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レグプール空襲 ⑧

「左舷至近距離の海上に不審物!」


 見張りの兵からの報告に、駆逐艦「深雪」艦長泊卓実中佐は即座に反応した。


「両舷第一戦速!総員戦闘配置!」


「両舷第一戦速!総員戦闘配置!」


 艦上に戦闘配置を告げるラッパが鳴り、それまで不時着機の搭乗員救助を行っていた乗組員たちの内、戦闘部署を担当する者は一斉に自分たちの持ち場へと走る。あるものは12,7cmの主砲へ。ある者は13mmの機銃座へ。別のある者は、艦尾にある爆雷の投射器へ。


 よく訓練された彼らは、キビキビした動きで短時間のうちに配置に就く。


「見張り、詳細報せ!」


「右舷距離1000もない海上に、人が何かに乗ってるように見えました!」


 見張りの兵士から返ってきたのは、本来であればあまりにも抽象的かつ信じにくい内容だった。これが潜望鏡だとか、機雷であればわかりやすい。しかし、人が何かに乗っているでは、普通であれば要領を得ない。


 それでも、泊が即座に機関始動と戦闘配置を命じたのは、ここが異世界と言う一点に尽きる。地球上であれば「ありえん」と一蹴する事態も、ここでは現実にありえることなのだ。


「左舷機銃、撃てるものから威嚇発砲しろ!」


 総員戦闘配置には就いていなかったが、万が一の敵遭遇に備えて一部の機銃座には即応要員が配置についていた。泊はまずその機銃座に、発砲を命じた。


 その直後、93式13mm機銃の発砲音が艦橋に伝わってきた。


 泊が乗り込む「深雪」は、帝国海軍が世界にその高性能を轟かせる特型駆逐艦の初期タイプの艦で、今回イルジニア方面艦隊の編成にあたり、同型艦の「吹雪」「初雪」「白雪」とともに編成する第11駆逐隊の1艦として戦場に赴いていた。


 そのため、生粋の新海道派遣艦隊とは違い、この世界での経験は薄い。しかしそのことが、かえって泊の警戒心を呼び起こしていた。


「対水上、対潜警戒を厳に!爆雷投射用意!「ポープ」にも敵発見を伝達!」


 この世界には巨大海蛇とも言うべきシー・サーペントや、地球のダイオウイカより巨大なクラーケンがいるという。現在までの所、それによって船が沈められたという報告はないが、漁船の網が不自然に食いちぎられていたり、何かと衝突して損傷したというものはある。


 だからこそ、万が一に備えてこちらに派遣されてくる艦艇には異世界での運用に備えての小改装が行われていた。


 特型駆逐艦の場合は、砲兵装はそのままだが、水雷兵装の内で魚雷については予備魚雷全てと3番発射管を降ろすという、思い切ったことが行われている。


 日露戦争以来、戦艦さえ撃沈できる魚雷を搭載し、突撃するのが駆逐艦乗りの華である。実際この改装には主に水雷科を中心に、反発も根強かった。


 しかしながら、敵であるモラドアにしろバルダグにしろ、その軍艦は基本的に木造の帆船で、魚雷を使うような相手ではない。使う相手がいない以上、魚雷を積んでいても無用の長物である。それどころか、危険な可燃物を余計に載せているだけであり、戦闘時に致命的な被害を誘発しかねない。


 黎明島への空襲では、敵の翼竜が初歩的な爆弾を使用することが確認されており、それが万が一魚雷発射管を直撃すれば、誘爆により轟沈と言う悪夢もあった。


 こうした事情がある以上、魚雷の削減は止むを得ないことであった。その代りに強化ならびに改修されたのが機銃、爆雷と言った兵装であった。


 機銃は竣工時点で7,7mm機銃が2挺だけであったが、これを撤去するとともに93式の13mm連装機銃を5基に、単装機銃を8基の合計18挺搭載した。なお新海道駐留艦隊とは違い、日本本土で改装を受けたため、兵装は基本的に日本製である。


 爆雷も大型海獣への対策として搭載数を36発に増強し、さらに水中聴音機の整備も行われている。


 こうして僚艦とともに異世界用にカスタムされた「深雪」は、今回の作戦では艦隊より敵地により接近し、不時着する航空機パイロットの回収を命じられた。


 戦闘を終えた航空機が被弾損傷するなどして母艦まで辿り着けない可能性、故障により母艦に辿り着けない可能性、戦闘時に燃料を消費して燃料不足で母艦まで辿り着けない可能性など、戦場における様々な要因で母艦まで辿り着けない機体が出るのは必至と見られた。


 そのため、帝国海軍は米海軍からの提案により、一部の艦を救助に差し向けることとなった。当然差し向けられたのは、小回りが利き、高速で敵地への潜入に適した駆逐艦であった。


 なお米海軍の担当艦は平甲板型の「ポープ」である。


「主砲配置ヨシ!」


「機銃配置ヨシ!」


「機関室配置ヨシ!」


「艦長、全部署配置ヨシ!」


 これで「深雪」がいつでも戦闘に移れる。


「「ポープ」、本艦に続行します!」


 米駆逐艦「ポープ」も「深雪」に続いて動き始めた。


「よし!敵発見地点を中心に旋回!・・・見張り、敵の状況は?」


「潜ったのか、現在は発見できません!」


 どうやら見張りは敵の姿を見失ったらしい。


「漂流物の間違いと言う可能性はないでしょうか?」


 航海長が口にする。海上で敵影を誤認するのはよくあることだ。敵潜水艦の潜望鏡や機雷と思って接近したら、それが木の棒や竹竿と言った漂流物であったり、魚群であったりすることなどよくあることだ。


 もちろん、泊とてその可能性を考えなかったことはない。むしろ、その可能性の方が高いというのが、彼の正直なところであった。


 しかし、戦場では何が起きるかわからない。


「その可能性もあるが、もし敵だったら一大事だ。情報を流されたかもしれん・・・よし、訓練も兼ねて爆雷を投射しよう。爆雷戦用意!「ポープ」にも連絡。我水上に敵らしき不審物発見。潜行した模様につき、これより爆雷による威嚇攻撃を実施する。以上だ」


「ヨーソロー!」


 その命令が艦尾の爆雷発射台に飛ぶと、水雷科の兵士たちが爆雷の投下準備に掛かる。


 爆雷は魚雷と違い自走しない水雷兵器だ。第一次大戦中に、英軍が大西洋や地中海で猛威を振るった独・墺Uボート対策に開発した兵器である。艦上で予め爆発深度を設定しておき海中に投下、自然沈降しセットされた深度で爆発する仕組みとなっている。


「攻撃は投射器を使う!2発!深度25と50に調停!」


「爆雷深度調停25と50を1発ずつ!」


「深雪」の爆雷装備は前述したように、この世界での戦闘を想定して強化されている。94式爆雷投射器、Y砲の装備もその一つだ。


 爆雷の投下手段は、投下軌条と投射器を使った2種類がある。


 投下軌条は、傾斜の付いた軌条上に爆雷を並べて置き、投下時にストッパーを外してゴロゴロと転がして落とすものだ。確実かつ投下時に特に工夫のいらない方式であるが、敵の真上を艦が通過しなければ効果を上げられないという欠点がある。


 それに対して94式爆雷投射器、いわゆるY砲は爆雷を発射する迫撃砲で、文字通りY型をしている。その先端に爆雷を取り付け、発射する。このため、投下軌条と違って艦から離れた場所の海中に爆雷を落とすことが出来る。


 なお片舷用の投射器はK砲と呼ばれる。


 使用する爆雷は91式1型で、調停可能深度は25mと50mとなっている。今回はそれぞれ1発ずつ発射し、敵を威嚇する。


「装填ヨシ!」


「両舷爆雷、テー!」


「テー!」


 ドンという音とともに、投射器から爆雷が発射される。空中を飛翔した爆雷は、艦両舷の少し離れた海面に着水し、水柱を上げる。あとは水中へと自然に沈降し、13~25秒程度で爆発する。


「深雪」が爆雷を発射した直後、後続する「ポープ」も爆雷を発射した。





「危なかったな、レーア」


 見つかったと同時に、敵が銃で撃って来た時は生きた心地がしなかった。モラドア帝国海軍第47小海獣隊所属のヨハノ・ガルド大尉は、慌てて空気膜を展開すると、相棒のイルカのレーアを潜らせて敵から退避した。


「潜っちまえば、こっちのもんだぜ」


 動き出した敵艦は、海上を高速で旋回している。それは頭上に描かれる航跡や、伝わってくるスクリュー音や機関音からもわかる。


 しかし、ヨハノは潜る直前の慌ただしさから一転して、冷静だった。潜ってしまえば、敵からは姿はほとんど見えない筈。あとはやり過ごして、敵が離れていくのを待つだけ。


 それを見届けたら、より詳細な情報を浮上して発信する。そして予定通り、沖に向かって泳いで敵の本隊を発見する。


 彼はそのように算段していた。


 ヨハノにとっての不幸は、異世界人が水中を攻撃する兵器を持っているということを、この時点でモラドアもバルダグも全く把握していないことであった。


 そのため、敵艦が黒い物体を海中へと投げ込んだのを見ても、すぐに反応できなかった。


「何だ?」


 海中に投げ込まれたのは計4発であった。そして、この時ヨハノは地球の単位換算で言えば深度10m程の場所を泳いでいた。


「気持ち悪いな。ちょっと離れよう」


 レーアに指示して、距離をとろうとする。その黒い物体は、彼らが泳いでいる場所よりも深い場所へと沈んでいった。


「何なんだよ、一体?」


 とヨハノが首を傾げた直後。突然水中で強烈な閃光が起き、直後に衝撃波が彼らに襲い掛かってきた。


「!?」


 瞬間的なことで、ヨハノは何が何だかわからなかった。


 直撃こそ免れたが、爆雷の内の1発は彼らの泳いでいた場所に比較的近い位置で爆発していた。そして爆雷はいずれも彼らよりも深い場所で爆発した。


 爆雷の爆圧は上に向かって放出されるので、当然彼らはその爆圧を直撃ではないものの受けることとなった。


 一瞬のうちにヨハノの意識は刈り取られ、目の前が真っ暗になった。




 泊は海上に立ち昇る爆雷の水柱に見入っていた。


「さーて。どうかな?」


 2隻計4発の爆雷は、投射器で間隔を空けて投下したので、比較的ばらけた位置に水柱を作り出した。


 もちろん、効果はわからない。最悪ただ単に海を掻きまわして、多くの魚たちを殺しただけに終わったかもしれない。


「ま、その時は魚集めるだけだな。見張り、海面に注意しろ!何か痕跡があるかもしれん」


「ヨーソロー!」


 そしてしばらくすると、一人の見張りの水兵が叫んだ。


「右舷海面に、人らしきものが浮いています!」


 どうやら、何かを発見したらしい。すかさず、泊は命令を出す。


「速力微速へ!「ポープ」にも信号!溺者救助用意!」


「深雪」は速度を落とすと、プカプカと浮かぶ人間らしきもののそばへと寄って行った。

 


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