戦争前のとある日常
トラ船団とは違う形での異世界系架空戦記です。並行連載なので、更新速度は最初の数話以降は遅くなると思いますが、よろしくお願いします。
和歌山県潮岬より南西に200海里。蒼く雄大に広がる太平洋。その波濤を切り裂くように突進する4隻の艦艇の姿があった。
四本の煙突に、艦首から艦尾にかけて緩い勾配を描くようなラインの船体を持つ艦影。少し軍艦に詳しいものなら、それが第一次大戦に際してアメリカ海軍が実に256隻も量産した平甲板型駆逐艦だとわかるであろう。
しかしながら、その艦尾に翻るのは米国のシンボルたる星条旗ではなく、太陽と16条の光線を象った旭日旗。大日本帝国海軍の旗であった。
そして、その4隻の駆逐艦の眼前に巨大な光の柱が現れる。大洋のど真ん中に出現したその柱を取り巻くように、数隻の艦船が遊弋していた。駆逐艦もいれば貨物船もいる。大型のタンカーの姿もあった。
単縦陣で走る4隻の先頭にある駆逐艦は、遊弋する艦船群の中にいた1隻の巡洋艦と発光信号でやり取りをする。
他の艦船が光の柱の周囲の海域を、グルグルと洋上を旋回する中、4隻の駆逐艦はやり取りを終えると、それらを尻目に速度を落とすことなく光の柱へと突進していく。そして、先頭の艦から順にその中へと消えていく。
もし誰かが空からこの光景を見ていれば、その瞬間目を剥き驚くことだろう。何故なら、柱に突入した駆逐艦はいつまで経っても反対側から出てこないからだ。まるで吸い込まれたように、忽然と消えてしまったのである。
だが光の柱の周囲で遊弋する艦船は、特にそれに対してアクションを取るわけでもなく、逆に巡洋艦から発信された信号を確認すると、汽笛を鳴らして互いに信号で連絡を取り合いながら、整然と列を作り始めるのであった。
4隻の平甲板型駆逐艦が入港し、指定された位置に投錨の上で停泊する。その光景は、港の傍に立つ3階建ての建物からも、少し遠いが確認することができた。
「第75駆逐隊、全艦無事入港したとのことです」
「わかってる。ここからも見えるからな。とにかく、これで今月分の増強艦艇は全部到着したわけだ」
部下からの報告を聞いた男は、安堵しながら言う。
「はい、長官。しかし、艦艇の増強は嬉しいことですが、不足しているとはいえ、まさか外国製の艦艇をいまさら我が帝国が購入することになるなんて」
「航路の安全のためには仕方がないよ。バルダグやモラドアの私掠船から、我々は航路と漁業水域をなんとしても守らなきゃならない」
長官と呼ばれた男は、壁に貼りだされた2枚の地図を見る。1枚は彼の母国たる大日本帝国を含む世界地図。そしてもう一枚は、逆凸型の抽象的な形で描かれた巨大な大陸と、その大陸から最も離れた地点に位置する諸島が描かれた地図であった。
大陸の東側にはイルジニア連邦、中央部にはモラドア帝国連合、西側にはバルダグ王国という文字が。そしてそれらの国々からほぼ等距離にポツンと大洋に佇む諸島に新海道と書かれている。
また別の壁には、新海道派遣艦隊編制図と書かれた紙も貼りだされていた。
「何度も言いますが、長官。こっちから何とか連中の策源地を叩けないものですかね?根本を叩かなければ、イタチごっこです。しかし、連中の拠点を潰せば今のモグラたたきのようなことはせずに済みます。それに、カールセン提督やエーベルト提督も賛成しています」
「参謀長。君の意見はよくわかるし、私だってできればそうしたい。だが、現状我々の戦力でそれは無理だろう。たとえ各国の駐在艦艇も含めてだ。それに、そんなことすれば奴らにいい口実を与えることになる。我々の任務は奴らと戦争をすることじゃない。この黎明島を含む新海道を守ることにある。くれぐれも、軽挙妄動は慎むように。また、各国の駐在司令官にも、同様に念を押しておいてくれ。彼らが勝手に起こした戦争のせいで、新海道を喪うようなことがあってはならんのだ」
長官はそう言って、参謀長を諭した。
「さて、無事に駆逐艦も到着したことだし、飯にしようじゃないか。どうだい?気晴らしに外にでも食いに行かないかい?」
「お供致します。それと、行くならオカメ食堂にしましょう。今週からサクラクジラの刺身とカツの定食が出ているそうですが、これがまた美味いそうです」
「そいつは豪勢だな。よし、着替えて行くとしよう」
二人は制服を脱ぎ、背広姿になると庁舎を出る。
庁舎前の通りには路面電車が横切り、道路をひっきりなしにトラックやタクシー、乗用車、さらには帝国本土でも大人気のハガネと呼ばれる小型のディーゼル車の姿も目立つ。
信号機に従って通りを渡ると、そこには商店街が形成され、軍服を着た軍人を含む多くの客で活気に溢れていた。服屋に雑貨店、オシャレな佇まいのレストランに喫茶店、映画館もある。
その喧騒の中を抜けて、二人は「オカメ食堂」と書かれた暖簾をくぐる。
「いらっしゃ~い!」
「女将さん!二人だけど、席ある?」
参謀長が忙しくなく動き回っている女将を見つけて声を掛ける。
「は~い。今奥が空いたからどうぞ」
「ありがとう!さ、長官。どうぞ」
「うん」
二人は席に腰をおろす。
「ふう。さすがにお昼時とあって盛況だね」
「それもありますが、何しろこの島は景気がいいですからね。どこの店もこんな感じですよ」
二人が席についてしばらくして。
「いらっしゃいませ」
可愛らしい声が聞こえてきた。若い女性の店員が注文を取りにやって来た。
「おう。サクラクジラの定食を二つ頼むよ」
「はい。サクラクジラの定食が二つですね。わかりました。少々お待ちください」
少女が頭を下げると、その犬のような耳もぺこんと垂れた。
「こんなただの定食屋でも獣人を見るなんてね」
「この島ならではの光景ですな」
周囲を見れば、食事を摂っている人間には動物のような容姿を備えた獣人や、長い耳を持つエルフ、そして明らかに日本人ではない外国人まで。本当に多様な人間がいた。
「本当にここが大日本帝国かと疑ってしまうよ」
「全くです」
それから程なくして。
「お待たせしました。サクラクジラの定食です」
「おお、これは美味そうだ」
揚げたてのカツに、新鮮な赤色の鯨肉の刺身。白いご飯とみそ汁がつき、食欲をそそる。
「それではいただきましょう」
「ああ」
二人は早速、箸をとる。
「うん、やっぱりサクラクジラは臭みがなくて美味い」
「ああ。異世界様様だな」
二人はこの世界独自の食材に舌鼓を打つ。
何気ない昼飯の風景。それはまだ、この島が平和な証であった。
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