戦訓会議 ③
最後に会議で話題となったのが、今後の戦略に関してであった。
「敵が直接このガランガンを衝こうとした以上、再び同じ手に出る可能性は十分ある。我々はそれを牽制するためにも、早期になんらかの攻勢を行うのが望ましい」
この今後の戦略に関しては、すでにショーンらが黎明島である程度詰めていた話だ。しかし、初耳のイルジニア駐留部隊の指揮官たちは顔を見合わせた。
本来であれば、異世界派遣連合軍は戦力を集結させつつ、イルジニアにおける拠点やインフラの建設を進め、それらが揃った段階で大陸における反攻を行う筈であった。
ところが、敵軍の予想外に早い首都攻撃を受けて、そんな悠長なことはしていられない事態となった。
捕虜の尋問が充分ではないため、まだまだ敵に関して得られていない情報も多いが、今回の攻勢から少なくとも敵軍は転移魔法と言う、地球側から見れば反則とも言うべき技で、容易にイルジニア首都を攻撃できることを立証した。
今回出現した敵の半分以上を撃破したため、そうすぐに攻勢を掛けるとは考えにくいことであったが、今回の攻撃が意表を衝いたものであった以上、いつ行われてもおかしくない。
「L作戦が失敗に終わり、さらに潜水艦による調査も滞っている現在、最大の効果が見込めるのは、直接敵の前線部隊を叩くことである」
攻めてきた敵を叩くのではなく、こちらから敵を叩けば相手に与える心理的効果は大きいし、味方の士気上げにも効果を発揮するのは、誰もが理解するところである。ただし、それが現実的であるかは別問題だ。
バルダグ王国南西部沿岸への艦砲射撃を行ったL作戦は、その後同国に格別の動きがなく、今回得られた捕虜の情報からも効果を発揮したとは思われず、失敗と判断された。
また以前潜水艦により工作員を派遣するという案が出たが、工作員の養成が進んでいないことに加えて、モラドア・バルダグ沿岸部派遣も、この世界に大海獣がいる可能性が判明して以降は頓挫していた。
そして先述したように、イルジニアに駐留する部隊は、イルジニア国内における移動にすら事欠く有様で、現在の最前線へ向かい攻勢に出るなど不可能であった。
つまり、敵に対する積極的な手段に行き詰っているのが現状であった。それなのに、総司令官のショーンは積極攻勢を口にする。
だから当たり前ながら、イルジニア駐留部隊の中から質問が出る。船山が手を挙げた。
「一体どのようにしてそんなことを行うのですか?まさか艦隊を白昼堂々、敵地に突っ込ませるのですか?」
現在(1935年1月上旬)の最前線は、イルジニア大陸の南北の中間線から500km程南側に食い込んだ線である。
ちなみにイルジニア大陸の南北の長さは約7500kmで、臨時首都ガランガンは位置的に赤道に近い。しかしながら、この惑星は地球とは大幅に気象や海流が違うらしく、赤道直下と言ってもそれほど熱くない。それどころか、その他の地域でも北上しようが南下しようが、地球の気候条件が全く当てはまらない所ばかりである。
無茶苦茶な話ではあるが、現実がそうであるため地球から研究に来る気象や地理関係の学者たちは、皆頭を悩ませている。
それはともかくとして、現状味方の基地から前線が離れている以上、攻撃手段は敵地まで移動できる艦隊が主となるのは、船山ならずとも誰もが考えることであった。しかし、夜間砲撃を行ったL作戦が失敗となると、敵に対する示威行為と言う意味からも、白昼に攻撃するのがベストである。だがそれは敵に自分たちの存在を暴露するので、反撃される可能性も高まる。
現在確認されているモラドアやバルダグの水上艦船は、いずれも地球の基準で見れば150年以上前の戦列艦に近いレベルだ。魔法で強化されているものの、近代海軍の敵ではない。
しかし敵には翼竜などの航空戦力があり、なおかつ現在の所未確認だが大海獣を戦力としている可能性もある。もちろん、未だにその全容が明らかになっていない魔法も脅威だ。だから艦隊を突っ込ませることは、リスクがあることであった。
「さすがにそんなことしないよ。それに戦艦の艦砲は射程がせいぜい20kmだ。沿岸部にしか攻撃できない」
「では、もしかして空母による空襲ですか!?」
「そうだ。空母艦載機による空襲を仕掛ける」
中根航空隊司令が言うと、須田が頷く。そして再び場がざわめく。
この時代航空機の進歩は著しい。今回のエスタル会戦でも航空隊が大活躍した。一方で、まだまだ軽んじる空気も大きかった。飛行機自体が発明されて30年ほどしか経過しておらず、第一次大戦においては活躍したものの、それはあくまで内陸部での戦いだ。
空母艦載機も航空機の進歩とともに発達しているが、前大戦では航空母艦自体が誕生しておらず、その実力は未知数であった。艦隊の防空と偵察だけに使うものと考える人間も多い。
それを今回、派遣軍総司令部は敵最前線への攻撃に使う。しかも敵が翼竜などの航空戦力を保有している点を考えると、相当な機数を投入することになるだろう。
「既に艦隊の編成は始まっている。我が国からは空母「土佐」と「龍驤」が、米海軍からは空母「レキシントン」が参加する」
「となれば、100機近い艦載機による空襲ですか!?」
それは前代未聞のことであった。
「そういうことになるね」
「して攻撃予定地点は?」
「現在選定中だが、イルジニア大陸西岸の敵拠点、もしくは艦隊などが目標となるだろう」
須田の言葉を引き継ぐように、ショーンが口を開く。
「諸君。現在まで我々は敵にイニシアチブを取られっぱなしだが、この作戦をもって本格的な反撃開始となる。より一層、気を引き締めて職務に邁進してもらいたい」
その後、いくつか細かい報告や打ち合わせを行った後、ショーンら連合派遣軍司令部一行は、ガランガンの臨時大統領官邸や各臨時大使館などを訪問。最後に現在駐屯する部隊への視察を行った後、黎明島へと帰って行った。
戦訓会議の後、イルジニア駐留部隊は陸路からの反撃を行うための準備を、少しずつではあるが前進させた。特に重視されたのが、交通インフラの整備だ。
これはエスタル会戦の前から既に進められていたが、ショーンの訪問後イルジニア政府の許可と協力を本格的に取り付け、作業が加速した。それとともに、新海道を経由して増援の工兵部隊や、軍属として民間の技術者や労働者が続々と送り込まれ始めた。
最初に行われたのが、ヴァル河の河口ナトミの港湾施設拡充であった。このナトミはガランガンから70km下流にあり、水深を十分に有したラク湾に面した小さな港町であった。
ガランガンまでの物資輸送はこれまで、ヴァル河の水深の問題から浅喫水の船以外遡上できず、やむなくナトミで大発などの舟艇や、艀に載せ替えて運んでいた。もちろん、これでは効率は悪いし輸送総量に限度が掛かる。
そこで、まずナトミの港に大型船でも入れる桟橋と揚陸施設が建設された。この作業は急ピッチで行われ、工事開始後2か月余りの3月中旬には、最初の貨物船が横付けした。
これと並行する形で、ナトミからガランガンまでの鉄道路線の敷設と、道路整備が行われた。
鉄道は以前もナトミ手前まで、イルジニア連邦鉄道が走っていたが、これを拡張する形でナトミの港まで延伸された。具体的には軌間をイルジニアの標準ゲージの998mmから、1067mmに拡幅。交換設備やホーム、荷下ろしなどの駅設備の強化、信号設備の整備が急ピッチでガランガン側とナトミ側から行われた。
作業には日本陸軍の鉄道連隊、鉄道省、新海道庁鉄道局、台湾総督府交通局鉄道部の技術者に民間派遣の技師や労働者、さらにはイルジニア連邦鉄道の関係者が作業に当たった。もちろん、作業の警備作業などに通常の歩兵部隊やイルジニア軍部隊も出動している。
ちなみに、この鉄道強化に当たってはアメリカやイギリス、さらには鉄道省の一部サイドなどからは、欧米標準の1435mmへの改軌とそれに合わせた設備強化が強く進言された。
これには欧米各国の車両などを導入するのに有利である上に、当たり前のことだが線路の幅が広い方がより大量かつ大型の物資を輸送可能という理由も大きかった。
しかし、998mmから1067mmへの改軌と設備強化に比べると、1435mm案は割高かつ軌道の強化や各種設備の拡張に関する工期が長引く上に、さらに当のイルジニアが自国に不相応な過剰設備として難色を示した。
加えて、1067mmの場合なら機関車、客車、貨車ともに黎明島にある新海道庁鉄道の工場でも製造しており、そうでなくても比較的距離が近い日本本土からも取り寄せられた。
1435mmの場合日本国内や新海道の工場でも製造できなくはないが、大量製造には時間が掛かる。また欧米各国からの取り寄せの場合は船便になるため、これまた時間が掛かる。
結局、今は短時間である程度の物が求められたため、1067mm案での工事が進められた。
なおこの工事、ガランガンからナトミまでの70kmを一気に開通させるのではなく、拡幅と設備強化が終わった区間から順次開通させて、資材の搬入や作業員の移動を行うというのを繰り返す方式をとった。
全線が比較的平坦で、しかもトンネルや橋梁の数も然程多くないなどの条件にも助けられ、2月上旬から始まった第一期工事は1か月で終了。3月3日から全線で運行を開始した。
日本から持ち込まれた9600型蒸気機関車が、軍需物資や兵士を満載した貨車や客車を牽引して、日に何本もこの区間を走り始めた。運行を担当したのは、鉄道省や道庁鉄道から派出された機関士や鉄道関係者であったが、同時にイルジニア連邦鉄道関係者への教育も進められ、後に鉄道が民用移管されると、彼らがその運行に関わることとなる。
またこれで工事は終わりではなく、これに引き続いて駅の拡張や操車場、車両基地の設置、引き込み線の敷設を行いつつ、ガランガンから北へ、つまりは最前線に向けての路線の整備も進められていくこととなる。
御意見・御感想よろしくお願いします。




