非公式会談
「久方ぶりですな、国王陛下」
モラドア帝国皇帝ジル・ティックス1世は立ち上がると、目の前に現れた獣人の青年に挨拶する。
「申し訳ない皇帝陛下、何分以前ほど自由の利かない身でしてね」
モラドア帝国とバルダグ王国との国境地帯、そのモラドア側に入った所にある小さな寒村の一軒家。どう見ても皇帝が足を運ぶには場違いな場所、そしてジル自身農民のような粗末な格好をしていた。
一方現れた国王と呼ばれた青年も、この地域では珍しくない牧夫のような薄汚れた服を着ていた。
「・・・と、堅苦しいのはこれくらいにしてくれ。どうも性に合わん」
「相変わらずだな、クワ」
砕けた言葉づかいになったクワこと、バルダグ王国国王クワ・ローハに、ジルも砕けた口調となる。
「こうして会うのは1年ぶりかな?」
「ああ、前回はそちらの王城の、使用人用の部屋だったな。公式となると、1年半ぶりだ。元気そうで何よりだよ」
「お互いにね」
2人は久々の再会を笑顔で祝いながら、国のトップには似つかわしくない粗末な椅子とテーブルのセットに腰を降ろした。
ジルは現在41歳、クワは31歳と10歳ほどの歳の差があるが、一方で比較的若い国家元首と言う共通項があった。加えて、ジルもクワもそれぞれ継承順位が低く、継承するまで国のトップになるという意識がなく、自由を謳歌していたという点も共通していた。
ジルが即位したのは10年前であるが、先帝から見て彼は2番目の甥っ子であった。そのため帝位の継承権は5番目で、はっきり言って皇帝になるなど考えもしていなかった。
ところが、皇位継承権1位の先帝の長女は病弱で帝位継承を放棄。2位の長男は魔法事故で肉体が著しく変化して帝位継承をこちらも断念。そして3位の先帝の次女は長男の事故前に婚約してしまい、既に継承権がなくなっていた。
このため、4位のジルの兄と5位のジルだけが残ったが、ジルの兄は流行病で逝去してしまい、最終的に先帝が崩御する際に残っていたジルが帝位を継承した。
皇帝になるなど全く考えておらず、辺境のそれも国境に近い開拓村で村長をやっていた彼にとって、それは非常に戸惑うべきことであった。幼少期に受けた皇族としての教育を促成で学び直しての、即位であった。
一方のクワも王位継承順は後ろの方で、ジルと同じく国王になるなど全く考えもしていなかった。しかしながら流行病の大流行で上位の皇位継承者が全滅したため、こちらもやむなくの皇位継承であった。ちなみに即位は9年前で、ジルと半年程しか違わない。
そんな2人であったが、流石に腐っても皇族と王族。最低限のマナーや作法は子供のころからしっかり教育されていたので、即位した後の立ち振る舞いに何ら問題は出なかった。むしろ、中央から遠い世界にいた分だけ柔軟な思考ができた。だからこそ、長年敵対した二国が同盟を組むに至ったと言える。
ジルは国境近くにいたため、当時は非合法であったものの頻繁に国境を越えてくるバルダグの行商と接する機会があった。またクワの方も、王位継承以前は各地を放浪する冒険者のようなことをしていた。こちらも時には国境を越えた人間と接する機会があり、ある程度の理解があった。
そんな2人が同じ時代に国のトップに立ったことは、絶妙と言えるタイミングであった。しかも2人自身が、それぞれ国家を根本的に改革する必要に迫られていたのも、同盟締結に拍車をかけた。
ジルとしては国の中枢技術と言うべき魔法技術の発達が頭打ちとなっており、発展のためには新たな魔法技術の移入の必要性があった。一方クワの方も、国内を荒れ狂った流行病による痛手から立ち直るためにも、これまでのような敵対ではなく協調の方が利益があると強く感じていた。
おまけと来て、ちょうどその頃異世界からやってきた船が彼らの国々の領域まで進出し、勝手に漁業や測量をやるという狼藉を働いていた。この新たな共通の敵と言う問題もあった。
こうしたことから、両国が同盟を結んだのは8年前のことであった。当初は長年の敵対国と言うこともあり、両国間の国民感情は微妙であったが、ジルとクワが率先して友好を演出し、さらに貿易や魔法技術の交換などの交流を進めた結果、少なくとも表向きは同盟関係は順調に発展した。
そして短期間に意気投合した両国は、もう一つの大国であるイルジニアに圧力を掛けた。長命なエルフは医療系の魔法を得意としており、流行病で親族の多くを喪ったクワは特にその技術を欲していた。
しかしながら、イルジニアは両国の開国要求を尽く無視し、使者さえ追い返す始末であった。
こうなると、もともと敵対関係にあったのであるから、さらなる関係悪化を引き起こすのは必定であった。しかもイルジニアはこともあろうに、異世界人と同盟を結ぶという暴挙に出た。
そしてモラドアとバルダグは同盟を組んだ上で、終にイルジニアに対して侵攻を開始した。当初は短時間でイルジニア大陸の半分近くを制圧し、完全占領は時間の問題と見ていた。
ところが、異世界軍の介入によってこの予想は完全に覆され、前線を大きく押し戻されていた。
異世界の国家に対しては、彼の策源地である南方の島を奇襲攻撃したことで、大陸方面への介入を止めたとジルとクワは考えていた。
2人にしてみれば、異世界の国家が自分たちにちょっかいを出すのを止めさえすればそれで良かった。
ところが、異世界の国家は彼らの予想に反して大規模な反撃に打って出た。イルジニアに軍勢を送り出すとともに、なんと前線より遥かに後方の地域への大胆な攻撃を行ったのだ。
モラドア・バルダグ連合も『転移』魔法を利用して翼竜隊を敵の策源地に送り込んだが、それは両国が持てる魔法技術と資源をつぎ込んだ結果実現したものであった。
しかし魔法が使えない筈の異世界人は、それ以上のことをやってのけた。
さすがにジルもクワも危機感を覚えた。しかもマズいことに、軍はこのことをしばらく隠ぺいしており、ジルお抱えの密偵組織の調査でようやく判明する始末であった。
そうした事実が、今日の会談に繋がったわけである。
「異世界は機械文明が進んでいるって言うから、手強いとは思ったけど。まさかあそこまで手酷くやられるとはね」
「しかもそれを軍の連中は隠ぺいした。皇帝として全く面目ない」
「いやいや、それを言ったら俺も国内の貴族連中の手綱をしっかり持てているわけじゃないしな」
臣下が聞いたら目を剥きそうなことを平然と言う2人。人払いをして、2人きりになったから言える愚痴であった。
2人にとって目下の悩みは共通していた。それは下部への目が行き届いていないことであった。
2人とも若く精力的に働き、これまでにない改革を国内にもたらしてはいたが、逆に言えば経験が浅く、これまでのやり方を踏襲する保守的な勢力からすると不満を向けられやすい君主と言える。
今のところそれが致命的になってはいないが、敗戦の報が正確に伝えられない件に見られるように、ジルは自分が軍部などから侮られている、信頼を受けていないと感じていた。
それはクワも同じで、バルダグが領邦制を採っていることと合わさって、貴族への統制が不十分だと感じていた。特に地方の有力貴族の中には不穏とまではいかないが、王室の力が十分に及んでいないのではと疑問を持っていた。
「まあ国内に関しての愚痴はたくさんあるが、今日話したいのはそこじゃない。この戦争の落としどころについてだ」
「それね」
「異世界の連中は予想以上に強い。それに、まさかあそこまで激しいとはな」
「何が面白くて、そこまでエルフに肩入れしているんだか。自分たちは魔法使えない癖に」
異世界人のほとんどが魔法を使えないことは、捕虜や私掠船が捕まえてきた連中の話からわかっている。
そのため、エルフの治癒魔法の技術を手に入れたクワやジルからすると、どうして異世界人がイルジニアに対してそこまで肩入れするのか理解しかねるところであった。
このあたり、魔法技術が進み科学技術に彼らが疎いからと言える。と言うよりも、地球の科学技術の発達とそれに比例する形での資源の消費量の増大が、彼らからすると全く想像すらできないことなのであった。
もちろん、彼らとしても地球で言うところの鉱物資源などを利用しないわけではない。しかしながら、動力源に関してだけで言っても、未だに風力などの自然に依存するものや、馬力や人力など動物に依存するもの、そして魔力に依存するものなど、異世界やイルジニアが利用する地下資源を多用した動力文明とはかけ離れたものを利用していた。
また手に入れたイルジニアの蒸気機関や、捕獲した地球製の内燃機関を搭載した船舶から、動力文明に関する手がかりを得ているものの、現在のところそれを両国で模倣するような動きはなかった。
彼らの発想としては、複雑怪奇な機械を再現するよりも、それを自分たちが多用している魔力を利用しているものに置き換えた方が効果的だと考えていたからだ。
ただそれはともかくとしても、異世界の軍勢の予想以上の戦力に、2人は遅ればせながらも脅威を感じ始めていた。
「連中がイルジニアのエルフどもにどうして肩入れするかはともかくとしても、このままの勢いでいけば1年で我々はイルジニアから追い出されるぞ」
「だな」
「おいおい、軽く言うな。そんなことになれば俺たちの身が危ないぞ」
簡単な言葉で答えたクワに、ジルは呆れたように言う。
仮にイルジニアから追い出されるようなことがあれば、2人がその責任を追及されるのは目に見えている。となれば、少なくとも退位は覚悟しなければならなかった。
「どうせ棚ぼたで得た王位だ。代わってくれる奴がいたら、いくらでも代わってやる。だが、問題はそれよりも先のことが起きたらだ」
「・・・連中が本土まで攻め込んでくるってことか?」
「既にうちの地方の砦なんかはやられてる・・・まあ、本当に地方でほとんど誰も知らんがな。だが、これが首都やそうでなくとも都市になれば・・・」
「・・・」
クワの言葉に、ジルの表情はさらに険しいものへと変わっていった。
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