5(直ぐに来て)
※
バスクが到着したとき、彼女は真っ暗なオフィスの床に両膝を抱えて座り込み、肩を震わせていた。
「カナミはわたしたちの子供だと思った」
バスクはかたわらに跪いた。
「わたしにはできなかった」
その言葉を皮切りに、絵理子は堰を切ったように声を上げて泣いた。
バスクのシャツを絞るように掴み引き寄せると、その胸の中でごめんなさい、ごめんなさいと何度も何度も繰り返す。
バスクは黙って絵理子を抱きしめた。
LEDがチカチカと星のように瞬いていた。
※
「きみは彼女をこれからどうするつもりだい?」
絵理子は小さくかぶりを振った。「どうもしない。強いていうなら今まで通り」薄く、どこか寂しげな笑みを口元に浮かべた。「ここまで育てたのよ。ちょっとだけ愚痴らせて。あなたがいなくなったら、わたしにはあの子しかいない」
「分かった」絵理子の手を取りいった。「帰ろう」
しかし絵理子は、またかぶりを振った。「少しあの子とふたりで話したい気分なの」
顔を上げ、再びうっすら浮かべた笑みには、寂しさや憂いはなかった。
「だいじょうぶかい?」
「ええ」赤い目で絵理子は頷く。「わたしはだいじょうぶ」
バスクは、今の絵理子に無理強いは良くないと思った。
オフィスを出て自分がまっすぐここへ来れたことを彼女へ伝えていなかったことに気が付いた。
絵理子が部屋を出たあと、不安が胸の内で膨らむのを憶え、居ても立ってもいられなくなったバスクは服を着て外に出た。
彼女は端末を持たない。
その小さな機械を嫌い持ち歩かない彼女へ連絡する手段がない。
こんなとき彼女はどこへ行くだろう?
バスクは唇を噛んだ。
オフィスか自宅か?
長らく一緒にいても、彼女の行き先を確定できない自分に苛立った。
端末が鳴った。ショートメッセージを受信した。
カナミからだった。
※
帰国準備に忙殺される日々にあっても、バスクは絵理子と連絡は取り合っていた。
しかし対面は彼女が望まなかったこともあって、すべては回線経由のテキストメッセージばかりだった。
もしかして、と思わなかったわけではない。
カナミが勝手に送信している可能性を。
警備部に頼めば彼女の持つIDカードから入室記録は分かるだろうが、それの開示を求めるには相応の理由が必要になる。
ある昼過ぎ、自分宛てに一箱の荷物が届いた。
送り状には見知らぬ店名が記されていた。
品名は食品。
思い当るところはない。
箱は大きさの割りにどっしりとしていた。
送り主に訊ねるか、開封すべきか。
一瞬迷って、カッターを手にしたその時、内線が鳴った。
絵理子のオフィスからだった。「荷物届いた?」
その声は絵理子のそれだったが、どうにも気持ちがざわついた。「カナミかい?」
「ハチミツ。持ってきて」
通話はそれで途切れた。
かけなおしたが、繋がらなかった。
モニタを見遣り、テキストメッセージを送ろうかと逡巡していると、ポン、とビープ音。
絵理子のアカウントからだった。
──急いで。
不吉な予感にとらわれた。
──直ぐに来て。
バスクは立ち上がると、届いたばかりの荷物を小脇に抱え、絵理子の元へ向かった。
オフィスの扉はぴったりと閉ざされていた。
まるでそれは受け取ったメッセージとは裏腹にあらゆることを拒絶しているかのようで、バスクは背筋に冷たいものを感じた。
箱を置いてノックする。
いくら待っても返答はない。
猫か毒ガスか。
事象は開けた瞬間に収束する。
それでもバスクは確信していた。
扉の向こうがすでにどうなっているのかを。
─了─
ホログラム・ガール
作成日2013/06/28 19:26:38




