海賊船VS仮装巡洋艦 ②
「鷹を見ただと?」
独逸帝国海軍仮装巡洋艦「クロンプリンツ・ウィルヘルム」艦長のウルリッヒ・フォン・オストワルト大佐は、艦長室での休憩中であった。そこにもたらされた報告に、彼は首を傾げた。
「ええ、見張りの兵士の話では、間違いなく鷹だったそうです。本艦の上空をグルグル数度旋回した後、西方に飛び去ったと。どうでもいい報告とは思ったのですが、念のため」
「・・・鷹がこんな陸地から離れた大海原を飛んでるなんてありえるのか?」
「さあ?渡り鳥か何かじゃないでしょうか?」
オストワルト自身そんなに鳥に詳しい方ではない。訪ねた航海士をはじめ、彼の部下たちも同じであった。
「う~ん・・・」
「艦長?」
「なあ、その鷹が敵の偵察か何かって可能性はないか?」
オストワルトの一言に、場の空気が変わる。
「確かモラドアの魔法使いどもはイルカとかの動物を使役しているって聞いたぞ?それと同じ類というのは考えられんか?」
「まさか!ここはまだ黎明諸島に近い海域ですよ。いくら何でも敵の私掠船がこんな所まで出張って来るとは思われませんが」
「相手は魔法使いだからな。魔法を使って姿を隠して、こちらの勢力圏まで入り込んで来ても不思議じゃあるまい」
第一次大戦後軍に入った若い航海士と違い、大戦で幾多の修羅場を潜り抜けたオストワルトの脳裏に、確信とも呼べる予感が駆け抜ける。敵が近くにいると。
「でも、モラドアにしろバルダグにしろ新海道周辺では魔法が使えないと聞きます。この付近なら、敵も魔法を使えないのでは?」
魔法の使用には制限があり、少なくとも新海道周辺では魔術師も魔法を使えない。その情報のことを、航海士は口にした。
だが、オストワルトはそれすらも懐疑的であった。長年の経験と勘が、自らに楽天的な予想をすることを許さない。
「わからんぞ。イルジニアの戦場じゃ、これまでにない魔法を敵が使ったって言うじゃないか。新しい方法で魔法を使えるようにしたかもしれん」
「そう言う可能性も、なくはないでしょうが。しかし・・・」
航海士としては、オストワルトの言う事もわからなくもないが、納得しがたい。そう言う顔をしていた。
実際航海士より長生きをしているオストワルトとて、こちらの世界に来てまだ日が浅い。魔法や魔法使いどころか、異世界の同盟国であるイルジニアに関してすら理解は乏しい。もちろん、彼なりに情報の吸収に努めてはいたが、それは広く新聞などで接することの出来る情報や、先にこちら側に来ていた同僚たちからの伝聞、そして司令部で目を通した警告文書等から得たものでしかない。
とは言え、逆に言えば敵に関してわからないし、何をできるかも掴みかねるだけに、予想外のことが起きる可能性は高い。
何せ撃破された飛行機を再生し、自分たちの手駒として使うような、地球でなら御伽噺でしかできないようなことをする連中なのである。
「とにかく、近くに敵がいるかもしれん。総員戦闘配置!ならびに艦隊司令部に緊急信。我艦周辺にて敵出現の兆候アリだ」
怪訝な表情をする航海士たちの疑念を他所に、彼は戦闘配置を発令した。艦内では配置を告げるベルが鳴り響き、乗員たちが慌ただしく動く。それまで自室で休んでいた者も含めて、各自が持ち場へと走る。そして兵が配置についた各砲では、手早く砲口に嵌められていた栓が抜かれ、弾薬庫から砲弾が揚げられる。その他の場所でも、ヘルメットと救命胴衣を身に付けた兵士たちが次々に配置に就き、配置完了を艦橋へと伝えて行く。
砲や機銃だけでなく、魚雷発射管に関しても、いつでも万全とばかりに、出港以来念入りに魚雷の調停を行ってきた水雷担当の兵士が、いつでも旋回と発射が出来るように済ませる。
もちろん、艦橋に戻ったオストワルトも首から提げた双眼鏡で周辺を窺い、敵に備える。
「いる。この海に敵は必ずいる」
「クロンプリンツ・ウィルヘルム」が進む海は、見た所平穏そのものであった。しかし、オストワルトは自らの長年の勘からそう呟いた。
そしてその勘は冴えていた。
「獲物を見つけたな」
私掠船団を率い、自らも「ムーズイト」号を指揮するナロ・レーガルは、部下の使い魔が見つけた敵船を襲撃することを即決した。
その鷹が見つけた船は、超大型の客船らしい船であった。武装はないかほとんど積んでないようで、速度はかなり速いようだが、大砲を備えているナロたちには絶好の獲物であった。
北上しているところから見て、イルジニアに向かう船であるのは間違いなかった。
そして幸運なことに、敵船との位置関係はナロたちが敵の北側に位置していることであった。つまりは、待ち伏せが出来る位置である。
「この速度なら1時間もあれば接触するな・・・ようし、不可視の魔法をはじめろ!それから「ケラルト」には敵の後方に回り込めと言え!」
ナロは早々と不可視の魔法で自分たちの姿を隠して接近し、奇襲する戦法を選択した。加えて2番船の「ケラルト」号を離脱、迂回させて目標の後方に回り込むようにも命令した。挟み撃ちを狙うのである。
「ケラルト」号に命令が伝達されて離脱を始めた直後、魔術師が術を発動して「ムーズイト」号は外から姿が見えない状態となる。
魔法は魔術師の体力、特に魔法を発するための魔力を消耗する。ましてや不可視のような高度な技なら尚更で、だからこそナロはここぞという時に使うことを決めていた。
「野郎ども!いっちょやるぞ!」
「「「おお!」」」
ナロの激励に応えるように、部下たちの士気も高い。彼らはいつでも大砲を撃てるように大砲に砲弾を装填する。また接舷戦闘に備える者たちは、近接戦闘に必要な剣やナイフ、マスケット銃の準備を整える。
これだけの準備をしておけば、相手が非武装の商船ならば、いかに異世界の連中の船でも充分圧倒できる。現にこれまではそうであった。
そして小1時間後、ついに目標の敵船を捉えた。
「お!こいつはデカいぞ!襲い甲斐があるってもんだ!」
襲撃対象は、ナロがこれまでに見たことのない大型船であった。さぞ大量の人や物を運んでいると予想された。それはすなわち、またとない魅力的な獲物であると彼の目には映った。
「ようし!右に回頭して奴の針路を塞げ!それから一番前の大砲を一発撃って、脅して停船させろ!当たらなくてもいい!とにかく撃て!」
「了解でさ!」
敵船発見時「ムーズイド」号は敵に対して反航する位置にあった。そのため、ナロは敵の針路を妨害し逃げ道を塞ぎつつ、搭載した大砲の威嚇射撃で停船させることにした。
魔法の力で速度差はほとんどない。敵の後方には「ケラルト」号が控えている。完全包囲での拿捕。ナロはそれが間もなく実現できると信じていた。
「敵船前方に出現!距離7000!」
「7000だと!?どうしてそんな至近距離まで気づかなかった!?」
見張りからの報告に、航海士が叫んだ。ここは味方の制海権下にある海域だ。それなのに、ここまで接近されるまで敵の存在に気づかないなど、本来であればあり得ないことであった。
狼狽する航海士たちに、オストワルトは一喝する。
「落ち着け!敵船の針路と距離を報せ!」
「針路は本船と反航!速度は約20ノット!」
「速いな!やはり魔法を使っているな」
どんなトリックを使ったかは、オストワルトには皆目見当もつかないことだが、敵が本来魔法が使えない筈のこの海域で、魔法を使っていることは確実だった。
相対速度は40ノット(約74km/h)なので、ほんのわずかな時間で接触する距離だ。
「面舵10度!」
少しばかり船首を右に振り、敵の出方を見る。
と、その舵が利き始め、艦首が右方向に振れて船の針路が変わり始めた直後。
「敵船に発砲炎!」
「距離は!?」
「約5000!」
「この距離で届くのか!?」
航海士が絶叫する。
敵が使用する大砲は、地球で言う所の前装式の旧式砲と聞いていた。その射程は現代の大砲に比べれば玩具のような性能でしかない。もちろん、当たれば被害は出るが、射程は極端に短い筈。有効距離を無視して撃ってもせいぜい2000から3000m飛べばいい方の筈だ。
その予測通り、敵艦の砲弾は大分離れた場所に着弾して水柱を立てた。
「当てる気なんてサラサラない、威嚇だな」
「どうしますか?既にこちらの砲の射程圏内ですが」
「そうだな。だが敵はこちらの正体に気づいてないようだ「後方よりも敵船!数1!」
主砲の発砲のタイミングを図ろうとしたオストワルトであったが、その思考は後方の見張りからの報告で中断された。
いつの間に接近したのか「クロンプリンツ・ウィルヘルム」の真後ろに敵船が出現した。
「しまった!もう1隻いたか!敵の針路と速度は!?」
「まっしぐらに本船に向かって来ます!速度も20ノット以上の高速で接近中!」
「艦長!前方の敵に攻撃を開始しましょう!2隻同時相手となれば、防御力のない本船では旧式の大砲でも脅威になりかねません!」
巡洋艦と名前はついているが、あくまで仮装である。武装こそそれなりに搭載したが、艦体そのものは客船時代からそう変わっていない。すなわち、装甲も何も取りつけていない商船の船体である。旧式の大砲の弾であっても、喫水線に命中すれば浸水する可能性はあるし、ブドウ弾などの原始的であっても炸裂する弾を使われれば、上構に被害が出ないとも限らない。
「前方の敵船との距離は?」
「既に3000まで接近!」
距離は刻一刻と接近していた。早く撃たないと、敵の有効射程に入ってしまう。
「艦長!」
「・・・よし!擬装解除!撃ち方始め!敵の喫水線とマストを重点的に狙って撃て!」
「ヤー!」
オストワルトの命令が伝わった途端、右舷側の砲の擬装が一斉に解かれた。貨物の木箱や或いは舷側の壁を模した擬装が次々に倒され、既に装填を終えていた砲が配置に就いた兵共々露出する。
「フォイアー!」
各砲の指揮官の合図を皮切りに、左舷側に指向できる4門の15cm砲が一斉に火を噴いた。さらに。
「機銃!敵の甲板上を狙って撃て!」
備え付けの対空機銃、さらには陸戦用に搭載された軽機関銃までもが敵船目掛けて火を噴いた。この頃には、距離は2000近くにまで接近していた。
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