名目に各国の艦艇が派遣されていた。大林はそのうちのどれかに、ミーアたちを移すことを考えた。
先任の七井大尉が、海図と司令部から通達されている味方艦隊の動きを突き合わせ、近くに艦がいないか確認する。
「南方50海里に伊太利亜の仮装巡洋艦がいますね。艦名は「ギブリ」」
「よし、無線で会合を希望することを打電してくれ。それと針路を南に変針だ」
「はい、艦長」
「南に行くのか?」
「ああ、そこで仲間の艦と会合する。お前たちはその艦に移す。この艦じゃまともに寝られる場所も用意できないからな。妹さんにも辛い環境だ」
「その、大丈夫なのか?その艦」
「それを言ったら、この艦だって異世界から来てるんだぞ。お前さんこそ、そんなに信頼して大丈夫なのか?」
「そりゃ、飯を奢ってくれる奴に悪い奴はいないって」
「お気楽なやつめ。まあ、今はしっかり休め・・・それと」
大林はミーアの片手にギュッと抱き着き、不安そうに自分を見つめるメルに視線をやる。
「妹さんはここにいたいみたいだな・・・おい、誰か甘い物でも出してやれ」
「は!」
ミーアとの会話を終えた大林は、発令所へと戻る。
「艦長、イタリア艦より会合了解とのことです。ですが、いいのですか?人魚は我々にとって敵ではありませんが、味方でもありません」
「まあ、そう言うな。目の前で溺れている者を助けないわけにもいかない。もちろん、ミーアの助けを聞くかはまた別問題だが、どちらにしろ治療と休養には設備の整った艦が必要だ。仮装巡洋艦なら、潜水艦よりマシだろう」
潜水艦の医療設備は、ほとんど無きに等しい。加えて衛生状態も悪い。艦内容積が限られ、シャワーもない、トイレの数も少ないのだから当然と言えば当然だ。
異世界ゆえに、潜水艦となるような敵の存在などなく、ほとんど浮上している状態であってもだ。
これに比べれば、ベッドのある医務室を用意でき、使用するのが海水であってもシャワーや浴槽を備えられる水上艦船の方が、はるかに衛生面で恵まれている。
加えて、例え人魚であっても少女(と言うより幼女だ)を乗せ続けるのも具合が悪い。衛生状態が悪いのもあるが、潜水艦は居住スペースがほとんどなく、加えてパイプや各種バルブなどがむき出しで、危険すぎる。
そうしたことも勘案すると、早いところ移乗してもらうのが得策だと、大林は考えたわけだ。
また七井の言う様に、確かに味方とは言えないが、それでもケガ人を放っておくわけにもいかない。もちろん人道上の利用もあるが、それとともに極力現地住民を懐柔しておく方が、後々の利益になる。そのような打算も当然あった。
それから4時間後「伊6」は、伊太利亜海軍の仮装巡洋艦「ギブリ」と会合した。
異世界進出に出遅れた伊太利亜は、現在に至るも戦力の進出は充分でない。その中で、比較的数が増えたのが仮装巡洋艦であった。何せ、そこらにいる自国籍の商船を適当に徴発して、軽く武装させているだけなのだから、懐事情が厳しく未だにまともな艦艇を送り込むことに四苦八苦している伊太利亜でも、数を揃えられるというわけだ。
「ギブリ」も、大林の見たところ普通に5000総トン程度の貨物船にしか見えなかった。
「艦型識別表によると、もともとは冷凍船だったようです」
七井が識別表の情報を、大林に上げた。
「出自はこの際なんだっていい。それよりも、乗せてくれるかだな。土壇場でダメとか言うかもしれん」
厄介ものを押し付ける形だから、交渉次第では断られるかもしれない。
「ギブリ」に横付けした「伊6」に、タラップが降ろされる。大林は軽い足取りで上がると、そこでは既に乗員たちが出迎えの準備に入っていた。
「大日本帝国海軍潜水艦「伊6」艦長の大林少佐です」
乗り込んだ大林たちに応対したのは、30代後半くらいの少佐であった。
「伊太利亜王国海軍仮装巡洋艦「ギブリ」艦長のダンピーニ少佐です。ようこそ、大林少佐。急病人を預けたいとのことでしたが?」
「ええ、ただ人間ではないのです。人魚なんです」
「ほう、人魚ですか」
「何分我々も人魚との接触は初めてでして。しかし、どちらにしろケガ人なので。潜水艦の不衛生な環境に置いておくのは危険と考えまして」
「とりあえず、うちの軍医を行かせて移乗可能か判断させましょう。」
「お願いします」
「で、大林少佐。よければ、シャワーを浴びて、食事がてらワインでもどうですか?」
「中々に魅力的な提案ですが、艦長の私だけがそのような贅沢をするわけにも参りません」
潜水艦乗りにとって、シャワーに豪勢な食事、ワインは中々に魅力的なものであるが、一方で家族的な結びつきの強い艦でもあるので、大林だけが贅沢をするわけにもいかなかった。
「では、乗員全員にシャワーを。食事も酒も交代で摂らせてはどうです?本艦は潜水艦への補給も任務に含めていますので、貴艦の乗員全員を受け入れることも可能です」
「それはありがたい。帰港まで日数があるので、それでしたら是非ともお願いしたい」
艦長だけが贅沢をするのは論外だが、乗員全てに与えられるのであれば別である。
「しかし、ここで長居しても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。最寄りの陸地からも、かなり離れています。ここなら、敵の翼竜も飛んできませんよ」
バルダグにしろモラドアにしろ、使用している艦船は大した脅威にならない。最近何かと話題の海獣部隊も、見張りをしっかり立てて奇襲を許さなければ、それ程の脅威でもない。
しかしながら、空からの奇襲を仕掛ける翼竜だけは脅威である。特に防御力のない、潜水艦ならなおさらだ。タンクに小さな穴が一つ開くだけでも、潜水不能になるリスクがあるのだから。
その翼竜も来ないとなれば、心配することもなさそうだった。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
こうして「伊6」潜水艦の乗員たちは、思いがけない休息の時間を得ることになった。
もちろん、収容されていた2人の人魚も「ギブリ」の船室へと移された。ちなみに「ギブリ」の乗員たちがミーアの容姿に歓声を上げたかと思えば、直後に男と知らされ落胆し、見ていた「伊6」乗員たちの笑いを誘った。
そんなこともあったが、大林ら幹部たちはダンピーニの誘いで食事がてらの情報交換を行うことになった。
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