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帝都東京 ②

 まずごめんなさい。前半はタイトルと違い横須賀中心となっていますが、悪しからず。

「これが日本海軍の軍港!」


 モラドア帝国海軍大尉ヨハノ・ガルドは感嘆の声を上げる。彼は今、内火艇に乗りながら、海から神奈川県にある日本海軍の一大拠点、横須賀軍港を見ていた。


 一緒に尋問を受けたイアチが東京の街を見たいと希望したのに対して、彼は日本の海軍を見たいと希望した。彼自身は海獣部隊に所属していたが、海中にいた自分を気絶させ捕虜とした日本海軍というものを、直に見たかった。


 とは言え、軍事機密の塊である軍港を敵である自分に見せてくれるかについては自信がなく、通ればいい程度に考えていた。実際、軍港内部への立ち入りはダメだったが、海側からの見学が許可され、彼は内火艇に乗り込んで横須賀軍港を見学することとなった。


 彼は海軍士官として、訓練のため一時逗留した祖国モラドア最大の軍港、アノハーン軍港を見た時のことを思い出す。多数の巨大な帆船群に、それらを支える造船所や倉庫、兵舎に要塞設備に圧倒されたものであったが、今目の前に見えている横須賀はアノハーンとは違う迫力があった。


 目に見える範囲で停泊している艦艇の数は少ないのだが、それらは小型艇を除けばほぼ全てが灰色(軍艦色)で塗装された鋼鉄製であり、中にはそそり立つ煙突から煙を噴き上げている艦もあった。


 先に捕虜になっていたイアチに比べ、まだ異界の国や技術に関して疎いヨハノであるが、それがセキユなる地面の下からくみ上げて加工した油で水を熱し、その力で船を動かしているという話はおぼろげながら聞いていた。


 その煙を吐き、さらに艦上に巨大な大砲を搭載した艦艇の姿に、巨大な帆船にはない禍々しさと頼もしさを感じずにはいられなかった。


「あれは駆逐艦。高速の小型艦艇で、海戦となったら敵艦隊へと突撃し、魚雷と言う水中航走兵器で敵艦を攻撃します。またここからは見えませんが、潜水艦と言う海中に潜む艦艇を、爆雷で攻撃するようなことも行います。あなたを捕虜にした時のようにね」


 傍で説明する日本海軍の士官が、自慢げに説明する。


「むう」


 ヨハノはあの時のことを思い出す。


 あの日日本とアメリカの駆逐艦と遭遇したヨハノは、発見されるや身を隠すべく水中へと潜った。イルカのレーアと、空気膜を展開する魔法が出来るヨハノだからこそ出来る芸当だ。


 海中に姿を隠した以上、もう大丈夫。敵からは見えないし、攻撃を掛けてくることも出来ない。ヨハノはそう思っていた。しかしその直後、海中に沈んできた見たことのない塊が爆発するや、すさまじい衝撃を受けて気を喪った。


 そして次に意識を取り戻した時、彼の視界に入って来たのは見たことのない天井だった。


 後から聞かされた所によると、彼は爆雷の爆発直後に浮き上がり、彼を攻撃した駆逐艦「深雪」に救助されたという。魔法によって展開していた空気膜のおかげで命こそ取り留めたが、重傷で1週間も意識を喪っていたという。


「深雪」に回収されたのは彼だけであり、共に泳いでいたイルカのレーアがどうなったかはわからなかったが、あの凄まじい爆雷の衝撃を受けては生存は絶望的であった。


 ただ意識を取り戻したヨハノが感じたのは、頼りになる相棒を喪った悲しさや、敵に捕まった悲しさよりも、海中にいたはずの自分たちに何が起きたか全く理解できない、一種の虚脱感だった。


 その後黎明島へと連行されたヨハノは、ケガのために隔離こそされたが入院となり、そこで治療を受けた。魔法も魔法薬も使わない地球の治療方法には違和感を拭えなかったが、それでも地球側の医師や看護婦が彼に出来る限りの治療を行ってくれたのと、彼がその時考えていた捕虜に対するイメージとはかけ離れた過分な対応に、怒りを覚えることなど到底できなかった。


 ケガが癒えると、今度は捕虜収容所へと移され、そこで尋問が始まったのだが、ほとんどしないうちに異界へと連れてこられてしまった。


 しかも連れてこられたのは、敵国の海軍省であった。そして問われたのは、聞いたこともない魔法についてであった。


 魔術師養成校を出たイアチに対して、ヨハノは学問としての魔法を、故郷にあった塾で初歩的なものしか学んでいなかった。


 これはヨハノの魔法が、あくまで生業として必要な素養として身に付けたもので、魔術師として多様な魔法を身に付けようとしたイアチと根本的に目的が違っていたからだ。


 それなのにヨハノの方が軍人としての階級が上なのは、ひとえに彼が漁師として必要だと思い身に着けた空気膜を作り出す等の海中で使える魔法の腕が優れ、さらに海を生きていく人間としての様々な素養を身に着けていたからだ。


 イアチのようなマルチな魔術師ではなく、特殊な魔法に秀でてるがゆえに、取り立ててもらったと言えた。


 こうした経歴ゆえに、ヨハノは魔法全体に関して言えばイアチ程詳しくはなかった。もちろん軍人として徴兵された時に、最低限軍人として海軍士官としての教育を受けたが、あくまで最低限の話である。


 そのため、イアチ程の情報を彼は提供できなかった。しかしながら、自分が使える水中における魔法に関してや、海軍に関して知りえる情報であっても、異界人たちには貴重であったのか、大変喜ばれることとなった。


 ちなみにヨハノの場合は、捕虜と情報提供に関する認識が生粋の士官であるイアチのような深い認識がなく、多くの下士官兵と同じように、捕虜としての高待遇に感謝してベラベラと喋ってしまったのだが。


 もっとも、イアチからそのことについて指摘される時間などなかったので、問題意識ゼロであった。


 それはともかくとして、ヨハノは情報提供の対価としての横須賀軍港見物を楽しんでいた。


「何ですか!?あの大きな軍艦は!」


 港の一角に差し掛かったところで、ヨハノの視界内に巨大な鋼鉄の軍艦の姿が飛び込んできた。


 ヨハノがこれまでの人生で見たことのない、島のような巨大な艦体に、塔のようにそそり立つ艦橋、そして他を圧する迫力を持つ巨大な連装砲塔を5基搭載したその雄姿に、ヨハノは度肝を抜かれる。


「我が大日本帝国海軍が誇る戦艦の「天城」です。全長260m。40cm砲10門を搭載した、我が海軍、そして世界でも最強の部類に入る戦艦です」


「あんな巨大な鉄の塊が浮かぶなんて信じられない・・・日本海軍はあんな巨大な戦艦を何隻も持っているのですか?」


「「天城」の姉妹艦で連合艦隊旗艦の「赤城」を含めますと、現在我が国は12隻の戦艦を保有しています」


「12隻もですか!」


 ヨハノは感嘆の声を上げる。あんな巨大な艦を12隻も持っているなんて。数だけでいえば、モラドアだって軍艦を持っている。しかしそれはどんなに巨大な艦であっても、木造であり、帆走であった。魔法で強化されているとはいえ、目の前の鋼鉄の戦艦に劣るのは否めなかった。


 最後まで、ヨハノは日本海軍の戦力に圧倒されっ放しであった。


 ただし彼はまだ知らなかったが、モラドアでもイルジニア等から得た技術情報を元に、鋼鉄の軍艦の建造も既に開始されていたのだった。



 

 一方東京見物に出かけたイアチはと言えば、付き添いの南兵曹に案内されて、大井町の駅で京浜線から東京の外環状線と言うべき山手急行電鉄に乗り換えた。

 

 山手急行電鉄は、大井町から駒沢、中野、板橋、田端と東京の外側を円を描くように走り、最後は荒川放水路沿いに南下して、洲崎へと至る全長50km程の路線だった。


 大井町から洲崎行の、黄緑色に塗られた急行電車に乗り込んだイアチであったが、その山手急行電鉄の沿線から見える東京の光景は、先ほど京浜線から見えた風景と少し違っていた。


「ここも東京ですか?先ほど乗った電車から見た風景とは大分違いますね、南兵曹」


 京浜線はビルの間を走り、如何にも都市の中の電車だったが、山手急行電鉄周辺は真新しい建物は多いものの、高いビルはほとんど見当たらない、住宅街の中を快走していた。


 乗客も勤め人よりは家族連れやお年寄りが主で、その数も先ほどの京浜線より心なしか少ないように感じられる。また座席も横並びのロングシートから対面式のボックスシートとなったため、今は南兵曹と顔を合わせる形で話をしていた。


「ここは東京でも中心部からは外れた地域ですから。それでも、関東大震災後は大分開発が進んでるんですよ。今から行く洲崎も、少し前に比べてガラっと変わった地域なんです」


 南は詳細までは語らなかったが、1923年9月1日に発生した関東大震災は関東地域、特に政治経済の中心たる帝都東京にも大打撃を与えた。巨大地震だったことに加えて、昼の時間帯に発生したため、調理具などからの火災を多く引き起こした。


 しかしながら、そうして多くの地域が焼け野原になったものの、新海道を中心とした大日本帝国内における好景気と経済成長が、その復興を素早くかつ大規模なものとしていた。


 それは地下鉄や近代的なビルディングの建設など、都心部の都市機能強化のみならず、江戸以来の狭い長屋が密集していた住宅地の郊外への転移を進めさせる結果となり、多摩丘陵地域などの新興住宅地の誕生を促していた。


「関東大震災は、確か10年ほど前に起きた地震でしたね?」


「そうです。その地震で東京も大きな被害を受けたんですが、今ではほとんど復興しました」


「その洲崎と言う場所は、どんなところですか?」


「ちょっと前までは花街だったんですが、今は遊園地などの楽しい施設で一杯になってますよ」


 ちなみに花街とは遊郭のことである。


「それは楽しみです」


 まだ見ぬ目的地に胸を驚かせながら、イアチは電車の外を流れていく風景を再び見やる。


 踏切のない、全線高架もしくは掘割で建設されている山手急行電鉄のスピードは驚くほど速いように感じられた。


 途中幾つかの駅で他の路線への接続や、普通電車の追い越しを行いながら、イアチたちを乗せた急行電車は終点の洲崎駅のホームへと滑り込んだ。


「さ、行きましょう少尉」


「はい」


 一体どんな場所なのか?ワクワクしながら、イアチは洲崎駅のホームへと降り立った。


御意見・御感想よろしくお願いいたします。

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