反撃開始!
1934年10月10日、この日異世界派遣連合軍の最初の部隊がイルジニア本国へと上陸を開始したが、それとほぼ時を同じくして、行われた作戦があった。
「長官、時間です」
「うむ」
まもなく異世界派遣艦隊へと名称変更する新海道派遣艦隊。その旗艦である戦艦「山城」の艦橋に立つ昇進したばかりである司令長官の須田大将は、部下の言葉に静かに頷く。
艦橋内は夜の闇に包まれ、夜光塗料が塗られた計器類の針がその闇の中に浮かび上がっている。
「これよりL作戦を開始する。全艦砲撃用意!」
「砲撃用意!目標バルダグ王国リューラン要塞ならびに海軍基地!」
「山城」に搭載された6基の36cm連装砲が右舷に向けて旋回を始める。砲塔内では、砲弾の装填が始まっている筈である。
「水偵による吊光弾投下を確認!」
遠く闇の中に、吊光弾の眩い光がリューランの城砦をはっきりと映し出す。それを目標に、射撃指揮所では主砲の照準をつけている筈だ。
「砲術長、くれぐれも誤射には注意しろよ」
「ヨーソロー」
今回の目標は、バルダグ南西部にあるリューランの軍港と沿岸要塞だ。昼に行われた水偵による偵察で、軍港と要塞の配置はわかっている。そして、その近くに市街地が近接していることも。
敵は襲撃を受けるなど微塵も思ってないのか、灯火管制を行っていない。遠くには市街地から漏れる灯りも見える。電気が通り、発展している黎明島に比べるべくもないが、それでも闇の中の灯りは良く見える。
だが今回の目標はその市街地ではなく、今照準のために吊光弾が映し出した軍港と要塞である。
誤射を防ぐと言うのは中々難しいが、それでも今回の目標はあくまで軍港であり要塞である以上、須田は言っておかずにはおれなかった。
「主砲装填良し!」
「照準良し!」
「長官。全主砲撃ち方準備完了です!」
射撃指揮所から全ての準備が完了した旨を知らされる。
「うむ・・・撃ち~方はじめ!」
「て!」
須田の口から命令が下された直後、各砲塔の片側の砲が火を噴いた。発砲炎が艦を一瞬照らし出し、艦全体を振動が襲う。少し遅れて、艦橋内に硝煙の匂いも立ち込める。
「弾着。今!」
しばらくして、弾着予定時間に達した。須田たちは双眼鏡を敵要塞に向ける。すると、何本もの火柱が立ち昇るのが確認できた。
「命中!」
「よし!弾着観測機の報告で修正しつつ砲撃を続行!」
先ほど吊光弾を投下した観測機は、そのまま弾着観測の任務に就いている。そこから送られる修正指示をもとに、艦の方では主砲の方位角や仰角を修正して次の砲弾を撃ちこむ。
「後続艦はどうか?」
「「扶桑」、「青葉」、「衣笠」も発砲!敵要塞を砲撃中!」
「山城」の後方でも、戦艦と巡洋艦による砲撃が始まっていた。「山城」の姉妹艦である「扶桑」は36cm。2隻の重巡は20cmの砲弾を。それぞれ敵要塞と軍港目がけて撃ちこんでいく。
各艦が砲撃をする度に、闇が覆う海上を明るく照らし出す。
「本当に最初の砲撃が対地任務になるとはな」
須田は苦笑いしながら、砲撃によって次々と火柱が立つ陸地を見て呟く。
帝国海軍艦艇の本来の任務は敵艦艇、特に仮想敵であるアメリカの艦艇と戦闘を行うことであり、設計もそれが基本となっている。しかしながら新海道派遣艦隊の場合、そもそも相手とする敵艦艇がこの世界にいなかった。もちろん、バルダグにしろモラドアにしろ、イルジニアも海軍を保有している。しかしながら一番強力なイルジニアでも帆走併用の蒸気軍艦であり、残る2国にしても魔法で強化していたが主力は中世ヨーロッパそのままの帆船であった。
そんな相手に戦艦など必要ない。それどころか、重巡でも過剰だ。そのため、新海道派遣艦隊がそうした敵を相手に戦う場合は、基本的に軽巡以下の快速小型艦艇を用いることになっていた。もちろん、戦艦や重巡の利用も考慮されてはいたが、まず必要ないと思われていた。
そのため戦艦や重巡の役目としては、主としてその強力な無線設備を用いての旗艦任務と、巨大な艦体による威圧。そして、対地砲撃任務となっていた。対地砲撃は、結局戦前は幾度か計画されたものの実行はされなかったが、海賊などの策源地をその艦隊最強の砲火力で撃滅することが想定されていた。
そしてその想定どおり、「山城」以下戦艦と重巡の主砲は、敵の要塞と軍港に牙を向けている。次々と立ち昇る火柱に、燃え上がる船や建物。
本来であれば、アメリカの同等の戦艦に向ける筈であった12門の36cm砲を、「山城」は異世界の敵地に向け、砲弾を叩き込み続ける。
「一方的だな」
「当然です。敵の大砲は骨董品ですから。しかし、ここまで一方的ですと敵が気の毒になります」
部下の言葉に、須田は戒めの言葉を口にする。
「油断するな。敵には魔法がある。我々の予想出来ないような方法で反撃してくるかもしれん」
現在入っている情報では、敵の大砲も中世のそれと変わらない信管を持たない円形弾を撃ち出すだけの代物らしい。そんなものでは、例え反撃してきたとしても届く筈もない。
しかしながら、今攻撃中のバルダグには魔法がある。バルダグ人が主に使う魔法は物体の転送などだそうだが、攻撃魔法を得意とするモラドアと彼らは同盟を結んでいる。それら魔法同士を融合した攻撃をしないとも限らない。4月の黎明島空襲はその顕著たる例だ。
だから一方的に攻撃を受けている敵を気の毒と思いつつも、油断ならないと思っていた。
そんな時、新たな情報がもたらされた
「長官、独艦隊の「ザイドリッツ」より入電。あちらも予定通り砲撃を開始したとのことです」
「そうか」
今回の作戦。日本の新海道派遣艦隊だけでなく、独艦隊も参加している。独艦隊は予定通りなら北100kmのプーラトにある砦と灯台を砲撃している筈だ。
「エーベルト提督もよくやる。前回の雪辱といったところか」
4月4日の初空襲時、エーベルト少将指揮する独艦隊は各艦隊持ち回りの哨戒任務に出動しており、戦闘に参加することは出来なかった。敵の翼竜発見のために哨戒行動も行ったが、全て空振りに終わっている。その後独艦隊は敵の大攻勢によりイルジニアから脱出する船舶の援護を行ったが、そちらにも数隻の犠牲が出てしまい、二重の意味で彼らは屈辱を被った。
派遣軍創設後、その独艦隊も増強された。新たに本土から巡洋戦艦「ザイドリッツ」と装甲艦(重巡)「アドミラル・グラーフ・シュペー」が回航され、竣工した駆逐艦とともに戦列に加わっている。
他の海軍。米英仏の3ヵ国はいずれも艦隊の増強を表明しているものの、今回の作戦には参加していない。独に比べて派遣艦艇の選定と送り込みが遅れ、今回の作戦には間に合わなかったのである。
それでも戦艦を含む日独2個艦隊による2カ所の敵拠点への攻撃は、必ずや敵に対して大きな衝撃になる筈であった。
「水偵より報告。着弾多数。効果甚大!」
砲撃開始から30分。断続して無電を送って来る水偵から、敵要塞と軍港に大打撃を与えたことが報告される。
実際に艦上からも、距離はあるが敵の要塞と軍港のある場所から闇夜を煌々と照らす赤い火炎が見て取れる。相当な大火災が発生していることは、疑いようがない。
「砲撃止め!予定通り現海域を離脱。黎明島に帰投する」
作戦の成功を確信して、須田は撤退命令を下した。それまで咆哮しつづけていた主砲が旋回し、主砲仰角を下げる。
「スゴイものですな、戦艦の砲撃は」
砲撃終了後、ホッと一息吐く須田に、闇の中から声が掛けられる。
「君の目から見ても迫力があったかな?ナガ大佐」
「ええ。とても」
今回観戦のために乗り込んだイルジニア軍のナガ大佐。戦艦の砲撃の迫力に、驚いていた。
「これで君の国のために少しでも役立てばいいんだがね」
須田は現在国土の半分近くを喪い、苦戦を続ける彼の祖国を慮る。
「配慮感謝します提督。あなた方の救援には、本当に感謝しています」
「まあ、これは前座に過ぎないがね」
今回のL作戦は、政治上の都合も大きい。本来であれば陸海軍戦力共に充実した所で反撃に出るのがセオリーと言うものである。しかしながら、敵の奇襲により死者を出していた日米の世論は一刻も早い反撃を望んでいたし、各国政府も同盟国たるイルジニアに対する救援の意味からも、敵への早期の一撃を望んでいた。
また今後軍を派遣するイルジニアに対しても、地球側の信頼の一端として何かしらの実力行使が必要であった。
その結果が距離的にも近く、難民や捕虜から情報を得ていたバルダグの要塞と砦への攻撃であった。
今回の攻撃には従軍記者やカメラマン、そして観戦目的のイルジニア軍人が乗り込んでいる。一種のパフォーマンス的な部分があるわけだが、ナガの反応を見るに上々と言えそうだ。
本当の意味での反撃はここからである。
アメリカからは戦艦「ペンシルヴァ二ア」「アリゾナ」に、最新鋭の空母「レンジャー」を中心とした艦隊が編成され、現在布哇経由で新海道に向かっていた。イギリスからは同じく戦艦「ウォースパイト」、軽空母「イーグル」を中心とした艦隊が。フランスも戦艦「プロヴァンス」を旗艦とした艦隊を派遣する予定となっている。
艦隊だけではない。陸上戦力も、今回初上陸した満州から転戦の日米2個連隊に引き続き、最終的には各国連合で10個以上の師団が派遣される。
航空戦力についても、各国の航空隊が順次派遣されると須田は聞いていた。いや、それだけではなく、直接は軍を送らないがポーランドやロシア帝国から航空機や戦車を購入し、戦力化すると言う話も出ていた。
アメリカでは、実質的に今回共同戦線を張ることになった日本をはじめ各国や、イルジニアに対して武器をレンドリースする法案が可決されていた。
「皮肉だな」
そのことを思い出し、須田は思わず呟いた。
「何ですか?提督」
「いや、何でもないよナガ大佐」
と答えたものの、もちろん須田の内心には複雑な想いがあった。
(異世界の国家との戦争により、かつては敵対もした地球の我々が一致団結しつつある。共通の敵を見つけた結果か)
須田はその想いを、口にせず飲み込んだ。
御意見・御感想よろしくお願いします。
次はこのシリーズ初めての敵方の描写を入れようと思っています。