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揃わぬ戦力

 大日本帝国新海道黎明島。1934年4月のモラドア・バルダグ連合軍の空襲により多少の損害を被ってはいたが、それから半年以上経過した11月にはその被害の痕跡はほとんど見受けられなくなっていた。


 しかしながら、島の様子は大きく変わりつつあった。まず、道庁所在地である朝陽市をはじめとする主要都市の近郊に新しい対空砲陣地が次々と構築され、また市内には避難用の防空壕が次々と掘られていた。


 市街に視点を変えれば、島内に元からあった飛行場では滑走路の舗装や新規の格納庫などの施設の整備が進められていた。また新しい飛行場の建設も始まっている。


 これは言うまでもなく、今後の空襲を見越しての対策であった。


 初空襲から半年以上経過した現在、新海道は一度も空襲を受けてはいない。だからと言って、今後もないとは言えない。むしろ、受ける可能性の方が高いと言えた。敵に島の位置を知られているのも然ることながら、この新海道が異世界との戦争における一大拠点になることが決まったからだった。


 モラドアとバルダグとの戦争を決した地球側各国であったが、実際に兵隊や艦隊を送り込んで戦うには、地球側での準備もあるが、異世界側でも司令部中枢が必要であり、前線へ物資を送り届けるための補給線とその後方拠点が絶対に必要であった。


 九州と四国を合わせた以上の面積があり、開発が進んでいる黎明島はその場所としてこれ以上ないほどに適していた。


 イルジニアに先行の2個連隊が上陸を完了した頃、大日本帝国海軍敷島鎮守府に隣接する形で、異世界派遣連合軍総司令部が設置された。この総司令部のもとに、各国から派遣された陸海軍部隊が指揮される。


 総司令官の人選は各国間の利害もあって難航したが、結局予定される動員規模などから、米陸軍のジャック・ショーン大将が就任した。これに副司令官として、大日本帝国異世界派遣艦隊司令長官の須田大将が就いた。


 須田が副司令となったのは、階級と昇進の順序、つまりは先任順による部分が大きかった。一方で異世界への赴任が長くイルジニア人との交流などで経験があり、また海軍側の専門家として異世界の経験がなく陸軍軍人のショーンへの的確な補佐が期待されてのことだった。もちろん、拠点となる新海道など異世界における領土を保有しているのは大日本帝国のみということも考慮されている。


 またこの他の各国も含めて将官や佐官が、代表や参謀と言う肩書で総司令部を構成した。多国籍編成となったが、イルジニアから提供された通訳用の魔法薬のおかげで、言葉だけは不自由しなかった。


 こうして異世界派遣連合軍は、この総司令部のもとで今後の戦争を戦っていくのだが、最初に採られた全軍としての方針は陸上における積極的戦闘の回避であった。


「主力となる師団は、年を跨がなければ到着しない。それまでは海軍と航空部隊、そして先遣のわずかな部隊しかない。現状は海軍の艦艇で敵を牽制しつつ、陸上においては防御に徹する」


 着任後最初の合同会議で、ショーンは全軍の方針をそう決定した。そしてそれに、他の参加者は誰一人反対しなかった。


 主力となる陸軍の部隊が当分来ないのであるから当然である。


 各国は第一次大戦後の軍縮条約や緊縮財政により、大幅に軍の規模を縮小していた。また参戦を決めたと言っても、軍隊をどの規模まで拡充して動員するかは、それぞれの国の政府や議会で取り決められる。


 実はこれが難物であった。予算と言う最大の敵に加えて、世論などにも配慮しなければならない。敵の奇襲攻撃に対する報復を叫ぶ声や、戦争への介入による景気刺激などを歓迎する声がある一方で、財政面や、さらにはこれまでほとんど交流の無かった異世界の国家への派遣に反発する声も当然あった。


 また異世界へ送り込んだ部隊が、異世界との出入り口である柱の消失により戻ってこられなくなるという、独特の事象に対する不安の声もまた大きかった。


 そのため各国は、こうした世論に配慮しつつ慎重に軍の動員や派遣計画を決定しており、時間が掛かっていた。


「今年中に、我が軍からはさらに1個連隊を送る予定ですが、年内はそれで打ち止めですな。わずか3個連隊、旅団程度の戦力では話になりません」


 中将に昇進した、新海道守備隊司令兼異世界派遣部隊総司令の安来が言った通り、年度内にイルジニアに追加派遣出来そうなのは、新海道守備隊より分遣する大日本帝国陸軍の1個連隊だけであった。


 しばらくは日米3個連隊、ようやく旅団を編成できる程度の戦力が、イルジニアに展開する連合軍の総力となる。


 もっとも、ではこの動員の遅れが悪いことばかりかと言えば、決してそうでもないのだから面白い。


「どちらにしろ、今大軍を上陸させても補給が続きません。そのための態勢が整っていないのですから。むしろ、現在上陸した部隊ですら危うい」


 ドイツ代表エーリッヒ・フォン・パウル陸軍中将はそうぼやいた。


 現在異世界派遣連合軍が想定している主戦場は、イルジニア大陸である。当然ながら、そこで戦うには新海道経由で海上交通路を、さらにはイルジニア大陸内部に補給路を構築する必要がある。


 しかしながら、現状では予定している大部隊を養うことなど、とてもできなかった。


 まず黎明島については、島自体の拠点としての能力は充分であった。島内には駐屯地や物資集積地として活用できる土地があり、さらに食料や武器の生産拠点とすることもできた。


 ところが、艦船の停泊地が不十分であった。これまで外国艦艇向けに使用されていた春日港は民間港の転用であるため、これ以上軍港設備を拡張すると黎明島の商業活動に支障を来す。その他の港も、急激に寄港する船が増えると捌けなくなる。


 もちろん、軍港である敷島港や道庁所在地の朝陽港、その他の港の設備を強化する動きは起きていたが、どちらにしろ大規模な艦隊や船団を受け入れるには、黎明島の港だけではやはりキャパが足りない。


 そのため、異世界派遣連合軍司令部では新海道庁の協力のもとで、付近の小島からなる諸島に艦隊、ならびに船団用泊地の適地を調査していた。


 さらに、イルジニア大陸に目を向ければ、劣悪な交通インフラが補給の足枷となることが目に見えていた。


「イルジニアの道路はほとんど舗装されておらず、道幅も狭い。鉄道はあるが、設備は我々から見れば半世紀以上遅れている。とても現状では主要な輸送手段として活用できません」


 パウルはイルジニアの先遣隊からもたらされた報告を反芻すると、盛大に溜息を吐いた。


 ヨーロッパに置いて、鉄道や整備された道路を進撃路として活用することを想定しているドイツ軍から見れば、イルジニア大陸はあまりにも条件が悪かった。


「おかげで、先遣の2個連隊の工兵たちは早速大忙しらしい。勲章を最初に貰うのは彼らかもな」


 とショーンが冗談めかして言うが、実際に先遣している日米2個連隊に付けられた工兵隊は、駐屯地の構築に加えて、道路の整備などの土方仕事も行っていると言う報告が入っていた。


 イルジニアの道路はほとんど整備されておらず人や馬、いいところ馬車が通行できる程度のものしかなかった。イルジニアには未だ自動車がないのだから当然である。


 鉄道はあったが、車両も軌道も駅や操車場といった設備も貧弱で、とても膨大な物資を要する部隊を賄えない。しかも、その貧弱な鉄道すら、戦争による混乱でまともな運行が出来なくなっていると言う。


 もちろん、道路や鉄道がそうであるのだから、港湾設備は言わずもがなである。


「その点に関しては、既に道庁鉄道や陸軍の鉄道連隊に工兵隊、民間の技術者を派遣させて強化することになっている・・・まあ、効果を上げるまでに時間は掛かるだろうが」


 須田も現状には不安しかなかった。彼の脳裏には、先日陸軍の安来とともに訪問した、イルジニアの様子がありありと浮かんでいた。


 現に、次に送る1個連隊では工兵の比重が大きくされ、持ち込む車両も急遽民間から徴発した排土車や均土車を含んでいた。


「地球の皆様方には御苦労をお掛けします。ですが、我が国は現在危機的な状況なのです。わずか1個旅団でも、あなた方の軍隊がいると言うだけで、我が国にとっては大きな支えとなっています」


 と苦り切った表情の地球側の軍人たちに言うのは、准将に昇進してイルジニアとの主席連絡官となったナガだ。


 国土を蹂躙されつつあるイルジニアにとって、地球からの支援がなくなれば死活問題であるだけに、その顔には必死さが表れている。


 それを見たショーンが付け加える。


「ナガ准将。我々は別にイルジニアに対して支援しないとは言っていない。ただ時間が掛かると言っているのだ。もちろん、その時間も出来る限り短くはしたい。だがそうは言っても、我々とて無限に力があるわけではない」

 

「その点は承知していますが・・・・・・」


 彼の態度から祖国を侵されているゆえの必死さが、ひしひしと伝わってきた。


 そこで、ショーンは明るい話題を振る。


「我が方の地上部隊の進出はまだ先だが、航空隊と供与兵器は次の船団で送り込まれる予定だったな?」


 すかさず参謀の一人(アメリカ人)が答える。


「はい総司令官。いずれも今月中にはイルジニアに陸揚げできます。航空隊は我が軍と日本陸軍の部隊で、いずれも新型機を装備しています」


「我が軍の部隊は、ロシアとポーランドから購入した新型機を擁した新編の飛行連隊です。敵の翼竜にも引けを取りません」


 安来が少しばかり自慢げに言う。


「供与兵器は小銃と迫撃砲、旧式の火砲が中心ですが、イルジニア軍にとっては大きな力となりましょう」


「そう言うことだナガ准将。無い物ねだりしても始まらない。我々のとりあえずの仕事は、今ある戦力でこの状況を上手く切り抜けることだ」


「はい」


「うん。では須田提督。それからカールセン提督にコネリー提督。潜水艦による諜報活動の件だが・・・・・・」


 異世界派遣連合軍の活動は始まったばかりであったが、様々な事情により本格始動に至るまではまだまだ時間が必要であった。


 

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