準備期間
1936年5月。最初の露西亜帝国軍部隊が、イルジニア大陸の土を踏んだ。その戦力は狙撃大隊、砲兵大隊、戦車大隊がそれぞれ1個ずつと付随する補給部隊である。後続の部隊も続々と新海道へと到着しつつあるが、輸送能力や現地での兵站拠点を作るために、まずはこの戦力からのスタートであった。
なお、これらの部隊は最寄りの極東からではなく、遠くヨーロッパ・ロシアからシベリア鉄道と海路を伝って派遣されてきたものであった。しかも、部隊名も親衛遠征軍となっている。親衛と言う皇帝から賜った称号を戴いている部隊。それだけでも、露西亜帝国の本気度がわかるというものだ。
ちなみに最終的に、露西亜帝国軍は陸上戦力として4個師団を派遣する予定で、この4個師団をまとめた戦力全てを合わせて親衛遠征軍となる。そして、この4個師団と言う戦力は派遣連合軍を構成する各国の中で最多であった。これは他国に比べて派遣する海軍戦力(予定では巡洋艦2隻、駆逐艦4隻、潜水艦6隻)が少ないため、バランスを取って陸軍兵力を多くした結果であった。
日露戦争に敗北し、その後の革命騒ぎで一時は大きく荒廃した露西亜帝国軍であったが、その後の諸外国からの援助などに助けられ、現在ではかつて以上の精強な軍隊となっていた。とりわけ、伝統の砲兵に加えて、新たな陸の戦場の主役たる戦車を中心とした機甲兵力の充実ぶりは、各国の注目を浴びていた。
特に戦車は、今回の派遣では以前ドイツなどに輸出したBT5の発展型であるBT7を投入していた。
なお、各国もこれに負けじと新型戦車を続々と投入していたが、派遣軍の中で唯一アメリカだけは自前の戦車の用意に失敗したため、後にこのBT7を緊急輸入している。
さて、そんな精強な露西亜軍を指揮する総司令官もまた、各国の注目を集めた。
「エカチェリーナ・ロマノバ中将です。皆さまと共に戦えることを、嬉しく思います」
「ああ、総司令官のショーン元帥だ。よろしくお願いする」
総司令部にあいさつに来たロマノバ中将に、総司令官のショーンをはじめ、各国の司令官も事前に知らされていたとはいえ、目の前の人物の存在に困惑するしかなかった。
このロマノバ中将、現在の露西亜帝国の皇族の一人で、名前を見てもわかるとおり女性だ。それでもって30代前半という、二重の意味で異例の将軍だ。
では単なる親の七光りの御飾りかと言われれば、ノーである。何せ彼女は子供の頃に革命騒ぎを経験し、その頃からサーベル片手に皇帝派の騎馬隊員として戦った、バリバリの武闘派である。その革命騒ぎの戦いでの武勲で、弱冠16歳にして少佐にまで昇り詰めている。
しかもその後改めて入学した軍士官学校では主席の成績を収めるとともに、その後の模擬戦闘等でも類まれなる指揮能力を発揮した、文字通りの戦争の天才であった。
そのおかげで任官後もトントン拍子に出世している。もっとも、この出世は露西亜帝国軍が内戦での戦死や、赤軍派に付いたために海外へ亡命してしまうなどで、将校の数が根本的に不足しているという現実も背景にあった。
ただ何にしろ、相手が正規の中将であり最終的には4個師団を束ねる指揮官であることに変わりはなく、ショーン達はその関係構築に四苦八苦することとなる。
一方伊太利亜軍の最初の部隊が上陸したのもこの頃であった。ただし、その数は1個小隊60名とトラック、装甲車数台と言う小規模なものだった。それもこの部隊、本国から送られてきた部隊ではなかった。
と言うのも、あれほどの大言壮語(5月中には先遣の1個連隊と空軍機50機余りを進出させる)を吐いたにも関わらず、いざ蓋を開けてみれば、伊太利亜軍の派遣は中々進まなかった。その原因は、やはりと言おうか陸軍と空軍は遠くヨーロッパからアジアを越えた異世界への派遣と言う、前代未聞の事態に派遣部隊の選定が困難を極め、加えて兵站の確保などの問題をクリアできる見込みが立たなかったのだ。
艦艇の数が比較的揃っている海軍も、本来は地中海内での運用を基本とした艦艇しか有しておらず、航続力や凌波性が不足していた。
そのためやむなく、中国大陸の租界警備部隊から戦力を抽出するとともに、日本に寄港中に徴庸した商船に武装を施した仮装巡洋艦に加えて、何とか送り込めた数隻の魚雷艇、さらにはとにかく搔き集めた雑多な機種の20機ばかりの飛行機を送り込んで、お茶を濁したのであった。
同時期に参戦した露西亜軍に負けないためのアリバイ作り的な派兵であるのが、透けて見えるどころか、明かなものであり、これもまた諸外国からの失笑を買う結果になった。
ただし、では部隊を構成する人員の士気はどうかと言うと、これが不思議なことに指揮官であるベルティー二中佐以下高かったりした。
わずか1個小隊の陸戦隊は、もともと租界の警備部隊であったが、それは裏を返せば海外経験豊富であることを意味し、加えて特別な部隊であるゆえのエリート意識もあった。かと思えば、決して自分勝手でもなく、他国の租界警備部隊と付き合いがあるので協調性もある。
現状彼らは人数が不足し、やむなく戦闘単位としては英軍の指揮下に入ったが、わずか1個小隊と言う戦力であるがゆえに、敵戦線後方への潜入・索敵や、破壊工作など、後の世で言う特殊部隊的な運用をなされ、意外な大活躍をすることとなる。
また魚雷艇も、沿岸部における索敵や哨戒、潜入などに重宝され、各国が追従する形で開発と生産をするほどであった。
「イタリア軍は少数の方が戦果を挙げるし、役に立つ」
という本人たちにとっては不名誉なのか名誉なのか、よくわからない評価が連合軍内で広まることとなるのだが、これも未来の話である。
さて、そんな形で地球からの援軍を得た連合軍であったが、一方で異世界内での援軍も得ていた。もちろん、それは言うまでもなくエルフの国であるイルジニアだ。
緒戦に於いてモラドア・バルダグ連合軍によって大打撃を受けたイルジニア軍であったが、地球側連合参戦以降は武器などの供与を得て、戦力の再建を行っていた。
このうち、特に時間が掛かる海軍の再建は、1936年夏時点においても米国供与の平甲板型駆逐艦4隻の1個駆逐戦隊しか有しておらず、それもまだ戦闘に投入できる態勢ではなかった。
これは複雑な機械類の塊であり、なおかつ海上での運用を行わなければならない艦艇の習熟に、時間が掛かっているためであった。イルジニア人は比較的機械に理解があるとはいえ、彼らから見れば20~30年は進んでいる技術の取り込みは容易ではなかった。
同様に未知の技術である航空機の運用技術を習得する空軍も同様であったが、海軍に比べ小所帯に出来る分、徹底的な集中教育と実地教育により、現状では錬成中だが、少なくとも運用可能レベルまであと一歩のところであった。
一方比較的容易にノウハウを取得できる陸軍は歩兵、砲兵、輜重部隊を中心に次々と戦力化を達成していた。もちろん、彼らにとっては未知の機械類である戦車や各種自動車に関しては、習熟に時間を要していたが、それでもかつてに比べて遥かに精強な戦力が3個師団も揃ったことは、イルジニア陸軍に大いに自信を与えていた。
ちなみに、イルジニア軍に供与された地球製兵器は、当初は一番最寄りの日本製の兵器が多かったが、その後自動車関係ではアメリカ、さらに戦車では露西亜などからも供与がなされている。
こうして次々と戦闘準備を終えた各国部隊は、来るべき反攻作戦に備えていた。
もっとも、では派遣されている部隊が全く戦っていないと言えば嘘になる。最前線では攻める側の地球連合プラスイルジニア軍と、占領地を守る側であるモラドア・バルダグ連合軍の小競り合いが日常茶飯事であった。
地球連合とイルジニア軍が制空権を握っているため、モラドア・バルダグ側の戦術は夜襲や地の利を生かしてのゲリラ戦術に終始していた。
一方の地球側は戦力と物資の蓄積を行っての反攻を計画しているので、嫌がらせレベルの空襲や砲撃などを行うレベルであった。
空と陸で圧倒的な戦力格差に追い込まれているモラドア・バルダグ連合であったが、もちろん彼らとて無為無策ではなかった。地球側が大規模な攻勢を企てていることは、モラドア・バルダグ側も察知しているところであった。
そこでモラドア皇帝のジルは、年末の爆発事故で大打撃を負った魔法研究所を再編し、一時的に軍の指揮下に置いて、軍部の魔法技術研究者とともに研究できるように体制を再編した。
そして。
「とにかく、短期間で使い物になるマトモな魔法兵器の研究に全力を注げ!」
と叱咤激励するとともに、イルジニアからの鹵獲技術や、異世界側の科学技術の取り入れ、さらには同盟国たるバルダグにも応援要請を出すという、なりふり構わない策に出た。
これまでの魔法研究所が作っていたような、一撃必殺型かつ博打的な兵器をやめさせ、地に足を付けた路線に変更したというわけである。特に、科学技術の取り入れは画期的であった。
ただし、この科学技術の取り入れと言うのは、そもそも科学技術の基盤がないモラドアやバルダグでは不可能なので、厳密にはそれを出来る限り魔法技術で模倣しようということであった。
そうして短期間に開発できた兵器が、試験もそこそこに実戦投入されるのであった。
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