時空を超えた攻撃
露西亜帝国の行政府の首都モスクワ。第一次大戦末期の革命騒ぎが起きた際に、当時の皇帝は政治的な実権を半ば手放し、全国土から選出された議員による議会内閣制の導入と、その議員を選出する選挙の実施を約束した。
革命騒ぎが起きた頃のロシアは混沌としており、一時は過激な共産主義者が台頭する気配さえ見せた。しかし、露西亜帝国の崩壊を望まない国際社会は、露西亜帝国への大規模な支援を実施した。
特に世界大戦で中立国であり、国境を接する日本を通じて膨大な食料や医薬品、さらには軍需物資の支援が行われた。日本自身も多大な支援を行っている。この支援の見返りに、露西亜帝国は北樺太を日本に割譲することとなったが。
大戦と革命騒ぎで国土が混乱し、さらにはポーランドやフィンランドなど多くの外縁部の国々の独立を許すこととなった露西亜帝国であるが、一方でこれは欧州諸国との間に緩衝国を設けることとなった。
実権を手放した帝室は現在儀礼的な行為にしか立ち会わず、政治と距離を置く意味からも行政府の都となったモスクワではなく、旧都サンクトペテルブルクを定住地と定めていた。
そうした変化はあったにせよ、1935年のクリスマスを迎えたモスクワは栄えていた。大戦と革命の混乱から脱した露西亜帝国は、諸外国からの援助の元で経済的にも大いに復興した。特に列強諸国の援助の元で出来上がった極東工業地帯、ウラル工業地帯は年々拡張を繰り返し、近年は兵器を含む多くの優秀な工業製品を送り出すまでに至っていた。
これはかつての露西亜帝国の版図の一部が独立、特に穀倉地帯であるウクライナや茶葉の生産をしていたグルジアなどが離れた結果の農業の落ち込みを、工業で補うという露西亜帝国の国策の結果であった。
露西亜帝国の製品の多くは、独立した地域や国境を接する東欧・亜細亜地域に輸出されて、露西亜帝国の懐を大いに潤していた。
ところが1935年12月24日の深夜のことである。その日多くのモスクワ市民がその光景を目に焼き付けることとなった。
首相官邸や議会が入るクレムリン宮殿。その上空に突如として、青く不気味に輝く紋章の様なものが現れた。そして数秒後には、その紋章から激しく面滅する光がクレムリン宮殿に降り注いだ。
その瞬間、見守っていた人々は眩しさのあまり目を閉じた。
眩しさが収まり、彼らがようやく目を開けた時、その視界内に入って来たのは・・・・
「ああ!?」
「そんな!!」
「クレムリン宮殿が消えちまった!」
荘厳な姿を誇っていたクレムリン宮殿は跡形もなく消滅し、残されていたのは巨大な瓦礫の山であった。
この現象によってクレムリン宮殿に詰めていた多くの人間は即死していたが、幸いなことにクリスマスの夜ということで、首相も大臣も議員も宮殿の外に出ており難を逃れ、政府崩壊の悪夢を回避することができた。
しかし、モスクワの象徴たるクレムリン宮殿が一瞬にして破壊されたことは、モスクワ市民や露西亜国民に強烈な衝撃を与えたのであった。
そしてこの現象は、モスクワのクレムリン宮殿だけに留まらなかった。同時刻、イタリア王国ヴェネツィア中心部や、アメリカ合衆国中部砂漠地帯などでも同様の現象が発生し、多くの死傷者と建物の倒壊と言う被害を出していた。
「向こう側からの報告では、いずれも空に巨大な光の紋章の様なものが現れたという証言が入っているらしい。やっぱり魔法かね?カトー」
地球側から光の柱を潜った側の異世界。その地球側の進出拠点である新海道黎明島。現在はイルジニア方面への軍事拠点ともなっており、島はかつてない景気に沸いていた。加えて、先日クリスマスを迎え、今度はお正月と言う吉日の連続に、島全体が大いに盛り上がりを見せていた。
そんな中地球側からもたらされたモスクワ、ヴェネツィアにおける大規模崩壊現象の報に、新海道に進出している多くの新聞社やラジオ局、独立系のジャーナリストは大きな関心を抱いていた。
このアメリカ資本の某新聞社でも、日本人の加藤記者とアメリカ人のジミー記者が顔を突き合わせていた。
「どうだろうな?ジミー。地震と言う可能性もあるだろうが・・・けど全く同時に起きているとなると、その可能性は否定できんわな」
地球にある新聞社でこんな会話をしようものなら「お前ら正気か?」と言われるか、そうでなければオカルト系雑誌の編集者と思われるのがオチだろう。異世界において魔法が存在するという事実は、地球でも知られるようにはなっているが、その認知度は充分とは言えないからだ。
対して新海道を含むこちら側では魔法の存在は常識だ。それに、モラドアやバルダグからの亡命者や、捕虜からの帰順者は日常的に魔法を使うので、実体験として見る機会も多い。そのため、こちら側に足を踏み入れた地球人にとって、今回の事件で魔法が使われた可能性と言うのは、荒唐無稽なものではないのだ。
そんな会話をしているところへ、軍に取材に行っている仲間が戻ってきた。
「どうだった?恵美香。軍の方は?」
「相変わらずよ。公式発表の方は、調査中の一点張りね」
現在異世界に派遣された連合軍の総司令部はイルジニアに前進しているが、地球からの兵站を掌る後方司令部や、艦隊司令部は黎明島に所在しており、軍に関する情報を得る窓口となっていた。そこに貼りついていた女性記者だが、得られた公式な情報に変わりはないらしかった。
「公式はだろ?」
とジミーが指摘すると、恵美香はイタズラっぽく笑った。
「ええ」
「じゃあ、非公式な方ではどうだ?」
「軍が今回の件を、モラドアかバルダグの仕業だと疑って掛かっている可能性はかなり濃厚ね」
「その根拠は?」
「司令部に出入りする関係者が急に増えたから。それに、顔を合わせた士官なんかも、それとなく匂わせてくれたし」
「よし!軍司令部を徹底的にマークだ!公式発表一番乗りは何としても逃すな!」
「もちろんよ。私とエミーで交代で軍司令部に詰めてるし、そっちのパイプもあるから」
情報の最前線だけあって、各新聞社や通信社は特ダネの収集にやっきになっている。そのため、軍の関係者との私的なパイプを繋ぐことは極めて重要なことであった。
「じゃあ、私は次の交代時間までいったん帰るんで後はよろしく」
「おう、ごくろうさん」
「気を付けてな」
1日中軍司令部に詰め、ようやく家へ帰る恵美香を見送った2人は、椅子に座りお茶を啜りながら、今回の一件について話し合う。
「しかし、魔法攻撃となると厄介だな。敵は直接地球へ攻撃できるってことだろ?」
そう言うと、ジミーはモスクワとヴェネツィアに関する記事が書かれた自社の新聞を広げた。
「まあ、ここにもワイバーンを転送して送り込んできたような連中だからな。時空を超えて攻撃するなんて朝飯前なんだろうさ」
と答えつつも、加藤は気になる点を指摘する。
「だけどおかしな点もあるぞ。アメリカはともかく、露西亜やイタリアは参戦していない。なんで攻撃を受けるなんてことになるんだ?」
「そんなの、むこうにとっちゃ同じ地球ならどこでも良いってことじゃないか?」
「にしても大雑把すぎやしないか?」
2人は今回の一件の推測をするが、もちろん魔法の専門家でもないし、情報が断片的にしかない状況では、正確なものが出てくるはずもなかった。
「だったらそっちの方面から取材するのは?亡命者や捕虜の中に、魔法に詳しい人結構いるだろ?」
加藤は魔法に関して詳しい人物への取材を試みることにした。
「そうだな・・・確か前、捕虜収容所の美人の魔女さん取材したことあったよな?彼女にもう一度コンタクト取れんもんかね?」
ジミーの言葉に、加藤は頷く。
「ミス・ナイレか?となると、捕虜収容所だな。軍に取材申し込み入れないとな・・・よし、善は急げだ」
加藤は電話の受話器を取る。
「ああ、交換所?すぐに新海道派遣艦隊司令部広報に繋いで欲しいんだけど・・・回線が混みあってて、繋げられるまでに何時間掛かるかわからない?構わん!何時間掛かってもいいから、とにかく繋いでくれ!頼むぞ!」
交換所に回線が空き次第繋げるように頼むと、加藤はいったん受話器を置いた。
「軍も大忙しらしいな」
「みたいだな・・・今回の件が敵によるものとなれば、やっぱり報復攻撃が行われるのかね?」
「じゃないか?イタリアと露西亜もこの戦争に加わるかもしれないぞ」
「だな。特にイタリアなんか、今あのファシスト党が政権やってるしな」
第一次大戦では連合国側で参戦したイタリアは、結局のところ戦争による果実を殆ど得ることができず、逆に莫大な犠牲と戦費の浪費により、経済が疲弊していた。
その後政権を握ったファシスト党は自国中心主義のもとで、様々な強硬策に打って出ていた。特に軍備の拡張をことある毎に誇示しており、国際社会ではそのはけ口をどこかに求めるのでは?と懸念が広がっていた。
今回のヴェネツィアの被害が、異世界側からの人為的な攻撃となれば、正当な自衛権の行使と称して戦争に介入する可能性はかなり高いし、また国際社会としても反対する理由のないものとなる。
「いやいや露西亜だって侮れないぞ。最近じゃ優秀な戦車や飛行機をドンドン送り出してるって話じゃないか。あの革命騒ぎのゴタゴタも収まったし、ここぞとばかりに大軍を送り込んでくるかもしれんぞ」
復興しつつある露西亜が軍備の近代化を急速に進めているのも、また国際社会では有名な話であった。特に戦車や航空機では、先進諸国すら目を見張るものがあった。
現にイルジニア戦線の日本軍では、露西亜製の航空機や戦車を緊急輸入して、不足する兵器の穴埋めに使っていた。
2人も取材したことがあるが、少なくとも悪評を聞くような出来ではなかった。
「こりゃいよいよ、本格的な大戦になるな」
「ああ、異世界大戦だな」
2人の記者が懸念したとおり、イタリアと露西亜がこの戦争に参戦するまでに、残されている時間は少なかった。
御意見・御感想お待ちしています。




