急襲!
1934年11月25日、イルジニア連邦臨時首都ガランガン。その上空を、住民たちが聞いたことのない爆音を掻き立てて、多数の飛行機が飛んでいく。
皆一様に空を見上げ、編隊を作って飛んでいくその姿をある者は興奮しながら、ある者は恐れを抱きながら、またある者は好奇の目で見守る。
ガランガンを飛び越えたその編隊は、川沿いの平野に設けられた急造の飛行場へと着陸していく。戦闘機がようやく運用できる程度の長さ、しかも舗装もされず簡単な転圧をしただけの凸凹滑走路。
ある機体は激しくバウンドしながらも、なんとか減速して駐機場へと進入して停止した。また、着陸をやめてエンジンを吹かして上昇し、再アプローチする機体もある。
その様子に、地上で見守る兵士や整備兵たちは戦々恐々という様子だった。
そして、ついに1機が着陸の衝撃で主脚を折ってしまい、盛大に土煙を跳ね上げながら地面を滑っていく。
「退避!」
機体が向かってきた場所にいた整備兵たちが一斉に走って逃げる。そして数十m走ったところでようやく停止した。
幸いにもその機体から火災は発生せず、泥まみれになってはいるものの、搭乗員が這い出てきた。しかし、ボロボロのその機体が廃機となるのは明らかであった。
他にも脚を折る機体や、脚を出し忘れた機体などが数機発生した。
その様子に、陸海軍混成第一独立飛行連隊司令の中根康太海軍大佐は頭を抱えずにはいられなかった。
「貴重な機体を事故で7機も喪うとは」
「まあ、35機が無事に手に入っただけでも良しとしましょう司令」
と慰めるのは副司令の西城修二陸軍中佐である。もっとも、実際は他にも損傷機が出ていたのだが、そういうことを突っ込む野暮なマネはしなかった。
「それはそうだが、せっかく金払って外国から買い入れたばかりの機体なんだぞ。それを戦う前から・・・だから私は投入を延期するべきだと具申したんだ」
西城の言葉を受けても、中根が貴重な機体を失われたことを嘆く。
今回送り込まれた機体は、36機の戦闘機と6機の偵察機で、この内戦闘機7機が戦いの前に事故で喪われてしまった。補給も心許ない現状で、確かに痛い損失である。
しかも今回送り込まれた機体の半数以上が外国製の機体であった。それが12機ずつのポリカルポフI16戦闘機とPZL P.24型戦闘機であった。
前者は第一次大戦後、国内外で航空技術を急速に発展させているロシア帝国の国営航空会社に所属するポリカルポフ技師が中心となって開発した戦闘機で、寸胴の胴体に単葉、引き込み脚と言う先進的かつ異様な外見をしている機体であった。
一方後者のP.24型戦闘機は第一次大戦後、ロシアから独立したポーランド共和国の国営企業PZLが開発した戦闘機である。ガル翼の単葉機で、固定脚ながら密開風防を備えた戦闘機であった。
この2機種は4月の初空襲以降に、急遽ロシアとポーランドから買い入れられた戦闘機であった。いずれも主翼に大口径機銃の装備が可能であったことが、購入の決め手となった。
なお外国製の購入兵器であるため年式は与えられず、それぞれ露式1型、波式1型戦闘機という仮称が与えられていた。
その外国製の戦闘機は、陸路や海路で日本本土に運び込まれると、そこで再組み立てとテスト飛行を行った後、空母「土佐」と「龍驤」に搭載されて、柱を通り新海道を経由してイルジニア近海にまで運ばれると、その甲板上から発艦して飛んできたのであった。
しかしイルジニア側に用意された飛行場設備がお粗末だったために、事故機が続発してしまった。
「ですが、飛行場の設備に関しては我々の責任です。それに、イルジニア軍の敗勢は現に大きな問題です。下手をすると年内に敵はこのガランガンに大規模攻勢をかけるかもしれません」
「そこなんだよ」
飛行場の設備が未整備だったのは、イルジニア国内のインフラ整備が貧弱であり、建設を担当した工兵や送り込まれた建設担当の軍属の相当数が、様々な箇所の工事に割かれてしまったためだ。加えてイルジニア政府に要請して地元住民による協力も行われたが、これが長続きしなかった。
「まさか食事でストとはな」
エルフであるイルジニア人には肉や魚などを食べる習慣がなかった。このため、日本軍やアメリカ軍に雇われたものの、出された食事を毛嫌いして辞める者が続発した。中には肉食に耐性のある者などもいたがそれは少数派で、結果的に予想したほどの労働力が集まらなかった。
このため、航空隊進出予定日までに十分な工事が行えず、中根は航空隊進出を延期するように意見具申したが、総司令部に却下されてしまった。
かなり無理やりの航空隊進出の原因は、敵であるバルダク、モラドア連合軍が攻勢を再開したことにあった。当初は補給線が伸びきり、年明けまで攻勢はないと見られていたが、その予想に反して敵が攻勢を再開したのである。
それに対してイルジニア軍は相変わらず押されるだけの状況で、このまま行くと年内にこの臨時首都も陥落するのではと言う懸念が出始めていた。
そのため、異世界派遣連合軍総司令部では航空隊の進出を急がせていた。その結果がこれであった。外国から手間暇かけて購入した新型機が、戦わずして事故で喪われてしまった。
なお一緒に飛んできた国産の92式戦闘機と94式偵察機は、幸か不幸かほとんど事故を起こしていなかった。やはり使い慣れた機体ということであろうか。
「これだと午後のアメリカさんたちも思いやられるぞ」
「ですね」
ガランガン第一飛行場に午前中は日本軍航空隊が着陸した、午後は米空母「ラングレー」で運ばれてきたP26戦闘機を中心に編成された米航空隊が進出する予定になっていた。
「ロッシュ大佐に今一度注意を促しておこう。それから、午後までの出来る限りの時間でいいから、滑走路の整備をさせよう」
「了解です」
米航空隊がやってくるまで、それほどの時間はなかったが、それでも事故の確率を下げるために出来るだけのことを中根はしておきたかった。
だがこうした努力に関わらず、午後に到着した米航空隊も派遣された20機のP26の内4機が事故で喪失すると言う被害を出してしまうのであった。
異世界の地(新海道を除く)に派遣された最初の飛行隊は、1日目から波乱であった。
航空隊の進出から程ない12月4日、ついに最悪の展開となった。モラドア・バルダグ連合軍が臨時首都ガランガンへの攻撃を開始した。
その始まりは、ガランガン北方60km地点の街であるジュラソ近郊の平原地帯に、突如として5000名規模の敵連合軍が出現したことにあった。
この報告はすぐに近隣の村人が電信所へと走って、電信を打ったことでガランガンへと伝えられた。幸運にも電信所のある村は直後に敵の翼竜の空襲を受けて使用不能となったが、間一髪のタイミングで情報送信が間に合った。
そしてその報に、イルジニア軍だけでなく異世界派遣連合軍の部隊ももちろん驚き、緊急の会議が開かれた。
「敵は一体どこから湧いて出た!?」
あまりにも突然の出現に、中根が絶叫した。それに対して、エルフとの付き合いが多少長い独立混成連隊連隊長の船山が淡々と答える。
「おそらくイルジニア人の言う、魔法でしょうね。4月に黎明島を襲ったのと同じ手でしょう」
「話には聞いていたが、実際にやられると驚くばかりだ」
と感嘆の声を上げるのは、米航空隊司令のロッシュ陸軍大佐。中根と同じく着任したばかりで魔法などへの耐性はないが、中根よりは冷静であった。
「しかし幸いにも敵はまだ北方50km地点にいる。これなら反撃の時間を稼げるな」
と楽観的ではあるが、事実を口にする異世界派遣第一連隊司令官のクーパー大佐。
「なんで敵は直接ガランガンに攻めてこなかったんだ?」
船山が疑問を口にする。自由自在に移動できるなら、ガランガンを直撃するか、少なくとももっと至近距離に出現すればいいのにと思ったからだ。
しかし、その思考はロッシュによって阻まれた。
「そんなのは後だよ船山大佐。それよりも、一刻も早く動かないと。まずは偵察機を出して敵情を探らないといかんぞ」
「その通りだロッシュ大佐。偵察機はいつでも動ける。早速偵察に出そう」
中根が同意した。
悪夢の進出1日目であったが、その後航空隊はパイロットまで動員して基地設備、特に滑走路の整備作業を行い、なんとか満足できるレベルまで整備していた。
「司令、でしたら護衛戦闘機もつけましょう。敵に翼竜がいる場合、偵察機だけでは心許ないです」
「そうだな、副司令。いいようにやってくれ」
西城の意見を、中根は即座に受け入れた。
「空はいいとして、陸の反撃はどうなる?イルジニア軍との連携も必要だろう?」
「連携と言っても、まさかこんな首都の目と鼻の先での軍事行動など想定していなかったからな」
ロッシュの問いに、船山が苦い顔をする。船山とクーパーは進出以来、イルジニア軍と調整を重ねているが、基本的にそれは現状の駐屯地の整備や近郊地での演習、物資の調達などに関わるもので、戦闘に関しては後続の部隊とともに北部の最前線での行動を想定しての協議を進めていた。首都の目と鼻の先での戦闘は想定していなかった。
「だが確認をしている間に敵が攻めてきたら間に合わない。ここは事後承諾で動こう」
「最悪、演習名目にしてはどうかな?演習に関してはそれなりの裁量をいただいているのだからね」
「とにかくまずは偵察だ。航空隊に出動命令を」
「それから黎明島の総司令部の意見待ちだな。なければこちらで勝手に動くしかない」
こうして、最高司令官を欠くものの、現地司令官の少なさもあって、合議で異世界派遣連合軍先遣部隊は、反撃計画を練っていった。
飛行場では航空隊の発進準備が行われ、また駐屯地では非常呼集が掛けられ、出撃の準備が行われる。兵たちはそれぞれの装備をチェックし、弾薬庫からは弾薬が引き出されて配布される。車両も入念なチェックが行われ、いつでも動ける状態にされる。
そして会議で航空偵察が決定した30分後には、最初の偵察機が戦闘機に護衛されて飛行場を発進した。
さらに、黎明島の総司令部から最先任である船山を臨時司令として、反撃する緊急命令が発令されたのは、さらに2時間後のことであった。
そしてそれと時を同じくして、イルジニア軍の連絡将校が日米軍の駐屯地に駆け込んできた。
御意見・御感想お願いします。
まだ詳細には触れていませんが、この世界ではロシア帝国が存続している設定です。ただし、作品設定上の混乱をなるべく避けるため、オリジナル兵器などは今のところ予定しておりません。基本的に史実のソ連の兵器がロシア帝国の兵器として登場します。ただし、登場時期などには差異が出るかもしれません。
また日本など他国に関しても、基本的に史実兵器を出しますが、採用時期などが前後する場合があります。