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次元跳躍攻撃の結末

「あんの、クソ野郎が!」


 モラドア帝国帝都パロルンド。その宮殿の主、この国の皇帝であるジル1世は、怒り狂っていた。そのあまりの怒りぶりに驚いた密偵団の長は、さすがに主を諫める。


「へ、陛下。落ち着いてください」


「これが落ち着いてられるか!ああ、余計なことしやがって!」


 その様子を見た密偵団の長は、恭しく頭を下げると。


「今回のことにつきましては、我々密偵団の落ち度です。申し訳ありません。必要ならば、この命を捧げ謝罪いたします」


 その言葉に、ジルはギョッとする。


「いや、さすがに俺もコアのやつがアソコまでするとは想定外だった。それに、終わったことを悔やんでも仕方がないし、お前にはまだまだ働いてもらわないと困る。罪と思うのなら、今後の働きにて償え」


 自らの命を投げ打つとまで言い始めた密偵団の長を、一転して今度はジルが抑える。数少ない心から信頼できる部下、それも帝国の防諜組織のトップに死なれては困る。


 それが心の底から思うことであるのは、彼の本気の口ぶりからも察せられた。


「はは!」


「それでいい・・・しかし、本当にどうしたものか?」


 彼の手元には、数枚の紙が置かれていた。モラドア語で書かれているので、パッと見だとモラドアで印刷(動力部を水力や魔力に拠っている印刷技術はモラドアにもある)された紙に見れなくもないが、白黒とは言え写真が印刷されているので、異世界側が印刷したものとわかる。


 最前線でばら撒かれた宣伝目的の伝単ビラだ。


 伝単ビラは味方の兵の士気を落とすので、読まずに上官へ届けるよう全軍に命令が出されていた。


 ちなみに、モラドア軍には伝単ビラを撒くという習慣はなく、当初はこうしたビラ撒きの意味がわからなかったが、それが宣伝目的であることや、前線の将兵にデマや士気低下が広まったことで、ようやく回収に移ったという経緯があった。


 そうして回収された伝単ビラであるが、実はモラドアやバルダグにとって、異世界(地球)側の情報を知る貴重な手段の一つともなっていた。


 と言うのも、モラドアやバルダグは確かに異世界側と戦争をしているが、相手側とコンタクトをとる手段をほとんど有していない。何せ戦前は一切の国交がなく、この戦争においても正式に宣戦布告を交わしたわけではないのだから。


 また現状中立国経由での接触と言う手段も、異世界側が中立国と接触を始めたばかりと言う現状では、少なくとも今すぐは採れる手段ではなかった。


 一番手っ取り早いのは、前線で使者を直接出すことであるが、これに関しては全く行われていない。使者を送るには同盟国であるバルダグの了解を得なければいけないし、加えて軍部などにも根回しが必要となる。


 異世界側との開戦以来、負け続きで前線をジリジリと押し返されているモラドア・バルダグ連合ではあるが、一方で致命的な大敗を喫したわけでもない。このため、ジルとしてもあまり弱腰と思われる行動を取るのは難しいところであった。


 そんな中で回収された伝単ビラに描かれていたのは、地球側の戦争に参加していない国が大規模な魔法攻撃を受けて、市民を含めて多数の犠牲者が発生したこと。そして攻撃を受けたロシア、イタリアという国々が新たにこの戦争に参加するという内容のものであった。


 ジルにとっては、寝耳に水の事態であった。最初は異世界側の謀略か何かかとも思ったが、伝単ビラに描かれていた日付などから、とある事象と一致した。


 それは先日、新しい魔法攻撃を提案した魔法研究所所長のコアが起こした事故であった。


 年の瀬も迫ったその頃、帝都から数百キロ離れた辺境の田舎の寒村で、大規模な爆発事故が発生した。爆心地となった寒村周辺は完全に焼け野原となり、そこに何があって誰がいたかも判然としないような、悲惨な状況となっていた。


 しかしこの事故の報告は、帝都にもたらされるまで時間を要した。何せ辺境の寒村での出来事。しかもその寒村は冬の農閑期は無人となる様な場所で、村人もいなかった。


 加えて、新年を迎える直前の時期であって役所の動きも鈍く、最終的に事故の報告が来たのは年が明けてから2週間も経っていた。


 そして同じころ、ジルの命令を受けて密偵が監視していたコアの行き先が判明した。


 コアはジルを訪問した直後に密偵に見張られているのを察知し、魔法で囮の影武者を仕立てて密偵を煙に巻き、行方不明となっていた。


 ただしその段階では、彼が拠点としていた魔法研究所や地方にある支所にも出入りした形跡はなく、大規模な魔法実験を彼が行えるとは、ジルは考えてもいなかった。


 しかしその後の各方面への調査で、コアは密かに、必要な人員や資材を爆発の起きた寒村に集めていたことが判明した。


 それがバレなかったのは、年末から年明けの休暇を上手く利用したことや、それ単体では怪しまれないよう荷物を小分けにしつつ、迂回ルートを取るなどして運び込んだからだった。


 もちろん、ジルは急いで爆発の起きた寒村を徹底的に調査するように命じた。その結果わかったのは、大規模な魔法の発動が起きたということと、爆心地を中心に多数の人間が巻き込まれたであろうということであった。


 あろうという推定形なのは、結局のところ証人も目撃者もおらず、具体的に何が行われたのか全く確証を得られないからだ。ただ爆心地付近に骨や装飾品の欠片があったこと、また魔法研究所の職員の断片的な証言から、爆発はコアが行った魔法実験の線が濃厚であった。


 ただそれでどうして、地球側の戦争に加わっていない国の都市を攻撃するということになったのか、ジルには理解できなかったし、残った魔法研究所の職員も全くわからなかった。


 これに関しては後のことになるが、地球側も含めて大規模な調査団が編成されて、改めてこの件に関する調査が行われた。その結果推測とはなったものの、下された結論は魔法実験の失敗によるものとされた。


 コアが発動させようとした魔法は、次元を超えて敵を攻撃するという、一種の次元跳躍攻撃魔法であった。この魔法は古代の禁忌の魔法を元にしていたが、今回発動したのは魔法研究所が改良したものであった。


 すなわち、その元になった魔法自体は確かに次元を超えて攻撃を行うものの、あくまでその攻撃対象は同じ次元内に存在する敵であった。次元跳躍と言っても同じ次元内での跳躍、すなわち一種のワープ魔法であった。


 ところが、今回コアが発動した魔法は次元を跨いでの攻撃、つまり別次元に対する攻撃であった。コア自身はその成功を疑っていなかったようだが、やはり実験的な産物であるが故の不具合が出たようだ。結果は狙いが外れ、なおかつ魔法を発動させた側にも大爆発が起きた。


 複数人の証言やジル自身が受けた説明から推測するに、コア自身は捕虜や鹵獲品の地図から得た情報から、アメリカやイギリス、フランスや日本と言った現在交戦中の国の都市を狙ったらしいが、もちろんこの時点ではジルを含めて誰にもわからなかった。


 わかっているのは、コアが余計なマネをして戦争をより大規模なことにしてくれたことと、それによってモラドア・バルダグ連合がより苦戦すること間違いなしと言う事実であった。


「コアの野郎を罰しようにも、死人を罰することなんかできないし・・・ああ、もう!」


 ジルは拳で机を強く叩く。例えそれが無意味であっても、そうしなければ気持ちを落ち着かすこともできなかった。


 問題の元凶であるコアは、爆発に巻き込まれたと思われ行方不明であるが、現場から彼が日頃身に着けていた装飾品の破片が見つかっていたので、死亡の可能性が極めて高かった。


「まあ、今さら死んだバカのことはいい。それよりも、どうするんだよ全く」


 コアが残した面倒ごとは、まず第一に新たにロシアとイタリアという2つの国を戦争に引きずり込んだことであった。捕虜からの断片的な情報しか得られていないので、その2つの国についてわかる情報は少ないが、イタリアはともかくロシアは人口だけでも億を超える大国で、特に強力な陸軍を有しているという。


 無論本国から離れ、次元を超えたこの世界にどこまでの戦力を送り込むかは定かではないが、これまで敵が送り込んでいた戦力相手でも苦戦していたのだ。さらなる苦戦は必至であろう。


「こっちは魔法に関しても、あまり当てにならなくなったのに」


 コアが残した面倒ごとその2が、魔法戦力の大幅な減失であった。と言うのもコアは今回の実験のために、密かに有力な魔導師を招集していた。その中には数十年に1人と言われた逸材や、或いは魔法の開発や改良に優れた業績を残した者も混じっていた。その優秀な人材が喪われてしまった。


 そのため、新たな魔法技術の開発や改良に関しても、大幅な齟齬が出ることは避けられない見通しであった。


 もちろん残っている人材が全てボンクラ等と言うことはないが、どちらにしろ組織の再編なども含めて、停滞や減速は避けられない見通しであった。


 かと言って講和や休戦と言う選択肢は、現状ではとても取れる話ではない。


「せっかくの新年だって言うのに」


 ジルは緊急の最高会議の招集を考えるのであった。




 一方その頃、地球側では露西亜帝国と伊太利亜王国が異世界への報復措置として、艦隊と陸空軍部隊の異世界への派遣を決定し、加えて現在活動中の派遣軍の指揮下に入ることを正式に発表した。


 また既に戦力を派遣している各国も、直接地球への攻撃手段を有するモラドア・バルダグに対するより強力な打撃を与えるべく、艦隊ならびに陸空軍戦力の増派を決定。


 これらの措置は、各国の議会や国民の多数の賛成の下で行われた。


 異世界と地球との戦いは限定的な戦争から、まさに双方の世界が死力を尽くす大戦へと発展しようとしていた。


 時に1936年初頭。星条旗、ユニオンジャック、日の丸、三つの三色旗、そして双頭鷲の紋章を掲げる強力な軍勢が連合を組み、次元を超えた敵を撃つべく、その刃を研ぎつつあった。



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