レグプール空襲 ①
更新遅くなりました。今回いつもよりちょっとだけ短めです。
「総飛行機発動!」
その命令が出ると、整備兵たちが「エナーシャ回せ!」という掛け声とともに機体の発動機に取り付けられた手動式の慣性始動機のはずみ車をグルグル回し始める。そして充分に回転させて力が蓄えられた所で、発動機が始動される。
始動用のセルモーターのない発動機の場合、こうして慣性始動機を使用するか、手や始動車を使ってプロペラを強制回転させて発動機を始動させる。
狭い航空母艦の上では、エナーシャと言う日本海軍独特の名前で呼ばれるこの手動式慣性始動機が最適であった。
「コンターック!」
英語のコンタクトが訛った発動合図とともに、発動機が音を上げ、プロペラが回り始める。
空母「土佐」の艦上は、それらの発動機とプロペラが奏でる轟音に満たされる。
「搭乗員整列!」
発進を前に、搭乗するパイロットたちが台の上に乗ったイルジニア方面艦隊司令官桜井望和中将の前に整列する。
「諸君!これより諸君らは、我が海軍初の空母からの敵攻撃に出撃する。未知なる敵。さらには米軍との共同である。だからと言って無理はせぬように。どうか無事に任務を完遂し、再び母艦の上に足を踏みしめてほしい・・・あと、ゲストも多いが、緊張して発艦に失敗することのないように。以上だ」
「敬礼!」
攻撃隊を率いる辺見寛一郎少佐以下、搭乗員たちが一斉に敬礼を行うと、桜井も答礼をもって応える。
「掛かれ!」
搭乗員たちがそれぞれの愛機へと走る。95式艦上戦闘機、94式艦上爆撃機、92式艦上攻撃機が、主たちが乗り込むのを待っている。
「「レキシントン」より信号。我発艦準備完了」
桜井が艦橋に上がると、無線室より連絡が入った。
「おっとあちらさんも準備完了か。よろしい、予定通り作戦発動だ!」
現在日米合同機動艦隊は、イルジニア大陸西方100海里の海域に迫っていた。攻撃目標は、そこからさらに内陸へ100km程入ったレグプールである。
レグプールはイルジニア中西部の交通の要衝で、現在は侵攻してきたモラドア・バルダグ軍の占領下にある。街道と鉄道の交差点で、付近には河も流れている。臨時首都となっているガランガンと良く似た地勢にあるが、より内陸部に位置している。また、ガランガンにはない小銃やガトリング銃を製造する兵器工廠もあった。
現在は敵軍の兵站拠点であり、また小銃やガトリング銃の製造を再開させて供給しているのも、捕虜の証言から確認されていた。
日米機動部隊は今回、そのレグプールの竜騎士基地、操車場に、そして物資集積場へと攻撃を掛ける。
レグプールが攻撃目標として選ばれたのは、兵站拠点であることは無論、戦線の後方であり攻撃時に敵に与える心理的効果が大きいためであった。
現在までのところ、地球・イルジニア側はモラドアならびにバルダグに対して大規模な攻勢作戦を行っていなかった。エスタル会戦は首都防衛戦であり、バルダグ西部の要塞ならびに軍港襲撃は、夜間の奇襲であったため何ら示威の効果を発揮できなかった。
だからこそ、今回は危険を承知であえて目立つ目標に、しかも目立つ形で攻撃を掛ける。
時刻は夜明け前。空は白み始め、周囲は明るくなるだけだ。海面は幸いなことに穏やか過ぎず、荒れ過ぎずの天候で、空母「土佐」とイルジニア方面艦隊を構成する各艦は力強く海上を疾走している。
5km西方には、空母「レキシントン」を中心に輪形陣を取る、ポール・レノー少将指揮する米海軍A1任務部隊が航行している。あちらも、艦載機の発進準備を終えていた。
予定通りである。
「搭乗員搭乗完了!」
「チョーク払え!」
搭乗員が乗り込んだところで、車輪止めが整備兵らの手で外される。
「風に立て!取舵15度!」
「取舵15度!ヨーソロー!!」
艦長の命令が操舵室に伝わり、舵手が舵輪を回す。少し時間を置いて、「土佐」はゆっくりと艦首を少し左に振る。艦首から出ている風向きを示す蒸気が甲板に描かれたラインに平行となった時、艦が風上に向かって走り始めたことを意味する。
「発艦始め!発艦始め!」
命令とともに甲板の士官が、旗を振る。そしてそれを待ちわびていたとばかりに、先頭の95式艦上戦闘機が発動機を吹かし、滑走を開始する。
動き始めた機体を、手すきの乗員たちが帽子を振って見送る。
一方桜井らも、帽子を振りつつ緊張した面持ちで走っていく機体を眺める。もしここでエンジンが停止したり、或いは横風に振られたり、また波による艦の動揺もある。
事故よ起きるな。無事に飛び立てと誰もが祈る瞬間だ。
そんな不安を他所に、95式艦上戦闘機は無事に空へと浮き上がった。その瞬間、桜井らの顔に笑みがこぼれる。
1番機の成功に後押しされたかのように、後続の機体も次々に滑走し、大空へと浮かび上がっていく。
身軽な艦上戦闘機に引き続き、重い爆弾を抱えた94式艦上爆撃機や92式艦上攻撃機も次々と甲板を蹴り、上昇して先に発艦した味方機と編隊を組む。
艦戦、艦爆、艦攻各12機からなる合計36機の攻撃隊が空中に集合する。
「中々に壮観な眺めだな」
「お客さんたちも、目を輝かせて見ていますよ」
都築参謀長の言葉に、桜井はチラッとそのお客さんたちを見やる。
今回空母「土佐」には、観戦武官として派遣された数名の外国人士官が乗り込んでいた。ドイツ海軍、イギリス海軍、トルコ海軍、華南連邦海軍、大韓帝国海軍、タイ海軍等。
いずれも、今回の空母運用に大いなる関心を寄せて乗り込んだ者たちであった。
各国海軍が観戦武官を派遣した理由は、これが貴重な実戦であるというのも一つだが、それ以上に現在本格的な空母を運用する国は日米英の3ヵ国しかなく、またその空母からの航空機の大規模攻撃は世界初であったからだ。
前大戦で本格的に登場した航空機は、それを載せる母艦とともに大戦後急速に発展した。とりわけ、多数の車輪付き艦上機を運用できる航空母艦は、戦艦などと違い未だに実戦には本格的に投入された事例がなく、その実力は未知数であり、議論の範疇を出なかった。
その空母と艦載航空隊が、ついに実戦に投入されるのである。海軍関係者であれば、関心を寄せないはずがなかった。
「土佐」と同様に、米空母「レキシントン」にも各国の観戦武官が乗り込んでいた。ただし、米空母の方が受け入れ人数(と言うより希望人数)が多かったが。つまりは、米海軍の方が注目されているということだ。
このあたり、まだまだ大日本帝国海軍が侮られていると言える一面でもあったし、実際にそれは否められない事実でもあった。
この空母「土佐」にしても、空母化改装時の設計が一時迷走し、当初は多段空母になる予定であったが、改装工事の遅れなどから1段式で竣工した経緯がある。しかし米の「レキシントン」は当初から1段式であり、設計面で1日の長があった。
艦載機にしても、日本側は国産の最新鋭機を搭載してきたが、95式艦上戦闘機は90式艦上戦闘機の改良機であり、その90式艦上戦闘機はアメリカ製のボーイングF4Bなどを参考に設計されている。
94式艦爆も参考にしたドイツのハインケル66爆撃機の影響が色濃い。
92式艦上攻撃機はオリジナルであると言えるが、元を辿るとイギリス人技師による13式艦上攻撃機と言う大正時代採用の旧式機が前身であり、また当初は液冷エンジンの不調にたたられた。
つまり日本の艦載機は自力製造こそされているが、まだまだ外国の影響から打破しきれていない機体なのであった。
救いがあるとすれば、日本は第一次大戦を中立で過ごし、なおかつ新海道の発見による大戦後も続いた好景気のおかげで、独英仏など第一次大戦参戦国各国の技術を比較的自由に取り入れられたことであった。
さすがに一からの機体製造をいきなり行うのは難しく、後塵を拝してはいるが、一方で各種部品や艤装などの足元の基礎技術をどん欲に、なおかつ着実に固めることができた。
こうした基礎固めの成功は、航空エンジンなどの技術を向上させるのみならず、関東大震災以後拡大された自動車なども含めた工業分野の発展を後押しもしている。
92式艦上攻撃機が当初発動機故障に苦しんだものの、その後改修が成功したのは、こうしたことが大きかった。
そして現在、三菱や中島と言った航空メーカーで試験中の次期航空機は、いずれも欧米の一線機に引けをとらない高性能機と言う噂を、桜井も耳にしていた。
砲術が専攻であり、航空機にあまり興味も縁もなかった桜井であっても、これまで欧米の模倣や欧米に劣る性能しか出せなかった国産機が、欧米諸国に並ぶだけの機体を製造するという話に、興奮を覚えずにはいられない。
そして現在、モラドアとバルダグと言う新しい敵が出来た以上、それら新型機が戦場に現れる日も近い。
その新たな翼を操縦するのは、今出撃していったパイロットたちに間違いなかった。
(しっかりやって帰って来い!これは始まりに過ぎない。お前たちにはこれから先があるのだからな)
遠く彼方に消えていく機影を見送りながら、桜井は若鷲たちに心の中でエールを送った。
御意見・御感想よろしくお願いします。
なお、この世界の日本の航空機開発は作中にあるように少しばかり進んでおり、そのため史実と同じ機体ですが採用時期が早まっているという設定です。




