未知なる海 ➁
「うめ~!!これは一体何だ!?」
出された鯨の大和煮の缶詰をガツガツと食う人魚の少年。普通に人間のガキが食事をしている姿そのままで、見ている大林以下「伊6」の乗員たち全員が、あきれ顔になっている。
「鯨の大和煮だよ」
「へえ、人間も鯨を食べるのか!?」
「人魚も鯨を食うのか?」
「運よく獲れればだけどね」
「ほ~う。人魚も肉を食うとは。てっきり魚だけかと思った」
「魚もよく食うけど、それだけじゃ体壊すぞ。海藻とか、海鳥とか。そう言うものだって食べるよ」
人魚の少年が何を食べるのか、大林達には最初皆目見当がつかなかった。イメージとしては魚だったが、それも推測の域を出なかった。加えて、潜水艦の糧食に魚などという足の早いものはない。
釣った魚を出す案も出たが、生憎と今日の釣果は未だゼロ。
仕方がないので、今スグに出せるものを主計長に求めた結果、出てきたのは缶詰肉であった。
缶切りで蓋を開けて「食うか?」と目の前に差し出すと、少年人魚は弾かれたバネのように飛び上がり、手づかみで缶詰の中身を食い始めた。
この光景に大林たちは最初呆気にとられ、次の瞬間にはあきれ顔になった。
「そうかい・・・で、お前名前は?」
「ミーア」
「ふ~ん。女みたいな名前だな」
「人間の名前じゃそうなのか?俺たち人魚じゃ普通だぞ」
「あ、そう。俺はこの潜水艦「伊6」艦長の大林だ。で、お前は何であんなところで腹空かして漂っていたんだ?」
「うん?ああ、それは・・・」
ミーアは、自分の置かれた状況を説明してくれた。
ミーアはこの近くの海底にある人魚のコミュニティの住民で、昨日見回りのためにコミュニティを出発した。
「見回りって、何を見回っているんだ?」
「それが最近、このあたりに大きなヤリザメが出るようになったんだ」
「ヤリザメて、先端が槍のようになってる、あれか?」
ヤリザメは、異世界固有の種類のサメで、新海道周辺にはいないが、イルジニア・モラドア・バルダグ大陸周辺に生息している。ヤリと名がつくように、文字通り先端が槍のように固く尖っており、獲物を串刺しにして仕留める性質がある。
ただし、大きさはせいぜい50cm程度で、基本的に自分より大きな相手は襲わない。そのため、人間にとっては基本的に脅威となる種類ではない。
「そうだよ」
「でも、あれはそこまで大きくない。少なくとも人間は襲わない。人魚は襲うってことか?」
「普通のはね。さっき言っただろ、大きいて」
「どれくらいの大きさなんだ?」
「俺の身長くらい」
「てことは・・・1m50超えてるな。化け物サイズじゃないか」
その大きさなら、普通に人間に襲い掛かって来るだろう。人魚も人間と身長は同じくらいだから、むしろ水中で生活する人魚の方が、危険は大きい筈だ。
「そう。まだ死人は出てないけど、もう何人もケガ人が出てるんだ。それで、俺も討伐に駆り出されたわけ」
「討伐に駆り出されたのはわかったけど、それがどうして腹減って漂流に繋がるんだ」
「それはね・・・いや、見事に返り討ちにあって。逃げ回っているうちに、どこがどこだかわからなくなって・・・」
「つまりは迷子か?」
「・・・アハハハ!ま、そういうことになるかな・・・けどスゴイなこの船。帆もないのに動いてるし、これ鉄か?鉄で出来てるのに浮いてるんだな」
腹が満たされて、ようやく周囲を冷静に見られるようになったようだ。いや、それよりも自分の恥を紛らわすために、話を急に変えたようだ。
そして大林も、目の前の少年の羞恥心を穿り返すような無粋なマネはしなかった。
「俺たちは異世界から来たからな」
「異世界?異世界て何だ?」
「異世界のことを知らないのか?」
「全然」
「ふむ。では教えてやろう。異世界とは、こことは別の世界のことだ。俺たちは異世界からやって来て、イルジニアと同盟を結んだんだが、今はモラドアとバルダグ相手に戦争中だ。だからバルダグの西の海がどうなっているか調べるために、ここまでやってきたんだ」
「ふ~ん。調べるのはいいけどさ、俺たちの住んでるところの近くに行くのはおススメしないよ。さっきも言ったけど、今でっかいヤリザメがうようよしているから」
「ハハハ。いくらでかいヤリザメでも、この艦の艦体を貫くなんて無理無理」
確かに人間にとっては脅威であるが、鋼鉄でできた潜水艦には、いくらヤリザメがその自慢のヤリを差したところで無力だ。と、大林は見ていた。
「本当か?ちょっと前にバルダグの船が連中に沈められたって、仲間が言ってたぞ」
ミーアの言葉に、大林の表情が変わる。
「バルダグの連中は、このあたりに来るのか?」
「う~ん。時たまにね。俺たちが海底で見つけた宝石や珊瑚を買うためにね。あ、でも沈められた船はデカイ貴族の船て話だったな。普段そんな船は滅多に来ないのに」
「・・・気になるな」
「?」
「まあいいや。聞きたいことは聞いたし、腹も一杯になっただろ?もう帰っていいぞ。もう迷子になるんじゃないぞ。それから、俺たちは別にお前たちのことを襲うつもりはないと、仲間に伝えておいてくれ」
「はいよ~!ごちそうさま~!!」
礼を言うと、ミーアは甲板から海へと飛び込み、あっと言う間に見えなくなった。
「艦長、良かったのですか?もっと情報を聞き出すべきだったと思いますが?」
七井先任士官の問に、大林は笑いながら答える。
「俺たちの任務はこの海域の調査だ。あんまり長居させて、人魚の心証を悪くする必要もないだろう」
「そういうものですかね?しかし、あの人魚無防備過ぎません?俺たちが潜水艦で来たのに、警戒する素振りも見せませんでしたよ。逆に心配になりますよ。腹が座っているのか、バカなのか」
「まあ、ガセネタ掴まれるよりはマシだろ。それよりも先任。この付近に人魚のコミュニティーがあるのはわかった。音波装置はしばらく停止させろ。あちらに無用な警戒を抱かせるかもしれん。この海域を抜けるまでは完全浮上航行で行く。対空ならびに対水上警戒を厳にせよ」
「わかりました。艦長」
人魚から情報を得るに越したことはないが、一方で相手の心証を悪くするのは好ましいことではない。加えて今回の任務は、あくまで海域の調査であった。人魚のことを調べるのが本務ではない。
とは言え、この付近に人魚のコミュニティーが確実にあるとわかったのは、大きな収穫であった。
大林は、海獣避けの音波装置が人魚にも悪影響を与える可能性を考え、いったん作動を止めさせた。
そして、予定海域に向かうべく航行を再開したのであった。
それから2日後、予定海域まで進出した「伊6」は予定通りにUターンして、先日ミーアを保護した海域まで戻ってきた。
すると。
「お~い!!」
艦橋で見張りをしていた乗員の一人が、その声に気づいた。
「誰か今喋ったか?」
「いいえ」
「何も」
他の見張りをしていた水兵たちは、気づかなかったようだ。
「気のせいか?」
と、気のせいと思ったが。
「お~い!!」
先ほどよりも大きな声が聞こえ、今度は他の水兵も気づいた。
「どこだ?」
「耳を澄ませろ!」
今度は聞き逃すまいと、全員黙って耳を澄ます。すると。
「お~い!ここだ!」
「9時方向だ!」
全員が一斉に9時方向に双眼鏡を構えた。すると、一人の水兵が波間に漂う2人の人影らしいものを見つけた。
「いたぞ!」
「おい、あれってこの間助けた人魚の野郎じゃねえか」
「もう一人いるぞ」
一人はどうやら先日助けたミーアらしかった。だが波間には彼ともう一人の人影が見えた。どうやらミーアが抱きかかえて泳いでいるらしい。
「どうする?」
「とりあえず、艦長に報告だ」
報告を受けた大林は、困惑した表情を浮かべる。
「どういうことだ?」
「さ、さあ?」
何せ報告した水兵も、どういう状況なのか飲み込めていないのだ。
「う~ん。まあいい。気になるから、とりあえず引き揚げてやろう。艦を戻せ!」
報告を受けるまで数分。その間も艦は動いているので、当然ミーアは後方に取り残されている。助けに行くため、大林は旋回を命じた。
「180度回頭!」
「伊6」はグルッと旋回し、今来た海域を少しばかり戻る。
「溺者救助用意!」
「対象の見落としに注意!」
潜水艦は甲板、艦橋ともに高さがないため、遠くの海面を見通すことはできない。海面の人影という小さな対象となれば、余計に見落とす可能性もあった。
そして探すことしばし。
「お~い!」
「いた!」
「見つけました!」
「よし、機関停止!助けてやれ」
大林の命令を受けて、甲板の乗員たちが浮き輪付きのロープを次々に投げ込んだ。
「そいつに掴まれ!」
「こっちにこ~い!」
その声に応えるように、ミーアが浮き輪の一つを掴んだ。
「よし、引き揚げろ!」
「重いぞ!しっかり手を放すな!」
数人がかりで縄を手繰り寄せ、ミーアとミーアが抱きかかえている人魚を引き揚げる。
「ありがと、助かったよ異世界人」
「おい、傷だらけじゃないか!どうした?それに、その子は?」
大林が見たのは傷だらけのミーアと、彼より二回りほど小さな子供の人魚だった。
「そ、それが・・・頼む!助けてくれ!!」
ミーアの叫びに、大林らは困惑するしかなかった。
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