海獣部隊の跳梁 ➃
「ゆ~くり・・・静かにだよ」
バルダグ海軍海獣部隊所属のコラ・スーケ一等海曹は、相方の大海亀であるラックとともに、敵地へと海中を静かに進んでいた。
彼らはこの日、イルジニア西岸にあるゲーキの港を攻撃するため、遥々1000kmあまりの道のりを踏破してやってきたのであった。
バルダグの固有種である大海亀は、地球に生息するアカウミガメより二回りは大きい。
そんなラックの甲羅には、前半分にコラが乗るための鞍と各種の装備、後ろ半分には水中爆弾が縄でそれぞれ括りつけられていた。
2人は1カ月前、苦戦が伝えられる自軍と同盟軍であるモラドアを支援する部隊の一員として、イルジニア大陸へとやってきた。そしてそこで命じられたのが、新兵器である水中爆弾を敵地に潜入し、艦船に仕掛けて攻撃する潜入攻撃であった。
これまで海獣部隊は、基本的に偵察か、馭者の魔法を使用しての小規模な攻撃でしか使用されなかった。
しかし、モラドアが水中爆弾を実用化し、これまで打撃を与えられなかった異界の艦船に致命打を与えられるようになったことで、積極的な攻撃がその任務に加わった。
とは言え、モラドアの戦力のみでは不十分であるため、同盟国であるバルダグからも増援部隊が送り込まれた。
そしてコラとラックのペアは、事前の索敵で敵の艦船が使用している港の一つに潜入を図っていた。
異界の軍もイルジニア軍も、海獣部隊は有していない。とは言え、空中には飛行機械が飛ぶこともあるし、また港の周囲には哨戒の船が遊弋している。
そのため、コラは慎重に進んでいた。
ちなみに、彼女は音を立てないようにしていたが、実は偶然にもこれが管制機雷やソナー対策にはある意味で有効であった。
海獣は生き物であるため、潜水艦のようなエンジン音やスクリュー音を出すことはない。しかしながら、生物としての鳴き声を出せば、当然ソナーに捉えられる。また馭者の不用意な会話を捉えられたこともあった。
このため、地球側の各軍では艦艇搭載のソナー(パーシップ・ソナー)や、管制機雷の聴音機で、こうした音を何とか捉えようと苦心していた。
なお管制機雷と言うのは、港湾などの守備用に用いられる機雷の一種で、その名の通り地上の施設から管制制御される。地上施設で聴音や目視などで敵を発見すると、爆破スイッチを入れて爆発させる仕組みとなっている。
コラの静かに慎重に湾内に潜入するというのは、もちろんこうした地球側の防御設備を欺くことを考えた上での行動ではない。そもそも彼女はじめ、バルダグ・モラドア連合の人間の多くが、異世界側がそうした装備を有していることを知らなかった。
そのため、あくまで敵に見つかり難くなるようにという、半ば願望的な行動であったが、実際のところ決して無駄な行動ではなかった。
そうして敵の発見に怯えつつ、さらには海底に設置された繋維機雷を見てビックリしつつ、コラはラックとともに港内へと潜入した。
「よし、ラック。海面に行って・・・ゆっくりとね」
潜入に成功したところで、コラはラックに浮上を命じた。潜水艦のように潜望鏡もソナーも持たない彼女の場合、索敵装置は自分自身の目と耳、そして同じくラックの目と耳だけである。
そのため、獲物を見つけるために一度海面に出なければならなかった。なお水中にいても呼吸を出来る魔法があるため、コラもラックも本来は海面に顔を出さなくても潜っていられる。
これはある意味、可潜艦に乗っている地球側の潜水艦乗りからすれば、夢のようなことである。しかし、悲しいかなどうしても観測などのために、こうして自らの位置を暴露するリスクを負って、浮上しなければならなかった。
海面に浮上した時、既に陽は落ちて周囲は闇に包まれていた。港や船の灯、さらには星明りや月明かりもあるが、それでも昼間程の視界は望めない。
だが、コラはバルダグ人。つまりは獣人である。彼女が一体どのような動物の形質を有しているかは、頭の上でピクピクと動く猫耳で簡単にわかることだ。
そして、彼女が猫としての形質を有しているのは耳だけではなかった。彼女の目は、夜行性の猫と同じく夜目が利くのであった。そのため、彼女は通常の人間やエルフよりも、闇の中で敵の姿をしっかりと見極められた。
加えて、最低限の道具として双眼鏡は持たされていた。
「よし、あの船にしよう」
港には数隻の船が停泊したり、桟橋に繋がれているのが見えたが、コラはその内沖合に停泊している貨物船に照準を定めた。
ラックに命じて、その船に慎重に近づいていく。
「・・・船員は・・・いないみたいね」
彼女にとって好都合なことに、甲板上に人影はなかった。
「じゃあ、潜って・・・」
と爆弾を仕掛けるために潜ろうとした時である。眩い光が彼女の視界を奪った。
「キャ!・・・しまった!」
コラは自分が発見されたのを悟った。
実はこの時、襲撃しようとした貨物船には検疫のための小型艇が接舷していた。しかし、彼女の方からは接舷した貨物船の船体に溶け込んで見えなかったのである。
そして小型艇で留守番していた乗員は、ここ最近相次ぐ襲撃に対して出された警戒命令を守り、夜の海面を見張っていたのである。
コラとラックにとっての不幸は、今回の襲撃が外洋ではなく港湾での襲撃であったことだ。外洋であれば、波に隠れることができたかもしれない。ところが、湾の中では波は穏やかで、しかもこの日は風がなくべた凪であった。このため、彼女らの姿を見つけやすい状況にあった。
だから小型艇の乗員は、水面に見えたわずかな違和感に、念のため探照灯を点けたのであったが、これが大当たりしたのであった。
「敵襲!」
小型艇の乗員は叫ぶとすぐに備え付けのサイレンを鳴らした。
すると、それに呼応して接舷している貨物船をはじめとし、停泊していた船が一斉に灯を点けて探照灯を海面に向けて照射し始めた。
こうなると、もう襲撃どころではない。むしろ自分たちの命の危機である。
「潜って!ラック!」
相棒に急速潜航を命じると、腰に付けていた短刀を抜き、水中爆弾を括りつけていた縄を切る。ちなみに縄を切ると自動的に魔法信管が作動し、一定時間後に爆発する仕組みになっている。
「逃げて!」
三十六計逃げるに如かずとばかりに、湾口へ向けて逃げ出すコラとラック。
しばらくして背後から、水中爆弾の爆発音と衝撃が伝わる。もちろん、コラはそれに構っている暇はない。とにかく今は無事に脱出し、逃げるだけであった。
「ようやくの到着だな」
ロアは目的地に間もなく到着することに、安堵の息を吐く。それは隣に立つエリクソンも同じであった。
「3号艇が故障したときはヒヤッとしましたが、修理可能な故障で何よりでした。ただ、おかげで深夜の到着となってしまいましたが」
2人の乗り込む高速艇第一小隊は、本来であれば今日の夕方には目的であるゲーキの港に入港する筈であった。ところが、途中で3号艇のエンジンにトラブルが発生した。
幸い、トラブル自体は艇上にて対処可能なもので、僚艇による曳航や曳船の救援を要請するようなマネはせずに済んだ。
とは言え、予定時刻より半日近くも遅延してしまったのは事実である。
無事到着できた安心とともに、処女任務でいきなり土がつくような事態が起きたことに、ロアとしては忸怩たる想いもあった。
加えて、夜間の入港となってしまった。当然昼間の入港よりも難しい。
ゲーキの港は湾口から少しばかり河を上った上流に設けられており、港に至るまでは水道を走る必要がある。しかし、その水道には機雷が敷設されていることが通知されていた。
この状況で夜間入港など、自殺行為である。
「やむを得んな。こりゃ夜が明けるまで湾口で待機だな」
安全な航行をするには、パイロット(水先案内人)を派遣してもらう必要がある。だが予定よりも遅延している今の状況では、すぐに派遣してもらえるかわからない。
ロアもエリクソンも多少の待ちぼうけは覚悟するところであった。
「まあ、夜食でも食べて待ちましょう。紅茶とサンドイッチあたりなら、この艇の狭いキッチンでも用意できるでしょうし」
「そうだな。コンビーフかオイルサーディンの缶詰でも開けさせて「司令!」
その時、無線担当の兵士がブリッジに上がってきた。
「どうした?」
「ゲーキの港の港湾事務所から緊急入電です。敵工作員の侵入を確認。敵は湾口方面へ逃走の模様!付近航行の船舶は厳重なる注意を要するとのことです」
「何!?・・・中尉、どうするべきだと思う?」
「ただちに戦闘配置に付き、湾口の封鎖を行うべきかと。発信時刻を考えますと、まだ敵が湾口を通過していない可能性があります」
顧問であるエリクソンの意見を、ロアは即座に採用する。
「わかった。総員戦闘配置!対潜戦闘用意!ならびに全艇に発信!」
「了解!」
3隻の高速艇の艇上に総員戦闘配置を報せるラッパの音、さらにサイレンが鳴り響く。
「総員戦闘配置!対潜戦闘用意!」
非番、配置に関わらず、乗員たちが一斉に動き始めた。
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