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サワカ事件

「やっぱりダメか・・・」


「誠に畏れながら」


 新生魔法研究所を訪れたモラドア皇帝のジルは、新任の魔法研究所所長であるキッタ・ガドの報告に溜息を吐いていた。


 彼の目の前には、イルジニア軍や地球側から鹵獲した銃や大砲類が並べられていた。


 当初モラドアでは、こうした科学技術の産物たる兵器にあまり関心を持たなかった。自分たちの魔法に自信があったし、現に当初イルジニア軍に対する戦闘では圧倒的に有利に立っていたからだ。


 しかし異世界の地球軍が参戦すると、自慢の魔法は科学技術の粋を集めた近代兵器の前に粉砕されてしまった。禁忌を侵して投入した古代魔法さえ、決定打になり得なかった。


 そのため、ジルは魔法研究所が前任者の失態で壊滅したのをいい機会に、魔法技術を用いての敵兵器の導入を図った。手始めに、自分たちが使用するものより遥かに性能の良い銃や大砲の模倣を図った。


 だが前装式のマスケット銃や、先込め式で信管さえ持たない球形砲弾を使う大砲しか知らない彼らに、一足飛び以上のレベルを有する兵器を模倣することなど、不可能であった。


 いや、厳密にいうと不可能と言うのは間違いであった。複製コピーと呼ばれる魔法を使えば、複製することは可能であった。ただし、この複製の魔法は同じ量の原材料を集める必要があり、加えて魔法を使う魔導師のレベルによって、造るのに掛かる時間や完成品コピーの質にバラツキが出ていた。


 そこで金属加工の技術を結集してはどうか?という方法も考えられた。ちなみにこの金属加工にしても、地球のような完全に魔力を使わないものではなく、魔力を使って材料を削ったりするように、魔法による加工を意味する。


 で、その魔法職人たちが部品からコピー生産を図ったが、昨日までマスケット銃しか見たことのない職人たちにとって、これは重すぎるミッションであった。試行錯誤の末になんとか形だけはそれらしいものを作り上げたが、性能はオリジナルより大幅に劣った。


 さらに、モラドアにはこうした兵器を量産する工場がないのが致命的であった。何せもともとあった銃や大砲の生産数も消耗も少ないために、工房は必要とされても、工場など必要性すら見いだせない産業構造だったからだ。


 このため、この時点では歩兵に持たせる小銃ですら日産に換算して4~5挺程度しか調達できない。


 加えて、銃弾に至っては複製すら困難だった。銃弾や薬莢の殻までは複製できても、中に詰める火薬や雷管に使用する材料の調達からして困難を極め、それらしいものを片っ端から試してようやくできたものの、その性能はオリジナルに及ばないデッドコピーにしかならなかった。さらに、銃本体と同じく工房の生産レベルでは、戦闘で消耗するような大量生産など夢のまた夢であった。


 そこで今度は魔法研究所員の1人が視点を変え、動作部の一部を魔力に置き換える、すなわち魔力銃の生産を提案した。すなわちコピーが難しい火薬や雷管を、魔法技術で補おうというものであった。


 しかしこの試みにしても、1936年上半期の段階では上手く行っていなかった。銃弾を発射するのに必要な魔力の封じ込めも、魔力を使用した雷管にしても、研究所内での試作は早い段階で実現に漕ぎ付けたのだが、そこから先が続かなかった。すなわち、兵器として使えるレベルに昇華するのに、なお高いハードルがあったのだ。また複製と同じく、工場での大量生産の概念がないゆえに、数を揃える見込みが立たず、職人の技量任せ故の品質や動作の安定性への不安が払拭できないのも壁となっていた。


「こうなると銃や大砲は当分見込み薄か」


 完成したデッドコピー品を前に、ジルは諦めの境地にあった。


「はい・・・なので、まずはこちらを使うのが得策かと」


 そんなジルにガド所長が示したのは、銃でも大砲でもない兵器であった。彼の言葉からして、どうやら使える兵器のようであった。


「やむを得ないな。今は使える物から使うしかない。ガド所長、軍とよく協議して実戦投入してくれ」


「はは!」




 その新兵器が実戦に投入されたのは、1936年7月のことであった。この時、地球連合側は翌月から始まる予定の夏季攻勢に向けて、その準備を着々を進めているところであった。


 このため、イルジニア大陸西岸に整備された諸港では通常の必要物資や、イルジニア復興のための民生品に加え、攻勢に必要となる人員や物資の揚陸に大わらわになっていた。


 しかも地球側の艦隊までもが、新海道からより前線に近いイルジニア西岸へと進出しつつあった。このため、イルジニア大陸西岸では既存の港の拡張に加えて、新規に港の整備も同時並行で進められ、毎日がお祭り騒ぎであった。


 そんな中、元々は小さな漁村で現在は物資揚陸の港の一つになっていたサワカの港で事件が起きた。


 サワカの港は前線より450kmも後方にあり、敵襲の可能性が低い場所であった。そのため、敵の襲撃に対する備えはほとんどなされておらず、わずかな数の警備兵と、機銃を装備した発動艇がいるだけであった。


 その日の昼過ぎ、港に停泊する各船や港の倉庫地帯、市街地でも昼食の準備による煙と匂いが広がり始め、誰もが憩いの一時が来たと感じていた。


 ところが、その憩いの時間は瞬時に修羅の時間へと変わった。切っ掛けは、この日不幸にも弾薬を輸送してきたカナダ船籍の貨物船「ミルキー」号であった。


 その時「ミルキー」号は午前中の揚陸作業によって、搭載してきた弾薬の半数を陸揚げしたところであった。陸揚げしたと言っても、その殆どは午後に港から運び出される予定で、大方は横付けした埠頭の上に転がっていた。


 その「ミルキー」号の船底で、突如として小規模な爆発が発生した。轟音が響き、船体が大きく揺れた。


「何だ!?」


 昼休憩のため食堂にいた乗員たちは、すぐに何事かと食堂から飛び出した。そして、すぐに違和感に気づいた。


「おい!船が傾いて来てるぞ!」


「船底だ!」


 そして船底部に行った彼らがそこで見たのは、穴が開いて浸水が発生している様子であった。


「いかん!すぐに防水扉を閉めろ!」


「排水だ!ポンプを回せ!」


 もちろん、乗員たちはその光景を見て直ちに防水と復旧作業を開始した。もしこの時「ミルキー」号が空船、そうでなくとも積載品が食糧などであれば、悲劇は防げたかもしれなかった。


 ところが、実は最初の爆発時に船内で電気設備のショートによる小規模な火災が発生していたのである。この火災自体は、当初ボヤ程度のものであった。しかし、その後徐々に延焼して火災へと発展した。


 不幸なことに、このボヤが発生した部署に本来いるはずの乗員はちょうど昼休憩に出ており、そして爆発発生後は他の乗員と共に船底へと向かってしまい、その防水作業にあたっていた。


 そのため、別の乗員がようやく火災に気づいた時には、既に出火元の部屋から通路を伝って延焼が始まっているところであった。


「火事だ!火事だ。誰か来てくれ!火事だ!」


 もちろん、ただちにその乗員は仲間を呼んで消火作業に入ったのであるが、昼休憩や船底部に人手を取られたことで、消火に当たる人員が足りず、貴重な時間を空費してしまった。


 火勢は徐々に強くなり、ようやく周囲の船や埠頭の荷役労働者たちもことの重大さに気づいた。


「おいおい!あの船弾薬運んでる筈だろ!」


「火を消さないと大惨事になるぞ!」


 しかし、この時彼らには「ミルキー」号の火災に対して有効な手を打てなかった。停泊している船は全て罐の火を落としており、すぐに動ける状態でなかったからだ。また整備された港であれば、消防艇や放水銃を備えたタグボートなどが何隻かあるが、急ごしらえのサワカの港には2隻しかなく、しかもその内の1隻は入港予定の船の出迎えに出ており、残る1隻だけが放水作業を開始できただけであった。


 埠頭の方では、荷役労働者たちが積まれていた弾薬を燃える船から離そうと、運び出し始めたが車両がないために、遅々として捗らなかった。


 そしてついに火災は、弾薬が積載された船倉に迫った。


「ダメだ!総員退去!」


「ミルキー」号の船長は消火は不可能と悟り、退去命令を出した。だがこの時、船底からの浸水はまだ止まっておらず、火災によって電気系統がやられてポンプが止まった結果、船内にいた乗員たちは退去命令が行き渡らず、暗闇の中を右往左往するしかなかった。


 それでもなんとか甲板に辿り着いた者は、海に飛び込み一目散に船体から離れ始めた。


 一方埠頭の荷役労働者たちも、運び出しを諦めて逃げ出した。


「急げ!」


「早くしないと爆発に巻き込まれる!」


 だがそんな彼らの背後で、無情にも「ミルキー」号は船体の傾斜を深めて行き、船倉内に残されていた弾薬の箱が倒れ、一部は中身の砲弾が飛び出してゴロゴロと転がり始めた。そして、その内の1発が燃え盛る炎の中へと飛び込んだ。


 直後「ミルキー」号の船体が大爆発を起こして吹き飛んだ。そしてその爆炎は消火作業を行うため接近していたタグボートを薙ぎ払い、そして埠頭上の弾薬にも引火して、さらなる爆発を呼び起こし、必死に逃げようとする荷役労働者や脱出した船員に、爆炎が襲い掛かった。


「ギャアアア!」


「熱い熱い!」


 彼らの多くが重度の火傷を負い、その後息絶える者が続出した。


 そして被害はそれだけに留まらなかった。爆風は倉庫街や市街地、停泊中の船舶にも届いた。この結果多くの建物が損壊し、破れた窓ガラスによる負傷者も続発した。停泊中の船舶では、上部構造物に被害が続発した。おまけにこの際に、通信施設が軒並み破損し、サワカの街と停泊船舶は外部との通信手段を一時的に喪った。


 この結果サワカに救援隊が到着したのは2日後のこととなってしまい、港も街も広がった火災によってほとんど焼け落ちてしまった。もちろん、完全復旧には時間を要するのは確実であった。


 せめてもの救いは、停泊船舶で航行可能な船は避難者を収容すると抜錨し、安全な場所へと避泊し、多くの市民の命を救うことができた。それでも、家を失った彼らが受けた傷は物心ともに大きかった。


 だが爆発した「ミルキー」号の船員をはじめとして、犠牲者は200名以上に及ぶ大惨事となったことに変わりはなく、後にサワカ事件と名付けられるこの事件は連合国側に衝撃を与えることとなる。


 そしてこれは、始まりでしかなかったのである。


 


 


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― 新着の感想 ―
[一言] >カナダ船籍の貨物船「ミルキー」号 カナダはイギリス連邦の一員として異世界への派遣を行ったのですかね?軍の派遣はなしで民間船のみでしょうか。
[一言] まぁモラドア・バルタグの方がこうなる事は知ってた。 そもそも産業革命やそれのきっかけとなる特産品市場の拡大政策を行っていなかった事から、魔法の使用の可否に関わらず工業力が圧倒的に低いために、…
2020/01/19 13:07 退会済み
管理
[一言] 更新お疲れ様です。 工芸品扱いで大量生産不可の複製品(^^;; 某国みたいにリバースエンジニアリングにはまだ道のり遠くてほっと胸をなでおろしました。 かの国の『手』が戦線後方に延び(><…
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