思わぬ反撃
モラドア軍の竜騎士たちが、モチベーション作りに四苦八苦しつつ行った夜間爆撃。夜間のそれも一航過、さらに加えて破壊力のない光弾を使用するので、戦果の確認など出来る筈もなかった。そのため、行っている彼ら自身、本当に有効な攻撃なのか理解に苦しんでいた。ただこれ以外に手段がないために、消極的に継続している状態であった。
では実際のところ戦果はどうだったかと言うと、攻撃を受ける側の地球連合の視点から見ると彼らの想いとは裏腹の結果が見えてきた。
実はこの夜間爆撃、地味に地球連合を苦しめていた。
さて、この翼竜を使用した夜間爆撃。最初に攻撃を受けたのは米軍であった。兵士たちは寝静まり、テントや寝袋で睡眠を取っていた。
昼間の激しい戦闘は、体力と精神力を大きく削る。これを補う上で重要なのが、食事と充分な睡眠である。兵士たちにとって睡眠の時間は、非常に大きな意味を持つものであった。
そんな彼らの頭上に、突然眩い光源が現れる。
「な、何だ!?」
「敵襲か!」
「ふぁ!?」
「何事!!」
万が一の敵襲に備えて野営地の警備を行っていた歩哨たちがまず声を上げ、次にその声と強烈な光に起こされた兵士たちが飛び起きる。
そしてそこからがマズかった。光弾が光る時間は地球の照明弾よりも短い。竜騎士たちは2発、多くても3~4発程度の光弾を落としていくのだが、どちらにしろ照らし出す時間はそう長くはない。突然空が光輝いたと思ったら、そう大して時間が掛からぬうちに闇が再び周囲を包む。
こうなると、歩哨の兵士も飛び起きた兵士も状況を的確に把握できない。
「敵襲!?」
「隕石か!?」
「でも音はしなかったぞ!」
そう、当初彼らはこれが敵襲だと把握できなかった。地上からは闇夜に溶け込んだ翼竜の姿を確認できないし、翼竜は飛行機のようにエンジン音を出さない。そのため、目と耳だけで敵襲だと判断するのは不可能に近かった。
光弾そのものは光だけなので、何ら実害を与えられない。しかしながら、突然の事態に攻撃を受けた米兵たちは混乱し、再び戻った闇と静けさが不安を助長した。
「おいおい、やめてくれよ」
「気味が悪いぜ」
「と、とにかく何もなかったなら寝ようぜ」
「そうだ。明日も行軍だ!さっさと寝ろ!」
と兵をまとめる士官や下士官の命令に、兵隊たちはテントに戻り寝袋に入るのだが、無事に寝付ける者は少なかった。そしてその結果、翌日起きてきた兵士たちの多くが眼にクマを作っていた。
そして、この事態が一度だけならば、彼らはその後枕を高くして眠ることができたのだろう。しかしそうは問屋が卸さなかった。
2日後、同じことがまた発生した。そしてさらに、間をおいてさらに3日後同じことが発生した。しかも3回目では爆発物が投げ込まれて、負傷者が出た。負傷者自体は1日目の時点で既に飛び起きたところを転倒するなどして既に発生していたのだが、攻撃による実害はこれが初めてであった。
しかもこれはアメリカ軍単体での事例に搾った場合で、実際にはアメリカ軍に何もない日は、日英独イルジニアと言った同盟軍のどれかが襲撃を受けていた。
もちろん攻撃を受けた各軍の兵士たちは睡眠を妨害され、翌日寝不足に陥った。
これらの攻撃による直接の実害自体は軽かったが、副次的な被害はジワジワと広がった。もっとも各軍を悩ませたのが、寝不足を主因とする将兵の士気低下や能力低下であった。これらは戦闘を敗北に追い込むほどではなかったが、命中率の低下や事故の発生率の増加と言う形で跳ね返ってきた。
攻撃も地味であれば、効果も地味である。しかしながらこうした事象は積み重なれば致命的な事態に繋がりかねない。特に事故の増加は、まかりまちがえば死者を出してしまう。
では地球側はどういう対応をとっったかと言えば、当初は敵がどんな攻撃を加えているのかがわからず、まずは工作員やゲリラによる奇襲が疑われた。そのため、夜の歩哨の数が増やされて警戒が厳にされた。
この時点では、地球側はモラドア軍が翼竜を夜間攻撃に利用するということが全く頭になかった。と言うのも、先述したとおり翼竜は羽ばたき音しか発することがなく、上空を通過しても気づき難かった。加えて、この時点で捕虜等への尋問や、イルジニア軍から提供されたデータから、翼竜は夜間飛行可能なものの、竜騎士の能力がそれに及ばず、夜間飛行をほとんど行わないという結論が出ていたためだ。
この点ゲークの仕掛けた策は、地球側に対して完全な奇襲となっていた。
とにかくこうしたことから、いの一番に疑われたのは陸上からの襲撃だった。
しかしながら、これに関しては完全に空振りに終わり、結局警戒が厳重になってからも襲撃は続いた。ただし、見張りの数を増やしたことは全くの無駄にならなかった。ようやくここに至って、歩哨の中から夜空を飛ぶ翼竜を目撃した者が出たのである。
ただし、この報告は当初誤報ではないかと言う意見の方が多勢であった。
だが、その後もポツポツと目撃証言が相次いだこと、そして試しに照空灯を持ち込んだドイツ軍の部隊が、その光芒の中で終に翼竜の姿を捉えたことで、夜間爆撃が決定的なものとなった。
この時までに、約1カ月余りも地球側連合はモラドア竜騎士隊に振り回されたわけである。しかも、その対策も早急にとれなかった。
と言うのも、前線各部隊は翼竜対策に対空機関砲や対空砲と言った対空火器をある程度有していたものの、その全てが昼間に運用することを前提にしたものであり、夜間戦闘には直ちに投入することが出来なかった。
また翼竜の接近を探知する手段としても、この時期まだ当然のことながらレーダーは出現しておらず、さらに聴音器(ラッパ状の敵機の接近を爆音で探知する装置)等も飛行場や駐屯地等の規模の大きな基地には持ち込まれていたが、前線にはなかった。翼竜探知に役立った照空灯にしても、試験的に持ち込まれたものであったので、当然ながら他の部隊には行き渡っていない。
そして空中の翼竜を迎撃する手段としても、まだ夜間戦闘機は配備されておらず、対空火器も先に述べたように夜間戦闘に対応できないので、打つ手なしであった。
そのため、派遣軍総司令部ではこの小賢しい竜騎士隊を撃破する方法として、まずはその発進基地を叩く作戦を試みた。
それまで地上部隊の掩護が中心だった各国航空部隊は、前線のある程度後方地域に、綿密なる索敵を実施した。竜騎士の行動範囲に関しては捕虜からの情報があり、それをもとに索敵範囲が決定された。
すると、数カ所にそれまで見落とされていた小規模な翼竜用の基地らしきものが発見された。
これこそ、ゲークが整備を急がせた臨時滑走場であった。実はこの臨時滑走場、何か所かは連合軍の進撃によって占領されていたのだが、あまりにも小規模な設備であったため、加えて放棄する際にモラドア側がある程度の隠ぺい工作、滑走場の足跡を消すなどして翼竜を運用した痕跡を消す等したため、地球連合はそれが滑走場だと気づいていなかった。
オマケに、発見した後も。
「ガッデム!奴らの巣は破壊したんじゃなかったのかよ!」
「畜生!やつらどんだけ基地拵えたんだよ!」
「口惜しいが、敵の擬装が一枚上手だな」
「さすがのルフトヴァッフェも、爆撃機の数は無尽蔵じゃないからな」
地球側の航空部隊は、敵基地を発見するとただちに猛爆撃を加えた。日独米、各国の爆撃機が爆弾を叩きこみ、使用不可能なレベルに破壊して回った。陸上の基地航空隊だけでなく、沿岸部に接近した空母部隊の艦載機までもが動員されて協力した。
しかし破壊しても破壊しても、その夜には翼竜の夜間襲撃があった。さすがに基地を爆撃すると、止まる日もでてきたが、それから数日もすると、またどこからか湧き上がってくるのであった。
「奴らは不死身か!?」
もちろん、航空隊だけではなかった。攻撃を直接受ける側の地上部隊側も、負けずにようやくのこと配置された聴音器や照空灯、さらにそれらを用いた対空射撃や阻塞気球と、あの手この手で反撃した。
「来やがれ竜野郎!」
「今日こそ叩き落す!」
安眠を妨害されるお返しとばかりに、地上側も必死になって対抗策を採った。
しかしながら、この地球側の躍起な行動は、皮肉にも竜騎士たちの士気を上げていた。
なぜなら、まず反撃するということは翼竜の存在を明確に脅威として捉えているということである。当初は戦果もわからず、本当に効果があるのか半信半疑であったが、地球側の反撃によって何らかの効果があるということを実感できた。
さらに激しい地球側の反撃も、竜騎士側から見ると見事なまでに敵を出し抜いているように見えた。彼らは日々出撃基地を替えていたため、爆撃を受けるのは大概蛻の殻か、既に放棄された基地であった。反撃に放たれる対空砲火も、夜間と言うこともあって照準が不正確で、明後日の方向に撃っているようにしか見えなかった。
ちなみに、この対空砲火はどちらにしろ地上の兵士たちの安眠を妨害する結果になった。
終盤になると、当初は困難に感じられた夜間飛行や夜間攻撃にも慣れて、竜騎士の間に余裕まで見え始めた。
「異世界人どももバカだな。今日も何にもない基地を爆撃してるぜ」
「俺たちが処分する手間を省いてくれてるのさ」
「いやあ、今日の花火大会も盛大だったな」
「本当本当。アレをタダで見せてくれるんだから、その内見物料も上乗せして落としてやらないとね」
作戦開始1カ月半後には、出撃した竜騎士の間からこんな軽口も出るくらいであった。
最終的に地球側連合が仕掛けた最初の反攻作戦は、最後の掃討戦まで含めると2カ月程(1935年7月下旬まで)で終了し、作戦目的を達成した。
しかしこの間、翼竜による夜間竜騎士隊は戦闘において1騎も喪うことなく、わずかに事故による喪失が1騎のみであった。戦果も極わずかであったが、それは数字の上でのことであって、数字に見えない部分で地球側連合に被害を与えていたのだ。
御意見・御感想お待ちしています。




