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皇帝と艦隊司令長官

「何?負けた?」


「は。昨年末。イルジニア臨時首都ガランガンを襲った我が国とバルダグ連合軍は、出兵した5000の内3000を喪い敗退したとのことです」


「軍はなぜその敗報を余に伝えなかった?まあ、大体理由はわかるがな」


「陛下」


「5000という規模の出兵は、現在イルジニアに展開している部隊全体から見れば極少数だ。その数でイルジニアを攻略できれば、軍にとって大きな功績となる。仮に失敗したとしても、余の耳に入れるほどの大敗ではない。戦場でよくある日常的な犠牲というところだろう」


「陛下の聡明な推察には舌を巻くばかりです。より綿密な調査が必要でしょうが、私もそう感じております」


 自らの前で跪く黒装束の密偵を一瞥すると、陛下と呼ばれた中年男性は少し考え込む。


「しかし、5000の出兵で未帰還3000となれば6割の喪失だ。敵中深くに侵入していたとはいえ、そんな全滅に近い損害を出すとはな。戦死者の規模は全体からすれば極少数だが、一つの戦いとしては異常な規模の犠牲ではないか?イルジニアは既に死に体と、軍部ばかりではなくお前たちもそう報告していたではないか?そのイルジニアにここまでやられたというのか?」


「その点なのですが。どうも、敵はイルジニアのエルフどもだけではなかったようです」


「と言うと?」


「例の、異世界人どもが参戦していたとのことです」


「我が国の海を荒らし、エルフどもと同盟を組んだ連中か?しかし、やつらは昨年春の我が国とバルダグの竜騎士の攻撃によって大打撃を与え、出てこなくなったのではなかったのか?」


「そう聞いてはおりますが、何分異世界人の元には密偵も入り込んでおりませんので。ガランガンに忍び込んだ密偵からは、部隊が派遣されたという報告も入っておりますが、情報が不正確でありまして」


「ふむ・・・軍部に関する追及は、明日の最高会議で余から直接大臣たちに問いただそう。イレは異世界人に関する情報をもっと集めてくれ」


「畏まりました。皇帝陛下」


 恭しい態度で答えた密偵組織を掌るイレは、そのまま掻き消えるようにいなくなる。


 彼がいなくなったのを見送った皇帝、ジル・ティックス一世は机の上の葉巻を取ると、魔法で火をつけ吹かし始める。


「やれやれ、軍部にも困ったものだ」


 ジルは今回の件の書類に目をやる。


 彼が皇帝として治めているモラドア帝国は、お隣のバルダグ王国が地方の有力貴族による自治を認めた領邦制を行っているのに対して、中央集権体制を採り、地方の統治は中央から派遣された代官が行う方式を採っている。


 貴族はいるものの、立ち位置としては名誉称号であり、軍や政界の高位に付きやすいという特権はあるにはあるが、自分で領地を有して運営するようなことはない。


 軍も同様で、帝都パロルンドに置かれた総司令部を頂点に、その下に部隊や機関が置かれている。バルダグのように、地方の領地に貴族の私兵がいるようなことはない。


 この軍部の大臣と三軍総司令官、内外大臣に宰相と皇帝を加えた最高会議が、モラドアの国家運営の大方針を決めている。


 そのため、軍部に内務省、外務省の権限が大きい。無論法上は最高の権力者は皇帝だが、全ての物事を決するなどできるはずもなく、委任と言う形で各機関に様々な権限が付与されている。


 イルジニアとの戦争にしても、開戦の決議は最高会議で決定し、皇帝の名で行われているが、その後の戦争指導自体は軍部と各大臣によって行われている。とりわけ軍部は実際に戦闘を行うのであるから、発言力も大きい。


 皇帝ジルは、その軍部にイルジニアにおける軍の全権を与えて、軍事行動を行わせていた。


 とは言え、万が一に軍の反乱などが発生すればことである。その保険として、近衛部隊があり、そして腕利きの密偵機関を歴代の皇帝は擁していた。それはジルも同じで、彼は先王である父から引き継いでいた。


 ただし現状軍が皇帝に反逆する動きは全くない。皇帝は軍に最大限の権力を委任しているし、そして現在の所戦争は軍の考えているとおりに進んでいる。


 バルダグとの同盟を結ぶ際には、軍に限らず内外務省からも反発があったが、それもバルダグから多くの魔法技術が得られ、総体的にプラスになったことから沈静化した。


 一方で、こうした委任と行動の自由を認めることは、各組織をそれぞれに増長させた面も咎められない。今回のガランガンへの出兵も、そう言えなくはなかった。


 確かにジルは、イルジニアにおける軍事行動は法的にも軍部に一任していたし、最高会議においても軍事作戦には極力口を挟まないようにしていた。専門家に任せていた方が上手くいくと考えていたのと、軍部が反乱を起こすなど、不穏な兆候がなかったからだ。


 しかし今回のガランガンへの出兵は、いささか問題であった。確かに軍の決定権内の軍事作戦と言えなくもないが、ガランガンを攻略し、これでイルジニアが降伏するようなことであれば、内外務省も関わってくる事柄だし、降伏や講和に関する文書へのサインには皇帝も関わる。


 もちろん、戦争を早期に決着させられれば、それに越したことはない。だが結局のところ結果的にも記録的な大敗を喫したのだから、やはり問題だろう。


 ジルは密偵からの情報がまとめられた書類に目を通して詳細を把握しつつ、明日開かれる最高会議で軍の関係者に問おうと決めた。


 それとともに、この例のない大敗と、これまであまり気を払ってこなかった異世界人の存在に、胸の中にざわめくものを感じた。


「悪い予兆でなければいいが」


 葉巻を灰皿に押し付け、外の空気を入れようと自室の窓を開ける。窓の向こうには、夕焼けに赤く染まる帝都パロルンドの姿が広がっていた。


 


 1935年3月上旬、新海道黎明島の敷島鎮守府から出撃する艦隊の姿があった、いずれの艦にも16条の光線を象った旭日旗が掲揚され、大日本帝国海軍の艦艇とわかる。


 小型ながらその背に戦艦をも葬り去れる大口径魚雷を搭載した駆逐艦。それらを束ねる軽巡洋艦。スマートな艦型ながら、強力な砲雷装を誇る重巡洋艦。大口径砲を搭載し、重装甲に身を固めた海軍の力の象徴たる戦艦。そして、平らな甲板と右舷側に申し訳程度の艦橋を保有する新世代の軍艦たる航空母艦である。


 航空母艦「土佐」、軽空母「龍驤」、戦艦「霧島」、重巡「妙高」「那智」、軽巡「川内」、特型を含む駆逐艦12隻からなるイルジニア方面艦隊の雄姿である。


 これらの艦艇はいずれも、これまで新海道に派遣されていた派遣艦隊ではなく、今回の作戦のために新たに編成、派遣された言わば増強艦隊であった。そしてその特異な点は、航空母艦中心の編成となっていることであった。


 第一次大戦で大活躍した航空機ではあったが、現在に至るまで複葉帆布張りの機体が中心であり、海上戦力としては艦隊の制空権確保と偵察、弾着観測が主任務であり、敵への攻撃はその低性能とあいまって十分に発揮できるものではなかった。


 しかし今回、沿岸部より内陸への敵を攻撃する必要性から、また敵に翼竜ワイバーンという航空兵器があることから、航空機を打撃戦力の中心に据えた作戦が実行されることとなった。


 そしてこの作戦のために、空母を保有する日米艦隊が共同で作戦を実施することとなった。イルジニア方面艦隊も、この後春日港を出港する米艦隊と合流する予定であった。


「まさかこんな形で実戦を迎えるとはな。できれば戦艦同士の砲撃戦をやりたかったが」


 航空母艦「土佐」の艦橋で独り言ちるのは、今回イルジニア方面艦隊司令長官となった桜井望和中将であった。


 彼は海兵30期出身で、日露戦争にも従軍している実戦経験者だ。専攻はその時代の海軍士官らしく砲術である。なので彼としては、戦艦に乗り込んで戦艦同士の砲撃戦をやることが本望であった。


 しかし今回の作戦では航空機が重要視され、空母機動艦隊の指揮官となった。


「全くです。我々はアメリカの太平洋艦隊と戦うために猛訓練を行ってきました。それなのに、敵は異世界の魔法を使う連中というじゃないですか。空想科学小説でもこんな筋書きありますまい」


 艦隊参謀長である都築春雄大佐の言葉に、桜井は苦笑いして続ける。海兵35期出身であるが、彼にも航空関係のポストの経験はなく、専攻は水雷であった。


「それもあるが、さらに今回共同するのは米空母の「レキシントン」と来たものだ。本来であれば最大のライバルの筈なのに、こんな形で手を取り合うとは」


 桜井の言葉の背景には、この「土佐」と米空母「レキシントン」の奇妙な縁があった。


「土佐」は元々、「加賀」型戦艦2番艦として、最新鋭の戦艦8隻、巡洋戦艦8隻からなる八八艦隊計画艦の一翼を担う筈であった。


 しかしこの大軍備増強計画は、アメリカの提唱で開かれたワシントン軍縮条約によって挫折する。列強の一員として日本は軍縮条約のテーブルに着かざるを得なかったからだ。そしてこの会議で中心的な議題となった軍縮というのは、日本の八八艦隊をはじめとして、各国海軍が進めていた海軍軍備の増強を止めることを意味していた。


 そして日本はこの会議で主力艦、つまりは戦艦の保有比率を米英の5に対して、3にするよう強く要求された。もしこの案が通っていれば、その頃ようやく艦体が完成しつつあった「土佐」どころか、完成直前の「陸奥」ですら廃艦の憂き目に遭っただろう。


 もちろん日本側は強く反発し、条約を呑ませようとするアメリカと激しい議論が続いた。日本側としては対米7割以上の戦力(つまり3.5以上)を保持しないと国防が成り立たない、加えて異世界側の新海道に防衛戦力を置く関係上(その戦力が帰還不能となる可能性がある)少なくとも4の戦力保有を主張した。


 結局、これに関してはイギリス側が日本の持ち分を4にするよう米に仲介して妥結することとなった。ただし、付帯条項として日本海軍は最低でも戦艦2隻を、新海道側に常駐させることとした。


 またこの会議中に建造中の戦艦の廃棄も求められたが、日本側が既に建造の進んでいた「陸奥」「赤城」「天城」保有の代償に、米英にも40cm砲搭載戦艦の建造を認める条項も盛り込まれた。この結果米海軍は「コロラド」、「ウェスト・バージニア」、「ネブラスカ」、「サウスカロライナ」(いずれも「メリーランド」級)英は「ロドニー」「ネルソン」「フランシス・ドレイク」の40cm砲戦艦の新規建造が認められた。


 そして、特例として建造中戦艦の一部空母化転用も認められ、日本は「加賀」「土佐」、米は「レキシントン」「サラトガ」、英は「グローリアス」「カレイジャス」「フューリアス」の空母化が認められた。


 つまり、「土佐」と「レキシントン」は同じ軍縮会議でともに戦艦(「レキシントン」は巡洋戦艦)から空母となったのである。しかも、両海軍にとって初めての大型空母であった。


「土佐」は当初、三段飛行甲板を備えた多段空母となる予定であった。しかし建造中の1923年に関東大震災が発生し、その際に横須賀で建造中の巡洋戦艦「天城」が被災。幸い復旧可能であったが、震災復興と「天城」の修理費に予算が取られたため、建造スピードが一時ペースダウンした。そのため、完成は1931年(昭和6年)と大幅にずれ込んでしまった。


 しかしこの間に、多段空母の設計に関しての見直しが行われ、それにより多くの不具合が出ることが予想されることとなったため、「レキシントン」と同じ1段飛行甲板の近代的な空母として当初から竣工した。


 英海軍が多段空母の運用難に時間を取られ、また独伊仏はそれぞれの事情から大型空母の建造に着手できない中で、この日米の4空母は本格的な近代空母として世界の耳目を集めつつ、太平洋を挟んだライバルとして存在した。


 そのライバルが、今回は味方として同じ作戦に参加するのである。大いなる皮肉と言えよう。


「世の中ままならんもんだ。まあそれでも、仕事がもらえただけありがたいとしよう」


「全くです」


 陸軍に比べれば優遇されているとはいえ、海軍もやはり平時は人事的にも予算的にも厳しい。エリートである海兵出の士官であっても、決して安穏とはできず、佐官くらいまでは昇進できるが、その後は予備役編入と言う名の首切りにいつあうかわからない。


 桜井も都築も、定年を待たずに予備役編入になった同期生を見ている。だから、今回このような形とはいえ艦隊司令官と参謀長と言うポストを与えられたことは、幸運であり栄誉あることであった。


「相手が何であれ、帝国に仇なすものを撃ち払うのみだ」


 桜井は目の前に広がる異世界の海を眺めつつ、作戦成功に向けての自信をにじませた。


 

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