海獣部隊の跳梁 ⑥
「・・・」
高速艇の内部に侵入したコラは、慎重に艇内の通路を進んでいく。見るからに小さな艇である。どこで乗員と鉢合わせするか、わかったものではない。
彼女は目耳鼻を研ぎ澄ます・・・と言っても、鼻を研ぎ澄ますと自然に入って来るのが。
「あ、おいしそうな匂い」
空腹の彼女には、悪魔の誘惑とも言うべき料理の匂い。獣人であるがゆえに、そうしたものには普通に人間よりも敏感である彼女。今回の場合それが悪い意味で彼女を苦しめる。
食欲と言う生物共通の欲望が、ともすれば彼女の警戒心を削ぎ落しそうになる。
「だ、ダメよコラ。ここは敵の船の中なんだから・・・」
自身を叱咤しながら、彼女は艇内を進んでいく。
彼女にとって幸運だったのは、この時高速艇は戦闘配置に就いており、ほとんどの乗員が見張りなどのために艇上に出ていたことである。艇内に残っていたのは、通信や機関関係のクルーのみであった。
そのため、彼女は乗員に接触することなく、お目当ての場所に辿り着いた。
「フンフ~ン」
部屋の中から男の鼻歌が聞こえてくる。コラがソッと中を覗くと、男が1人で皿に何かを盛り付け、さらにその内の幾つかをお盆に載せているのが見えた。
(マズイ!)
盆に皿とカップを載せ終えた男が、コラの方に顔を向ける。
コラは咄嗟に姿を消す魔法を使った。そして男は、コラに気づくことなく出て行った。
敵に見つからずには済んだが。
「つ、疲れた~」
余計な魔力を消耗し、コラは疲労感に潰れそうになる。
そんな彼女の目に飛び込んできたのは。さっきの男が皿に盛りつけていた料理であった。どうやらパンに何かを挟んだもののようだ。
自然と唾をゴクッと音を立てて飲み込むコラ。
チラチラと一瞬周囲に人の気配がないかを確認する。
そして、誰もいないことを確認すると料理の皿に近づき、その内の一つを手に取る。
「これ何が挟んであるのかな?お肉?」
コーンビーフなど見たことないコラは、それが肉か何かであるのは理解できたが、果たして何の肉であるかまでは分からない。
そもそも、異世界人やエルフであるイルジニア人が普段何を食べてるかすら、コラは全く知らない。
「でも、食べられるよね?」
何にしろ異世界人やイルジニア人が口にするのだから、獣人である自分が食べても問題ないくらいは予想できた。何より彼女は、腹が減っていた。
「もう辛抱できない!いただきま~す!」
ついに我慢しきれず、口に入れた。
「おいし~い!」
パンと何かの肉を挟んだだけのシンプルな料理。それでも、空腹のコラには御馳走だった。
そして、バクバクと皿に盛りつけられていた全てのサンドイッチを食べきると。
「何か飲み物は・・・」
彼女が見つけたのは、湯気を上げているポット。
「これかな?」
その中身を、手近にあったカップへと注ぐ。
「真っ黒・・・これは・・・苦い!あ、でもおいしい・・・これコーヒーか!」
コーヒーはバルダグにもある。ただし、大陸南部で作られているので、北部出身のコラには馴染みのない飲み物だった。以前南部出身の友人に飲ませてもらったことはあるが、苦さの中に芳醇な香りがしていたのを覚えている。
そしてずっと海の中にいただけに、温かい飲み物はありがたいものであった。
「ふう・・・おいしかった」
用意されていたサンドイッチを全て平らげ、カップのコーヒーも飲み干し、コラはお腹一杯であった。
「さてと・・・そろそろ逃げよう」
と、コラが入口の方を見ると。
「・・・」
そこには驚愕の表情をしたエルフが一人、立ち尽くしていた。
「・・・」
「・・・」
しばし何も言えず、固まる2人。
「て、てててて、て「ニャアアアアア!」
イルジニア兵が叫ぼうとした瞬間、コラはその男に飛び掛かった。
「へぶ!?」
そして床に顔面から叩きつけると、そのまま彼を踏み台にして廊下に飛び出し、一目散に艇の外目掛けて走りはじめた。
一方踏み台にされた兵士は痛みを堪えながら、伝声管に向かって叫んだ。
「敵兵だ!敵兵が潜入してる!厨房のサンドイッチを食い荒らした!!捕まえてくれ!!」
その声は瞬時に伝声管越しに、ブリッジでサンドイッチとコーヒーの夜食を食しながら、談笑していたロアとエリクソンにも伝わった。
「ブホ!?」
「敵兵!?」
コーヒーを飲みかけていたロアは思わずむせ、エリクソンは食べかけのサンドイッチを放り投げると、腰のホルスターから拳銃を抜き出して叫んだ。
「白兵戦用意!」
と命令したものの、拳銃を常時携帯しているのは士官以上なので、下士官以下の乗員が出来る行動など限られている。そもそも実戦経験が不十分なイルジニア兵たちは、いきなりの敵兵出現に全く動きが取れなかった。
そうして乗員たちが右往左往している間に、ザバーンという水音がした。
「あ!?」
「飛び込んだぞ!」
乗員たちがライトや懐中電灯を海面に向けるが、暗闇のために波紋を見つけるのも困難だった。
「おのれ!モラドアかバルダグか知らんが舐めおってからに!反撃だ!爆雷投射だ!」
ようやく復活したロアが叫ぶように命令をくだすが、慌ててエリクソンが止める。
「大佐!停船中に爆雷を投下すればこっちも吹き飛びますよ!それよりも、艇内に破壊工作をされてないのか確認を!逃げ出した敵兵の掃討は他の艇に命令してください!」
現在高速艇は停泊中である。ここで艇尾に装備されている爆雷を投下しても、自分の真下で爆発して自分たちも吹き飛ぶ。
加えて、敵兵の潜入を許した以上何らかの破壊工作をされているのも疑うべきところだ。こちらにも人を割かねばならない。
そのことに思い至り、ロアは命令を変更する。
「ああ、そうだった。先の命令は撤回だ!艇内を捜索して被害がないか確認!2号と3号に海中への攻撃準備を命令しろ!」
とは言え、実戦を含めて経験の不足が如実に現れている。乗員たちは艇内の捜索を開始するが、エリクソンの目から見て手際がかなり悪い。同じ場所を探したり、かと思えばもっと注意深く見るべき場所を見られてない。
これではこの艇の安全を確保するのさえ、相当な時間が掛かりそうであった。
一方ロアの命令を受け取った2、3号艇が動き始めた。それを見たエリクソンは、再び進言する。
「大佐。2,3号艇に攻撃命令を!動いている2隻なら」
「そうだな。よし、2,3号艇に爆雷攻撃命令!」
この命令が発光信号と無線機で伝えられると、2隻の艇尾では爆雷の投下準備が始まった。
なお、高速艇は小型艇なので投射装置や投下軌条のような贅沢なものはない。簡易な投下台だけである。
「爆雷投射用意!」
2号艇では艇長のキテ大尉が爆雷の投下を命令したが、ここで問題が発生した。
「爆発深度はどうしますか?」
「うん?・・・このあたりの川底て何mくらいだ?」
爆雷は事前に艇上で爆発深度を設定し、水圧によって爆発する仕掛けになっている。
これが広い海洋ならある程度の深さに設定すればいい。爆圧は上にあがるので、どんな形であれ水中の物体に被害を与えられる。
しかし、ここは海に近いとは河口部。当然そこまで深くはないはずだ。仮に爆雷の最低爆発深度よりも浅ければ、爆雷は爆発せず海底に転がるだけである。
「すぐに海図で確認を!」
慌てて航海士が海図を確認する。
「この付近は・・・ダメです。もう少し海側に出ないと爆発深度に達しません」
「だったら止むを得んな。司令に信号。爆雷攻撃を実施するために海側に移動すると送れ」
「了解」
キテは爆雷を使用可能とするため、海側に艇を回すことを決めた。
1号艇のロアからは了解の信号が飛び麾下の2号艇、さらに3号艇も河口から沖合方面へと進み始めた。
そうしている間に、ロアたちの乗る1号艇はと言えば。
「司令。艇内捜索完了。不審物や破壊工作は見当たりません。ただ作っておいたサンドイッチとコーヒーを全部持ってかれました」
ようやくのこと、艇内の捜索が完了して安全が確認された。
「よし、わかった。中尉、本艇も機関始動して捜索に加わりたいと思うが、どうだろうか?」
「艇に異常がなければそれでいいかと。あと、我々も2号3号に続いて海側に移動して、爆雷攻撃を実施できるようにするべきかと。天候も良さそうですし、陽が出れば航空機の支援も見込めます」
エリクソンが空を見る。
日の出まで時間が迫り、東の空が白み始めている。雲は若干あるが、どうやら晴天のようだ。
陽が出れば、この天候である。飛行艇なり偵察機なりが飛んでくるはずだ。そうすれば捜索はしやすくなる。
「よし、それで行こう。エンジン始動!沖合に移動して爆雷攻撃実施だ!」
程なくして高速艇のエンジンが始動し、艇は河口から沖合方面へと走り始める。もちろん、銃座や爆雷には兵がとりつき、いつでも使用可能としてあった。
一方追われる方のコラとラックはと言えば。
「動き始めたね」
ずっと1号艇の真下にいたのだが、彼らが動き始めると川底まで潜り、去っていくのを待った。幸いなことにまあ暗がりのおかげもあってか、浅い川底でも発見を免れていた。
「じゃあ、私たちも」
とは言え、日が出て川底まで光が差し込めば流石に見つかる。姿を消す魔法は魔力を消耗するため、あまり使いたくない。
コラは慎重にラックを泳がせ、なんとかこの危機的状況からの脱出を図った。
御意見・御感想お待ちしています。
ちなみに、コラの潜入ネタは、最近再放送中の某アニメからヒントを得ています。




