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潜水艦VS海賊船

「よし、いいぞ!どんぴしゃりだ!」


 潜望鏡を覗きながら、ドイツ帝国潜水艦「UC14」を指揮するゲーベン艦長は、絶好の射点に位置できたことに、手を叩いて喜んだ。


 水中における潜水艦が、水上の目標を捕捉して攻撃するのはかなり難しい。と言うのも、可潜艦とも言うべきこの時代の潜水艦では、水中における潜水艦の動力は出力も小さく、放電時間も短い電池頼りであったからだ。


 これは潜水艦先進国であるドイツも含めて、この時代の各国潜水艦の共通項であった。


 このため、水中においての潜水艦はどんな高速の艦であっても、最高速度は10ノット以内である。しかもその速度すら、発揮できるのは短時間だけであった。


 だからもし、水上の駆逐艦などに潜水艦が探知されると、逃げ切るのは中々に大変なことである。


 ただし、相手が水中における目標を探知する手段を持たないという情報を、ゲーベンは得ていた。無論誤報や、敵が新兵器を開発した可能性も完全に0ではないが、ゲーベンはそのリスクを無視し、電池を全開に回して水中を動き、射点に占位することができた。


 こんなこと地球の軍艦相手にすれば、機関音で敵に発見される可能性を高め、先に爆雷をお見舞いされることすらあり得る。


 だが異世界の帆船は「UC14」の存在には全く気付いていないようであった。


「にしても綺麗な船だ。沈めるのがちょっと惜しいな・・・先任も見てみるか?」

 

 ゲーベンは一瞬だけ、先任士官に潜望鏡を代わる。


「ほ~う。帆船て聞いていましたから、てっきりガレー船や大航海時代の船を思い浮かべていましたが、中々どうして」


 2人が見た海賊船(ケラルト号)の姿は、3本マストのスマートな船体であった。大航海時代の様なずんぐりとでっぷり太った船ではない。同じ帆船でも、地球でもついこの間まで使われた船。おそらく日本人ならば、黒船か幕末期あたりの蒸気船あたりを思い浮かべるであろう。そんなデザインの船であった。


 こうした帆船はついこの間まで地球においても現役であり、ゲーベンらにも懐かしさを想わせるものであった。


 しかし逆に言えば、それはバルダグの建造技術は、船体に関して言えば優れたものがあることを示していた。


「ああ。よし、やるぞ!1番から6番魚雷戦用意!」


 感傷を短時間で振り切り、ゲーベンは潜水艦艦長としての職務を全うするために動く。


「いいぞ・・・ここだ!全門発射!」


 直後、魚雷発射管室で水雷員が発射レバーを押した。艦首にある6門の魚雷発射管から次々と口径53cmの魚雷が走り出していく。


 もし水中にカメラがあるならば、魚雷が航跡を残しながら海中を突き進んでいく勇壮な光景が見られたことだろう。


 しかし、艦内のゲーベンらはそれどころではない。


「艦首注水!」


 魚雷と言う重量物が艦首から一斉に消えたので、その分の重量相殺をタンクに注水して行う。小型の潜水艇程でないにしろ、重量配分にデリケートな部分が要求されるのは、大型の潜水艦でも同じだ。


「魚雷全弾出たか?」


「出ました!」


 魚雷発射管室にちゃんと魚雷が発射できたかを確認する。魚雷は家一軒分の値段が掛かる、後の時代のミサイル同様の高価な兵器であるが、一方で同様に精密でデリケートな兵器である。


 既に実戦に登場して40年あまり経過するが、兵器としての信頼性や安全性はなお課題が多い。故障して動かないという事態はざらで、発射しても速度が出ずに沈んでしまうとか、舵機の不調で発射した艦の方に戻って来るとか、走って行って当たっても信管が作動せずに爆発しないとか。予想されるトラブルは枚挙に暇がない。


 今回ゲーベンが6門の発射管から全弾発射と言う命令を下したのは、もちろん命中率を高めるという意味合いもあるが、故障した場合に備えて1本でも敵艦に届く可能性を高めるという意味合いもあった。


 特に今回は独海軍でも採用して日が浅い最新式の潜水艦用魚雷、G7魚雷を使用していた。ちなみにこれは後に有名となる後期の電池式ではなく燃料を用いて推進する初期型。また誘導装置もない、撃ちっぱなし式だ。


 ヴェルサイユ条約下の厳しい兵器開発の条件の下で、ドイツ海軍の兵器開発部門がコツコツと研究した成果が今試されようとしていた。


 もっとも、危険を冒して敵に接近する前線の将兵からしてみれば、技術者がどんな苦労しようが、自分たちの苦労が報われない方が大問題である。


「これでもしダメだったら、本国の魚雷開発関係者ども、タダじゃおかんぞ!」


 潜望鏡で敵艦の様子を見つつ、ゲーベンはそんなことを呟いた。




 一方自分たちが海中の刺客に狙われているとはつゆ知らず、僚船を襲った悲劇を見て、一目算に遁走した私掠船「ケラルト」号では、船長以下乗員全員が気が気でなかった。


「奴ら追ってくるか!?」


「いえ、本船を追ってくる船影はありませんぜ、船長」


「そうか・・・だが油断できんぞ。ここは敵地だからな。クソ!噂には聞いていたが、異世界人の兵器があそこまで優秀だとはな」


 「ケラルト」号の船長は、先ほど「ムーズイト」号を短時間で撃破した敵船の大砲の性能に、大きな脅威を覚えていた。それがまた、異世界人や異世界そのものへの恐怖に転化するのに、時間は必要としなかった。


 恐怖は彼をはじめとした「ケラルト」号の乗員を臆病にさせた。


「周囲の見張りを怠るな!少しでも何かあったら報せろ!」


 敵船は追ってこなかったが、ここが敵の拠点の近くであるということに変わりはない。別の敵が追ってこないとも限らない。だから船長は、見張りを含む全乗員に、周囲への警戒を怠らないように命じた。


 もちろん、言われた乗員たちも警戒レベルを最大限に上げて、敵が接近してこないか見張る。


 と言っても、彼らに出来るのは自分の目で見張るか、もしくは使役してる『使い魔』を空中に飛ばして、人間の目よりかは少しばかり広い海域を見張らせる以外に手がなかった。


「うん?」


 一人の若い乗員がそれに気づいた。


「何だ?」


 海面に、何か白い棒のようなものが見えた気がしたのだ。ほとんどの乗員が水平線に注意を向ける中、たまたまその乗員が海面を見た時に、それを見つけたのである。


 さらに目を凝らして見ると、その白い棒が自分たちの船目掛けて伸びてくる。それもスゴイスピードで。


 それが何であるかは彼にもわからなかった。しかし、報告するべきだと思い、近くにいた上司に大声で叫んだ。


「班長!何かが向かって来ます!」


 しかし、その曖昧な報告は班長を怒鳴らせるだけであった。


「バカ野郎!何かって何だ!?」


「いや、何って言われても・・・!?」


 もう一度その物体を観察するべく、その乗員は海面を見た。しかし、そこで彼は絶句してしまった。何故ならその白い棒はもう船の目と鼻の先にまで迫っていた。しかも、1本だけではない。彼は少なくとも3本を視界に捉えていた。


 彼が今一度異常事態を叫ぼうとした瞬間、これまでに「ケラルト」号の誰もが経験したことのない、下から突き上げてくるような巨大な衝撃が襲い掛かってきた。


 2回の轟音と、それによって立ち昇る巨大な水柱。


「なん・・・」


 船長が口を開こうとした時には、木造の船体が悲鳴を上げいた。強烈な爆圧によって各所で船体は折れ曲がり、引き裂かれ、船体が3つに割れるまで時間は掛からなかった。


 その時、叫ぼうとした若い乗員は下からの衝撃で強かに転んでいた。しかも、立ち上がろうと思う間もなく凄まじい量の海水を直上から浴びた。そしてゴホゴホとせき込み、何が起きたかわからないうちに、今度は体がゴロゴロと転がり落ちて行った。


「プハ!」


 いつの間にか海中へと投げ出され、なんとか海面に浮きあがって飲み込んだ海水を吐き出す。


「何が起き・・・アア!?」


 海上に浮き上がった彼が見たのは、無残にも船体が折れて、もはや船首と船尾の先だけを残して沈んでいく船の姿であった。


「そんな・・・」


 彼は知らなかったが「ケラルト」号には3本の魚雷が命中していた。この内2発が起爆して「ケラルト」号の船体を破壊したのである。木造のスマートな船体を持った同船であったが、水線下の魚雷の爆発に対する防御は無きに等しく、爆発と同時に船体各所が崩壊していき、最終的に3つに折れての轟沈となった。


 そして船長以下多くの乗員は、何が起きたかも把握できないまま、急速な船体の崩壊と沈下に巻き込まれ、運命を共にした。





「命中!・・・やったぞ!轟沈だ!」


 一方沈めた側のゲーベンは、潜望鏡で2本の水柱が上がり、短時間で帆船が沈んでいくさまをしっかりと見ていた。


 響いてきた爆発音と、艦長の言葉にベテランの潜水艦乗りたちは喜色満面、歓声を上げたり手を叩いたりした。


 一方、前大戦の経験どころか潜水艦乗りとしての経験が浅い乗員たちは、どこか実感が薄いのか、それとも初めての戦場での経験からか、この状況に困惑した表情を浮かべていた。


 それを見ていた一人のベテラン下士官は、戦闘処女の彼らの気分を盛り立てることにした。


「おい・・・やった!やっつけたぞ!魚雷命中だ!俺たちがやったんだぞ!」


 目の前で普段は厳しい下士官が喜ぶのを見て、ようやく新兵たちも自分たちが戦果を挙げたことに貢献したと自覚したらしく。


「やったやった!」


「思い知ったか異世界人ども!」


「ドイツの科学は世界一!!」


 と歓声を上げて、喜び合った。


 新兵たちの士気が上がったことに満足する下士官であるが、いつまでも調子に乗って喜ばせているわけにもいかない。適当なところで。


「黙れ!」


 と自分で囃し立てておきながら、今度は問答無用で黙らせた。


 もちろん、新兵たちはそんな理不尽な雷にしょんぼりするのであった。


 そんな騒動もあったが、ゲーベンは敵の撃沈を見届けて命令を出した。


「よし!浮上する!タンク排水!」


「浮上!」


 タンクから海水が排水され、浮力を得た艦体が浮上する。


 異世界における初戦闘を勝利で飾った「UC14」は、戦いの仕上げをするため、すなわち生存者の捜索と救助、遺留物の回収のために、異界の海上にその姿を現した。


 


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