海獣部隊の跳梁 ➄
「ラック、がんばって!」
コラは相棒の海亀ラックとともに、河口を目指してひたすら泳いでいた。
ゲーキの港での襲撃に失敗した彼女たちは、水中爆弾を投棄して一目散に逃げだした。発見されてしまった以上、水中爆弾を取り付ける余裕などない。それどころか、自分たちの身が危ない。
何せ、彼女らはナイフ以外にまともな武器すら持っていない。コラは魔法を使えるものの、その力を水中での活動に振り向けているため、攻撃系の魔法を使うのは難しい。
敵に見つかったら、攻撃はすっぱり諦め逃げる。これは出撃前にも許可されていることであった。
「何とか明るくなる前に沖に出たいけど・・・」
コラとしては、敵に見つかり難い夜の内に、出来る限り遠くへ逃げておきたかった。
とは言え、それは簡単ではない。港の周囲には警備艇もいるし、所々に機雷原や対潜網が敷設されているからだ。
昼間であれば、それは容易に回避できる。しかし夜間となると、流石に昼のようにはいかない。遠くのものを音波を使って探知できるイルカならともかく、海亀のラックではそうした芸当はできない。
コラが灯をつける魔法(火を用いたものではないので水中でも明るくなる)で照らし出すこともできなくはないが、それこそ地球風にいうところの闇夜の提灯だ。自分たちの場所を暴露するだけである。
そのため、コラにできるのは月明かりと星明り、後は潮の流れを頼りに進むだけである。
そのさなかであった、腹に響くような音が水中を伝わってきた。
「爆弾が爆発したみたいね」
投棄した水中爆弾の魔法信管が作動して、爆発を起こしたと彼女は推測した。そして実際そのとおりであった。
この爆発が彼女にとって、良い方向と悪い方向にそれぞれ作用した。
良い方向は、港の方の哨戒艇などがこの爆発への対処のために、彼女たちへの積極的な追跡を諦めたことだ。だから、彼女らは少なくとも背後から襲われる危険性はここで消滅していた。
だがその一方で、悪い方向へも作用していた。それは、河口にて待機するイルジニア高速艇隊の警戒心を、より引き上げてしまったことであった。
この時、ロア大佐指揮する高速艇第一小隊は、ゲーキの港に敵が潜入したという通信を受けて、総員戦闘配置を終えたところであった。
「うん?」
「中尉も聞こえたか?」
「ええ。爆発音のようでしたが」
水上にいたものの、ロアもエリクソンも微かに聞こえてきた爆発音を耳にした。
「となると、敵の攻撃を許したか!おのれ!」
攻撃を受けたと思い込んだロアが、悔しそうに拳を振り降ろした。
「しかし、そうなると敵は脱出のためにここを通るでしょう。となれば、捕捉出来るのは我々だけです」
「そのとおりだ。モラドアの魔法使いかバルダグの獣人かは知らんが、逃がしはせん!警戒を厳重にしろ!怪しいものはすぐに報告しろ!」
とロアのやる気は充分だが、エリクソンは冷静に場を見ていた。
「大佐。探照灯を使いましょう」
「それだと、敵にこちらの位置を暴露することになるぞ?」
彼の言葉にロアは怪訝な顔をする。もちろん、エリクソンはちゃんと理由を説明する。
「敵の艦隊と戦闘をするわけじゃないんですよ。こちらの位置を暴露するなど、杞憂です。むしろ、その方が敵にプレッシャーを掛けることになります。それに、日本人や獣人じゃないんです。我々の目では、灯を点けないと敵の発見はおぼつきませんよ」
特殊な訓練で夜間視力を高めている日本海軍や、元々夜目が利く一部の獣人と違い、エルフであるイルジニア人やイギリス人に、夜間の視力をそこまで期待してはいけない。
ロアもそのことに思い至る。
「それもそうだな。よし、サーチライトを使え!それから必要なら照明弾もだ!」
「は!」
3隻に搭載されているサーチライトが点灯される。大型艦に搭載されている程のものではないが、それでも暗い海面をハッキリと映し出す。
3隻がパッと灯を点けたとき、コラとラックはまさにその至近距離を通過しようとしたところだった。
「マズイ!」
エリクソンの狙い通り、3隻の存在はコラの知るところとなったが、それゆえに彼女は動きを止めざるをえなかった。
「どうしよう・・・」
動く方が逆に見つかるのでは?その恐怖が、彼女に進ませるのを躊躇わせた。
さらに彼女を焦らせたのが、時折ライトの光が水中にも向けられることであった。
「このままじゃ見つかっちゃう」
何とか隠れられる場所はないか。彼女が周囲を見回した時、彼女はある場所を見つけた。
「敵の真下なら逆に気づかれないかも・・・」
今まさに彼女をピンチに陥れている敵の船。一方で、その真下に潜れば敵からは見えないはず。
「このままじゃいつ気づかれるかわからないし・・・ええい!一か八か!ラック!」
コラはラックを高速艇の真下へと進ませる。
(見つかりませんよ~に)
と心の中で願いながら。
一度近くをライトが通った時はヒヤッとしたが、何とか捉まらなかった。そして彼女たちは、無事に高速艇の真下へとたどり着いた。
「やった!・・・でも、ちょっと惜しいな。爆弾があれば、攻撃出来たのに」
攻撃するには絶好の位置にいるが、爆弾を投棄してしまった今の彼女には、攻撃手段が皆無であった。持っているナイフや、彼女が使う魔法ではマトモな打撃など期待できなかった。
「これからどうしよう・・・」
敵に見つかる心配もないが、一方で下手に身動きもとれなくなってしまった。
とは言え、彼女もバルダグ軍の軍人である。知恵を巡らして、何が出来るかを考える。
「この上の敵は一体どんな連中なんだろう?」
思えば、彼女の有している敵に関する情報はかなり限られていた。異世界人とエルフだということは知っていたが、では具体的に彼らがどんな存在なのかは、ほとんどしらなかった。
異世界人にしても、魔法とは違う技術を多用しているとは聞いていたが、それ(科学)が何であるのか。彼女は殆ど知らされていなかった。断片的に兵器の威力がスゴイとか、鋼鉄の大きな艦を作れるくらいしか知らない。
「・・・ここで情報を持ち帰れば!」
軍人として何がしかの戦果を得たいという気持ちと、彼女自身の好奇心がそんな結論を導きだした。
「ラック、ちょっと待っててね」
コラは魔法でラックがしばらくの間、息が出来るようにしておき、自身はナイフ1本だけを手にして海中へと身を躍らせた。そして慎重に、海面へと浮上した。
海面へ浮上すると、荒い息を無理やりに沈めて、高速艇の艇体を掴んだ。
周囲を見回し、敵がいないかを確認する。
(よし)
そして音を立てないように注意しながら、慎重に艇の前の方へと体を進めていく。すると、頭上を眩しい光が通過した。一瞬ビクッと体を震わせるが、光芒は少し離れた海上へ伸びており、彼女を捉えたものではなかった。
安堵しながら、コラは改めて前へと進む。自慢の目を凝らし、耳を澄ます。
すると、彼女の五感で最初に反応したのは、目でも耳でもなく鼻であった。
「あら?・・・いい匂い!」
クンクンと鼻を動かすコラの顔が、蕩けたようになる。同時に、彼女は空腹を実感する。
「そう言えば半日以上何も食べてない・・・」
彼女がした最後の食事は半日以上前のことだ。それも、腐らないよう魔法を掛けたビスケットを数枚だけ。と言うより、出撃してから彼女の食事はそのビスケットだけであった。海の上では調理などできないし、出来たとしても材料や道具を持っていく余裕などないからだ。
そんな彼女にとって、漂ってきた香ばしい匂いは、魅力を通り越して悪魔級の誘惑であった。
さらに、耳を澄ますと。
「大佐、中尉。コーヒーとサンドイッチをお持ちしました!」
「おお、御苦労。ちょうどよかった。日本人の諺で、腹が減っては何とやらとか言ったからな」
「全くです。ただ自分としてはコーヒーよりも紅茶の方が良かったのですがね。出港前に補充しておくべきでした。まあ贅沢は言ってられませんが」
「そうだぞ中尉。戦場で温かい飯を食えるだけでもありがたいと思おうじゃないか・・・うむ、缶詰の肉でもすきっ腹なら充分美味いな」
「ですね」
そんな会話が聞こえてきた。
自然とコラの口の中は涎で満たされていく。そして空腹がより強く感じられるようになる。
(私も食べたいよ~)
エルフや異界人の食べ物がどんなものかわからないが、コラの我慢も限界に近づく。
その時。
「よし、他のやつらにも順番に配ってやれ。皆腹を空かせてるだろうからな」
「はい、大佐」
そして彼女の方に足音が近づいてきた。コラは慌てて身を隠す。幸いなことに、見つからなかったようで、近寄った足音はそのまま遠ざかって行った。
「いいな~・・・よし」
ここで、コラはとんでもないことを思いついた。
少しばかり艇の後ろの方へと移動する。そして人気が感じられない場所を見つけて、船べりに手を掛けた。そして、ゆっくりと静かに海面から体を出し、キョロキョロと周囲を見回すと、誰もいないことを確認する。
そのまま彼女は、甲板上へと這い上がり、ナイフを片手に持ち、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「こっちね」
史上初めての、バルダグ兵による地球製艦艇への潜入大作戦の始まりであった。
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