ある日の会議
カーテンを閉め切り、薄暗くされた部屋の中。吊るされたスクリーンに拡大された写真が、投影機によって映し出される。
絵本や映画に出てきそうな3本マストの木造の帆船が海上を疾走し、次のスライドではその帆船が舳先を立てて激しく燃えながら沈んでいく。そして数名の乗員と思われる男たちが、小銃の銃口を向けられながらも海上から引き上げられている。
次のスライドでは、空を飛ぶ巨大な翼を持つ生き物と、それに跨る人間の影。そして火災を起こす貨物船と、対空砲火を受けながら飛び去り小さな影となった生き物の写真が映し出される。
全てのスライドが映し終わると、投影機の光が消され、カーテンが開けられる。
「以上が今月中に撮影された写真です。駆逐艦に乗り合わせていた新聞記者と、貨物船船員の手持ちカメラによって撮影されたものです。沈めた帆船はバルダグのものでした。また貨物船を襲った翼竜は、国籍不明ですが、場所を考えるにおそらくはモラドアのものです」
少佐の階級章を付けた日本海軍の士官が説明する。
「今月に入って、漁船や商船への襲撃は総計して8件発生しています。幸いにも沈められた船はありませんが、損傷を受けた船は5隻あり、乗員の負傷者も7名発生しています。襲撃の内1件は、イルジニア北西部を航行中に、ワイバーンによる空襲を受けたものです。イルジニアによれば、ワイバーンの行動半径は200kmから250km程度なので、おそらくは、占領地の基地から発進したとのこと。あとの7件はこれまでと変わらず、モラドアやバルダグの私掠船による襲撃です」
会議の参加者には、今月中の漁船や商船の被害に関するレポートが置かれている。
「対してこちらは各国の護衛艦艇や新海道派遣艦隊の艦艇などにより、少なくとも私掠船1隻を沈め、1隻を拿捕しました。この結果乗員23名を捕虜にするとともに、拿捕した船からは奴隷となっていた者10名あまりを保護しました。捕虜は現在尋問中で、保護した奴隷は難民キャンプへ護送済みです。なお、今回保護した奴隷の中に、地球人はいませんでした」
「被害は減ってきたが、それでも完全にはなくならんか」
と苦々しく言う、白人の大柄の男。日焼けしたその顔からは闘志が溢れている。米海軍派遣戦隊司令官のマイク・カールセン海軍少将だ。
「やはり連中の元を絶たんとダメでしょうね」
「だが元を叩けば、本格的にモラドアとバルダグとことを構えることになりますよ。それに策源地を叩くと言っても、連中の策源地はおそらく西ならびに中央大陸全体に散らばっているでしょう。その全てを撃破するなど不可能だ。こちらから攻めるのが難しい以上、今のように船団護衛に徹するしかありますまい」
「そうは言うがコネリー提督。我々には充分な艦艇がない」
「それは我々への皮肉ですかな?エーベルト提督」
「コネリー提督にエーベルト提督、そしてペンス提督もやめていただきたい。ここは互いに対立する場ではなく、今後の次善策を協議する場なのですぞ」
この場で最も階級が上の人間の言葉だけに、3名の提督。英海軍ヘンリー・コネリー少将、独海軍クルト・エーベルト少将。そして仏海軍シャルル・ペンス少将も黙らざるをえない。
「須田提督。失礼を承知で言うが、日本海軍の艦艇をもっと積極的に使っていただけないのですかね?何のためにうち(合衆国)がフラッシュ・デッカーを格安で売却したと思うんです。おたくの所の戦艦や巡洋艦は張子の虎ですか?」
カールセン提督の言葉に、他の提督たちも厳しい目を向けてくる。だが。
「貴官らの言いたいことはわかる。私だってモラドアやバルダグの連中に好き勝手やらせるつもりはない。だが私の仕事にはこの新海道の防衛も含まれている。それに、私掠船相手に戦艦や重巡を出すなど、牛刀で鶏を割くようなものだ。もちろん、何もしないわけではない。到着した平甲板型は訓練が終了次第、周辺海域の哨戒や船団護衛にも投入する。本国にも艦艇の補充や積極的な活用を具申している。どうかその点、理解してもらいたい」
新海道派遣艦隊司令長官兼敷島鎮守府司令官須田徳一海軍中将は、なんとか提督たちを宥めようとする。
「また各国の艦艇増強についても、私から本国に認めてもらうよう要請している。ただそれでも、コネリー提督の言うように、我々はモラドアやバルダグと正面からことを構える余裕はない。どうか今は我慢して欲しい」
最後には、須田は頭を下げた。
「中将閣下に頭を下げられちゃ、こっちとしてはこれ以上言えませんな」
「手持ちの艦艇でうまく回すしかありますまい」
「水上機や飛行艇をもっと活用するのはどうかな?本国には増援艦艇に水上機母艦か、航空母艦の派遣も要請した方がいいかもしれない」
「敵が空襲という手を採るようになったと考えると、空母か水母をつけるのはいいかもしれない」
「対空火力の強化も急務ですな」
須田の態度を見て、各国の提督たちはそれ以上の追及をやめた。そしてようやく前向きな議論がはじまり、須田は肩を撫で下ろす。
(本当に各国の司令官らの調整は骨が折れる。言葉が通じる分、嘘も吐きにくいし。まったく、良し悪しだな)
今の時点、1934年(昭和9年)3月1日時点で、黎明島には主である日本だけでなく、各国の艦艇が居留民保護や、民間船舶保護を名目に駐留している。戦力は各国ともに巡洋艦1~2隻に駆逐艦2~3隻程度で、それらが日本の新海道派遣艦隊と協力して哨戒や船舶の保護活動を行っていた。
(だが彼らの助けがなければ、被害は広がる一方だ。最悪新海道周辺に現れる可能性もある。彼らとともに辛抱強く戦うしかあるまい)
新海道派遣艦隊は戦艦「山城」を旗艦に、戦艦2、水母1、重巡2、軽巡4、駆逐艦16、水雷艇12からなり、この他に鎮守府直属の掃海艇や敷設艦艇がある。
一見すればそれなりの戦力だが、これを広く大洋にばら撒くように配置すれば決して多くはない。また戦艦や重巡は敵の大型艦と戦うのが主任務なので、哨戒や保護活動には向かない。それに何といってもその主目的は新海道の防衛であり、それより先の海域での活動はそもそも想定されていない。
私掠船の跳梁を受けて、帝国海軍では新海道側への艦艇の増強に動き出しているが、そのペースは遅い。急に新規の艦艇建造が進むはずもなく、それも予算という最強最悪の敵と、海軍内部の大艦巨砲派の前に中々に難しい案件となっている。
このため、アメリカから格安で中古の平甲板型を購入したり、海外向けに建造していた小型巡洋艦を急遽転用するなどしているが、それでも足りず、各国の駐留艦艇枠を増やす議論も進められていた。
イルジニアとの貿易はスタートしたばかりだが、その市場としての旨味は漁業以上に大きい。もちろん日本もその競争に参加している。そしてこの新たな販路拡大は、新海道にとっても魅力的な話だった。
というのも、新海道には原料もある。人もいる。工場をここに建てて輸出できれば、コストを抑える一助になる。既に多くの国内外の企業が新海道へと進出していたが、新たな投資話も次々と持ち上がっており、新海道の住民は大きな期待を抱いていた。
一方で、モラドアやバルダグの攻撃を受ける可能性も高まる。今のところ直接攻撃は受けていないが、敷島鎮守府でも、新海道庁や陸軍、各市町村、企業と連携した防空演習や非常時に対処した防火演習や避難訓練も行われていた。
(海軍省も、もっと積極的に艦艇を出してくれればいいんだが。まあ、無理な話か)
日露戦争の日本海海戦以降、大日本帝国海軍のドクトリンは基本的に大艦巨砲で、仮想敵は太平洋の向こうのアメリカであった。この状況は今もあまり変わっていない。連合艦隊旗艦「赤城」を筆頭とする主力艦隊をはじめ、精鋭かつ新鋭の艦艇は本土の各鎮守府に配属されたままだ。
一応新海道までの航路や、異世界への入り口である光る柱を守る第三艦隊も編成上は残されているが、新海道派遣艦隊と同じく旧式かつ二線級艦艇の集まりである。
(アメリカが攻めてくる可能性なんて、ほとんどないというのに)
アメリカと日本は第一次大戦後、蜜月とまでは行かないが良好な関係を保っている。英国とともに満州の実質的な共同経営や、日本本土への米国の企業進出も行われている。大陸への進出も日本は妨害はせず、むしろ共同で行っている部分もある。
第一次大戦に日本が参加しなかったことや、ワシントン軍縮条約で日本側がごねたことで、多少心象は悪くしたが、決定的に悪いものではない。
(ありもしない日米戦争に備えるくらいなら、明確な脅威があるこちらに駆逐艦の1隻でもいいから回してほしいよ)
それが須田の偽らざる気持ちであった。
「須田提督?」
「ん?ああ、すまないコネリー提督。何だったかな?」
「神出鬼没の私掠船や、空襲の可能性がある以上航空機の増強は急務なのですが、貴軍の航空機による哨戒を強化することは可能でしょうか?」
「航空機による哨戒は、現在のところ大艇による長距離哨戒が主だが、我々としても水母の「神威」を出撃させ、その水上機による哨戒は計画にある」
「それはありがたい。確か「神威」には10機以上の水上機が搭載可能でしたね。そうなれば、哨戒可能海域が一気に広がります」
「その通りだエーベルト提督。まだ計画中だが、策定を急がせ出撃を早めよう」
「神威」は給油艦改装の水上機母艦だが、90式水上偵察機を10機以上搭載可能である。その航空戦力が加われば、哨戒に役立つはずだ。
(航空戦力と言えば、島の防空のためには基地航空隊も強化しなきゃいかんな)
新海道には各地に飛行場があり、主島である黎明島には海軍が飛行艇基地含めて5、陸軍が3、そして民間の飛行場が4つあった。海軍は鎮守府上空の防空と、洋上哨戒が主な任務であった。
と、ここで彼はあることに思い至った。
(その内各国の航空隊も進出するようなことがあるんだろうか?)
その予測は近い将来に現実のものとなる。
御意見・御感想お待ちしています。
この世界の状況などは少しずつ本編で出していきますが、ヴェルサイユ条約やワシントン条約、ロンドン条約は史実とは違う結果になっています。