新たなる脅威 ⑤
「これが敵の飛行機械の残骸ですか?大佐」
ローブを被った男の言葉に、ルべコ・ゲーク大佐はいつも通りの不愛想な表情で頷いた。
「そうであります。魔法長殿」
彼らの目の前には、焼け焦げた金属の塊が無造作に積まれていた。
先日の空襲の際に、自軍の翼火竜が撃墜した異世界の軍隊が使用している飛行機械の残骸だ。被弾と墜落の衝撃、さらにはその後炎上したために、バラバラのボロボロとなっていた。
その空襲から今日で1週間経つが、ゲークは空襲の遭った翌日には、基地の復旧など多忙を極め、人員の不足する中、本国からの命令で敵の飛行機械の残骸を回収するように命じられた。
ゲークの後ろに付き添うノキ・ザーロ中尉は、その命令に大いに不満を感じた一人であった。
何せ攻撃を受けた基地は多くの隊員が死傷したのに加えて、敵の爆撃により基地機能を喪失していた。復旧しようにも、建物の残骸や翼竜の死骸を除去する所から始めねばならず、とてもではないが人手を割いている余裕などなかった。
そうでなくても、建物の下敷きになった隊員の救出や、今まさに苦しみ呻いている負傷した同僚らの治療をしたいと言うのが、人と言うものであろう。
それでも、本国からの命令ということで、ゲークは顔色一つ変えず、貴重な人員の一部を命令通り飛行機械の残骸回収へと向かわせた。
ザーロもその際に、その仕事を手伝っている。地面に激しく激突し、バラバラになった金属片を集めたり、その中に飛び散った敵兵の遺体を集めて火葬して埋葬した。もちろん、ザーロ含めて従事した者らにとって、愉快ならざる仕事であった。
空襲直後にザーロは少尉から中尉に昇進したが、それは今回の空襲で士官にも戦死や負傷による戦線離脱が相次いだ結果であった。これもまた、ザーロにとっては面白くないことであった。
死者を踏み台にして昇進したようなことが、若い彼女の正義感に触れたのだ。
ただ一つだけ彼女が良かったと感じているのは、昇進後に人手不足から、ゲークの副官職の兼任を命じられたことであった。そのおかげで、彼女は今ゲークに付き添っている。
空襲前は掴みどころのない態度をとるゲークに不満たらたらの彼女であったが、少なくとも戦場に於いては信頼がおけて出来る上司であるとわかったので、副官職には満足していた。
そんな彼女は今日、ゲークとともに本国の帝都にある魔法研究所からやって来た魔法長を、基地内に設けられた敵機の残骸集積場所へと案内していた。
魔法長とは、魔法研究所のトップである所長の下につく、各研究部門の責任者の名前だ。
魔法研究所の研究部門は4つに分けられている。一つは第一部で、ここは日常的に誰もが使えるレベルの、謂わば汎用魔法研究を行う部門である。
二つ目は第二部で、特殊魔法の研究を行う。特殊魔法とは一定以上の実力を持つ高位の魔術師のみが使えるような強力な、またはその発動が難易な魔法の総称だ。今は途絶えた古代魔法の研究などもする。
今日やって来ているのは、この第二部の魔法長だ。
三つ目の第三部は、主に魔力によって様々な特性を発揮する魔法道具を研究する機関である。通信用の魔法球の開発や改良を行うのはこの部門だ。
四つ目の第四部は同盟国となったバルダグや、敵国であるイルジニアから入手した魔法技術などを研究、モラドアでも使用可能なように改良する研究を行う部門で、創設されてまだ間もない。
ちなみに、魔法研究を行う機関は他にも魔術師を養成する養成校や、軍の機関、魔法を利用する民間の企業の研究機関があるが、質的にも量的にも研究をリードしているのは魔法研究所である。
「ふむなるほど・・・ところで、これに乗っていた異界の兵士の死体は埋葬したと聞きましたが?」
その問いに、ゲークは顔色一つ変えず淡々と答える。
「はい。敵であれど、戦死者には礼を尽くすのは当然ですから」
「ふむ・・・勿体ないことを」
ザーロは魔法長の呟きを聞き洩らさなかった。そして、心の中に戦慄が走る気がした。
魔法研究所の第一部や第三部は、ザーロたちにとっても馴染みのある部門であるが、特殊魔法を扱う第二部はそれゆえに様々な面が秘密のベールに包まれ、話の種になっていた。悪い意味で。
曰く、第二部ではあの世とこの世を繋ぐ魔法を研究している。人間を異形に改造する研究をしている。数え上げればキリがない。
だからザーロにとってそもそも第二部は胡散臭く、不気味な存在であった。そうした先入観の上での先ほどの呟きである。
「それで魔法長殿。この残骸が如何されましたか?わざわざ帝都から足を運ばれたということは、重大な案件であると推察しますが?」
「もちろん。ただ残骸を見に来るためだけに、こんな蛮族どもの地まで来たりはしませんよ、大佐。大佐、面白いものをお見せしましょう」
そう言うと、魔法長は一歩前へと出る。
「さあ諸君。始めますぞ」
彼の言葉を合図に、後ろに付き従ってきた10人ほどの魔術師たちが前へとである。いずれも魔法長とともに帝都から派遣されてきた魔法研究所や、軍に所属する魔術師たちだ。
彼らが後ろに並んだのを見届けると、魔法長は飛行機械の残骸に向かって立ち、手を広げる。そして、呪文を唱え始めた。
ザーロには聞き覚えのない、長い呪文だ。明らかに日常使うような汎用魔法ではない。
(特殊魔法?・・・一体何をする気なの?)
さらに不思議だったのは、魔法長の後ろに立つ魔術師たちが手を握って目を瞑り、やはり呪文を唱え始めたことだった。
そして程なくして、異様な光景が現出する。
「司令・・・こ、これは!?」
「復元の魔法か」
飛行機械の残骸の周囲が緑色の光に包まれた。そして、次の瞬間にはその残骸から少し離れた場所に、全く無傷の飛行機械が鎮座していた。
「フフフ、成功ですな」
魔法長は満足気だが、逆にザーロは驚愕の表情に染まる。
「嘘でしょ・・・あ、あんな大きな物体を、それも残骸から完全に復元するなんて!?」
復元の魔法はザーロもしっている。壊れたものを元の形に戻す魔法。それが復元だ。と言っても、その復元できる範囲はせいぜい小物の類だ。また本来は壊れた物体自体を元の形に近づけるもので、例えばガラスが割れて復元を使っても、全ての破片がなければ完全に復元できない。
しかし今魔法長が使った魔法は、元の物体の残骸、それも不完全なそれから、明らかに完全なものを一つ、別に作り上げていた。
「そちらの中尉の言う通りです。ただの復元魔法なら、どんなに優れた魔術師でも、せいぜい椅子くらいの大きさのものしか復元できませんし、完全復元には残骸全てをまとめる必要があります。しかし、それは所詮普通の復元魔法での話です」
「・・・なるほど、第二部長自らここに参られたのはそういう理由からですか。確かに調べるなら、残骸より完成品の方がよろしいでしょうな」
ゲークの言葉に、魔法長は不気味な笑みを浮かべる。
「この程度で驚いてもらっては困りますな、大佐」
「・・・はい?」
「よく見ておりなさい」
魔法長は再び手を広げる。ただし、先ほどとは違い復元した機体の方にだ。すると、突然復元した機体から、全く聞き覚えのない轟音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?・・・な!」
ゲークがほんの少しだけ、その眼に驚きの色を滲ませた。そしてそばにいたザーロは、そんな司令よりも、目の前の光景にまたも驚愕する。
「きゃ!・・・嘘!」
目の前の飛行機械の先端に取り付けられた風車の板のような物が、回り始めていた。ザーロには詳しいことはわからなかったが、敵の飛行機械は油で動かすエンジンなる機械で、プロペラと言う板を回すことで風を起こし、飛ぶのだと聞いていた。
つまり、今目の前で繰り広げられている光景は、飛行機械が動き始めたということを示している。
魔法長が腕を閉じると、それに釣られるように飛行機械のエンジン音も小さくなり、最終的にはプロペラともども停止した。
目の前で起きた光景に、ザーロはもう開いた口が塞がらなかった。そして、周囲でその光景を見ていた将兵らも、驚愕し、あるいは混乱した表情を浮かべていた。
そんな中、ゲークだけは冷静にも口を開いた。
「まさか・・・今の魔法は復元使役ですか?」
「ほほう!大佐は復元使役を御存知でしたか。どうやら最前線の基地司令などと侮ることはできないようですな」
「復元使役?」
ザーロは復元は知っている。また使役と言う魔法も知っている。使役とは、対象の物体を自分の思い通りに動かす魔法だ。しかしながら、例えば人間を自分の思い通りに動かすことは出来ない。相手も意志を持っているからだ。そのため、本来は命のない物体を、それも小さなものを少し動かせれば上等だ。
「復元使役は、破壊した物体を復元して自分の意のままに動かすという古代魔法だ。しかし、それが成功したなんて話聞いたことない」
「その通りです大佐。この魔法は極最近ようやく実験が終わった所なのです。しかしこれで、その有用性が確認できました。難点としましては、まだ呪文の発動には高位の魔術師でなければできませんし、加えて相当な魔力が必要です。なので、このように魔力を他者から融通してもらう必要がある」
その時になって、ザーロはようやく魔術師たちが疲れて座り込んだり、まるで全力疾走でもしたかのように肩で息をしているのに気付いた。
「それから、復元できるのは現在の所1回きりです。それ以上は何度やっても復元体を作り出すことはできません。しかし契約さえすれば、魔術師なら誰でも復元体を自由自在に使いこなせます。大佐。この復元体はあなたにお譲りしましょう。部下に契約方法をお教えしておきますので、あとは好きなように」
「・・・研究所に持ち帰らないのですか?」
「御冗談を。持ち帰った所で、我々には複製できませんし、そもそも異世界人の兵器を真似るなど出来ますか。異世界人の兵器など、これで充分でしょう。では、私はこれで失礼する。今回の結果を急ぎ持ち帰らなくてはならないので。ああ、お見送りは結構。そちらも忙しいようですから。では御武運を、大佐」
魔法長はフラフラする部下たちを引き連れ、行ってしまった。
そして、残された者たちは呆然と立ち尽くしていた。いや、一人ゲークだけは目の前に残骸から復元された飛行機械の復元体を見つめていた。
「・・・大佐」
ザーロは目の前の復元体を、沈黙したまま見つめているゲークに声を掛ける。
「中尉」
「はい」
「我が国は、越えちゃならない一線を越えたのかもしれないな」
「?」
ザーロはその言葉の意味を捉えかねた。そして彼女がその真意に辿り着くのは、まだまだずっと先の話だ。
御意見・御感想よろしくお願いします。
復元使役の魔法は、実は魔法よりも某特撮ドラマに影響された部分が大きいです。いや~。私大好きなんですよ、あの紅茶の国の人形劇。




