レグプール空襲 ②
「朝か・・・あと少しだね、アンネ」
赤髪の少女の声に応えるように、彼女が跨るシャチが可愛らしく鳴く。外洋ゆえに、波はそれなりに高いが、少女はいくら波が自分の体に掛かっても平気な顔をして、それどころか余裕でシャチと会話をしていた。
もし地球側の人間が見れば、シャチに跨った少女という絵図だけでも奇妙を通り越して驚天動地である。しかし彼女、モラドア帝国海軍第47小海獣隊所属のミナ・フィリス中尉にとっては、仲間とともに見慣れた光景であった。
ミナは海辺の漁村育ちで、元々泳ぎが得意であった。そして彼女は、早いうちから海で生きていくために必要な魔法の素養を身に着けていた。今発動している空気膜もその一つであった。
空気膜は、自分の周囲の空気を操り膜を作り出す魔法で、体全体を覆うようにも出来るし、顔だけを覆うようにも出来る。そして彼女の場合は、体全体をシールドのように薄く覆っていた。こうすることで、波を被っても濡れないし、潜っても呼吸が出来る。
海女や素潜りの漁師をする魔法使いは、この魔法を駆使して生業とすることが多い。
そしてつい数年前より始まったのが、そうした魔法を身に着けた者たちを、海獣とともに海上並びに海中で活動させる海獣隊の編成であった。
その編成の切っ掛けは、度々モラドアの海を侵す異世界人の船への対抗であった。異世界人の船は、武装を施していない漁船などでも、エンジンと言う動力を搭載して自力で走れる。対してモラドアの水上艦船は、魔法で加速をつけるとは言え帆装であり、速度や機動性で負けてしまう場合もあった。また異世界人の軍艦相手にはほぼ無力であった。
こうした異世界人の相手をしていたのは、主に国から公認を受けていた私掠船であったが、正規軍にとっても見過ごせないことであった。船の性能では、正規軍も私掠船も大差なかったからだ。
イルジニアとの戦争がはじまると、実際に動力を載せた艦船を鹵獲することが出来たので、それらをモデルに動力を魔法機関にした動力船の開発が始まったが、まだ開発途上だ。
そんな中、モラドア軍で編成が始まったのが海獣隊の編成であった。海獣は地球で言えば伝説の存在のシーサーペントや海竜、地球でもおなじみのイルカやシャチ等のことである。これらに水中でも活動できるミナのような魔術師が乗り込んで、主に索敵を行う。
シーサーペントや海竜の中には、空気や水の塊、さらには衝撃波を水中から発射する術を持つものもいて、攻撃が可能なものもいる。しかし、それらは生息数も操れる御者の数も少ないので、虎の子であった。多くはミナとアンネのようなイルカやシャチとパートナーを組み、哨戒を行うだけである。
ミナは6日前に出撃し、レグプール沖合での哨戒活動を行っていた。しかし、特に何かを発見することもなく、予定通り帰還の途についていた。
「レグプールまであと一息。帰ったらお魚食べてゆっくりしようね」
帰還すれば3日間の休暇がもらえる筈。ミナはその間、アンネに好物の魚をたらふく食べさせてあげようと算段していた。
「お給料も出るし、新しい服やお化粧道具も欲しいし」
と年頃な女の子らしい休日の過ごし方の計画を立てる彼女の耳に、聞きなれない音が聞こえてきた。
「?何だろう?」
虫の羽音と、腹に響くようなどちらも聞き覚えのない音だ。そしてそれは、遥か頭上から聞こえてきた。
「空?」
音のする方を見上げ、目を凝らす。朝方、まだまだ雲の多い時間であったが、ミナは容易にその音源らしきものの正体を見つけ出すことができた。
「何アレ!?」
空にポツポツと浮かぶ黒い影。ミナは慌てて防水加工された袋から、愛用の双眼鏡を取り出して、その黒い影を見る。
「竜?・・・鳥?・・・違う!」
それは確かに翼を持っているようだが、羽ばたいている様子がない。加えて、竜にあるまじき音を立てている。
ミナは必死に自分の持つ知識と、その物体を結び付けようとした。そして、記憶の棚をひっくり返した末に、ようやくある単語を口にした。
「飛行機械!」
異世界人が敵であるイルジニアと同盟を組み、モラドア・バルダグに戦争を仕掛けているのはミナも知っていたが、彼らが空を飛ぶ機械を使用しているという話はチラッとしか聞かなかった。
何でも極秘裏に転移魔法でイルジニアの首都を攻めた部隊が、その飛行機械にやられたという噂であった。しかし、それについては事実か分からず、詳細も一切回ってこなかったため、ミナはほとんど気にせず忘れてしまっていた。
しかし、その異界の飛行機械が彼女の頭上を、陸地の方に向かって飛んでいく。しかも。
「な、何騎いるのよ!?」
モラドア軍でも翼竜を集中運用することはあるが、それでもその数が50を超えるようなことは稀である。
それなのに、今彼女の頭上を飛んでいく敵騎は明らかに50以上はいた。もしかしたら100に迫るかもしれない。(実際の日米両軍の出撃機数は発進後故障で引き返したものを差し引くと70機だった)
あまりにも信じられない光景に、ミナは呆然としてしまった。
そんな彼女に、相棒のアンネが鳴き声を上げる。
「!・・・そうだ!報告、報告しないと!」
彼女は急いで念話の準備に掛かる。頭の中で送る文を考え、それを遠くまで飛ぶように強く念じる。
(お願い!届いて!)
「あ~あ。早く交代時間にならないかね。腹が減って仕方がないよ」
「それよりも、俺はさっさと寝たいよ。夜勤は眠くなってかなわん」
レグプール近郊に設けられた竜騎士隊の基地。その通信室では、2人の夜勤明けの当番、レル・ガルト軍曹とキア・ヤマク軍曹が交代時間を待ちわびていた。
モラドアで言う通信室とは、地球で言う無線や、イルジニアでも実用化されている電信を扱う部屋ではなく、魔法通信を扱う部屋である。
念話は基本的に魔力を持った魔術師同士の交信を指すもので、言うなれば携帯無線機同士の会話である。一方魔法通信は、魔力を封じ込めた水晶のような外観をした魔法球と言うアイテムを使用した魔力による通信で、念話の傍受や魔法球同士の通信が可能である。広く念話や魔法通信が傍受可能な部分などで地球の通信機に近い。
ただし魔法球に込められた魔力や、使用する術者の能力によって受信並びに発信できる通信内容の量や距離、精度が変わってくる。また利用する時に念じることによって、発信先や受信先を指定することも出来るが、これも術者の能力で感度などが変わる。
そのため、魔法通信を操る将兵は地球の通信兵と同じく、兵隊の中から適格者を探し出し、訓練を受けた者が優先的に配置されていた。
魔法通信に必要な魔法球が強度的に脆く、現在の技術では使用するのに整った設備が必要とされ、基本的に魔法通信兵が配備されるのは基地だけである。そのため、最前線に出ることはなく、一種の役得でもあった。
一方で、24時間送受信が求められるので、夜勤が当たり前である。今魔法球を前に送受信を行っている2人も、未明からの勤務をようやく終えようとしていた。
「うん?」
「どうしたキア?」
「いや、魔法球に反応が・・・どうやら念話を受信したらしい」
キアの魔法球に、念話を受信した反応があった。キアはその通信内容を読み取る。
「発信は・・・海軍第47小海獣隊所属のミナ・フィリス中尉・・・陸地方面へ向かう敵らしき飛行機械を発見。数・・・約100!?」
「おいおい。海の方から異世界人の飛行機械が向かってくるって言うのか?しかも100?ありえんだろ!」
「でも・・・内容に間違いはないみたいだ」
「その中尉さん、海鳥の大群でも見間違えたんじゃないのか?」
レルはとても信じられなかった。異世界人が飛行機械を有しているらしいというのは、彼らも聞き及んでいたが、ここは最前線から500km以上下がった場所であるし、さらには海上から飛行機械が現れるなど、あり得ないことであった。
この時点でモラドア軍は異世界の国々が海上より航空機を大規模に運用可能な空母を持っていることを、正確には把握しておらず、また転移などの魔法を持たない異世界人らが前線より遥か後方の拠点を叩くという発想に至っていなかった。下士官である二人ならば尚更であった。
加えて、モラドア軍でも見間違いによる誤認は珍しいことではない。
「だけど、一応上官からの入電だし、些細なことでも報告する義務があるからな。一応報告しよう」
キアとしても半信半疑であったが、一応上官からの念話を無視するわけにもいかない。とりあえず、司令部の担当士官に念話を入れる。
「こちら通信室ヤマク軍曹。基地司令部通信担当者、応答願います」
この場合の念話は距離も近いため、ほとんど会話に近いものとなる。
「こちら司令部通信担当ノキ・ザーロ少尉。軍曹、どうした?」
司令部の通信担当の女性士官が応答した。
「海軍の海獣隊より、内陸部へ向かう敵の飛行機械の編隊を発見したという報告が入っています」
「位置と飛行方向、それから数は?」
「レグプールの西250kmの海上で、東へ飛行。数は100と伝えてきています」
「はあ?間違いじゃないの?」
「いえ。確認しましたが、間違いありません」
ザーロ少尉もやはり信じられないようだ。
「・・・了解。とりあえず、そのまま続報がないか軍曹たちは注意して。新しい命令があったら連絡する。以上」
「了解・・・続報に注意しつつ、新たな命令を待てだとさ」
キアの言葉を聞いたレルの顔が、途端に嫌そうなものになる。
「やれやれ。もうすぐ勤務明けだって言うのに、ツイてないな」
もうすぐ勤務が終わるというタイミングで、新たな仕事が入ってしまった。そのことを嘆かずにはいられなかった。
「本当。全くだよ」
念話を終えたキアはレルの言葉に同意し、やれやれとしながらも、命令がある以上逆らえず、椅子に座りなおして魔法球に新たな通信が入らないか注意する。
とは言え、二人ともこう考えていた。どうせ何もなく、すぐに交代の時間になると。
しかし二人の考えは、ものの10分ほどで打ち砕かれることとなる。
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