海獣部隊の跳梁 ➁
「予想はしていたが、まあ戦果が挙がっているだけまだマシか・・・」
皇帝に軍部大臣と三軍総司令官、宰相、そして内相と外相が参加した最高会議。その会議場でモラドア帝国皇帝ジル1世は、軍からもたらされた報告に複雑な表情をしていた。
「申し訳ありません皇帝陛下」
と、頭を下げるのは今回ジルから特に意見を求められて参加を許されたガド魔法研究所所長だ。
彼が頭を下げる理由は、開発した水中爆弾の威力が不足し、敵艦船に致命打を与えられないことによる。
ただジルの方は、気にするなとばかりに手を振って苦笑いしながら答える。
「お前が謝ることじゃない。むしろこの短期間でよくやってくれた。どんな形であれ、異世界の連中に一泡吹かせられたのは間違いないからな」
海獣部隊に、魔法研究所が開発した水中爆弾を使用した敵艦船への襲撃は、成功を収めたものの撃沈に関してはせいぜい数隻と見られ、これまでの戦果無しに比べればマシだが、一方で確認されている敵の総戦力に比べれば、大戦果には程遠い結果であった。
今回投入された水中爆弾は、火薬の周囲を防水魔法を施した木枠で組んだもので、爆発形式はこれまでのような火縄や導火線を使用しない、時限式或いは衝撃式の魔法信管を用いていた。
銃の雷管のような大量生産は無理であったが、数個から数十個単位の爆弾レベルであれば、魔法を代用した信管を開発・量産できた。このあたりは、さすがに魔法先進国と言えた。
ただし、内部の火薬の質が地球のそれに比べて劣り、なおかつ海獣とそれに乗る魔導師という、つまりは生き物頼みの運用なので、爆弾を大きくできない。このために、破壊効果が不十分にならざるをえない。
そのため弾薬輸送船を偶然襲えたサワカでの襲撃や、やはり敵艦を偶然座礁に追い込めた一件を除き、撃沈戦果はなかった。
「軍部においても、現在鹵獲した敵兵器の火薬の組成などを研究し、強化を促しているところですが、あまり芳しくありません」
ドン軍部大臣の言葉に、三軍の司令官たちの顔色も良くない。
敵が圧倒的な力を発揮できるのは、強力な科学技術を用いた兵器であるというのは、もはや共通の認識となっている。しかしながら、この方面でのレベルの遅れを埋めるのは容易ではないどころの話ではなく、絶望的と言えた。
敵兵器を研究するなり、捕虜から情報を聞き取って反映するということを、ようやくになって始めたモラドアであるが、その成果は全くと言っていいほど上がっていないのが現状であった。
これを理解しているため、ジルも怒る気にはなれなかった。むしろここに来てようやく一矢報いれたことを評価していた。
とは言え、それでは敗勢が覆らないこともよく承知していた。
「昨日、今日じゃどうにもならないか・・・」
「ですが陛下。敵に対して有力な反撃手段を得たのも事実です。海軍と致しましては、海獣部隊を拡充して戦果の拡大を図りたいと思います」
海軍司令官エアリ・ザンガの言葉に、ジルは頷いた。
「まあ、それ以外選択肢はないわな。ただ海軍司令。敵もバカじゃない。こちらの戦法くらいすぐに見抜いて何らかの対策を取って来るだろうから、その点も常に頭にいれておけよ」
「も、もちろんでございます」
ジルに冷や水を浴びせられる形となったザンガ司令官だが、ジルとしてはもう後がなくなりつつある以上、慢心による敗北だけは避けたいところであった。
「陸軍と空軍の方はどうだ?」
ジルは陸軍と空軍の状況を確認する。両軍もまた、異世界の軍勢との戦闘でいいところなしと来ている。とはいえ、もちろんこちらも知恵を絞っていた。
「陸軍としましては、魔法式投石機を改良し、魔道信管を装備した爆裂弾の実戦配備を進めております。残念ながら数が揃いませんが、これまでの弾丸よりも遥かに威力があるので、戦果を期待するものです」
「空軍としましては、翼火竜の配備を進めつつ、数を集中して密集隊形をとることで敵への攻勢、ならびに敵の飛行機械に対処する戦法を研究中です」
「そいつはまだ研究中で、未知数と言うことか」
「「・・・」」
ジルの言葉に、陸空軍司令は恐縮しきりの顔になる。彼の言う通り、戦果を挙げている海軍とは違い、こちらはまだ理論の域を出ていなかった。
とは言え、実際のところ陸空軍ともに戦力の回復のために、大規模な会戦を控えている現状にあるため、新戦法を容易に使うことも出来ず、ぶっつけ本番にならざるを得ないのであった。
「まあいい。とにかく、今は予想される敵の大規模攻勢までに少しでも時間を稼ぐことを考えよう。そういうわけでザンガ司令。現状は海軍のみが頼りだ。よろしく頼むぞ」
「は!陛下」
地球連合とイルジニア軍が、イルジニア大陸からモラドア・バルダグ連合軍を追い落とすための大規模攻勢を計画している。その情報は、さすがにモラドア帝国も把握するところであった。
その大規模反攻までに時間を稼ぎ、陸上における備えを少しでも頑強なものにする。それが現状彼らの考える戦略であった。
「と言うわけだ。陸空軍どもの時間稼ぎみたいなことになっているが、我々以外まともな戦果を挙げられない以上、やるだけやるしかない」
最前線から見て北に200km、かつてはイルジニア海軍の基地があったルードの街。ここに現在、最も最前線に近いモラドア・バルダグ海軍の基地が置かれていた。
その基地司令兼海獣部隊司令のドートン・ボラン大佐は、集まった海獣部隊の士官たちを前に、帝都からもたらされた帝前会議の様子を報せ、最後にそう結んだ。
ただそんな彼の言葉とは裏腹に、会議に出席していた士官たちの表情は明るい。それは彼らが、これまで手も足も出なかった異界の軍艦を撃破したという事実ゆえに、自信に満ちている証であった。
しかし、ボランはと言えば彼らほど楽観してはいなかった。
「若い連中は良いな。怖いもの知らずだ」
開戦以来、海獣部隊は主に敵地への偵察や索敵活動を行い、敵の襲撃をいち早く察知するなど、多大なる功績を上げてきた。
一方で、敵も然るもの。海獣部隊への警戒を引き上げ、様々な手段で攻撃をしてきた。とりわけ、海獣部隊にとって脅威となったのは、航空機が投下する対潜爆弾と、艦艇が投下する爆雷であった。いずれも生身の隊員が喰らえば一溜りもない威力を有している。かなり距離をとっても、衝撃波で大けがをした者が出た。
開戦以来の未帰還、或いは負傷による戦線離脱者は20名を超えている。少ないように思えるが、海獣部隊に配置できる適性を持った魔術師の数を考えると、決して少ない数字ではない。
今回新たにバルダグの海獣部隊からも人員を派遣してもらい、なんとか実動人員を100名近くまで増やしたが、その内の8割近くは実戦経験、もしくは異世界の軍勢との戦闘経験を有していない。加えて、任務・訓練・休養などのローテーションを組めば、戦場に投入できる数はせいぜい30名程度。
それでもって、配置された魔法水中爆弾は性能的に敵艦船を撃沈するには能力不足であり、おまけときて供給数も不十分だった。
もちろん、ボランをはじめとする古参の隊員は、そんな状況でも戦果が挙がるように努力していた。
特に敵の警戒が薄い港を事前の偵察で探し出すとか、沖合での襲撃ならば極力独航の船を狙うとか、敵の隙を衝くために襲撃時間や場所をランダムにするなどだ。
しかしながら、それらの策はいずれも忍耐強さを要求された。事前の偵察活動を行うと言うことは、それだけ攻撃に投じる戦力を割くことを意味する。独航船狙いにするということは、船団への攻撃は控えることとなり、みすみす獲物を逃がす。またランダムな時間と場所の襲撃は、する側からすると毎回状況が変わるのでやり難いことこの上ない。
加えて、若く実戦経験不足の隊員は敵の実力を軽視しがちで、なおかつ冒険的な行動をしがちであった。もちろん、ボランらは命令で厳しく戒めるが、実際のところ出撃してしまえば基本的に単独行動なので、完全に守らせるのは無理であった。
「訓練時間が圧倒的に足りない。だが出撃させないわけにもいくまい」
血気に逸る若手に、せめて3カ月。少なくとも配置されてから1カ月はみっちり訓練をさせたいというのが、ボランら古参の思うところであるが、皇帝から期待されており、なおかつ自分たち以外有効な打撃を与えられる部隊がない以上、贅沢は言ってられなかった。
こうして不本意ではあるが、ボランはこの日も4名の若い隊員の出撃を、複雑な想いで見送っていた。
一方狙われる側の地球・イルジニア連合にも動きがあった。
「これが魚雷艇ですか?」
「厳密には魚雷は外しているので、高速哨戒艇と言った方が良いです」
とあるイルジニアの港。そこで地球人のスーツ姿の男とエルフ、すなわちイルジニア人の海軍士官が、貨物船の甲板からデリックで降ろされる小型艇を見ていた。
一目でそれは、各国海軍が運用している魚雷艇と思しき高速艇であるとわかる代物だった。
ちなみに近くの桟橋には、その高速艇と似たような小型艇が既に10隻以上繋がれていた。いずれも乗員が乗り込み、中にはエンジンを掛けている艇や、甲板上に機銃の設置を完了している艇もあった。そしてその全てに、イルジニア海軍旗がはためいていた。
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