異界の国 ①
「はあ~」
捕虜収容所の自室にある簡素なベッドの上に座りながら、モラドア軍少尉のイアチ・ナイレは深々とため息を吐いた。
「異世界の国がこんなにスゴイなんて」
イアチは今日までのことを振り返る。
エスタルにおける会戦の終盤、彼女は仲間たちとともに転移魔法で撤退を試みた。そしてあと少しで魔法の詠唱が終わるというところで、凄まじい衝撃を感じて意識が吹き飛んだ。
意識が戻った彼女の視界に入ってきたのは、見たことのない天井だった。
そして起き上がろうと体に力を入れると、途端にあちこちが激しい痛みを訴えた。
「!?」
自分が重傷を負ったのがわかった。そして、自分が捕虜になったことも。
(敵に捕まった!?)
捕虜になるということは、良くて強制労働、悪くてその場で処刑だ。だが自分は生かされている。
(私が士官だから、拷問して情報を聞き出す気ね!)
他に考えられなかった。
そんな彼女を、白衣を着て頭に白い帽子を被った女が覗き込んできた。
「目を覚ましたのね!先生!こちらの患者さんが目を覚ましました」
すぐに、眼鏡をかけた壮年のやはり白衣を着た男が覗き込んできた。
「おお!目を覚ましたかね、お嬢さん」
イアチは口を動かそうとしたが。
「!?」
上手く動かせない。何かが口に挟みこまれているようだ。
「すまない。君が魔法を使わないように、口に詰め物をさせてもらっている」
イアチは焦りを覚える。魔法が詠唱できないということは、魔術師としての全ての力を封じられているに等しい。
思わず体を動かそうとするが、再び激痛が襲い掛かる。
「無理に体を動かしちゃいかん。何か所か強く体を打ってるからね。今は安静にしておくことだ」
だがそう言われて、イアチは黙っているわけにはいかなかった。なんとか口の詰め物を出そうともがく。
「こりゃいかん。君、鎮静剤を」
「はい!」
しばしじたばたしたイアチであったが、突然男が円筒形の管がついた針を自分に刺してきた。そして、急速に意識が薄れていった。
再び目が覚めると、口の違和感がなくなっていた。周囲を見回すと、自分はどうやら一人だけで部屋に寝かされていたらしい。
「どうして・・・まあいいや」
体に痛みはあるが、それに我慢しつつ扉まで歩いていく。ノブを回すと、案の定鍵が掛かっていた。
「これくらいなら」
異世界人は魔法を使えないとイアチは聞いていた。ならばこの鍵にも魔法などは掛けられていないはず。ただの金属で出来た鍵なら簡単な物理魔法で開くはず。
イアチは詠唱を開始する。魔術師が行う初歩の初歩ともいうべき物体を動かす時などに使う、念力の魔法。イアチは鍵を回すことを念じながら、詠唱を終えて魔法を発動させる。
本当に簡単な魔法。魔法を習う魔術師なら、学校どころか就学前には覚えるような魔法だ。
しかし。
「え!?」
鍵が開くような音はしない。
「おかしいな?・・・もう一度!」
イアチは先ほどと同じように呪文を詠唱し、発動する魔法を頭に思い描く。しかし、結果は同じだった。鍵が開いた気配はなく、手で回してもガチャガチャ音を立てるだけだった。
「な、何で魔法が発動しないのよ!まさか、高度な妨害魔法でも掛かってるの?」
イアチは困惑しながら、今度は魔法探知の魔法を試してみる。しかし、これも上手くいかない。普段なら簡単に発動し、魔力を感じ取れるのだが、全く魔力を感じ取れない。魔力がないのではなく、探知魔法が全く発動していないのだ。
「どうなってるのよ!!」
イアチは泣きたくなった。こんなこと初めてである。子供の頃から魔法が使えるのは当たり前であった彼女にとって、全く魔法が使えなくなるなど想像したくもないことであった。彼女の魔術師としてのプライドが、ズタズタに引き裂かれた。
あまりのことに地面に座り込むと、鍵が開く音がし、扉が開いた。
「おや、起きたのかね?・・・て何泣いてるんだね?」
入ってきたのは、前回見た白衣を着た男だった。
「私・・・魔法が・・・使えない」
あまりにもショッキングであったため、イアチは相手が敵であることを忘れて、途切れ途切れに口に出す。
しかし、それに対して男の回答はイアチの予想外のものだった。
「そりゃまあ、もう新海道に近づいたからね。魔法は使えないはずだね」
「・・・ふぇ?」
「君たちの魔法は、我々が新海道と呼んでいる島々周辺では使うことができないんだよ。だから、口の詰め物も外したんだがね」
イアチの頭の中は真っ白だった。魔法が使えない土地がある?さらには魔法が使えない異世界人がそれを知っている?
あまりにも重大な情報を立て続けに知らされ、思考が停止してしまった。
「間もなく黎明島に着く。君のケガはまだ治り切っていないから、まずは鎮守府の病院に入院してもらう予定だ。そこでゆっくり養生することだ」
固まっているイアチに構わず、男はそう説明した。もちろん、イアチの頭の中にはほとんど入ってこなかったが。
それから数時間後、イアチは部屋から出された。ケガをしているため、看護婦と言うケガ人や病人に付き添うという女が、歩くのを手伝ってくれた。
アサイと名乗ったその看護婦から、先ほどの男が医者であるということを聞かされ、イアチは驚いた。モラドアにも医者はいるが、基本的にそれは治癒系(ちなみにモラドアのそれはイルジニアのものより劣っている)魔法が得意な魔術師か、薬草に強い薬術師の仕事である。いずれも魔法使いである。格好も魔法使いと同じだ。
対して先ほどの医師と言う男は、白衣を着ていた。モラドア人の医師でそんな恰好をする者などいない。
さらに、イアチは今自分が乗っているのが船であることにようやく気付くとともに、その姿に驚かされた。大きさであれば、モラドアにも超巨大帆船があるので驚くことはないが、帆が全くなく、石油という油を燃やして動かしているという。
イルジニア人が蒸気機関を使っているのは知っているし、モラドアでも捕獲したそれを研究して新たな魔法機関を製作していると聞いていた。しかしそれらはいずれも出力が小さく、船に取り付けても帆の補助が必要だと、顔見知りの魔術師から聞いていた。
しかしながら、今イアチが乗せられている船はどう見ても帆がない。つまり、何らかの魔法を使っていない動力機関だけで動いていることになる。
また船体が甲板を除けば明らかに鋼鉄で出来ていた。モラドアやバルダグではいまだに船は木造であるから、これまた彼女には大いに驚くべきことであった。
アサイの話では、この船は軍に徴庸された客船で、現在は傷病兵の治療や輸送にあたる病院船だという。船体は白に塗られ、赤い十字が描きこまれているが、この赤十字は医療関係を表すマークであるという。このマークを付けた船などは、国際法規で厳格に攻撃を禁じられ、保護されているとのこと。
これまたイアチには驚きであった。
(そんな法があるなんて!?)
モラドアやバルダグなどにも国際法規はないことはないが、明文化されて厳格に適用される法律と言うよりも、過去から引き継がれた慣習法に近いものであった。
さらに、異世界で言う捕虜条項のような、戦場において守られるべきものはほとんどない。捕虜を取るのも取らないのもそれは勝者の権利であり、そこに法が介在する余地などなかった。医療従事者や負傷者に対して攻撃を控えるもの、捕虜に対して寛大な処置をする人間がいないことはないが、それは個々人の度量や考え方、身代金目的の打算によるものでしかなかった。
だから国際的に厳格な法律があり、しかもそれが捕虜の待遇や医療従事者への攻撃禁止と言った内容であることは、イアチには衝撃、というよりそれを通り越して理解できないものであった。
岸壁に着いた船からタラップが降ろされ、アサイの付き添いでイアチは船を降ろされた。そしてそこには、黒ぽい制服を着た男女が2人イアチを待っていた。アサイが言うには、彼女の身柄は彼らに引き継がれるとのことだった。
(まさか死刑執行人!?)
そんなイメージを持ったイアチであったが、すぐに彼らがカイグンケンペイなる職業の人間であることを知らされる。最初どんな仕事がイメージできなかったが、彼らは主に海軍内部の犯罪の取り締まりを行うという。
(衛士とは違うのよね?)
モラドアにおいて、市中の治安や街の中での軍人の取り締まりを担当するのは衛士である。戦場に赴く騎士とは違い、軽装ではあるがそれでも腰にサーベルと短刀で武装し、色彩豊かな服を着る。
目の前のケンペイはサーベルも持っていないし、服の色も地味でイアチの知る衛士から見ると、かけ離れたものであった。
「私は帝国海軍憲兵少尉の澤北礼二。こっちは部下の岡野憲兵二等兵曹。これよりあなたを護送いたします」
脱走防止として手錠を掛けられたイアチは、二人のカイグンケンペイに付き添われ、今度はジドウシャという馬なしの馬車のような乗り物に乗せられた。
「あなたは捕虜でありますが、それ以前にケガ人であります。よって、まずは鎮守府の海軍病院に入院していただき、傷の全治後に捕虜収容所に入っていただく」
ジドウシャに乗せられたところで、ようやく行き先を知らされた。彼らの言葉通りなら、すぐに死刑や強制労働とはならなさそうだった。もちろん、それが嘘と言う可能性も無きにしも非ずだったが、イアチはここまでの体験から、それはなさそうだと漠然と信じるようになっていた。
実際、1時間もしないうちに着いたのは、この島まで乗ってきた船と同じ赤十字のマークを付けた3階建ての石造りのような建物だった。
イアチはジドウシャを降ろされると、手錠を付けられたまま建物内へと入れられた。
建物の中には、船の中の医師やアサイたちと同じような格好をした医師や看護婦、さらには病人らしき人影が見られた。そんな彼らの視線を感じつつ、イアチが連れていかれたのは個室であった。広くはないが、部屋もベッドも清潔に保たれていた。
「後ほど医師が参ります。あなたが退院するまで、我々が監視いたします。くれぐれも、脱走などはお考えにならないように」
澤北少尉は丁寧な口調で言いつつ、イアチにそう念を押した。
こうして、イアチの異国での捕虜生活がスタートした。
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作中に出てくる海軍憲兵は言うまでもなく独自設定です。なお制服は基本的に海軍の第一種と第二種と同じ色の開襟服です。




