要塞跡
「これは・・・」
「ヒドイ!」
バルダグ王国伯爵ギラナ・ヒクネとその娘のリアは、目の前に広がる惨状に言葉を喪った。レンガで造られなおかつ魔法によって強化されて頑丈であるはずの要塞が、見るも無残な姿になっていた。建物はほぼ原形を留めず、ここに要塞があったことを示すのは、わずかに残る壁や基礎の跡だけだ。あとは周囲一面崩れたレンガや、焼け焦げた残骸、そして何かに抉られたような穴ぼこだらけである。
ここはバルダグ王国南西部にあるリューラン要塞である。この要塞は近くにあった軍港と合わせて、ラコール海南部の海防を掌る拠点の一つであった。
しかしながら、それはもはや過去形であった。ヒクネ親娘たちの前にあるのは、要塞だった廃墟だけである。
「これでも片づけて大分マシになった方です。やられた直後なんか、そりゃあヒドイもんでした」
2人を案内する南部訛りの強い士官が、忌々し気に言う。
「要塞を根こそぎ破壊するとは。一体敵は何だと言うんだね?」
ギラナは直接戦場と言うものを見たことはないが、戦場の跡だったという場所なら見たことはあるし、友人の将軍や魔術師から戦場の話を聞いたこともある。その体験から照らしても、この場所の状況は異常だった。
通常ならばどんなに激しい戦いでも、もっと建物の残骸が残るものである。ここまで徹底した破壊など聞いたことがない。
がけ崩れや水害で根こそぎという状況に似てなくもないが、それだと焼け焦げた跡や穴ぼこの説明がつかなかった。
これほどの破壊を振りまいた犯人の正体を、ギラナは知りたかった。しかし、士官の口からは期待に反する答えが返ってきた。
「それが皆目見当がつかんのですよ伯爵様。何しろ、生存者がほとんどいなくて。生き残りも、わけのわからんうわ言を繰り返すだけで、とてもまともに話を聞けんのですわ」
「港の方もかね?」
「軍港の方も似たようなもんですね。埠頭も倉庫も繋がれていた船も全滅です。もちろん、兵舎もです」
「要塞がやられたとしか聞いてなかったが、まさか文字通りの全滅とはな」
王都からはるかに離れた辺境にあるせいか、この要塞がやられたことはほとんど話題にならなかったが、実際に現場を見てみると、尋常ではない事態が起きたのは一目瞭然であった。
「お父様、これは本当に敵の攻撃なのでしょうか?これだけの破壊をできる魔法や武器なんて聞いたことありません」
そう言うリアの表情は、恐怖に歪んでいた。若く戦場などと言う場所とは縁遠い世界に住んでいた彼女には、この圧倒的な破壊の光景は衝撃であった。
「いや、何がしかの攻撃には違いないだろう。ここだけなら事故も疑えるが、同じ時間にプーラトの砦も壊滅したとなれば、人為的な何かを疑うしかない」
リアの言葉に、ギラナはそう答える。
プーラトはリューランより規模の小さい砦ではあるが、灯台を有してバルダグ南西部の海防を掌る基地の一つである。リューランからは、北100kmの位置にあった。そちらも全滅したと、ギラナは聞いていた。
今回2人は、そのリューランとプーラトを治める貴族に依頼し、その視察をしていた。最初は色よい返事が来なかったが、最終的に伯爵と言う彼らより上の爵位で押し通していた。
そして実現した視察で見せつけられたのが、目の前のありえない光景だった。ギラナは来る前から今回の件がどうにも気になっていたが、実際に現場を見て、ただならぬ事態が起き始めているのを認めずにはいられなかった。
「一体どんな攻撃を受ければこうなる?君、襲撃者の姿を見た者はいないのかね?」
要塞そのものに生存者がいなくても、これだけの破壊が起きたとなれば、周囲の住民らが何がしか気づいてないはずがない。
すると、士官は少しばかりバツの悪い顔をして答える。
「います。この近くの漁民や港町の住人です。ただ、自分としてはその話がどうにも信じられなくて。お嬢さんの言う通り、何かの災害だっていう方がしっくりきます」
「早々と決めつけるのは関心せんぞ。だったらその住人たちに会わせてくれ」
「はあ。ですが、平民でしかも農民や漁民たちですよ」
貴族制度のあるバルダグでは、爵位のない平民がいる。その中で、平民や漁民は泥だらけであったり、魚のにおいが強かったりで、高位の貴族の中にはそうした人々との交流を露骨に嫌う者もいた。
士官はそのことを気にしたらしいが、ギラナの方は全く気にしていなかった。
「構わん。情報を持っているなら悪魔とでも会うさ。連れて行ってくれたまえ」
「わかりました。そこまで言われるなら、町の方まで御案内いたします」
「頼む。行くぞ、リア」
「はい。お父様」
士官の案内を受けて、ヒクネ親娘はその場を足早に立ち去る。
そこから少し離れた場所では、復旧作業に駆り出された労働者たちが、後片付けをしていた。
「これどかすぞ!」
「はいよ」
近くの農村などから連れてこられた男たちが、道具を使い、あるいは素手で瓦礫を片づけたり、穴の埋め戻しをやっていた。
「たく、後何日掛かるのかね?」
「早く家に戻りたいよ。親父や妻だけじゃ畑も牛の世話もキッツいからな」
動員された男たちは、普段の仕事や家のことを心配し、ぶつくさと文句を言う。貴族に聞かれれば厄介だが、その貴族の目がないせいか小声とは言え、言いたい放題だ。
「コラッ!文句言ってないで手を動かせ!」
それを見つけた監督役の男がどなる。彼は貴族ではなかったが、仕事の遅れは看過できなかった。
「「へい!」」
怒られた男たちは、おしゃべりを止めて手を動かす。
「よっと!」
一人の男が、穴を埋め戻すためにシャベルを地面に入れた。
その時であった。
カチン!
「!?」
シャベルの先が何かに当たったと思った刹那、男の意識は刈り取られた。
周囲に爆音が轟き、爆風が周囲の物を薙ぎ払う。
「キャアアア!?」
「何事だ!?」
ヒクネ親娘の背後で突如として起きた爆発音。リアは悲鳴を上げて座り込み、ギラナは慌てて振り返る。そしてそこにあったのは、先ほどまでいた要塞跡地から盛大に吹き上げる煙であった。
「爆発だ!」
「急げ!」
近くにいた別の作業をしていた男たちが走っていこうとする。だがそれを、ヒクネ親娘を案内していた士官が制止した。
「バカ止めろ!敵の攻撃だったらどうする!?伯爵、自分が見て参りますわ」
「うむ、よろしく頼む」
士官は颯爽と走り出し、いまだもうもうと煙が上がる爆発現場へと突入していった。
そして数分後、少しばかり薄汚れた彼が戻ってきた。
「伯爵、何かが爆発したのは間違いありませんぜ。あの場にいた全員吹き飛ばされて、死んでました」
「そ、そんな!?」
リアが顔を蒼くして両手で口を押える。なにせ先ほどまで自分の近くで作業をしていた男たちが全員死んだ。さらに言えば、一歩間違えれば自分たちも爆発に巻き込まれていた。紙一重で分かれた残酷な運命を見せつけられ、暗澹たる気持ちにならない方がおかしかった。
一方ギラナの方は冷静に士官に尋ねる。
「原因はなんだ?あれほどの爆発、簡単に起こせるものでもない。弾薬庫の爆発か?或いは魔法攻撃か?」
「魔法ではありませんな。魔法を使った痕跡はなかったので。おそらく爆弾か何かでしょう。焼け焦げた臭い匂いが一面に漂ってましたから。しかし」
士官はそこで言いよどむ。
「しかしなんだね?」
「この要塞の弾薬庫は、既に吹っ飛んでいました。だから、ありえません」
「爆発物を仕掛けられたとかは?例えば我々を狙って」
ギラナは広大な領地を持つバルダグでも有数の貴族の一人だ。その親娘の命となれば狙う輩がいてもおかしくない。今回護衛として自分の兵隊を連れて来てはいるが、城の周囲はこの地の兵隊が守っていたので中にまでは連れてこなかった。
そこを衝いたのではないかと彼は疑った。しかし士官は怪訝な表情で答える。
「ありえなくはないですが、あそこに爆弾を仕掛ければすぐにわかります」
彼らの知る爆弾の構造と言えば、火薬に火をつけて爆発するという初歩的なものだ。先ほどの爆発の威力を出す爆弾を仕掛けたとなれば、すぐにわかる。
「魔法による時限装置・・・」
と言いかけて、ギラナはありえないことにすぐに気づいた。魔法を、正確には魔法具を使えば、より高度な爆弾を作れる。地球人の言うところの時限装置や信管に近いものを作れなくはない。
しかしながら、それらを作ろうと思えば魔術師の中でも魔法具作りに才能のある高度な魔術師が必要となり、さらに費用だってバカにならない。
そして、何より魔力を封じ込めた魔法具を使えば、周囲には魔法を使った痕跡が残る。魔法を使える人間ならそれはすぐにわかる。
「そうか・・・」
先ほど士官は、魔法を使った痕跡はないと言った。
強力な魔法や、魔力を封じこめた魔法具を使用した場合、その使った場所には魔力の拡散と残留と言う形で魔法を使った痕跡が残り、その探知は初歩的な魔法しか使えない者でも使えるような、簡単な魔法ですぐにできる。
あまりにも単純なことで、要塞の尋常ではない破壊のされ方に気を取られて思い至らなかったが、ギラナは自分でも魔力を探知する魔法をやってみる。
だが、周囲から不自然な魔力は感じ取れなかった。
「爆発現場どころか、この要塞自体に魔法を使った痕跡はないわけか」
つまりそれは、今回の爆発どころかこの要塞破壊すら魔法を使った何かではないことを意味していた。
「君、ここの後始末をよろしく頼む」
「はい。伯爵様はどちらへ?」
「街へ行って、その目撃者とやらの話を聞いてくる」
ギラナは街の方を見据える。そこには、このリューラン要塞を破壊した輩の正体を知っている者がいるはずだ。
「ですが、案内がおりませんよ」
自分が作業に入れば、伯爵を案内する者がいなくなる。だから士官が止めようとするが。
「なあに。それくらい自分で探すよ。リア来なさい。魔法を使う」
「え!?お父様!」
「今は一秒でも時間が惜しい。ほら、行くぞ」
ギラナは問答無用でリアの腕を使うと、転移の魔法を唱えて掻き消えてしまった。
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