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敵騎来襲! ⑥

 今年もよろしくお願いします。

「対空、撃ち方はじめ!」


 命令とともに、3年式8cm高角砲、89式12,7cm高角砲が次々と火を噴いた。撃ち上げられた砲弾が時限信管を作動させると、空中に漆黒の華を咲かせる。


 敷島軍港を擁する敷島湾の両岸に設置された砲台の対空砲陣地が、来襲した翼竜に攻撃を開始したのだ。


 翼竜が来襲したのは道庁所在地の朝陽市だけではなく、軍港のある敷島市上空にも姿を見せた。朝陽市の対空機銃座と同じく、既に兵が配置に就いていた高角砲が次々と火を噴いた。


 敷島軍港上空に現れた翼竜ワイバーンは約20騎。軍港にはほとんど艦艇がいないとはいえ、他にもドッグをはじめとする工廠設備や燃料タンク、各種倉庫など重要な施設はたくさんある。


 高角砲の将兵はそれらを翼竜の攻撃から守ろうと、必死になって砲弾を込めて撃ち続ける。


 そしてその努力に天が報いるかの如く、間もなく戦果報告が入り始める。


「敵1騎撃墜!」


「敵1騎離脱する!」


「敵1騎炎上!墜ちる!」


「また1騎やったぞ!」


 次々と伝わる戦果報告に、砲台指揮官は逆に耳を疑ってしまった。


「おいおい!そんな簡単に墜ちるもんか!?」


「しかし、実際に敵の翼竜は次々落ちていくのであります!」


 報告しに来た伝令兵が指さす先で、今まさに1騎の翼竜がバランスを崩し、海に向かって落ちていく。あっという間に敵の数は半分以下にまで減ってしまった。


「脆すぎる。竜騎士なんてこんなものか!」


 朝陽市の対空機銃座の将兵や、上空で空戦を繰り広げているパイロットが聞いたら激怒しそうな発言であるが、実際それほどまでに敷島鎮守府上空の対空戦は一方的であった。


 彼らは預かり知らぬことであったが、こうまで竜騎士が一方的に対空砲火に叩かれているのは、高角砲のメカニズムが要因であった。


 高角砲の砲弾は機銃弾と違い、その砲弾の爆発による破片や爆炎で敵に打撃を与える。つまりは、必ずしも直撃する必要はない。もちろん、爆発地点と竜騎士に距離があり過ぎれば打撃は与えられないが、この時の竜騎士の速度は対地速度200kmから250km程度であった。


 朝陽市の兵士たちは急ごしらえの対空陣地を、半ばつけ焼き刃的に操っていた。しかしながら、敷島軍港の高角砲の将兵らはそもそも対空戦闘が専門職であるし、竜騎士の速度は普段演習を行う相手の航空機の速度とさして変わらない。これなら射撃指揮装置の整備が不十分な現在の高角砲でも、充分至近距離での爆発を期待できた。


 そうして、翼竜に直撃せぬまでも比較的至近で爆発する砲弾は、翼竜と乗り込んでいる竜騎士に悲劇をもたらした。四方八方に飛び散る破片は、翼竜の硬い鱗のある背中だけでなく、柔らかい下腹部をも容赦なく抉り、食い込む。さらに吹きさらしの竜騎士を吹き飛ばしたり、破片によって傷つけ絶命させる。


 また腹の下に抱えてきた爆弾に引火し、炎上する不運な翼竜もいた。


 こうした事情が重なり、敷島鎮守府に突入した翼竜は20騎の内なんと7割近い13騎が突入前に撃墜されるか戦闘不能に追い込まれた。さらに対空砲の射程圏内を抜けた翼竜も、今度は機銃陣地からの反撃を受けた。


「撃て撃て!近づけるな!」


 港の各所から九二式重機関銃やM2型重機関銃、さらには小口径の7,7mm留式機関銃までもが撃ち上げられ、弾幕を形成した。


 それでも気を吐いて、数カ所に火災を発生させたものの、短時間で消火されるレベルのものでしかなかった。逆に離脱中にさらに1騎を喪い、離脱に成功したのはわずか6騎。


 しかもその6騎にしても、間もなく飛行場から発進してきた海軍の90式艦上戦闘機や91式艦上戦闘機に捕捉され、数的にも不利な空戦に巻き込まれてしまった。おまけに、前回翼竜を捕捉出来なかった陸海軍戦闘機隊は、今度こそ逃がさんとばかりに執拗に残存騎を追い回した。


 翼竜の背の鱗は7,7mm機銃弾に対してある程度の防御能力があったが、四方八方から囲まれて銃撃を受けては、弱点となる下腹部や吹きさらしの竜騎士にも容赦なく被弾する。


 戦闘機隊の激しい攻撃の前に、結局敷島軍港を襲った20騎の翼竜で、黎明島上空から離脱出来たものはわずか2騎だけという惨憺たる結果になった。


 敷島軍港空襲は失敗に終わった。


 その一方で。


「ファイアー!」


 黎明島北東部の春日市上空にも、翼竜が来襲した。その数は朝陽市や敷島市上空に来襲したのを同じ20騎であった。


「ガッデム!やつら俺たちの方に突っ込んでくるぞ!」


「こっちは動けないんだぞ!近づけるな!!」


 春日港に停泊する米駆逐艦「スチュワート」では、米軍将兵が必死の形相になって3インチ高射砲とM2型重機関銃を発射していた。


「スチュワート」は米軍の派遣戦隊に所属する平甲板型駆逐艦の1隻で、他の艦艇が黎明島周辺の哨戒に出動する中、機関にトラブルが発生したために1隻だけ置いてきぼりを食っていた。


 春日港は現在外国艦艇の駐留港に指定されており、港にはそのための宿舎や倉庫などが並んでいる。しかしながら、敷島港と違い本格的な軍港ではないため、周囲に砲台などはない。


 そのため、「スチュワート」はほぼ独力で敵を撃退する必要に迫られた。


「動ける缶だけでも焚け!このままではただの的だ!」


 艦橋(ブリッジ)では艦長らがなんとか艦を動かそうと必死になっていた。泊まっているままでは、単なる的でしかない。


 そして数少ない高角砲と機銃だけでは20騎の翼竜の攻撃を防ぐなど、やはり無理があった。


「敵騎投弾!」


 翼竜の腹から黒い塊が投下される。


「爆弾か!?総員衝撃に備えろ!」


 落ちてきた黒い塊は「スチュワート」の右舷側至近距離に着水した。


「外した!」


「下手くそめ!」


 と「スチュワート」の乗員たちは喜ぶが、それもぬか喜びに過ぎなかった。残った翼竜が次々と「スチュワート」目がけて突っ込んでくる。


「落ちろ落ちろ!」


 と必死の形相で高角砲と機銃を撃ちまくるが、ついに敵の投下した爆弾が前部甲板に直撃した。


 主砲の直前に落ちたそれは、炸裂すると液体が飛び散った。そしてコンマ数秒でその液体に火が付き、一気に燃え広がった。


「前部甲板に火災!」


「消火急げ!」


 すぐに待機していた応急対策班がホースを持って走る。だがその間にも敵騎の攻撃は続く。


「艦中央部に被弾!」


「後甲板でも火災発生!」


 次々と舞い込む被害報告。


 動かない的だけあって、その後も立て続けに「スチュワート」に命中弾が発生する。この内半分ほどは最初に命中した物と同じで、破裂すると液体を飛び散らし、それに引火して火災を生ずる焼夷弾だった。


 残る半数は、命中するとしばらくして盛大に黒煙を起こして爆発する爆弾だった。爆風と破片が周囲の物や兵隊をなぎ倒すが、火災は小規模な物しか起きない。また吹き飛ばされた兵も、よほどの至近距離でなければ軽傷で済んでいた。


 それでも、それらを合わせて10発近くも食らえば、塵も積もればなんとやらで損害も大きくなる。


 空襲が終わった時、「スチュワート」の艦体は黒煙に包まれていた。艦上の構造物はあちこちで焼け焦げ、負傷者や死体が横たわっていた。その中を、ホースや消火器を持った乗員が走り回る。


 そんな彼らの頭上に、飛行機のエンジン音が鳴り響く。


「味方の戦闘機か!?」


「遅いぞバカ野郎!」


 ようやく出現した味方戦闘機に、「スチュワート」の乗員たちは拳を振り上げて怒声を放った。


「シット!こっちにも来るなんてな」


 米陸軍大尉エド・マクラウドは、愛機であるP12戦闘機の操縦桿を握りしめながら、今まさに炎上している味方艦艇の姿に舌打ちした。


「皆!仇を討つぞ!」


 彼は付き従う部下の同じくP12戦闘機3機と、やや旧式のP6ホーク戦闘機3機に向かって手信号で突撃を指示する。


 今回飛び立った戦闘機は、いずれもエルフ国家のイルジニア連邦へと売却とパイロット育成のために持ち込まれていた機体であった。


 列強各国は、現在モラドアの侵攻を受けて苦戦しているイルジニア連邦の求めに応じて、兵器の供与やその操作指導をする軍事顧問、さらには実際に戦場で兵器を扱う義勇部隊の派遣を目指していた。そしてアメリカ合衆国はその先鞭をつける形で、戦闘機や練習機にパイロットと整備兵の送り込みを行っていた。


 本来であれば、マクラウドたちの仕事はイルジニア人への航空機の操縦指導や、今後イルジニア本国に派遣されるであろう義勇部隊の進出に備えての情報収集などであった。


 しかしながら、この黎明島そのものに敵軍が来襲したために、彼ら自身が弾薬を搭載して迎撃を行うことになった。


 派遣されてきたパイロットたちは、いずれも米陸海軍のパイロットたちであり、戦闘を行う分には問題なかった。しかしながら、この島自体は日本領であり、日本側の防空戦闘機隊も存在している。また敵が来襲する可能性が高いのは朝陽市や敷島市と思われていただけに、春日港への攻撃は半ば奇襲となっていた。


 この方面への敵の来襲に備えていたマクラウドたちも、不意打ちを食らった形になり発進が遅れた。その結果、彼らが上空に達した時には既に攻撃はほとんど終わっていた。


「残った奴だけでも撃ち落とすぞ!」


 この時点で上空に残っていた翼竜は数騎のみであった。マクラウドはその内最後尾に位置する2騎に襲い掛かった。


「食らえ!」


 前方から回り込み、照準器一杯になった翼竜に銃弾を放つ。


「外した!なんて動きしやがるんだ!」


 彼が狙った翼竜は、空中で急停止して狙いを外されてしまった。航空機にはない特異な動きである。


 だがその横合いから部下の機体が一撃を放つ。


「いいぞ!」


 7対2と言う、数の上での圧倒的な優位により、米戦闘機隊は翼竜を追い詰めた。


「撃て!」


「これでも食らえ!」


 入れ代わり立ち代わりで攻撃を仕掛け、翼竜に銃弾を浴びせる。


 結果的に、空中戦は5分ほどで終わり、米戦闘機隊が勝利を飾った。


 しかしながら、他の翼竜は全て遁走してしまい、撃ち落とせたのはこの2騎だけであった。他に対空砲火により1騎の撃墜が確認されたが、被弾した「スチュワート」は上部構造物が大破してしまい、後に破棄されることとなる。


 春日港上空の戦いは、翼竜側に軍配が上がった。



 

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