提督会議
地球・イルジニア連合と、モラドア・バルダグ連合の戦争が始まって1年以上が経過し、1935年も暮れようとしているこの日、大日本帝国領新海道黎明島にある帝国海軍異世界派遣艦隊司令部の一室を使用して、連合軍に参加している海軍による合同会議が開かれていた。
ちなみに、どうして海軍だけでの会議かと言えば、今回の会議は各海軍部隊同士での状況把握や、戦訓の確認であったからだ。陸軍も含む全軍合同での会議の場合は、イルジニア大陸のガランガン近郊の総司令部で行われる。
「今年秋までに行われたイルジニアにおける反攻作戦により、現状敵占領地の3分の2の奪還を完了しています。しかしながら陸上兵力の不足に加えて、季節が冬季に入ったこと、補給線が延伸していることから、陸上における反攻は来年の春頃までストップすることとなっています」
司会進行の日本海軍の参謀士官が、現在の戦況の概略を説明する。イルジニア大陸における反攻作戦は成功を収めてはいるが、戦力の不足と補給への不安から全土奪回には程遠い状況であり、守勢に回りつつ来年春頃の攻勢の再開が企図されていた。
つまり、こちらから手を出さない限り、大規模な陸上戦闘は来年春までないと見込まれていた。
そう、陸上においてではだ。
「だが我々海軍には休みはない。むしろ、陸軍ならびに地上の基地航空隊の攻勢準備のための物資輸送と、その護衛をこれまで以上に気を引き締めて行う必要がある」
と、口にするのは派遣軍副司令官も兼務する、日本海軍の異世界派遣艦隊司令長官須田大将だ。
「諸君らも知っての通り、今年1年の戦闘で敵に関して多くの情報が得られた。その結果、敵にも海中に展開できる戦力があり、またこちらの制海権内まで大胆にも侵入できる方法を有しているのが確認されている。また未確認の段階だが、敵がこちらの兵器を鹵獲して運用する術を持っている可能性もある。これは決して無視できないことだ」
開戦から1年以上が経過し、これまでに行われてきた戦闘においては、海軍も含む地球側は敵に対して優位に進めてきたと言えた。その一方で、決して懸念がないわけではなかった。
モラドア・バルダグが有する魔法技術は、魔法を有しない地球側の想像の遥かに超えるものがある。それが海獣を利用して水中を行動する術であり、船ごと姿を消す術であり、そして鹵獲したこちらの兵器を自由自在に操る術であった。
これらは現在のところ、地球側に目立った打撃を与えていない。とはいえ、一歩間違えば与える可能性は十分にあった。
海獣を利用して水中を行動する術は、現状偵察のみらしいが、何らかの有効な攻撃手段を有すれば艦船にとって大きな脅威となる。私掠船が姿を消して味方制海権内に侵入すれば、非武装の漁船や商船、沿岸の集落にとってはやはり脅威だ。鹵獲兵器を操る術も、強力な兵器を敵に奪われれば今度は地球側に降りかかる。
「よって我々は、今後も新海道からイルジニア大陸を結ぶ航路、柱から新海道までを結ぶ航路、そして柱そのものの防衛を重点的に行う必要がある」
5月の大規模反攻からしばらくの間、海軍各部隊は進撃する味方陸軍を支援するため、艦砲射撃や機動部隊航空機による空襲を散発的に行っていた。
しかし、陸軍の攻勢が停止して物資の確保が急がれる今、必要なのは輸送路の安全確保であった。
とは言え、これはこれまでにも行われていることであった。敵の私掠船が制海権内に侵入する事件が発生して以降、民間船舶には単独での行動をなるべく控えるよう通達が出されていた。特に新海道からイルジニア大陸方面と、柱へ向かう外洋航路の船に対しては、派遣軍総司令部麾下に設けられた「船舶管理部」の指導の元、極力船団に加入するよう求められていた。
ちなみに、この船団への加入は極力求めるとある通り、強制性はなかった。もちろん、船団に加入しない場合万が一の時の対応ができないとか、保険金が降りない可能性があるというリスクを当然背負い込むことになる。しかし、そうであっても大漁を狙う漁船とか、1秒でも早く荷物を運ぼうとする貨物船などもいることはいた。むしろ、かなりいた。
実際のところ敵の私掠船に襲われる可能性はかなり低く、通常の海難事故と合わせても、その損失率はそれほど高い数値と言うわけではなかった。
このあたりが、船団加入を強制にできない理由となっていた。
加えて、船団の編成とその護衛は、護衛をする側からも不満が持たれていた。
「しかし長官。護衛任務が重要でないとは言いませんが、実際のところ艦隊乗員の士気を保つのは中々に難しいものがあります」
と言うのは、イルジニア方面艦隊司令官の桜井中将であった。
レグプールへの攻撃をはじめ、航空機動艦隊としての威力を世界にまざまざと見せつけた同艦隊も、艦隊内の戦力の一部を護衛戦力として派遣していた。
しかしそれがまた、乗員たちにややこしい問題を起こしていた。
と言うのも、船団護衛に投じられるのは基本的に対潜哨戒と輸送任務を兼務する空母を除けば、軽巡以下の軽快艦艇である。それは日本以外のローテーションを組む各国艦隊も同様である。
つまり、空母ならびに軽快艦艇と戦艦以上の大型艦艇の間に出撃回数の大幅な差が出てしまっていた。
ただこれは当然と言えば当然である。現在のところ敵と予想される私掠船や海獣の類は、武装云々で言えば駆逐艦どころか、徴庸商船や武装漁船でも対応できる範囲のものでしかない。
となると、軽快な駆逐艦以下の小艦艇やそれらをまとめる役目の軽巡が船団護衛に投じられるのはまだわかる。また空母はそれら敵を捜索する航空機を運用できるし、重巡の場合は遠方への索敵任務に重宝されるから、これらもそれなりの数の出撃回数を記録していた。
ところが、大口径の主砲と分厚い装甲板を装備した戦艦の場合は出撃させたところで、あまり意義を見出せない。何せ敵が戦艦を持っていないし、現状確認できる相手に対して戦艦の戦力では、牛刀で鶏を裂くの典型例にしかならない。逆に主力艦である戦艦を無用な危険にさらし、なおかつ莫大な燃料を消費してしまう。
地上目標への艦砲射撃にも用いられはしたが、これも戦艦の射程圏内に、主砲を撃ち込む価値の敵がいればの話で、早々そんな目標出現する筈もなかった。
そう言うわけで、戦艦は港にお留守番していることの方が多かった。この結果、戦艦以外の艦艇の乗員からすると「戦艦の連中は俺たちが神経張り詰める仕事をしているって言うのに、遊んでいやがる」という不満を戦艦の乗員相手に向けがちとなった。
逆に戦艦の乗員からすれば「俺たちだって出撃したいよ!でも敵がいないんだから仕方がねえだろ!航海手当や危険手当をもらって羽振りいいくせに文句言うんじゃない!」となる。
そのため、ガス抜きの意味やポーズの意味から戦艦を時折訓練名目で出港させはしたものの、それでも大車輪で働く他の艦艇から見たら雀の涙の回数でしかない。
これは特に日本海軍で顕著であったが、その他の海軍でも同様に一部の艦艇間での乗員の軋轢が発生していた。
こうなると、機動艦隊は本来の任務たる大規模な攻勢への出撃のみに特化して、護衛任務は専門の護衛艦隊を作るのが得策であるが、現状そこまでの余裕は各国ともにない。予算も艦艇数も限りがある以上、遊ばせるわけにはいかなかった。
「それについては、基地航空隊の強化で多少なりとも艦艇の負担を減らそうという意見が出ている。我が国の新型の陸上攻撃機や、米国製の新型飛行艇が配備される予定だ」
「「「おお!」」」
須田の言葉に、参加者から歓声が漏れる。
前大戦と同様、今回の戦争では航空機に急速な進歩が起きていた。少し前までは前大戦時から変わらずの木製の複葉機ばかりであったのが、昨今は全金属製の単葉機が次々と就役し、実戦配備を開始していた。
これは今回の戦争の勃発により、各国で軍事予算、特に航空機の開発・製造予算が次々とつき、航空機メーカーが力を入れ始めたのが大きい。そしてさらに言うと、地球側が連合を組んでいるというのも、一つの要因となっていた。
地球側が連合を組み、各国軍を一元化して指揮する司令部が創設された結果、各国は互いに運用している各種装備や、現在計画中の装備に関しても情報開示をすることが求められた。
これは互いに現在運用している装備を知らなければ、とても合同作戦が立てられないという、運用上の理由から当然と言えば当然の対応であった。ただし、開示をするとどうしても国際問題に発展しかねない事態が出る(特に前大戦で軍備に制限が加えられたドイツ)のも確かなので、結局そうした問題に関してはよほどのことがなければ「大人の対応」で済ますことが、各国間で了解された。
そうした紆余曲折はあったものの、各国で開発中の試作兵器についての情報も出来る限り、もちろん制限はつくものの開示されるようになった。
この結果日本海軍が次期戦艦を46cm主砲搭載艦にするだとか、米陸軍が4発の重爆を開発しているだとか、英独空軍が画期的な新型戦闘機を開発中とか、フランスの航空機が他国に比べて周回遅れの代物になりつつあるとする情報は、軍関係者の中で共有されることになった。
そのため、各国のメーカーも海外のメーカーが現在開発中、計画中の機体に関しての情報を融通されることとなった。こうした情報に刺激を受けたメーカーは、自社で開発中の機体を一刻も早く完成させ、海外メーカーを出し抜こうと躍起となっていた。
もちろん、これらの情報の融通はあくまで今回の戦争に参加している連合国のみの話であって、参加していない国は完全に蚊帳の外であった。
この結果、日本に限っても三菱製の9試単戦(後の96式艦戦)や8試陸攻(96式陸攻)などの機体が、予定よりも早く開発を終えて、実戦配備の見込みが立ちつつあった。
そうした新鋭航空機の配備が、これまで艦艇が担っていた長距離索敵や、航路防衛任務の一部を引き継げる見込みを立たせていた。
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