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偵察

「マツ。すぐに敵地上空よ。気を抜かないでね!」


「はい、軍曹殿」


 二人の女性の会話は、爆音にかき消されて伝声管の中でのみ生きる。


 ガランガン郊外の飛行場を飛び立った日本陸軍の94式偵察機が、4機の護衛戦闘機とともに飛んでいく。


 94式偵察機は採用されて日が経っていない機体で、機体自体は木金混合に帆布張りの堅実な、悪い言い方をすれば古臭い複葉機である。しかしながら実用性は充分であり、偵察だけでなく爆弾架を装備しての爆撃も可能な汎用性を持ち合わせている。


 その94式偵察機の操縦桿を握るのは、大里丈美軍曹。後部偵察員は氏永マツ軍曹。二人とも近年の陸海軍でともにジワジワと増えつつある女性軍人、しかも彼女たちの場合はかなり早い時期に入隊した、いわば女性軍人のパイオニアともいえる存在だ。


 陸軍の女性軍人採用は海軍に遅れること1年後の昭和4年から始まっている。彼女たちはその第一期生で、しかも海軍の予科練と双璧を成す陸軍飛行学校生徒出身である。


 二人とも実戦飛行はこれが初めてであるが、その顔には戦闘への恐怖などは微塵もなく、むしろ自信に満ちた顔をしていた。


(最初の飛行を任されるなんて。本当に幸運。バカにしてきた男どもに私たちの実力を見せつけてやる!)


 丈美は栄誉ある、日本陸海軍航空隊初のイルジニアにおける戦闘行動の搭乗員に選ばれたことに誇りと、絶好の機会を得た喜びに浸っていた。


 女性の社会進出著しく、女性軍人も増えているとはいえ、軍内部ではまだまだ新参者扱いであり、風当たりも強い。丈美もそしてマツも、手を出されることはなかったが、言葉による嘲りは散々に受けている。


 今回の出撃は、それを晴らす絶好のチャンスであった。


「まもなく敵がいるあたりよ、カメラと機銃は用意いい?」


「もちろんです!」


 敵軍はガランガンから50km付近を前進しているはずであった。地上を動くとすればそれなりの距離であるが、高速で飛ぶ飛行機にとっては指呼の距離だ。


 丈美はマツに警戒を促しつつ、自分も周囲の空を見回す。彼女たちの周りには、2機ずつのI16戦闘機とP.24戦闘機が護衛として付いている。護衛戦闘機が付けられたのは、敵部隊に翼竜が付いている可能性があるからだ。94式偵察機の速度では振り切れないと見られている。


 そしてその予想は当たった。2機のI16が加速していく。


「11時方向に敵騎!」


 丈美はI16が機首を向けた先に、2~3騎の騎影を確かに見た。すぐに機体を傾け回避に入る。


「高度落とすわよ!」


 敵は近くにいる。丈美は接近する敵騎を島少尉指揮する護衛戦闘機に任せると、上昇したばかりの機体の高度を落とす。すると。


「やっぱり!」


 地面に蠢く軍勢を見つけた。


「マツ!写真!」


「わかってます!」


 後席のマツがカメラを取り出し、シャッターを切り始める。


 丈美は高速で、敵軍勢の上空を通過させる。事前情報では、対空攻撃可能な魔法の類もあるらしい。しかし、近づけばより精密な写真と情報を持ち帰れる。


 その一瞬、丈美は地面の様子を窺った。高速で飛んでいるために、地上の風景はあっという間に後方に流れていく。それでも、甲冑に身を包んだ敵兵や、巨大なトカゲ、数頭立ての馬車、そして空からでも目立つ服装をした奇怪な人影などが彼女の視界に入った。


 だが次の瞬間には、地上から対空攻撃が始まった。


「わ!?」


 それは彼女が考えている対空砲や対空機銃による攻撃とはかなり違った。おそらく魔法だろう、カラフルな光線や稲妻や火の玉のようなものが撃ち上げられてくる。さらに、銃弾が機体を掠める音も聴こえてきた。


 主翼からは命中したのか、機体の帆布が破れる音が響き、機体そのものを揺さぶる。


 それでも、丈美は必死に操縦桿を握って前だけを見据えて飛ぶ。


 そして1分もしない内に敵の軍勢の上を飛び越えた。


「マツ、大丈夫?」


「な、なんとか」


「じゃあ、帰るわよ。情報を急いで持ち帰らないと」


 丈美は全速力で離脱を図る。護衛戦闘機は無事だったらしく、すぐに彼女たちの後ろから追いかけてきた。


 敵陣に着くまでの時間も短ければ、味方基地に戻るまでの時間も短かった。彼女らを乗せた94式偵察機は、あっという間に滑走路へと滑り込んだ。


「ふう」


「軍曹殿、何か異様に疲れました」


「私もよ」


 着陸し機体を止めた瞬間、緊張が解けた二人は一気に脱力感に包まれた。


 だが戦場で休んでいる暇はない。


「おい!すぐに写真を現像するぞ!それから司令に今見てきたことを報告しろ!」


「「は、はい!」」


 駆け寄ってきた上官に急かされ、二人は力が抜けた体を奮い起こし、カメラを降ろして現像所へ向かう兵士に引き継ぐ。そして自分たちも偵察結果を報告するべく、指揮所へと走った。




「敵軍は事前の連絡通り5000から6000。これに竜騎士が10騎から20騎。それに地竜の存在も確認されています」


 連絡将校としてやってきたイルジニア軍のフェン中尉が、写真を見ながら敵軍の戦力を推測する。


 日米連合軍の司令部では、偵察機が撮ってきた写真が早速焼かれ、臨時司令の船山ら幹部陣に配布された。そしてこの地の情勢に詳しいフェンを交えて、状況分析と作戦会議が行われていた。


「地竜て言うのはこのドデカイ、トカゲみたいなやつかね?」


「その通りです。クーパー大佐」


「ふ~ん。こんなもので、一体どうやって戦争するんだい?」


 彼の見た写真には、人よりも大きなトカゲのような生き物が映し出されていた。


 こんなトカゲのデカイもので何が出来るのか?クーパーをはじめ地球側の参加者には理解しがたい部分があった。


 そんな半信半疑な地球側関係者とは対照的に、フェンは真剣な表情で話す。


「地竜は陸上の戦場においては非常に有用です。卵の頃から躾ければ、御者の言う通りに行動します。体の表面は厚い鱗に覆われていますので、剣や銃程度では通用しません。また馬ほどではありませんが、それなりの速度で動き回れます。そして何よりも厄介なのが、地中に潜れるということです。なので大砲の砲列や城壁を地中から根こそぎにしたという報告もあります」


「となると、地面にも潜れる一種の装甲車てことか。そいつは厄介だな」


「何か弱点はあるのかね?確か翼竜は下腹部が弱点だったぞ?」


 航空隊の西城中佐が聞く。


「翼竜と同じく確かに下腹部には鱗はありませんが、基本的に地面を這ってる限りは狙えません。他に弱点があるとすれば、泳げないと言うことでしょうか」


「むう」


 あまり有用な情報には西城には思えなかった。


「泳げないと言えば、敵軍は河沿いに侵攻してるな。これは何か意味があるのかな?自らの機動を制限するように見えるが」


 クーパー大佐が指摘する。


 ガランガンは海岸から70kmほど入った内陸にあり、ヴァル河という河沿いに位置している。そして今回敵が出現したのは、この河のさらに60kmほど上流にあるジュラソという街の郊外だ。


 偵察機などからの報告で、敵軍はヴァル河沿いにガランガン目指して南下しつつあった。


 臨時首都のガランガンはヴァル河沿いにあるが、鉄道と幹線道路の結節点にあり、また港もある。つまり交通の要衝だ。


 ジュラソからガランガンを攻める場合、ヴァル河沿いに南下するよりも、よりショートカットコースとなる幹線道路が存在していた。


 最短距離での攻略を目指すなら、この幹線道路を使うべきなのに、敵軍は何故か河沿いに南下していた。


「それはおそらく、物資補給とガランガンの攻略に都合がいいからでしょう。翼竜や地竜も含めて、大量に消費する水を補充できますし、水を元に魔法合成で食物などを作り出すこともできます。そして上流から毒を流すなりすれば、ガランガンの水源に大打撃となりますから」


「ほう、水から食べ物を。魔法と言うのはそんなに便利なのか」


 船山が感心したように言う。


「ただし、全ての魔法使いが使えるわけではありませんし、術者の能力で作れるものも変わります」


「しかし、敵軍が河沿いに進撃してくるとわかっているなら、攻撃をする上では好都合だな」


 米航空隊司令のロッシュ大佐の言葉に、全員が頷く。


 敵の進撃路が判明しているなら、攻撃を行う上での選択肢が増える。


「船山司令。すぐにでも航空攻撃を掛けましょう。西側から空襲を仕掛ければ、敵は河に挟まれて逃げ場が限られる」


 しかしそのロッシュの意見に、クーパーが反論する。


「いや、それで敵軍をガランガンに追い込む形になったら、陸の守りが手薄な現状では、逆に一気に攻め込まれる。攻撃を行うのは、陸の戦力と連携した上でやるべきだ」


「私もクーパー大佐の意見に賛成です。戦力集中の原則から言えば、一気にやるべきだ」


 日本側の航空隊を指揮する中根も、早急な航空隊の投入には慎重な意見を口にする。


「となると、どこでいつ反撃するかだ。敵の進撃速度などを考えると、あまり時間がない」


 船山は結論を急いだ。


 敵が出現したのはガランガンの北方60km。その後進撃を開始し、途中の街や村を襲っているようだが、既に10km以上進撃していた。下手をすれば明日にもガランガンに来てしまう。


「我が軍は、ガランガン北東15kmのエスタルの村を最終防衛線とする予定です。既に部隊は動き始めています」


 フェン中尉がイルジニア軍の行動予定を伝える。


「となると、鉄道も幹線道路も一杯だな」


 ガランガンから出て迎撃するためには、鉄道か道路を使うしかない。しかしいずれも貧弱であるため、とても大規模な部隊の迅速移動は見込めない。


 一応日米軍ともに機械化されているので、かなり強行軍をやれば移動できなくはないが、移動するだけで相当な時間と資源のロスをすることは間違いない。しかも、イルジニア軍も進撃して混雑している道路を使うとなれば尚更だった。下手をすれば混雑している所に空襲を受けると言う最悪の事態になりかねない。


「そうなると、ガランガンの街の傍に防衛線を敷くか」


「それではあまりにもリスクが大きすぎます。下手をすると市民を巻き込んだ市街戦になります」


 西城が指摘する。街の傍に防衛線を敷くのは楽ではあるが、当然市民を戦闘に巻き込む率が高くなる。イルジニアの防衛名目で出動しているのに、そんなことをするのはどう考えてもマズイ。


「だよな」


 すると、地図をじっと見ていたクーパーが不敵な笑みを浮かべて口にする。


「司令官。敵が河を生かそうとするなら、我々もそれを見習うべきでは?」


「うん?・・・そうか!その手があった!」


 船山もそれに気づくと、晴れ晴れとした表情になった。


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