魔法研究所所長
「新しい魔法攻撃だと?」
「その通りでございます皇帝陛下。小賢しい異界の蛮族どもに、鉄槌を下すことのできる画期的なものです」
モラドア帝国帝都パロルンド。その宮殿の主、この国の皇帝であるジル1世はこの日ある人物の来訪を受けていた。度の強い眼鏡に、細い顔が特徴の50代くらいの男。
モラドア帝国魔法研究所所長のコア・クタトである。ローブを着た細身の体は、力強さとか頑強という単語から程遠い印象しか人には与えないが、彼こそがモラドア帝国における魔法研究の長である。すなわち、魔導師としてのレベルも最高レベルの人物ということだ。
ちなみに、研究所所長と言っても単なる魔法研究所と言う一機関の長と言うわけではない。と言うのも、モラドアにおいては生活から軍事に至るあらゆる分野に根強く根差している魔法の研究は、国家レベルでの重大事である。それゆえに、魔法研究所にはこと魔法に関しては、絶大な権限が付与されていた。
例えば軍事作戦における新しい魔法や魔法兵器の開発は、陸海空軍全てが魔法研究所に一任している。配備後の運用に関しては軍の手に渡るが、開発段階では魔法研究所がメインとなって行う。
もちろん、軍事用だけでなく民生用や、同盟国となったバルダグより譲渡された技術の研究や、入手したイルジニアからの戦利品に関する研究も、魔法研究所に一任される。
それゆえに、研究所所長と言う肩書でありながら、その影響力は大臣並である。でなければ、こうして皇帝に対して1対1での会談を行うことなどできない。
「先日受けた『復元使役』とはまた違うものなのか?」
その言葉を口にしたジルはあまりいい表情をしていない。敵から鹵獲した武器に掛けると、自らの駒として利用できる『復元使役』は、実際に戦果も挙げている魔法であったが、一方で一歩間違えば死者を操る術となるため、本来は禁忌に当たる術であった。
このため、ジルは「生物に対しては使用しないこと」を言明し、公式の命令書にも記していた。
ただし実際にそれが守られているのか、ジルは不安に思っていた。と言うのも、魔法研究所は確かに魔法の研究開発で目覚ましい成果を挙げていたが、一方で昔から後ろ暗い噂が絶えない。特に人体実験や生物実験を行っているというのは、市井で広く流布されている噂であった。
そんな組織が自分の様な若い皇帝の命令を順守するだろうか?特に現在の様な戦争中という非常時には尚更であった。
とは言えその貢献度は計り知れず、それゆえにジルは深く問うこともできなかった。
「畏れながら陛下。この度魔法研究所が発見・・・いえ、開発したものは『復元使役』を遥かに超えるものです」
「・・・別の禁忌魔法か?」
「陛下。戦争は厳しい局面に直面しております。多少の問題は、この際目をつぶるべきかと」
長い魔法との付き合いの中で、様々な魔法が開発されては来たが、その中には闇に葬られたものも多い。その理由は様々で、実用性がない。新たな魔法が開発されたゆえに廃れたものなどだ。
しかし、中には全く別の意味合いから封印された魔法もある。禁忌魔法がそれだ。読んで字のごとく、使用すると倫理的な問題や、強烈な副作用をもたらすような魔法を指す言葉だ。
ジルが言ったように『復元使役』も新たに開発されたものではなく、実際のところは以前開発はされたものの、この禁忌魔法として葬られていたものだ。それを、魔法研究所が復活・改良したものに過ぎない。
「・・・とりあえず、中身を聞かせてもらおうか?」
「もちろんでございます」
ジルはコアの説明を、ジッと聞いていた。
「・・・というものです。これでしたら、次元の向こうの異世界の連中に、直接痛い目を見せられます」
話を聞き終えたジルは、一拍間を置いたのち静かに答えた。
「コア所長。その魔法の使用は許可できない」
「・・・やはりダメでございますか?」
「理由は二つある。一つはその魔法を使用する際に強大な魔力を必要とすること。貴重な高位の魔導師を、必要な場所から引きはがすのは認められない。『復元使役』でさえ、ギリギリのラインだったはずだぞ。二つ目は、狙いを絞り切れない不確定要素の強いものだということだ。上手く当たればいいが、外れればどうなる?戦争をしている当事国としても、魔法先進国としても我が国の面子は丸つぶれだ。よって、皇帝として許可できない」
「わかりました。この魔法を利用した作戦については諦めましょう」
「意見はそれだけか?」
「はい」
「では、下がってよし」
ジルはコアに下がるよう指示し、コアも素直に従った。
「・・・降りてこい!」
「は!」
ジルはコアが部屋から出たのを確認すると、屋根裏に隠れていた密偵を呼び出した。
「コアを見張れ。魔法研究所の連中は何をするかわからん」
「御意!」
すると密偵は現れた時と同様、サッと消え去る。
「・・・たく、どいつもこいつも!」
一人になったジルは、豪奢な机を拳で強く叩いた。
魔法研究所は何かをしでかす。確証はないが、彼には確信できる何かがあった。
「やはり性急過ぎたか」
苛立ちながらそう漏らすジル。苛立つ対象は、自分に対して隠蔽や命令違反を続発する軍部や魔法研究所に対してであったが、それとともに自分自身にも向けられていた。
ジル自身はこれまでの皇帝に比べて歳若く、本来であれば序列的に皇帝になれる身ではなかった。それが事故や流行病による継承順位上位者が次々と死んだために、棚ぼた式にこの地位を得ていた。
持ち前の若さと、その若さを武器に、精力的に様々なことを成し遂げたジルは、国民からの人気は高い。重臣や軍部なども、表向きは彼を支持していた。
しかしながら若さゆえに、さらに継承順位の低さゆえに侮られる面が、これまでにもあった。
イルジニアとの戦争をはじめ、開戦直後の勝った勝ったのうちはそれも然程ではなかった。ところが異世界の軍勢が参戦し、戦況が悪化すると軍部の隠蔽や、魔法研究所の暴走が顕著になってきた。
改めて、ジルは戦争指導を失敗したのではないかと悩む。
戦争目的であるイルジニアの魔法技術に関しては、同国の首都を占領した時点で半ば達していたと言える。多くのイルジニア人を捕虜にしていたし、不十分な情報も有利な条件で講和して接収すれば良いだけの話であった。
しかし、彼は引き際を誤った。異世界の軍の実力を計り知れなかったにしろ、せっかく占領したイルジニア北半分は次々と奪回され、すでに半分近くを喪っている。残る半分も維持できるか微妙なところであった。
軍部は当初、年末までに大規模な反攻作戦を企図していた。しかしながら、大規模な会戦こそ発生しなかったが、異世界の軍は飛行機械や艦艇を使って後方にも攻撃を仕掛け、結果的に反攻作戦を実施不可能としてしまった。兵站に打撃を受け、兵員や物資の輸送が予定通り行えなかったのが原因である。
結局、この反攻作戦は中止となった。代わりにジルは、既に前線で成功が報告されていた竜騎士や少数の兵士を用いたゲリラ戦を行うよう命令を下した。
この命令に軍部は不本意であったようだが、他に現在有力な攻撃方法がない以上、そうせざるを得なかったし、実際にこれによって戦果が挙がっているため、断れるはずもなかった。
だがジル自身も、この作戦が戦局を転換するなどとは全く考えていなかった。確かに戦果は着実に挙がるものの、挙げられる戦果はそれほど劇的なものではない。機械文明に対して理解に乏しい彼らでは、異世界の軍のウィークポイントを的確に衝けなかったからだ。
もちろん、マグレで燃料集積地や弾薬庫を吹き飛ばした事例もあるにはあったが、こうした事態が起きると異世界軍はすぐに対策を取ってしまっていた。
そして腹立たしいことに、以前であればモラドアやバルダグ兵の力で圧倒出来たイルジニアのエルフらも、異世界の武器を供与されて実力をつけているという。
こうなると、早めに手を打ちたいところだが、その糸口をジルは見つけられなかった。現状での講和など、敵味方共に認められないのは明白であった。
そしてジルの脳裏に、先ほどのコアの説明した禁忌の魔法が掠める。だが、先ほどコアに反論した内容よりもシンプルな懸念が、すぐに湧き上がる。
「・・・ダメだ。確かに異世界側に被害を与えられるかもしれんが、もし失敗すれば敵の報復を招くだけだ。アレは使えん」
ジルはブンブンと頭を振り、悪魔の囁きを振り切ろうとした。
「どうでしたか所長?」
「残念ながら皇帝陛下の許可は得られなかったよ」
宮殿から研究所に戻ったコアは、出迎えた部下の言葉に淡々と答えた。
「やはりですか?」
「皇帝陛下はこうした策を好まれないからね。まあ、予想の範囲内だよ」
コアは却下されることが、まるで当然のように、落胆する様子もなく言う。
「では、あの魔法はお蔵入りですか?」
「まあ、そうなるだろうね・・・ああ、だがあの魔法の研究には人も予算も随分と使い込んでいる。まあ、研究所内での小規模な実験くらいなら構わんだろう」
すると、部下の顔が不気味に歪む。
「わかりました。ですが内容が内容だけに、小規模と言っても・・・」
「おい君。あくまで小規模だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「わかっております。それから、事故への対策も万全にしなければなりませんな」
「もちろんだとも。だが、どんなことでも絶対と言うことはないからね」
「ですな・・・では、いつに致しましょう?」
「そうだね。日頃がんばっている部下の年末年始の休みを邪魔するのも悪いだろう。その直前でいいんじゃないかな?」
「わかりました。そのように取り計らいます」
何とも胡散臭い会話をする2人。
「ああ、あと」
コアはその部下に、耳元で何事か囁いた。
「では、私はこれで」
部下は一礼し、コアの前から去った。
そしてコアは、一瞬意識をこの部屋のどこかにいるだろう、皇帝の密偵に向けた後。
(皇帝陛下。勝てばいいのですよ、勝てば。我がモラドアの誇る魔法でね)
と、心の中で呟いていた。
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