未知なる海 ①
おそらく今年最後の更新となります。また今回から番外編的な話となりますので、よろしくお願いいたします。
地球側から見て、異世界と呼ばれる世界の三大国家と言うべき大国が、現在地球側と戦うモラドア、バルダグ、そして地球側と同盟を結ぶイルジニアの3つの国である。
そのためか1936年時点の地球人にとって、異世界の国々と言えば、ほぼこの3カ国を指していた。
しかしながら、実際のところ異世界に存在する国はこの3カ国だけではなかった。実はそれ以外の国の存在は、イルジニアとの接触やモラドアやバルダグ等からの亡命者を受け入れ始めた頃には、既に明らかになっていた。
ただし、それらの国の多くはモラドアやバルダグが地理的な障壁となって、容易に地球側の橋頭堡たる新海道からアクセスできる存在ではなかった。そのため、接触は諦められていた。
その状況に変化が現れたのは、異世界大戦勃発後に、異世界側でも潜水艦の本格投入が進んだことであった。
大戦前、潜水艦は異世界の海中に巨大海獣(シーサーペントやクラーケンの類)がいたために、投入が躊躇されたのだ。
しかしその後、生物学の方面から研究が進み、それらの生物が特定の音波や光を嫌がることが判明したために、異世界に派遣される潜水艦に特殊な音波発生器や投光器を備え付けることで、ようやくのこと投入可能となった。
こうして活躍の場を得た各国の潜水艦は、遠くモラドア・バルダグ近海まで航行し、通商破壊戦のみならず、機雷の敷設や工作員の上陸、破壊工作などに従事した。
そしてこれらの中でも一部の艦は、これまで地球側が把握していなかった海域にも進出し、その海域の海洋データ集めの任務も負った。
そんな中、日本の「伊6」潜水艦も未知の海域の調査を行うべく、バルダグ大陸南端を回り、バルダグ人の言うところの西大海へと進出していた。
同艦は、巡潜に属する艦である。このタイプの艦は、日本海軍潜水艦の専売特許とも言うべき、長大な航続力と水上機搭載能力を有していた。
ちなみに水上機の搭載は、発進ならびに回収ともに浮上して長時間の作業が必要という、潜水艦の隠密性を台無しにする一種の矛盾した能力であり、当初各国海軍からその技術的な点は評価されたが、運用面では疑問が呈された。
しかし、異世界側においては、敵がまともな対潜兵器を持っていないので、こうした点が大きな欠点になり得なかった。
そのため、後に日本から技術提供を受けた各国が、水上機搭載設備を有する艦を配備することとなる。この水上機搭載競争が過熱して、偵察機から重量のある爆弾や魚雷を搭載できる攻撃機、より飛行性能の高いジェット機、さらには無人の誘導噴進弾、そして行き着く先が弾道ミサイルとなる。
それはさておき、その「伊6」潜水艦がバルダグ南端の海域をすり抜け、西へ進むこと約500海里の海域に着いた頃のことである。
この海域まで来ると、敵の翼竜による哨戒圏外となるので「伊6」は、ほぼ全日水上航行としていた。
この日も同艦は、ディーゼル機関を回して排気煙とエンジン音を上げながら、水上を12ノットの速度で進んでいた。
一応艦橋や甲板には双眼鏡を持った乗員たちが立ち、周囲への警戒を怠らなかった。甲板も艦橋も低い潜水艦では、目視可能範囲が必然的に狭くなるので、見張りは重要なのである。
その艦内の発令所では、艦長の大林圭吾少佐が海図と言うにはあまりにもお粗末な図と睨めっこしていた。
この付近の海域に関する情報は、盟邦であるイルジニアどころか、モラドアやバルダグからの亡命者らも全く有しておらず、不正確な記述に頼らざるを得なかった。
ただし、地球側も彼らからこの付近に人魚のコミュニティが存在しているという情報を得ており、その存在を確実視していた。
だが当の「伊6」の乗員の中には、懐疑的な目を向ける者もいた。
「艦長、本当に人魚なんているんですかね?」
先任士官である七井大尉の言葉に、大林は海図を睨んだまま答える。
「イルジニアや敵の捕虜もいるって言うんだから、いるってことだろ」
「でも、さすがに体下半分が魚なんて、お伽噺ならともかく、ちょっと信じられませんよ」
「先任だって新海道でエルフや獣人見ただろ?ここは異世界なんだから、いてもおかしくないだろ」
「あれはまだ人間に見えるじゃないですか」
「まあな」
潜水艦戦隊に関しては、配備されてからまだ日が浅く、当然ながら乗員たちが異世界に滞在した日数も短い。戦前からいる新海道派遣艦隊に属する将兵はともかく、彼らのような新参者の場合、どうしても地球ではありえない事象を、疑って掛かってしまう。要は耐性がないのだ。
さて、そんな彼らが人魚にいきなり出会えばどうなるだろうか?
「艦長!」
艦橋とつながる伝声管から、見張り中の乗員の声が響いた。
「どうした?何か見つけたか?」
「人魚を引き揚げました!!」
「「ぶふっ!?」」
今さっき話していたところでのこの事態に、大林も七井も思わず吹き出してしまった。
「本当に人魚か!?」
「はい、間違いありません!」
「よし、俺も見に行くぞ!・・・先任、後は任せた」
「・・・あ、はい。わかりました」
とにかく一大事とばかりに、七井に艦の指揮を任せて大林はラッタルを昇り、甲板上へと向かった。
すると、前部甲板に乗員たちが集まっているのが見えた。
「ほれほれ、ちょっと道開けろ」
「あ、艦長」
敬礼しようとする部下たちを、大林はいいよいいいよと手を振る。
「敬礼はいい。人魚を引き揚げたらしいな」
「ええ、まあ」
「うん?」
そこで大林は部下のおかしな様子に気づく。何というか、皆残念そうな顔をしているのだ。
「どうした皆?しけた顔して?」
「艦長も見ればわかりますよ」
「うん?」
よくわからないまま、大林は甲板上に引き揚げられた人魚を見た。
そこにいたのは、紛れもなく人魚だった。事前に入手した情報通り、地球でもお馴染みの姿をしていた。すなわち、上半身は人間で腰からの下の下半身は完全に魚だった。
それでもって翠色と言う地球人ではありえない色の髪をしている。
「お~。確かに、人魚だな。気絶してるのか?」
「ええ、そうみたいです」
人魚を囲んでいたうちの一人の下士官が答える。
「で、どういう経緯で発見したんだ?」
「艦の近くの海面に浮いているのを見つけたんで、捕獲網で捕まえたのであります」
捕獲網と言うのは、敵の海獣部隊の兵士などの捕獲や、漂流物の引き上げのために積み込んでいる特殊な投網のことだ。傷つけることなく引き揚げられるということで、最初は人力であったが、最近ではアメリカ製の発射器付のものが出回っていた。
帝国海軍では制式装備ではないが、現場では96式小型捕獲網と呼ばれていた。
「確かに捕獲網なら傷つけずに引き揚げられるからな・・・で、なんで皆落ち込んでるんだ?」
すると、一人の下士官が心底悔しそうに答える。
「男だからです」
「はあ?」
「こいつが男だからですよ!」
そう言われ、大林はマジマジと倒れている人魚を見る。
なるほど、綺麗な髪に整った顔立ちに艶やかな肌。一見すると、女のようにも見えるが、胸には膨らみがなく、細身ではあるがあるが筋肉質な体をしていた。
地球人はお伽噺などの影響で、人魚=女というイメージを強く抱いていた。「伊6」の乗員たち、特に詳細な情報を得ていない下士官兵たちも、その意識が強かった。
一方大林は、事前に人魚に関する現在までに得られている情報の提供を受けていた。そのため、人魚も人間と同じく男女に分かれていることや、地球でよく言われるような歌声で船乗りを惑わすようなことはないと知っていた。
だから男の人魚が引き揚げられても驚かなかったが、美女が揚がると期待していた下士官兵は、大いに落胆したらしい。
「ああ、なるほど・・・だが人魚は人魚だ。軍医長にとりあえず見てもらおう」
「艦内には入れないのですか?」
「バカ、敵か味方もわからんのにそんなこと出来るか」
人魚のコミュニティに対する地球人の接触はこれが初だ。つまり、地球側から見て人魚は一方的に敵と断じることはできないが、味方でもない。
この人魚がどんな考えを持っているかはわからないが、不用意に艦内に入れるのは危険と判断した。
艦艇の中でも特に脆弱な潜水艦である。どこか壊されれば、それこそ一大事だ。
程なくして、軍医長が呼ばれて人魚の容体を見た。と言っても、軍医長も地球人。人間と獣人くらいなら診たこともあったが、さすがに人魚は初めてのこと。そもそも、何をもって健康とするかすらわからない。
とりあえず、聴音機で心臓の音と脈をとる。
「生きてはいますね」
「うん。で、起きるのか?」
「さあ?何分人魚を診るのは初めてなので。ただ心音は安定していますし、目だった外傷もありませんから、単に気絶しているだけかと」
と、その時。
「う~ん・・・」
人魚の口元が動いた。
「お!?目を覚ましたか?・・・おい、大丈夫か?」
大林が声を掛けると。
「うう・・・は・・・」
「は?」
「腹が減った・・・」
その言葉に、集まっていた全員の顔が、何とも言えないものとなった。
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