ささやかな反撃
地球側連合軍の大反攻によって、大きく前線を北に追い上げられてしまったバルダグ・モラドア連合軍であったが、一方でやられっ放しというわけでもなかった。陸において決死の反撃を行う将兵がいる一方で、空からもささやかな規模ではあったが、反撃が行われた。
「貴官らの武運と健闘を祈る!」
その作戦が開始された日。モラドア軍准将ルべコ・ゲークは、今まさに出撃せんとする竜騎士に敬礼を行っていた。周囲は闇に包まれ、わずかに松明とカンテラの炎が周囲を照らし出している。
レグプールへの空襲によって兵站基地と竜騎士隊の基地が叩かれてしまい、ゲークも指揮下に置いた竜騎士隊に大打撃を負った。
その後本国から増援はいくらかあったものの、空襲前の戦力を補充するには程遠く、仮に補充したとしても兵站に不安を抱える現状では、運用できる筈もなかった。
一方で、ゲークは異世界の国々とイルジニアがいずれ反攻に出ることは予測していたので、現有戦力での有効な反撃手段を考案した。もちろん、それは別に敵の反攻そのものを打ち砕くとか、そういう夢想的なものではない。
本国の魔法研究所から派遣された魔法長により、復元魔法を使用した鹵獲兵器の戦線投入も行われて戦果も上げたが、汎用性のない魔法なので、この時点においては後が続かない。
そうなると、やはり既存の技術と戦力で戦うしかないが、現有の戦力で優秀な装備を手にした幾万もの陸上兵力と、圧倒的に性能面で優秀で数も多い飛行機械を有する異世界の連合軍に対して、天地がひっくり返っても対抗できないことは、彼自身重々承知していたからだ。
今の彼にせいぜい出来ることは、敵の進撃を遅らせて時間を稼ぐことだった。これならば、少数の兵力でも出来なくはない。
そして彼が採用したのは、少数の竜騎士によるゲリラ的な夜間奇襲爆撃であった。
「まず最前線に近い地域に、最低限ワイバーンが離着陸できる簡易滑走場を建設する。完成後敵の反攻が始まり次第、1~2騎の少数騎で敵前線陣地に爆撃を掛ける。使用爆弾は光弾を使用する」
最初このプランを彼が示した時、部下たちは顔を見合わせた。
「僭越ながら司令、たった1~2騎による夜間攻撃、しかも破壊力のない光弾使用では何ら戦果は期待できません。確かに翼竜自体は夜目が利くので夜間飛行も可能ですが、竜騎士はそうではありません。戦果も期待できない作戦に、部下を危険を賭して差し向けるなど、承服しかねます」
と現在実働部隊を預かるエサラ・コッタ大尉が、いの一番に異議を唱えた。
光弾とは、地球側の照明弾と同じ強烈な光を発する弾のことである。ただし地球側のそれがパラシュート付きで空中炸裂後、落下するまで周囲を明るく照らし出すのに対して、モラドア軍が使う光弾というのは、手持ちサイズの筒型の導火線付きのもので、本来は地上の戦いで、相手に投げつけて目くらましに使うものだ。
翼竜から投下しないこともないが、それにしても目くらましや威嚇など、敵への妨害にしか使えない。また破壊力(物理的な打撃力に加えて焼夷能力)もないため、敵に直撃してもなんら損害を与えることが期待できない代物だった。
また夜間飛行自体も危険を伴うものだった。これは翼竜自体は夜目が利く生き物であったが、それを操る竜騎士は人間なので、暗闇の中の飛行に不適であった。
そのため、ただでさえ数が少ない貴重な翼竜と竜騎士を戦果も期待できず、危険が伴う任務に投入することに、コッタが反対し、その他の竜騎士たちも彼女の言葉に頷いた。
しかし、ゲークも元は竜騎士。その程度の反論があることは織り込み済みであった。
「確かに光弾では直接的な損害は期待できないが、敵に混乱を与えるくらいは出来る筈だ。今回の任務は敵に打撃を与えることではなく、あくまで敵の侵攻を遅らせるに過ぎない。仮に光弾ではなく爆弾を搭載したところで、1~2騎で投下できる量ではどのみち戦果は期待できない」
モラドア軍の使用する原始的な爆弾の破壊力が、異世界の飛行機械の使用するそれに比べるとはるかに乏しいことを、ゲークはレグプール空襲で思い知らされていた。竜騎士がそれこそ何十騎と揃えられれば多少は期待できるが、現状どんなに集中できても10騎程度しか飛ばせないのでは話にならなかった。
「夜間ならば敵の飛行機械も出てこられまい。我々はそこを衝き、敵に揺さぶりを掛けるのだ」
「確かにこれまでの戦訓から見て、夜間は敵の飛行機械も出てこないようですが、それはこちらも同じです。先ほども申しましたが、竜騎士は夜間飛行をほとんど想定していません。私を含めて、飛べるのは数名です」
「夜間飛行については、まずは君を含めて経験者のみにやってもらう。必要あらば私も出る。未経験者は今後君たちが指導して順次夜間飛行訓練を行い、その上で出撃してもらう」
結局、反論を封殺したゲークは司令官権限でこの命令を通した。そして作戦のために、まず最前線に近い地域には翼竜が離着陸できる最低限の長さの滑走場を備えた簡易基地が次々と建設された。
「滑走路は3~4回翼竜の離着陸に耐えられる程度でいい。どうせ使い捨てだ」
本来の翼竜用の滑走場は、何十騎もの翼竜が何百回と離着陸することを見越して転圧されるのだが、ゲークは前線の後退により、短期間で放棄することを見据えてほぼ使い捨てに近い簡易な工事のみを行った。
これもまた竜騎士たちに不安を抱かせるものであったが、資材も人員も不足している状況で、短期間で基地を拵えるには有効な策であった。
並行して竜騎士の内、夜間飛行の練度不十分な者を含めて、夜間飛行訓練をみっちり行う。
「翼竜は夜目が利く。だから翼竜との連携を大事にしろ!だが翼竜だけに頼り切るな!竜騎士自身も夜の空に慣れておくんだ!」
翼竜は夜間飛行が出来るが、それを操るのは最終的に乗り手である竜騎士だ。竜騎士が手綱捌きを間違えれば、地面に突っ込んでしまう。加えて乗り手の恐怖心を翼竜が敏感に感じ取り、命令の拒否や最悪振り落とすなどと言う事態も考えられた。
そのため、まずは夜間飛行できる竜騎士が訓練する竜騎士を同乗させるなど、夜に慣らすところから始まり、その後夕方の暗闇から徐々に夜間飛行へと移って行った。
加えて夜間にある程度の距離を飛翔するため、夜間航法能力の強化も図られた。竜騎士自身がコンパスと地図、星の位置や飛翔速度ながら自己の位置を計算するのはもちろん、基地からも魔法通信による航法援助が行われる。
前者は昼間の飛行時に用いられる方法の応用だが、基本的に昼間は地上の地形を掴むことが容易いので、暗闇の中の夜間飛行の航法は至難の業だ。ただでさえ吹きさらしの翼竜上では取り回しが難しい各種道具を使うのもコツがいる。
そのため、ゲークは後者についても基地要員にみっちりと訓練させた。
魔法通信は基地にある魔法球と、竜騎士自身が発する念話とのやり取りであるが、竜騎士の方からは基地の方向などを探知することは出来ない。しかし、基地側は念話の発せられた方向を簡単ながら測定することが出来るので、帰還する竜騎士を精度が悪いものの誘導できる。ゲークはその精度を向上させるよう試みた。
もちろん、それだけでなく基地にも帰還する翼竜の目に留まるよう照明装置を取り付けるなどした。なおこの照明装置は地球側の使う電気などを用いるそれではなく、松明等を用いた簡易なものだ。
しかしこうした後の時代から見れば初歩的な試みも、それまでの翼竜運用からすれば画期的な出来事であった。翼竜の夜間飛行は余程の緊急事態に行われるものに過ぎないというのが当時の常識であり、ゲークの試みはそれを打破するものであったからだ。
そして、その革新的とも言うべき作戦の結果がどうなったかというと、モラドア軍視点から見たそれは散々であった。
と言うのも、何せ夜間攻撃でおまけに破壊力のない光弾を使用した攻撃である。しかも、翼竜に乗った竜騎士たちは敵陣地に攻撃を行うとそのまま一航過して離脱する戦法を取っていた。当然そんな状況では戦果の確認などできない。
つまり、竜騎士たちは危険な夜間飛行を苦労して行ったにも関わらず、その戦果を何ら確認することができなかった。そもそも、本当に敵に攻撃出来たのかすら怪しい状況にあり、労多くして成果なしというのが彼らの実感であった。
当然こんな状況では、竜騎士たちの士気が上がるはずもなく、逆に低下は深刻な物であった。
また具体的な戦果を報告出来ないために、上からの覚えも良い筈がなかった。
「准将。こんな作戦続けるだけ無駄です!上層部からも中止を求められていますし。ここは従前どおり、翼竜の集結を待って、正攻法での攻撃を!」
とエサラ以下竜騎士たちは攻撃したが、ゲークは一顧だにしなかった。
「早々に成果が出る筈もない。続けることに意義があるんだ。不満はあるだろうが、とにかく続けてくれ」
結局、ゲークの命令によってこの夜襲戦術は継続された。中止を求めた上層部にしても、確かに戦果は確認できていないが、一方で損害もないために、敵に対する有効な攻撃手段がない以上、強く出難かったのだ。
こうして、エサラたち竜騎士隊はその成果も実感できぬまま、黙々と夜間攻撃を続けた。
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