海獣部隊の跳梁 ➂
異界のエルフの国であるイルジニア連邦は、モラドアとバルダグによる侵攻でその軍事力に大打撃を受けていた。その後地球側の支援も受けて再建しつつあるものの、その後遺症は大きかった。特に海軍力の再建は容易なものではなかった。
軍艦は運用に高度な技術を要するために、さらに言えばイルジニア自身の技術力が遅れていたために、例え地球側から旧式艦艇を供給されても、運用能力を獲得するにはまだ数年は掛かると見られていた。
こうなると、既に戦闘に参加している陸空軍に大きく後れをとることとなる。とは言え、早急に地球側の海軍国が有するような近代艦艇の艦隊を揃えるなど、夢のまた夢。
そんな中、地球側からのアドバイスによってイルジニア軍が目を付けたのが、比較的少人数でも扱える小型艇や小型潜水艦であった。大規模な水上戦闘には向かないが、沿岸警備だけなら充分使える戦力だ。
現在のところモラドアやバルダグの水上艦隊が出てくる様子はなく、出てきたところで地球側が派遣している各国艦隊の前に袋叩きに遭うのは目に見えていた。
イルジニア海軍にとって悔しいことではあるが、地球式の本格的な外洋艦隊を作り上げるには、どう見積もってもあと10年は必要であった。しかし10年後の未来よりも、現在の戦争をなんとかしなければならない。
そんな忸怩たる想いを胸に秘めて、イルジニア海軍第二艦隊の将兵たちは、地球側から供与された小型艇や小型潜水艇の習熟に力を注いでいた。
しかし、敵海獣部隊の攻撃と言う予想外の展開に、想定していたよりも早い実戦投入と相成った。
「ようし、じゃあ行こうか。中尉、出撃するよ」
「了解であります。大佐」
イルジニア連邦海軍の大佐の制服を着こんだエルフが、イギリス海軍の中尉である白人の男に、出撃を告げる。
「出港!」
舫が放たれ、エンジンを始動した艇が動き始める。
彼らが乗り込んでいるのは、傍目からみれば大型のモーターボートに見える小型艇であった。しかし、艇の前後に設けられた機銃と、艇尾に搭載されている爆雷が、この艇が戦闘艦艇であることを如実に示していた。
エンジン音も高らかに、艇尾の旗竿にはイルジニア海軍旗を颯爽とはためかせている。
その小型艇が都合3隻、桟橋を離れて外洋へ向けて走り始めていく。そんな彼らに、桟橋に繋がれたままとなっている残余の小型艇や、港に在泊するその他の艦船からも見送りとして警笛の吹鳴や乗員の敬礼、帽振れがなされる。
そうした見送りに答礼しつつ、小型艇のささやかなブリッジで指揮を執る大佐、イルジニア海軍のロア・チークは次なる命令を出す。
「外洋に出次第、縦列を取りつつ第一戦速へ。ならびに総員警戒配置!後続艇にも信号!」
「はい、司令官!」
部下のエルフがキビキビと答えて行動する。
「訓練期間が短いので少々心配しましたが、杞憂だったようですな」
チークに声を掛けるのは、指導役である英海軍中尉のロイ・エリクソンである。
どうしてイルジニア海軍艦艇に英海軍士官が同乗しているかと言えば、今彼らが乗っているのが英国製の高速機動艇(MBT)であるからだ。
前大戦時、地中海やアドリア海におけるイタリア海軍魚雷艇の活躍は夙に有名であるが、そうした高速小型艇を保有したのはイギリス軍も同じである。大戦の終結により、一旦は歴史の表舞台から消えた高速小型艇群であったが、異世界における戦争が勃発すると俄かに注目されるところとなった。
確かに外洋では使えないが、一方で沿岸部や近海での哨戒任務であるならこれで充分である。何より、数を短時間で揃えられて安価と言う特性があった。特にイルジニア大陸に連合軍が進出すると、俄然その存在価値が増した。
ただし、その価値を評価したのは英独伊露の4カ国で、日米仏はこの時点(1936年中頃)ではあまり評価していなかった。小型すぎて使い道がない。沿岸哨戒任務ならより大型で汎用性のある掃海艇や敷設艇、或いは飛行艇を投入する方が効果的と判断したためだ。
イルジニア海軍としても、本音を言えば地球側の各国が持ち込んでいる巨大な戦艦や空母をような艦艇を保有したいところであった。事実、地球側の各国からも旧式艦の売却や譲渡の話は何度も舞い込んだ。しかし人材育成が追い付かないし、巨額な予算が掛かってしまう。とても保有することなどできない。
そのため、今は小型の高速艇で我慢するしかなかった。そしてそうして購入された高速艇群は、唯一実動状態に置かれている第二艦隊に集中配備された。
ちなみに、何故実動している艦隊がこの部隊だけしかないのに、第一艦隊ではなく第二艦隊かと言えば、これは第一艦隊がいずれ揃えられる本格的な外洋艦隊のナンバーとして空けられたためである。
なお第三艦隊は潜水艦隊として編制中で、すでにドイツから購入した小型潜水艦が到着していたが、こちらはまだ実戦レベルに達しておらず習熟中で、1936年秋頃から戦闘に投入される予定であった。
ちなみに、現在その第一艦隊には兵員育成と技術習得目的で購入された地球製の装甲巡洋艦等、実質練習艦レベルの艦艇がわずか5隻しかおらず、実質名前だけの艦隊であった。おまけに、現状訓練中だから外洋に出ることもほとんどなかった。
さて、そんなイルジニア海軍にとって虎の子の第二艦隊であるが、彼らにとって不本意なことに、彼らだけで運用するにはまだ早かった。そのため、高速艇を供給した各国から軍事顧問が派遣され、その運用を指導していた。
なおこの時点で高速艇を供給したのは英独伊露の4カ国であり、それぞれ4隻プラス予備艇1隻の5隻ずつを第一陣として供与していた。
4カ国の高速艇を使用するのは、本来運用的には好ましい話ではない。何せ性能がバラバラであるし、搭載している機関や武装もバラバラなのだ。
これでは集中運用もできないし、故障の際に部品を融通するということもできない。
ただし、これに関してはイルジニアは織り込み済みであった。そもそも、これらの高速艇はいずれも試験的な採用であり、今後もし増備するとなれば、それは今後の運用実績を元に決められることになる。加えて、イルジニアとしては集中運用する予定もなかった。
何せ12隻の高速艇で追い回すような敵はいない。主たる相手であるモラドア・バルダグ連合の海獣部隊は、捕虜の証言から基本的に単騎での運用が確定しており、4隻もいれば充分追撃可能と見積もられていた。
なお、魚雷艇ではなく高速艇という種別なのは魚雷を搭載していないためだ。魚雷を使う相手もおらず、魚雷1本が家1軒に相当する高価な兵器であるから、イルジニア海軍としては現状水上艦の訓練用以外、購入する予定はなかった。
そのため高速艇の主武装は基本的に機関銃や爆雷である。その他に、一部の艇に対戦車砲や迫撃砲を搭載している程度だ。
そんな高速艇は、外洋に出ると揺れる揺れる。小型なのだから当然である。それでも、これまでの訓練の成果か、各艇は一定の間隔に縦列をとりながら、しっかりと付いて来る。
「どうやら、しっかり付いて来ていますね。まずは一安心」
双眼鏡で後続艇をみやるエリクソンが、安心したように言う。
「貴官の教育が良かったおかげだ。第二小隊と第三、第四小隊は使い物になるまでに、いましばらく時間が掛かりそうだからね」
チークの言葉に、エリクソンは内心嬉しかった。第二小隊はドイツ製、第三小隊は伊太利亜製、第四小隊は露西亜製の艇を使用しており、当然指導役の軍事顧問もそれぞれの海軍から派遣されている。
ただし、第三小隊の伊太利亜製の艇は到着が遅れてしまい、そのため当初訓練を開始したのはその他の三個小隊であった。
一応同盟を組んでいるとはいえ、ほぼ同時期に教育を開始したのだから、やはりそこは別の国の人間。どの小隊が一番先に戦力化の判定を受けるか、この三個小隊で競争となった。
エリクソンを含めた指導官たちは、懸命にイルジニア海軍の乗員に艇の運用を教育し、そして最初に戦力化の栄誉を勝ち取ったのは、エリクソンの第一小隊であった。
苦労も多かった。陸上での講習を行ったとは言え、機械にまだ不慣れな兵たちにエンジンをはじめ、艇の様々な設備の運用を習熟させるには、時間と教える側の忍耐も相応に要求された。
また新兵の割合も多く、外洋訓練では船酔いに苦しむ者が続出したし、慣れない艇上での生活に適合するのに苦労する者もいた。
そうした苦労を乗り越えての戦力化である。エリクソンの感慨もひとしおだ。
もっとも、彼の教育が良かった以外にも、ドイツ製や露西亜製の艇はそれぞれ艇体やエンジン部にデリケートな部分を抱えており、そうした機械的な不調が輪を掛けて運用開始を遅らせているというのも否めない事実であったが。
ただそれにしても、総合的に言えば使えない兵器をそもそも持ち込んでいる方が悪いと言える。
(先の大戦で消耗したとはいえ、七つの海を制したロイヤル・ネイビーの実力はまだまだ健在だ!)
エリクソンはそんなことを内心考えたが、すぐに頭を切り替え前を向く。
今は脱落艇を出すことなく、3隻全てを予定の海域へと回航するのが任務だ。そのためにも、エリクソンは自ら指導したチークらイルジニア海軍将兵とともに、艇の運航に心血を注ぐのであった。
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