最重要会議
「イルジニアにおける戦況は芳しくないようだな」
「申し訳ございません陛下」
皇帝ジル・ティックス1世の言葉に、ドン・リュッティ軍部大臣と三軍の総司令官はただただ頭を下げ、謝罪の言葉を漏らすだけであった。
モラドア帝国帝都パロルンド。その宮殿の会議室。広さとしては10人程度しか入れない小さな会議室であるが、部屋には防音の魔法が施されるとともに、部屋の周囲を優秀な魔術師たちが警備し、万全の警備体制を敷いている。
この部屋では現在、皇帝に軍部大臣と三軍総司令官、宰相、そして内相と外相が参加した最高会議が開かれていた。この会議こそ、モラドア帝国が取るべき大方針を決める、言うなればモラドア帝国の運命を掌る最重要会議であった。
そして現在論議されているのは、昨年から始められた対イルジニア戦争であった。獣人の国家であるバルダグ王国と同盟を組んで、エルフの国家であるイルジニアに対して行われた戦争は、当初こそモラドア・バルダグ連合軍の優勢で進んだが、昨年末にイルジニア大陸の半分程度を占領した所で侵攻はストップしていた。
軍部は半年以上が経過した現在も、イルジニアを屈服させられずにいた。それどころか、最近は大分押し返されつつあった。
この件に関して、これまで軍部は皇帝であるジルに対しても曖昧な報告に終始し、戦争は一進一退であるかのごとく糊塗していた。
しかしながらジルは正確な戦況を、自らの指揮下に置く密偵による調査で全て知っていた。
当初は様子を見ていたジルであったが、戦況が予想以上に芳しくないのと、思わぬ異世界軍の実力や、その装備をイルジニア側が供与されているという報に、ついに臨時最高会議を招集して、軍首脳陣を問い詰めたのであった。
「今さら敗北の事実は覆らん。で、軍部としてはどうする気なのだ?兵站拠点であるレグプールを潰され、前線も押し返され、せっかく現地指揮官が編み出した竜騎士による夜間攻撃も、抑え込まれつつある現状で」
「な、なぜそのことを!?」
ジルの指摘に、ドン軍部大臣ら軍関係者が顔を真っ青にする。軍部はイルジニアにおける正確な戦況を、ジルにしていなかったからだ。厳密に言えば、戦況に関しての情報を小出しにしたり、遅れて上奏して急激な大敗北と言う印象を拭おうとしていたのだ。
ところがジルは最前線の戦況、それも最新の情報を口にしたのだから、軍部大臣らが顔を真っ青にしたのは当然と言えば当然であった。
ジルとしてはここまで口にするのは一種の賭けであった。と言うのも、ここまでの事実を知り得たということ、つまりは自分の密偵の能力を軍部大臣ら軍部に暴露することになるからだ。
しかしそうしてでも、ジルは軍部に警鐘をならしたかった。それほどまでに、戦況の悪化は看過できぬことであったのだ。
「情報源についてはどうでも良いだろう。それよりも軍部大臣。私の質問に答えろ。軍部としては今後どのような方針を採るのか。もう隠し事はなしだ」
ジルの言葉は静かであったが、それと同時に重みも感じさせた。
ドンら軍部関係者は顔を見合わせると、頷き合った。
「・・・軍部としましては、秋頃を目途に戦力の再結集を図り、一大攻勢を企図しています」
ドンは軍部の方針を正直に口にした。これ以上皇帝に対して情報の隠ぺいを図れば、タダではすまないことを、ジルの言葉から読み取ったからだ。
「ほーう。それは可能なのか?」
「もちろんでございます!確かに、ガランガン、レグプール等では敗北しましたが、本国で再編成可能な兵力はまだまだございます。如何に異世界人の兵器が優れていると申しましても、現状連中が投入している戦力はたかだが数万規模です。戦力を集中し、数に物を言わせて進撃すれば、破砕できぬはずがございますまい。もちろん、我々も最新の翼火竜等をありったけ投入します。これまでにない大攻勢です!」
ドンが口にしたのは、本国などに残る投入可能戦力を結集しての、物量による力押しであった。芸のない単純な戦法ではあるが、戦場では数がものを言うのは、この世界でも正しい理論であった。
しかしながら、ジルは思いっきり不満げな顔をした。
「確かに物量戦術は有効な手立てだと思うが、幾つか疑問があるぞ。一つは異世界の軍勢に我々の論理が通用するかだ。敵の飛行機械や銃の性能は優秀だと聞くぞ。数だけで押せるのか?二つ目は敵が秋の攻勢まで待ってくれるかだ。前線後方のレグプールをやった連中だ。さらに後方の連絡線を断つようなマネをされれば、絵に描いた餅で終わるぞ。三つ目は、計画中の大攻勢においてバルダグとの関係をどうするかだ」
「・・・」
ジルの問いに、ドンら軍部の関係者は黙り込んでしまった。質問にすぐに答えられる答えを有していないのだろう。
「詳細につきましては、いずれ各方面の専門家を交えましてお答えさせていただきます」
結局その言葉をひねり出すだけで精一杯であった。
「なるべく早くだぞ」
「は!」
ドンら軍部の発言が終わった所で、次に宰相や内外大臣ら文官たちから発言がなされた。宰相であるコッタ・ギンべからは国内の動静は平穏であり、今の所敗戦による顕著な影響は見られず、帝室に対する民衆の支持も高いとのことであった。
一方内大臣と外大臣からは重要な発言がなされた。
まず内大臣のラル・ウーベの発言。
「宰相のおっしゃいますように、総体的に見て現状国内は安定しております。しかしながら相次ぐ敗北の報はいずれ民衆にも知れ渡るでしょうし、また失われた戦力を回復するために新たな戦費の調達や兵の徴集を行えば、影響が出るのは必至です」
今回の敗戦の情報は、皇帝にも隠されていたために、民衆にも報じられていなかった。しかしながら、最前線の部隊だけでなく、後方の兵站拠点たるレグプールも攻撃を受けているのだ。だからどちらにしろいずれバレる。
加えて、今後大攻勢をとるにしても失われた戦力を補充するにしても、それは新たな戦費や物資の調達、すなわち増税や物価上昇、そして兵隊として市民が徴兵されるという、民衆にも目に見える影響が出る。
だからこうした事実が、民衆を動揺させる可能性を、ラル内大臣は指摘した。
続いて外大臣コウ・キーレからは。
「現在の所バルダグとの関係も安定しています。しかしながら、これ以上の敗北が続けば、同盟関係に影響が出かねません」
イルジニアにはバルダグ軍の部隊も展開している。そのため、今回の敵軍の反攻によって彼らにも被害が出ていた。しかしながら、今のところは表立って問題は起きていなかった。
これはまず、バルダグ軍と彼らの本国との連絡には、間にモラドアを挟まなければならないという事情があった。つまりモラドアの干渉によって、今回の敗戦に関する情報の伝達が、必ずしも上手く行っていなかった。
無論、本来無事であるはずの部隊から連絡が届かなくなれば、誰だって不審には思う。とは言え、モラドアにしろバルダグにしろ、バルダグにとってアウェイな土地であることに変わりはない。このため、前線で起きている情報の収集に関して、不十分にならざるを得ない部分は当然ある。そのため、敗戦に関する情報が正しく伝わっておらず、加えてそれ自体は別に致命的な疑心を抱かせるものではなかったのだ。
次に今回の敗戦によって、確かに前線の部隊は被害を受け、前線そのものも後退している。一方で、言ってしまえばそれ以外の部隊の損害は、それ程でもなかったのだ。しかも、前線に投入されている戦力は地理的な要因から、バルダグ軍よりモラドア軍の方が多い。つまり、バルダグ軍の被害はモラドア軍に比べれば抑えられていた。
しかし、敗北が続けばさすがにマズイ。バルダグ軍自身の被害が累積していくことも然ることながら、バルダグのモラドアに対する信頼がガタ落ちになるからだ。
「同盟関係の瓦解だけは避けたいのだがな」
モラドアとバルダグは、それぞれ人間と獣人の国と言うことで長年争ってきた経緯がある。それが同盟を組んだのは、イルジニアや異世界人を共通の敵とした部分が大きい。もちろん、両国のヒト・モノ・カネの流れが活発化して関係が深化してはいるが、どちらかというとそれは同盟を組んだ結果だ。
元々はそうした関係はなかったのだから、一つ間違えば逆戻りする可能性は充分にあった。
同盟そのものを持ち掛けてきたのはバルダグであったのだが、その恩恵はモラドアにとっても計り知れず、ジルとしては壊したくなかった。
「軍部は速やかに先ほどの質問に答えるように。宰相と内大臣は、国内の安定に引き続き努力してくれ。そして外大臣。近いうちにバルダグのクワ国王との会談をセッティングしてくれ。同盟国である以上、今後の戦略の練り直しについて、議論を深める必要があるからね」
最終的に、ジルは短期的な方針をこのように定め、関係各位に行動を取るよう皇帝命令を下したのであった。
そして三日後には軍部から説明がなされ、さらにその2週間後にはジル自身が非公式にバルダグを訪問し、国王クワ一世との会談を行うのであった。
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