海賊船VS仮装巡洋艦 ③
「お頭!」
「!?」
部下の絶叫を耳にしたのと、ナロ自身が敵船のそこかしこで荷箱や壁が割れて、大砲らしいものが姿を現したのを見て絶句したのは、ほぼ同時だった。
そして命令を出す暇もなく、その大砲がナロの「ムーズイト」号目掛けて火を噴いた。
ナロたちが乗り込む「ムーズイト」号に装備された前装砲では、確実に弾を当てるにはもっと距離を詰めなければならない。それくらいは離れていた。
しかし彼らは異世界の武器が自分たちの物より優れているということは漠然とわかっていたが、もちろん具体的な有効射程圏などは知らなかった。何故なら知っているということは、それは既に地球側の軍と交戦したことがあり、死ぬか少なくとも一度は海水浴を強制されたことがあるということなのだから。
強烈な衝撃が「ムーズイト」号の船体を襲い、さらに水柱が立って巻き上げられた海水が容赦なく甲板を叩く。
「プリンツ・ウィルヘルム」が左舷側に指向できた砲の数は艦首と艦尾の15cm砲に、艦体左舷側に装備された2門の10cm砲の4門であった。いずれも旧式の巡洋艦等から降ろされた、地球の水準から行けば旧式の部類に入るものであった。
しかし、その旧式砲であっても両船の距離2000mと言うのは有効射程圏内であった。発射した砲弾の内15cm砲は外れたが、2発の10cm砲弾は「ムーズイト」号を直撃していた。「ムーズイト」号の右舷上部の船体を貫通したそれは、船体内部で炸裂した。
10cmと言う小口径砲弾なので、一撃で轟沈とまでは行かなかったが、それでも砲弾の爆風と破片は炸裂地点の至近距離にいた不幸な乗員たちを薙ぎ払い、切り刻んだ。
「ギャアアア!!」
「痛え!痛えよおお!」
即死した者は悲鳴も残さぬ内に命を刈り取られ、そうで無い者も砲弾の破片に体を切り裂かれ、或いは体内に食い込んだために、激痛とともに悲鳴を上げて悶える。
それを見た無傷の仲間が近寄ろうとするが。
「ガッ!」
立て続けに襲い掛かった砲弾と機銃弾によって、とても仲間を助ける余裕などなかった。それどころか、彼ら自身が仲間の後を追わされる風景が続発した。
「やつらの大砲はこんなに早く連続して撃てるのか!?」
「ムーズイト」号の乗員たちは異世界の兵器に関して、沈んだ船から幸運にも捕虜にならずに脱出した数少ない乗員や、捕虜にした異世界人からの伝聞でしか聞いていない。もちろん、未帰還になる仲間の多さから、警戒はしていたが具体的に洗礼を浴びることになったのはこれが初めてだ。
彼らはここに至って、異世界の大砲の速射性や威力の高さを目の当たりに、と言うより自らの身をもって体験する羽目になった。
彼らの常識では、大砲と言うのは1回1回前から装薬、砲弾を押し込んで詰めて、火縄をセットして発射するものであり、射程は短く至近距離まで寄ってようやく命中が期待できる代物であった。またその弾は単純な鉄球か、初歩的な散弾でしかなく、それ単独で船を沈めるには威力不足であった。
だが今「ムーズイト」号に撃ち込まれる異世界の大砲の発射速度は、明らかに彼らの常識の範疇を超える速度で、次々と撃ち込まれている。しかも、その砲弾は船体の外板を易々と貫いたのみならず、船内で爆発すると強烈な爆風と破片によって「ムーズイト」号を乗員もろともズタズタに引き裂いていく。
「畜生!武器を隠してやがったな!!」
命中弾の衝撃で倒れたナロは、立ち上がると敵船を睨みつける。敵船からは隠されていた大砲から砲弾が次々に発射されており「ムーズイト」号は短時間でヒドイ有様に陥っていた。
マストはなぎ倒され、船体は穴だらけとなり、火災が発生したのか焼け焦げた臭い匂いが強く立ち込めている。
「撃て!撃ち返せ!!」
と怒鳴っては見るが、彼の命令を復唱する者はなく、右舷側に並ぶ大砲も沈黙したままだ。
実はこの時、「クロンプリンツ・ウィルヘルム」の艦上からは対空機銃や陸戦用の軽機関銃、果ては小銃までもが大砲周りを中心に撃ち込まれていた。これらの銃弾は生き残りの大砲を扱う乗員たちを薙ぎ払うか、そうでなくても彼らの動きを掣肘し、大砲の発射なぞ不可能な状況に追い込んでいた。
戦闘開始後わずか数分であったが、その間に「ムーズイト」号は15発近い15cm砲弾と10cm砲弾、さらには無数の機銃弾を受けていた。
マストも大砲もやられ、航行も戦闘も実質的に不可能であり、満身創痍であった。
そして最後も唐突だった。
「うお!?」
急に船体が右に傾き、あっという間に横倒しになる。ナロは最初手近な物に捕まろうともがいたが、それよりも船体の傾斜の方が早く、あっという間に海面が迫り、彼はそのまま転がるように海中へと投げ出された。
ナロは知らなかったが、「クロンプリンツ・ウィルヘルム」の砲弾と機銃弾は喫水線付近にも撃ち込まれていた。そこに開いた破孔から急速に流入した海水は、防水区画を持たぬ「ムーズイト」号の船体を瞬く間に席巻し、そして破孔側に傾かせて転覆させたのであった。
「ムーズイト」号が一方的に打ちのめされる光景を見ていた2番船の「ケラルト」号の船長は、このままでは自分たちも二の舞になると判断し、1番船を見捨てて遁走する道を選んだ。
「取舵だ!逃げろ!」
「船長!でも「ムーズイト」号の連中が!」
いくら海賊船団と言えど、仲間意識は確かにある。敵に一矢報いもせず、あまつさえ海に投げ出された「ムーズイト」号の仲間たちを見捨てる非情な決断をした船長に、部下の一人が声を荒げるが。
「バカ野郎!敵の戦力はこっちとは比べ物にならねえ!今「ムーズイト」号に近づいて見ろ!俺たちも敵から蜂の巣にされるぞ!」
その言葉に、皆黙り込んだ。目の前で繰り広げられた光景を見るに、自分たちであの敵に勝てる可能性は万が一にもないのは一目瞭然であった。下手に「ムーズイト」号の乗員を助けようとすれば、今度は自分たちの番になる。
だから冷静に考えれば、船長の判断は正しいものであった。
それを理解した「ケラルト」号の乗員たちは、後味の悪い気持ちになりながらも、命令通り全速で敵から逃げるしかなかった。
「後方の敵船は遁走しました。追尾しますか?」
その部下の進言を、「クロンプリンツ・ウィルヘルム」艦長のオストワルトは却下した。
「いや、必要ない。ここは味方の制海権下だ。本艦が追わなくても、近くにいる味方がやっつけてくれるさ。それに、味方が一方的にやられる光景を見てるんだ。下手な気は起こさんだろうさ。それよりも、海に投げ出された連中を早く助けてやれ」
「ムーズイト」号の転覆によって、海戦は短時間で終わった。木製ゆえに浮力のある「ムーズイト」の船体はまだ浮いていたが、浸水が進めば沈むの目に見えている。
その船体や周囲の残骸には、投げ出された乗員たちが必死に掴まっていた。敵とは言え、戦い終わればそれら漂流者を助けるのは、万国共通海の男の役目である。
「クロンプリンツ・ウィルヘルム」も、既に速度を落として搭載した救命艇を海上に降下させ、またロープの付いた浮き輪を海面に投げ込んでいた。
「相手は一応捕虜だ。丁重に扱ってやれ。ただし、抵抗のそぶりを見せたら容赦するな」
オストワルトが不敵な笑みを浮かべる。ベテランの海の男は、ちゃんと厳しさも併せ持っていた。そんな彼に、部下は苦笑しながら敬礼し。
「ヤー!」
とだけ答えた。
それから数時間後、仮装巡洋艦と海賊船と言う奇妙な取り合わせの海戦が行われた海域から西方に100kmばかり行った海上、いや厳密には海中では、一人の男が潜望鏡越しに1隻の帆船の姿を捉えていた。
「こいつはこいつは。緊急信を受けて駆け付けてみれば」
独逸帝国海軍潜水艦「UC14」艦長ウォルフガング・ゲーベン少佐は、思わぬ邂逅に歓喜の声を上げる。
「例の海賊船ですかね?」
「だろうな。マストに規定の旗を掲げてないし、20ノット以上の高速で走ってやがる」
部下の言葉に答えながら、目の前で異様に高速で走る帆船の姿に、ゲーベンは舌を巻いた。どう考えても、彼の常識外のスピードである。
「雷撃しますか?」
「もちろんだとも。処女航海で得た好機。逃す手はない」
「UC14」は、最近になって海獣が嫌がる音波発生装置を搭載し、この異世界の海でも航行可能とした潜水艦である。ただし、ドイツ海軍の潜水艦だがドイツ製ではない。
第一次大戦後Uボートの保有や新造に足枷を嵌められたドイツ海軍は、自軍保有艦の更新を細々と進めつつ、海外への輸出などを通して、技術の保全を図った。
第一次大戦では中立を守った日本や、中華三国の内の華南連邦に中華民国、同盟国であったトルコに独立間もないフィンランド、そしてかつての仇敵であった露西亜帝国まで、幅広い国から受注を取り付け、或いは技術者を派遣して現地での建造も行った。
「UC14」はその内華南連邦向けの潜水艦の1隻で、同国の首都も置かれる海南島三亜の造船所で、ドイツの指導の下で建造されていた潜水艦である。
海南島ならびに華南連邦支配下の大陸南部沿岸部、そして南シナ海のパトロール任務も行えるよう、900トン級潜水艦として設計された。航続距離は短めだが、接近する敵艦隊に強烈な一撃を見舞えるように、艦首に6門の魚雷発射管を搭載しているのが特徴だ。
異世界との戦争がはじまり、潜水艦の保有制限が緩和され、さらに海獣対策に目途が立つと、ドイツ海軍は第一次大戦以来の伝統たる潜水艦艦隊を異世界側に派遣することを決定した。
しかし小型の潜水艦を本国より地球を半周して回航するとなると、手間も時間も掛かる。
そこで、華南連邦で建造中だった潜水艦の内の数隻を買収し、ドイツ海軍籍に編入して派遣することとした。乗員は同国含むアジア圏に派遣されていた潜水艦関係者が集められた。その多くが第一次大戦の経験者や、そうでなくても戦後潜水艦専修を終えていた生粋のサブマリナーである。
そんな彼が獲物を見つけたのである。血が騒がない筈がない。
「敵は高速だ!チャンスは一度キリだ!」
水中にある潜水艦は鈍足である。20ノットもの高速で走る獲物を襲撃できるのは、1回こっきりだ。
緊張の中で「UC14」は襲撃行動に入った。
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