敵騎来襲! ④
「安来少将。対空陣地の設置にはどれくらいの時間が掛かるかね?」
須田が安来少将に問う。
「対空陣地と言っても、ビルの屋上に土嚢積んで機関銃を据え付けるような簡単なものです。設置する場所は、事前に防空演習で決められた場所ですから、すぐに始めれば半日もあれば終わるでしょう。あと役に立ちそうなのは、牽引車やトラック搭載の機関砲くらいですかね。高射砲は数が少ないですから、あまり期待は持てません。何せ、陸軍は予算が少ないので、対空装備にまでは手が回らなくて」
安来は最後に、海軍に対する不満をさりげなく付け加えた。しかし、須田はそれを咎める気はなかった。
日露戦争では、奉天や旅順における戦闘で大活躍した陸軍であったが、その後の帝国内における地位は不遇であった。というのも、新海道の発見や満州の米英との共同経営に因り、それまで指向されていた大陸への進出に急ブレーキが掛かり、陸軍の必要性が薄れてしまったからだ。第一次大戦でも日本は出兵せず、陸軍が戦場で戦う機会はほとんどなかった。辛うじて第一次大戦終結直後の時期に、ロシア帝国救援のためのシベリア出兵もあったが、これも短期間で終わっている。
こうしたことから、海軍がその後軍縮条約で破棄せざるをえなかったとはいえ、最新鋭の戦艦と巡洋戦艦を整備する八八艦隊計画を推進できたのに対して、日露戦争後陸軍が増強した部隊と言えば、新海道守備隊と満州駐屯部隊くらいなものだ。しかもその部隊さえも、他の部隊で削減した分の兵力で集成されたので、実質的には兵力は増えていない。
異世界へ繋がる光る柱と、新海道の獲得により必要とされた海軍は、大幅に増強されて現在も軍事予算の8割近くを配分されている。それに対して、陸軍は国土防衛のみに専念する形となり、様々な面で海軍の下に置かれ、割を食っていた。
そのため陸軍は、とにかく国民にその存在をアピールするために、制服の改定や一般市民向け行事の開催、祭事への積極的な参加や、災害活動等に対する技術力向上と言った、出来る限りの施策を打っていた。
そのあまりの不遇ぶりと涙ぐましい努力に、海軍内部にすら同情する人間は多い。須田もその一人であった。だからか、彼はこんな提案をした。
「安来少将。必要だったら海軍から陸戦隊や艦艇用の機銃を一部提供しよう。艦艇用の高角砲や機銃は無理だが、M2型の重機関銃あたりなら、陸上での取り回しも容易だ」
「それはありがたい。少なくとも92式よりは翼竜に効果があるでしょうからな」
安来が先ほどとは打って変わって、上機嫌で言う。
須田の言うM2型の重機関銃は、近年アメリカより大量輸入された空冷式、口径12,7mmのブローニングM2型重機関銃のことだ。陸軍の現在の最新型重機関銃である92式重機関銃よりも口径が大きく、もちろん破壊力も大きい。
この銃は元々、バルダグやモラドアの私掠船に対する近接制圧用火器が必要とされて導入されたのだが、破壊力や使い勝手の良さから、日本海軍でも準制式兵器として採用されていた。
本来はフランスのホチキス社から購入、ライセンス生産した13mmならびに25mm機銃の配置を予定したが、購入ならびに生産にしばらくは時間が掛かるため、急きょアメリカから輸入された経緯がある。
この機関銃、その後同様に私掠船対策に各国が各艦宛2~4挺程度の数を購入したため、新海道に駐留する各国艦艇が運用する武器で、唯一とも言うべき共通使用兵器であった。
米海軍は当初全艦艇に液冷タイプを運用しようとしたが、こうした事情から新海道配備艦艇だけは空冷式を使用している。各国艦艇が装備したことで、予備部品や弾薬の入手に都合がいいためこうなった。
「地上からの迎撃は陸軍部隊が主となる。どうかよろしくお願いする」
「わかりました」
「それから大塚長官。警察と消防も、万が一の空襲の際には軍と協力し、市民の避難誘導、救援、火災の消火などをよろしくお願いする。実際に空襲となれば、今日起こった以上のパニックが起こるかもしれない。だから組織に囚われず、取り組んでいただきたい」
「もちろん。わかっております須田提督」
「それから後、各国艦艇には哨戒をお願いするので、その担当海域の割り当て。あとイルジニア軍には司令部に人を寄越して魔法や翼竜に関しての助言を・・・」
こうして急ごしらえではあるが、黎明島の各国軍と民を合わせた防衛体制の構築が、深夜に及ぶ会議によって詰められていった。
竜襲来の翌日から、黎明島全体が慌ただしい空気に包まれた。
「錨揚げ!」
「両舷微速前進!」
鎮守府のある敷島港からは、在泊していた新海道駐留艦隊、さらには鎮守府所属の防備艦艇に至るまで、稼働する艦艇のほとんどが錨を上げ、水平線の彼方へと消えていった。
この光景は外国艦艇在泊地に指定されている島北東部の春日港でも同じで、在泊していた米英仏の艦艇で出港できる艦は全て出払った。
また空においては、道庁所在地の朝陽市と敷島市上空には常時陸海軍の戦闘機が飛行し、朝から晩まで発動機の音が途切れなくなった。
陸においても。
「土嚢をジャンジャン積め!」
「掘ったらしっかりと突き固めろ!」
「機銃の据え付け急げ!」
予め防空陣地の設置予定場所となっていたビルの屋上や、小高い丘には次々と92式重機関銃やM2型重機関銃用の銃座が設置されていく。軍の人間のみならず、在郷軍人会の人間や地元の土木屋なども動員しての突貫工事である。これと並行して、急ごしらえではあるが防空壕の整備も進められた。
さらに市街地には陸軍の歩兵やトラック、サイドカーなどの自動車のみならず、92式重装甲車や91式牽引車、さらには虎の子の89式中戦車と言った装甲車両までもが出動し、万が一の事態に備えて展開した。
「急ごしらえだが、なんとか様になってきたな」
出来上がりつつある機銃陣地を、安来少将は満足気に見回す。彼の今まさに目の前で、土嚢が積み終わり、機銃の据え付けと弾薬の運び込みが行われていた。
「大塚長官が色々と便宜を図ってくれていますから。警察消防のみならず、土木業者など民間人も積極的に協力してくれています」
部下の言葉に、安来は頷く。
陸の防備を任された安来は、精力的に各方面を視察して回っていた。急な陣地構築などにも関わらず、彼の目から見ても順調に作業は進捗していた。
「増援が当てに出来ない以上、我々は全力でこの島を守らにゃならん。軍民の区別などしている余裕はない」
新海道は異世界にあるため、本国からの増援が呼びにくい。というのも、原理は未だに不明だが、電波が門を越えることが出来ないためだ。物理的に電話線を引けば声は通じるので、海底ケーブルが繋がれて電話は開通しているが、無線連絡はとにかく取れない。
このため、日本本土への連絡に時間が掛かる。さらに救援戦力が何であれ、移動するには海上をやってくるしかないので、また時間が掛かる。
こうした本土とのタイムラグは、何も軍事的な情報のみならず、新聞や映画といった民間の情報や文化の伝播にも影響している。
ただそのためか、新海道の道民は本土に対しての一定の独立意識みたいなものを持っていた。少なくとも、本土からの救援が来るまでは何か起これば自分たちで対処するというのは、尋常小学校から教育されていることであった。
このためか、新海道内の人間には特別な連帯感というか、とにかく他とは違う雰囲気が共有されていた。今回の官民共同が上手く行っているのも、それが一因らしかった。
安来が次の視察場所に向かうべく、車に乗り込もうとした時。
「あ!陸軍の偉い人だ!」
「将軍だ!」
「スゲエ!」
少し離れた所から子供の声。みると、警備をしている兵士の向こうで子供たちが、安来を指さして見ている。
「おい、餓鬼ども。少将閣下を指さすなんて失礼だぞ!それに、ここは作業中だ。危ないから遊ぶなら他所で遊んでろ。しっし!」
と近くの兵士が注意し、追い払おうとするが。
「ああ、いいよ君」
安来はその子供たちに声を掛ける。
「君たちは近所の子か?遊ぶのはいいが、ここは今作業中だから危ないぞ」
「ごめんなさい」
「でも、今日は公園で遊べないから」
「公園で遊べない?・・・ああ、そうか。すまんね。君たちの遊び場潰して」
今視察した陣地は、公園の真ん中に機銃陣地を据え付けていた。もちろん、公園内は立ち入り禁止となっている。子供たちの遊び場を軍が奪った形だ。
しかし子供たちは目を輝かせる。
「でも将軍さんたち、この街を守ってくれるんだろ?」
「またあのドラゴンが来たら、あの機関銃で撃ち落とすんでしょ!スゴイスゴイ!」
どうやら市民への宣伝活動は無駄ではなかったらしく、子供たちは軍隊に遊び場を取られても不満はないらしい。それどころか、過剰に期待してくれているようだった。
「もちろんだとも。しかし、危ないから空襲の時はちゃんと指定した場所に避難するんだぞ」
「「「は~い!!」」」
子供たちは元気よく返事をすると、走って行った。
「こら信也!だから速すぎだって!」
「待ってよ!」
一人の男の子がピューンとダッシュして行ってしまい、他の子供たちが慌てて追いかけていく。
「ほう。先に行ったあの子は亜人なのかね」
安来は今見た子供について、部下と話す。
「みたいですね。あの脚の速さは普通の人間じゃないですよ」
「亜人ていうのは、本当にスゴイな」
「ええ。我が軍の兵士にもチラホラ見かけますよ。ただ能力はバラバラのようですが」
亜人とは事実上バルダグ人のことで、新海道には飢饉や重税から逃れようとした避難民や、拿捕した私掠船の乗員、さらにはそれに捕まっていた奴隷などが定着して住んでいる。皆動物的な特徴を何かしら備えており、能力はバラバラだが夜目が利いたり、耳が良かったりと人並み外れたものを持っている。
一番古株だと15年以上の生活歴があり、普通に日本人として帰化して戸籍と名前をとり、兵隊にもなれる。
「そうなると、耳が良い者や目がいい者もいるわけだよな。彼らを見張りに使えば、効果あるんじゃないか?」
「そうですね。ですが、軍内部の人間だけでは足りません。大塚長官にお願いして、民間から募集するといいかと」
「そうだな。よし、すまんが電話のある場所まで行くぞ」
「了解であります」
こうして、黎明島防衛のための新たな戦力獲得が行われることとなった。
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