エスタル会戦 ⑤
「全軍撤退!全軍ただちに出撃地点に転移せよ!」
空中から敵の竜が襲ってくる中、伝令が大声で叫びながら走ってくる。その姿を見て、モラドア軍少尉イアチ・ナイレは来るべきものが来たと思った。
謎の敵に後方を襲われ、その敵と決着をつけられないうちに、味方は突如として来襲した謎の竜に、空からいいように攻撃されてしまっている。そして見たこともない銃らしい武器の攻撃の前に、損害はドンドン積みあがっていった。
もはや指揮系統は滅茶苦茶で、各隊は部隊としての体をなしておらず、バラバラに逃げ回るだけだ。魔術師同士の通信手段である念話も、それぞれがパニックになって行うものだから、無線で言えば混線に近い状態となって用をなしていなかった。
そのため、伝令が走っているが敵の攻撃を受けながらなので彼らも命がけだ。加えて轟音が届く戦場の中であるので、必ずしも命令の伝達が上手くいくとは限らなかった。
イアチの場合、命令を上手く聞き取れた。しかしながら、ではそれが幸運であるかはまだわからなかった。なぜなら。
「撤退命令が出たわ!皆、集まって!」
イアチはあらん限りの声を張り上げて、周囲にいる味方に叫ぶ。すると、パラパラと味方が集まってきた。だがその頭上にも、敵の攻撃が容赦なく加えられる。
「!?」
彼女の方に近寄ってきた下士官が一人、銃弾を受けて体を真っ二つにされて吹き飛ばされた。一目でとても助からないのは明らかだった。
イアチはその光景を振り払い、転移魔法の発動準備に入る。転移する先の場所、そして転移させる味方の姿を思い描きながら、呪文を口にし始める。
獣人であるバルダグから得られた転移魔法技術。戦争が始まる直前に必死になって練習し、使い慣れたそれだが、戦場の混沌の中で彼女自身も自分が大いに焦り、恐怖しているのを感じ取る。
(お、落ち着け私!ここで失敗したら皆死ぬのよ)
失敗しないように、自分自身に言い聞かせながら、呪文を完成に近づけていく。
(あとちょっと!)
あと少しで呪文が完成する。そう彼女が思ったとき。
(!!??)
凄まじい轟音と爆風が轟いたと一瞬感じた後、彼女の意識は真っ暗になった。
「て、敵が消えやがった!」
「あれが魔法ってやつか!」
「アンビリバボー!!」
銃弾を使い切ったのか、次々と翼を翻して飛び去る味方戦闘機。そうして航空攻撃が下火になったのを確認した日米軍は、後退から再度前進へと転換した。
とは言え、彼らのほとんどが徒歩移動。そのため、戦車や装甲牽引車など全体から見れば極一部の部隊が突出する形となったが、彼らは数少ない貴重な目撃者となった。
航空攻撃を散々に受けて大混乱していた敵兵たち。その敵兵が、文字通り魔法でも使っているように消えていく光景を、彼らは目の当たりにすることになった。
聞いてはいたが、あまりにも御伽噺な光景に、皆一瞬固まってしまった。
だが、一人の士官が我に返ると命令した。
「何をしている!まだ敵は残っているぞ!特にあの地竜とか言う化けトカゲは面倒だ!撃て!1匹でも撃ち減らすんだ!」
なんとか敵を射程に収めていた戦車や装甲牽引車が次々と発砲する。これらが搭載しているのは口径が57mmや37mmの戦車砲に、重機関銃、それから一部の装甲牽引車に迫撃砲を搭載しているだけであった。
数にすると10門にも満たないので、もちろん砲撃の密度は低い。それでも、遮蔽物もなく暴露している敵兵にしてみれば当然厄介この上ない。至近弾になれば破片や爆風が襲い掛かってくるのだから。
さらに、モラドア・バルダグ兵にとって悪いことが起きる。
「突撃!」
「侵略者どもを叩き出せ!」
なんと大打撃を被っていた筈のイルジニア軍が突撃してきた。それは先のモラドア・バルダグ連合軍の攻撃をしのぎ切った部隊。地球製兵器で武装している部隊を中心とした残存兵たちであった。
突撃するエルフたち。イルジニア陸軍第156師団143歩兵連隊所属のヤム一等兵もその中にいた。
「うおおお!」
三八式歩兵銃を握りしめ、声を上げながら突き進む。もちろん、ただ突撃するだけでなく、敵を見つければ狙って銃を撃つ。ここまでの戦闘で制服は薄汚れ、彼ら自身も疲労しているにも関わらず、その士気が高いのは一目瞭然だった。
逆に、戦力をすり減らしてついに撤退に追い込まれたモラドア・バルダグ軍の将兵たちは、ただでさえ下降気味だった士気が、迫ってくるイルジニア兵たちの姿を見るや、さらに急降下する。自分たちが押されているというのを、必要以上に強く心に抱いてしまったのである。
さらにまずかったのは、このイルジニアの突撃は味方である日米兵たちの士気も相乗的に上げてしまったことだ。
「やるな!あの耳長ども!」
「こら、仮にも俺たちの教え子にそんなこと言うんじゃない。よーし!連中に負けるな!」
「ゴー!ゴー!」
イルジニア兵の突撃に触発されて、数少ない戦車や装甲車、その車上に乗ってきた歩兵たちが前へ前へと出る。
「は、早く撤退しろ!」
「転移魔法を早く!」
モラドア・バルダグ連合軍の転移魔法は、好きな場所に瞬間移動できる便利な魔法だ。しかしながら、それを行えるのは、ある程度のレベルにある魔術師となる。魔術師と言う人が行うゆえに、機械のように規格化できるものではなかった。
さらに、魔法の発動には呪文を完成させなければならない。もし言い間違えれば最初からやり直しである。しかし戦場で、しかも追い詰められている状況である。焦って呪文を言い間違えるのはいい方で、途中で頭が真っ白になり魔法を使うどころか呪文を忘れてしまう者、魔法は発動したものの発動規模が中途半端で味方を取り残してしまう者などが続発した。
またあと少しで呪文を完成させられるという所で襲撃を受けて戦死する者、捕虜になる不運な者もいた。
モラドア・バルダグ連合軍の秩序は崩壊し、完全に敗走するだけであった。こうして、エスタル会戦の趨勢は明らかなものとなった。
「終わったな」
昼過ぎ、船山は戦闘の終結を宣言した。モラドア・バルダグ連合軍はイルジニア軍に大打撃を与えたものの、その後日米軍を加えた反撃によって大被害を被り撤退した。
戦場から敵の姿が消え、銃声も砲声も完全に鳴りやんだ。そして、敵軍の完全撤退が味方に伝わると、代わりに味方将兵の歓声が上がった。
「勝った勝った!」
「万歳!」
「イヤッホー!」
イルジニア軍の兵士が肩を抱き合って喜び、日本兵が万歳し、アメリカ兵が拳を振り上げる。それぞれが勝利を祝った。
「やれやれ気の早い連中だ」
「まあ、初めての勝利なんだ。大目に見てやろうじゃないか」
船山の肩を、米軍指揮官のクーパーが叩く。
「だがこちらも少なくない犠牲を出した」
「うむ」
奇襲攻撃に近代兵器の使用と航空隊との協同でそれなりに敵を圧倒したとはいえ、無傷と言うわけにはいかなかった。地竜に破壊された戦車1両をはじめ、兵の死傷は3桁のオーダーに行っていることは間違いない。航空隊の被害は不明だが、あちらも無傷ではないだろう。
ただでさえ少ない貴重な戦力を、やむを得ないとはいえ消耗してしまった。
また同盟国たるイルジニア軍は、臨時首都防衛という戦略目標を達したものの、日米軍以上の大打撃を被っていた。日本製の武器を持っていた部隊はまだ良かったが、旧来の装備の部隊は目を覆わんばかりの損害を受けたことは、想像に難くない。
「だが様々な戦訓も得られた。敵の魔法に地竜、それから捕虜もかなりの数を得た。犠牲に見合うだけのものはあったはずだ」
クーパーの言葉は間違っていなかった。これまでこちらは敵のことをあまりに知らなさ過ぎた。漠然としかわからない情報も多かった。
それが今回の戦いで多くの情報を得られた。特に地竜が使い方次第では戦車にも対抗できる威力を持つことは大きな衝撃であった。一方で近代兵器、特に航空機や機関銃などは敵に対して十分以上に通用することも判明したのも大きな収穫である。
「それもそうだな。さてと、戦場と戦闘の後片付けに移るとするか」
戦闘は終了したとはいえ、戦場となった場所には遺棄された敵味方の武器や死体が転がっているし、中には生存者もいるはずだ。武器は破損していても回収する必要があるし、生存者ならば収容して治療しなければならない。死体にしても、味方のものならば回収して適切な処理を施して遺族のもとへ帰す必要がある。敵の者であっても、余裕があるなら丁重に葬らなければならない。
またここはイルジニアという同盟国の国土である。彼らへの申し入れも必要となるだろう。面倒な話だが、そうした根回しをしておかないと後々重大な問題に発生しかねない。
そして戦場以外の後始末もある。今回消費した物資や喪失した装備などについて報告し、その補充を受けなければならない。また戦死者や負傷者に対する必要な手続きも行わなければならない。
(戦いには勝ったが、ここから別の意味での戦だな)
これからやるべき膨大なことを思い浮かべる船山。彼らに休息の時が訪れるまでには、いましばらく時間が必要であった。
こうして、異世界における地球の軍隊が初めて経験した地上戦。後にエスタル会戦と呼ばれる陸戦は終結した。
イルジニア臨時首都ガランガンの攻略を目論んだモラドア・バルダグ連合軍は、イルジニア軍と日米連合軍の反撃の前に戦死者1500、負傷1200、捕虜1100を出して壊滅的な損害を被り、撤退した。
対してイルジニア軍も戦死2200、負傷2000という大損害を受けた。それでも、モラドア・バルダグの侵攻の意図を完全に破砕することに成功。辛うじて臨時首都陥落の悪夢は避けられた。
そしてその大きな力となった日米軍は戦死200、負傷350。戦車1両に航空機7機(事故を含む)等を喪失した。
戦いの規模自体は、小さいというわけでもなかったが、戦争全体から見ればそれほど大規模なものでもなかった。しかしながら、この戦いの意義は大きく、その後のこの世界の流れに大きな影響を与えることとなる。
御意見・御感想よろしくお願いします。




