戦訓会議 ①
1935年(昭和10年)1月、年が明けて間もない頃、イルジニア連邦臨時首都ガランガン近郊に設けられた日米軍駐屯地に、これまで黎明島で指揮を執っていたショーン米陸軍大将以下、異世界派遣連合軍の主だった幹部たちが集まっていた。
彼らが遥々、いまだ受け入れ準備の整わないイルジニアにまで前進した訳。それは先月行われたエスタル会戦の戦訓分析のためであった。
異世界派遣連合軍としては、想定外の戦闘となってしまったが、幸いなことに敵軍を撃退して勝利するとともに、多くの戦訓や捕虜、敵の装備を鹵獲し、これまで謎の多かったバルダグ・モラドア連合軍に関する情報を入手することができた。
と言っても戦闘の後始末や、万が一の敵の再攻撃に備えての臨戦態勢継続、さらには後続部隊の受け入れ準備の続行などが重なり、ようやく今日になって会議が開催できた。
「この度の戦闘では、我が方にも損害が発生しましたが、来襲した敵軍5000の内少なくとも3000以上を撃破、もしくは捕虜にするとともにガランガン防衛に成功しました。それとともに、これまで不明だったモラドア・バルダグ両軍の情報を数多く得ることが出来ました」
今回の戦闘の指揮を執った船山大佐が発言する。
「まず皆様が一番気にされている敵軍の使う魔法ですが、戦場において我が軍の将兵がそれらしきものを確認しております。お手元の資料に簡単にそれらについてまとめましたので、御確認ください」
参加者たちは、今回の戦闘に参加した日米軍が制作した資料に目を通す。そこには、瞬時にその場から他の場所へ、それも複数人同時に移動する魔法や、火の玉を出す魔法、風を刃のようにして打ち出す魔法や、物体を爆発させてしまう魔法などの存在と、それらの破壊力や射程について記されていた。
「ほう。威力はバカに出来んようだが、射程は短めのようだな。これならこちらが機関銃や迫撃砲、野砲などで武装すれば一方的に攻撃できるというわけか」
ショーンが着目したのは、攻撃系魔法の射程の短さだった。攻撃系の魔法の威力は、使う魔術師のレベルによってわかれるが、少なくとも人を殺傷できるレベルであり、中には野砲や迫撃砲弾程度の爆発魔法も確認されていた。人が起こす力としては、なかなかのものだ。
「実際、捕らえた捕虜の多くが我が軍が使用した火器の射程の長さに驚いていました。連中が利用するのはマスケットや単発ライフル程度で、大砲は旧式の前装砲だそうですから、次元が違います。ただし、魔法に関しては注意するべき報告もあります。航空隊よりの報告なのですが、火の玉が追いかけてきたと」
アメリカ軍部隊を指揮したクーパーがある点を指摘する。
「火の玉が追いかけてきた?どういうことかね?」
船山に代わり、航空隊副司令の西城中佐がショーンに説明する。
「残念ながら、それを発射した魔術師自身を捕らえたわけではないので推論も混じりますが、どうやら魔術師が発射した火の玉を誘導し、戦闘機にぶつけようとしたようです。火の玉がまるで目が付いているように戦闘機を追いかけたのを、パイロットも地上の兵士の多くも目撃しています」
「つまり、一種の誘導兵器と言うわけか?」
「そういうことになります」
これには場がざわめく。確かに地球にも有線や無線によって兵器を誘導するという考えはある。例えばワシントン軍縮条約で標的艦となった戦艦「摂津」には、標的となる際に使用するため、無線による誘導装置が設置されていた。
ただし、こうした誘導兵器はまだまだ研究段階であり、実用化はまだ先である。それなのに、異世界人は魔法と言う科学とは違う理論でそれを可能としているのは、大きな脅威であった。
「今回の場合、どうやら火の玉を誘導していた魔術師が誘導できない状況に置かれたか、もしくは視界から見失うなどしたために途中で落ちたようです」
「だがもし敵が最後まで誘導していれば、その戦闘機は落とされていたということだろ?」
「その可能性は大です。現に魔法と思われる攻撃で撃ち落とされた機体はありますので」
西城の言葉がトーンダウンする。少数とは言え、犠牲を出してしまったことは、やはり心苦しいものがあるのだろう。ましてや、魔法などと言う訳のわからないものに。
「そうなると、やはり魔法対策は必須と言うこととなるな」
「全くですな。今回の戦闘ではなかったようですが、童話に出てくるようなトンデモナイ魔法でも使われたらたまりません」
ドイツ軍代表のパウル中将が口にする。現在ドイツ軍も有力な陸海空軍部隊の派遣準備を進めているが、その部隊が敵の反則技で喪われるような事態は、彼ならずともごめんであろう。
これまでも敵が魔法を使うことは、以前から派遣軍内部でも認識されていたことだが、その魔法がどのような物であるかなど、詳細は掴めていなかった。イルジニアから提供された情報もあったが、それらは量も質も十分な物ではなく、対策を練れるほどのものではなかった。
「この会議に先立って、イルジニア側の関係者ともその件について話す機会がありましたが、彼ら自身もモラドアならびにバルダグが使用する魔法に関しては、知らないことも多いとのことです。今回の戦闘で得られた情報を提供したところ、有意義だと感謝されたくらいです。しかしながら、魔法に関しては彼らの方が先輩です。早急に彼らと魔法に関する共同研究の体制を構築するべきかと思います。これに関してはイルジニア側とも一致している意見です」
クーパーがイルジニアとの共同研究体制の構築を口にする。そして彼が視線を向けたイルジニア軍の連絡士官であるガン・イルレ少佐も頷く。
「イルレ少佐だったね。我々は黎明島のナガ准将からも君たちの使う魔法と敵の魔法とは違うものと聞いているが、それ程までに差があるのかね?」
「その通りです閣下。我々エルフが使う魔法は基本的に治癒系の魔法です。つまりは傷や病気を治したりする魔法です。ですので、攻撃魔法は使えません。これはモラドアやバルダグの劣等・・・失礼。モラドア人やバルダグ人、そして我々エルフとは使える魔法がそもそも種族毎に違うからです。モラドア人は攻撃系の魔法を、バルダグ人は転移系の魔法を得意とする民族なのです。そしてこれまではそれぞれが自分の得意とする魔法を極めていました。しかしながら、この戦争で状況が大きく変わったのです。モラドアとバルダグは手を組み、お互いの魔法技術を融通したようなのです」
「それが昨年の黎明島への空襲であり、今回の奇襲でもあったということかね?」
「そういうことです」
「そうなると、逆に言えばイルジニアの魔法使いも敵と同じ魔法を使えるようになれるということなのかね?」
パウルが指摘すると。
「できないことはないでしょうが、そもそもこれまで使用してきた魔法が敵の物と根本的に違う以上、我々が使いこなすためにはそれ相応の時間と研究が必要です」
「イルジニアはそうした研究をしなかったのかね?・・・ああ、もし機密事項であるなら答えなくてもいいが」
ショーンが気遣いを見せるが、イルレは自嘲気味に返す。
「いいえ、もう隠し立てする必要はないので。もちろん、我が国でもその研究を提唱した研究者は、魔法研究の中心たる連邦魔法研究所にいました。しかしながら、あくまで少数意見で顧みられることはなく、そうしている間に首都も陥落し、魔法研究所も研究者もバラバラに・・・」
それ以上は言わなくても参加者たちは察することができた。イルジニアは既に国土の半分以上を喪失している。首都も陥落しており、現在このガランガンが臨時首都となっているが、これまでの戦争で軍も行政機能も大打撃を被ったのは想像に難くない。そんな状況で、まともに研究など続けられる筈がない。
「現在魔法研究所は、残存している研究者に高等学院の教授や学生を動員して再編成に努めております。そこで異世界の皆様には、是非とも彼らとともに敵の魔法研究をお願いしたいのです。これは連邦大統領も既に内諾済みのことです」
彼の言葉に、黎明島からやってきたショーンらは内心驚いた。連邦大統領、つまりはイルジニアのトップも既に許可済みと言うことになる。
ちなみにショーンは、この会議後に臨時連邦大統領府を訪問することになっている。イレルがこの会議で言及したということは、その訪問時に回答を寄越すことを期待しているのかもしれない。
「その件については了解したが、私はあくまで派遣軍の総司令官だ。その裁量内での決定は出来るが、国家間を跨いだ共同研究体制となると、さすがに我々の政府や軍上層部の許可がいる。なので即答は出来ない」
ちなみに異世界派遣連合軍司令官の裁量はそれなりに大きい。というのも、そもそも本国とは別世界であるがゆえに、許可を求めるのに時間が掛かる。また場合によってはそれぞれの世界が切り離される懸念もある。そのため事後に精査されるものの、ショーンは独断で様々なことを行い得た。
今回の件でも、現地部隊での情報の融通や共同での調査くらいならショーンの裁量内である。
とは言え、魔法に関しては地球各国にとっても重大な関心事であるし、その研究となれば軍内部のみならず、民間の研究者なども動員する必要があるだろうから、やはり政府や軍上層部に諮らなければならない。さすがにこれは一司令官では決められない。
「だが私としては前向きに取り組むべきことと思うので、軍や各国政府上層部に取り計らうことは約束する。後ほどそちらの大統領閣下にもそう伝えよう」
「感謝いたします」
イレルはとりあえず、ショーンが前向きな言葉を口にしたので、満足気であった。
この魔法研究に関しては、後にイルジニア南部のソラトンにて再建される連邦魔法研究所や、捕虜収容所が建設される黎明島にて各国合同で行われることとなる。そしてそこで行われた研究や、輩出した人材は後々戦争に影響を与えることとなる。
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