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異界の国 ②

最後趣味に走りました。

 イアチにとって、病院での生活は初めて経験する不思議な日々であった。


 魔術師であったがゆえに、彼女は子供のころから日々魔法の練習を行っていた。それは成長して魔術師養成校に入ってからも、さらに軍の魔術師として採用されてからも変わらなかった。


 それが、この異界の国が治める島では魔法が使えないという、イアチにとって想像すら出来ない環境に置かれていた。もちろん、魔法の練習など出来ない。せいぜい、呪文の詠唱を反芻するくらいである。


 ケガが完全に完治していないため、外出も制限された。その外出にしても、常に海軍憲兵が付き添うため、自由にどこかに行くなど不可能であった。


 イアチとしては、魔法薬を使えば打撲くらいならすぐに治ると思い、そのことを医者に言ってみた。魔法は使用できないが、相手と話せている以上、翻訳の魔法薬は利いている。だから治癒系の魔法薬も使えると考えての提案であった。


 しかし、医者から返ってきたのは。


「我が国の医療では、魔法薬の使用はまだ実験段階でね。それに流通もしていない。だから、通常の治療をするしかないんだよ。我慢してくれ」


 どうやらこの国では治癒系の魔法薬は、手に入らないらしい。イアチはガッカリするしかなかった。


 そんな彼女を見かねたのか、看護婦が新聞や本を差し入れてくれた。翻訳の魔法薬では言葉のみならず、文字もわかるようになるため、イアチは日本語の新聞や本を読むことが出来た。そうでなくても、新海道ならばモラドアからの亡命者が発行するモラドア語の新聞や本もあったのだが。


 ただしイアチにしてみると、まずもって新聞の存在が驚きであった。


「毎日、しかも朝晩発行ですって!?」


 本の方はモラドアでもそこそこ見かけるので驚く存在ではなかったが、新聞と言う朝夕にコンスタントに発行される紙媒体は驚きであった。紙はまだ貴重な存在であり、本や地図と言った値段が張り流通量の少ないものにしか使われていないはず。


 それなのに、この新聞は何枚もの紙で構成されているにも関わらず、毎日印刷されて届けられる。しかも、看護婦に後からその部数は万単位と聞かされて、彼女は驚きを通り越して唖然としてしまった。


「そんなに大量の紙が用意できるって言うの!?」


 それだけ大量の紙をどうやって用意するのか、全く想像すら出来なかった。


 さらに、彼女は新聞の内容にも目を見張った。文字を印刷する技術や、風景を切り取って紙に映す魔法技術はモラドアにもあるので、それ自体は驚くべきことではないが、情報量が多いのだ。ラジオの番組欄に天気予報、政治に関する重大ニュースから、日常的に起きている事件や、市井で行われているイベント。そして各種広告。


 モラドアでは、こうした情報をまとめてコンスタントに市民に知らせる手段はない。お触れや余程の重大ニュースを街に張り出す程度だ。地位の高いものなら、自ら情報を集めたり、人を使って集めさせてまとめる方法もあるが、市民がこれだけの情報を得られる手段はない。


 そもそも、一般市民に多量の情報を送り届けるという発想自体がなかった。


 モラドアでは、士官以上の軍人や、官僚、商人であるならばそれなりの学も必要だが、大方の一般人が覚えるのはせいぜい読み書きと初歩的な計算くらいまでだ。そして多くの市民は農民や職工、自営業、軍隊に入ってもせいぜい下士官どまりと言った形で働き、一生を終えることになる。


 必然的に人生においてそこまで多くの情報を得る必要はない。それがモラドアに住むほとんどの人間が持っている認識であった。


 一般市民がどうしてここまでの情報を必要とするのか、イアチには最初理解しかねるものであった。


 それはともかくとして、せっかく差し入れられたものであるし、さらに敵である異世界人を知るいいチャンスであるから、イアチはそうした本や新聞を読んで実益を兼ねた暇つぶしを行った。


「イアチ少尉。昼食ですよ」


 本や新聞を読みふけっている間に、食事の時間となっていた。やってきた看護婦が、病院食をイアチの前に置いていく。


 その献立を見て、イアチは毎度感心してしまう。


「異世界の食事は豊かね」


 毎日しっかりと三食出て、その全てにちゃんと主食プラス数品のおかずや汁物がついている。しかもメニューは毎回違っていた。味は上等とは言い難かったが、それでも腹を満たすなら充分であった。


 イアチは異世界に捕虜を保護する規定があるのは聞いていた。とはいえ、そもそも捕虜を保護する概念のない世界から来たために、その保護と言うのがどの範囲までか全くわからなかった。


 しかし、食事だけ見てもイアチから見れば随分と贅沢であった。イアチの場合、これまで食べるに困ったことはないが、それでも材料の有無から質素で単調な食事が続くような経験は何度もしている。


 魔法で食料を作り出す方法はあるが、それは水や雑草などと言った素材を変化させて、小麦粉や塩といった食材にするものであった。料理を出すものではない。


 それに加えて、イアチの知る食材の種類自体がそれほど多いものではなかった。野菜にしろ調味料にしろ、モラドアで手に入るものの種類は限られていた。


 対して、異世界の料理は料理の種類も、その料理に使われる食材の種類も豊富であった。イアチが初めて見る料理や食材が出される。


 病院と言う狭い空間内だけでも、イアチにとっては驚きと新発見の連続の毎日であった。


 そして3週間ほどの入院生活が終わり、退院となったために、イアチは捕虜収容所に送られることとなった。


 その護送には、病院に来た時と同じ海軍憲兵たちが付いてきた。そして来た時と同じく、手錠を掛けられて自動車に乗せられた。


 入院生活を過ごした病院を離れて、車は街の中を走っていく。憲兵たちは捕虜収容所までの行き方について具体的に話さなかったが、イアチは自動車で捕虜収容所まで直行すると考えていた。


 ところが、自動車に乗っている時間は短かった。20分ほどして、自動車は立派で瀟洒な建物の隅っこにつけられた。


「ここから鉄道に乗り換えてもらう。降りなさい」


 言われるまま、イアチは車から降りた。


 鉄道については、イアチも知っていた。イルジニアのエルフたちも使っていた交通機関だ。


 二本の鉄のレールの上を人を乗せた客車や貨物を載せた貨車が走ることで、高速かつ大量の荷物を運べる手段。モラドアとバルダグでは、鹵獲した蒸気機関車をモデルに、魔力で動く機関車の試作に取り掛かっていると、イアチは聞いていた。また、占領地域では奴隷にしたエルフたちを使って運行を再開していたのを、実際に見ている。


 そして異世界人も鉄道の技術を持っていることは、差し入れられた新聞からも読み取れた。ただし、そこにはデンキキカンシャだのデンシャだのロメンデンシャだのチカテツだの、良くわからない単語も多かった。看護婦や医師に聞いたりもしたが、やはり実物を見ないと今一歩イメージが掴めなかった。


 と駅に入ったところで、新たに別の男女二人がイアチを待ち構えていた。


「御苦労さまです。道庁鉄道公安職員の平沢です」


「同じく茅野です」


「海軍憲兵の沢北です。道中よろしくお願いします」


 彼らは互いに額に手をかざす、異世界式の敬礼をしていた。


 新たに2名の付き添いが増えた状態で、イアチは人目をはばかるように人気のない通路を通されてプラットホームへと向かった。


 そしてしばらくすると、列車がホームに入ってきた。その姿に、イアチは圧倒された。


「大きい!」


 思わず声に出てしまったほどだ。入ってきた列車は、イルジニアで見たそれよりも一回り以上大きく、圧倒的な存在感を有していた。


 さらに、イアチを驚かせたのは。


「煙を吐いていない?」


 やって来たのは、鉄の箱のような形をした列車だった。イアチの知る鉄道は、先頭に煙を吐く機関車をたてて運行するものだった。しかし、今入って来た列車は煙を吐いていない。それどころか、列車の先頭はガラス張りで、そこに人間が乗っていた。


「これは電車だからね。蒸気機関車やディーゼルのように煙は吐かないよ」


 と先ほど公安職員と名乗ったヒラサワという男が説明するが、イアチにはよくわからなかった。


 そしてここで、彼女は列車の上部から変な金属の突起が天に向かって立ちあげられ、その頭上には電線が走っているのを見つけた。


 これもイアチは知っていた。電気と言う雷と同じ力を送るケーブルであると。しかし、この駅の線路の頭上にはそのケーブルが張り巡らされていた。


 一体どういうことなのかと考えていたら、目の前に止まった電車の扉が勝手に開いた。


「勝手に開いた!?」


「自動扉だからね。手で開けなくていいんだよ」


「さ、停車時間は短いんだから、早く乗りなさい」


 一行が乗り込むと、扉が閉まる。車内には人気はない。


 ウーンと言う聞きなれない音とともに、電車が動き始めた。


 イアチはボックス席の一角に座らされる。横と斜め向かいに憲兵が座り、通路には公安職員が立つ。


 電車は音を立てながら加速していく。


「速い!」


 イアチは思わず口にした。イルジニアで乗った鉄道や、普段使い慣れている馬車や馬などより遥かに速いスピードで走っている。


「今乗っている電車は黎明鉄道の最新型だよ。新京阪のP6の姉妹車で、しかもカルダン駆動車だからね。100kmだって余裕で出るよ」


「先輩、そんなこと言ってもわからないでしょ」


「ああ、そうか」


 女性の公安職員が呆れながらに言う。


 実際、イアチには平沢の言った言葉の半分も理解できなかったが、最後の速度100kmというのは病院でこの世界の単位を覚えていたため、おおよそ理解できた。


(う、馬の倍以上のスピードで走れるってこと!?)


 空を飛ぶ竜に比べれば遅いが、地上を走る乗り物としては、イアチの知るどれよりもはるかに速い。


 窓の外をビュンビュン流れていく風景を、イアチは呆然と見つめた。と、突然影が横切り少しばかりの揺れが襲う。


「な、何!?」


「列車同士ですれ違ったんですよ。ここは複線だから」


 ギョッと驚くイアチを、監視対象であるのをしばし忘れて、憲兵も公安職員も微笑ましく思った。

 



御意見・御感想よろしくお願いします。


鉄道公安職員は、史実では戦後に誕生していますが、この世界では既に誕生しています。どこかでその起源とか書ければと思います。


それから最後に登場するP6とは、新京阪電鉄の車両です。ただし、この世界では多少鉄道技術が進んでおり、既に試験的にカルダン駆動車が登場しています。

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